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【巻頭言】 |
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女性ビジネスキャリアの伝統的均衡脱出・考
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曽根岡 由美子 |
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西川 淑子 |
人材力が企業の競争力の重要なファクターと考えられる今日、いかに優秀な人材を効果的に取り込み活用できるかが企業の将来を大きく左右するといっても言い過ぎではない。しかし、労働市場が流動化し企業と個人のあいだに対等な関係が成り立つなかで、依然として女性ビジネスキャリアがその持てる力を発揮する環境は十分とはいえず、企業側も貴重な人的資産を失うケースが多いのではないだろうか。女性が次世代の創造と育成という重要なミッションを負って生まれてきたことは未来永劫変わることはなく、出産を機に仕事の場を離れざるを得ない戦力人材は少なくない。本稿においては、女性ビジネスキャリアに対して企業が何らかの場を提供し、引き続き活用し得るかを、単なる再雇用制度や在宅勤務の議論ではなく、コンピテンシーの発展過程や個人が成長し続けるための条件等を踏まえて考えていく。
男女雇用機会均等法が施行された80年代に比べると、仕事の世界における男女格差が是正されてきているのは紛れもない事実である。外資系企業やベンチャー企業のみならず、伝統的な日本企業においても活躍する女性が増えつつある。
しかしながら、欧米社会に比して、日本女性の就業環境や女性自身の意識は依然として十分とは言いがたい。この背景には、日本の伝統的な「家社会の文化」に端を発する「男女間の役割期待に関する古き均衡」が存在するのではなかろうか。
「男が外に出て仕事をし、女は家に留まり夫や子供の世話をする」といった伝統的分業のあり方は、実は男性のみならず、多くの女性にとっても都合のよいものであったに違いない。男性は、生活費を稼いでくるという役割のもと、「大黒柱」として崇められ、一切の家事労働から解放される。一方、女性も家事・育児を担うという役割のもと、社会的・経済的に保護され、安定した生活が保障される。
企業側から見れば、丸抱え的な終身雇用を前提とする以上、結婚・出産を機に仕事を離れていく可能性の大きい女性に敢えて投資する必要性はない。さらに、実際に仕事の場においては「男尊女卑」の文化を背景に女性であるがゆえの摩擦が生じるなど、女性の活用には多くのリスクが伴った。加えて社会保障面・税制面においても働く女性よりも専業主婦が優遇されるなど、つまるところ社会全体がかかる男女間の役割分担を肯定し根強い均衡状態を育んできたといえよう。
この根強い均衡状態を打ち破ってビジネスキャリアとしての人生を選択しようという女性は、余程の才能と覚悟を持つと同時に、困難な状況を打ち破る並外れたパワーの持ち主に限定され、言わば例外的存在であった。その影にはビジネスの場に対する強いモチベーションを抱きながら、厳しい現実に耐え切れず断念せざるを得なかった女性も多く存在したことが容易に想像できる。彼女達は、夫や両親・舅姑の反対や社会的環境を理由に「認知的不協和の軽減」を行い、自らを納得させて状況に甘んじてきたものと思われる。
21世紀を迎えて、日本社会においても成果主義が浸透し、労働市場の流動化・終身雇用の終焉を迎えた現在、かかる伝統的均衡状態は徐々に崩れつつある。性別や学歴といった属性にかかわらず個人の実力が問われる方向に社会全体がシフトしつつあるなか、企業の競争力の重要なファクターである人材力を高め続けるためには、男女の別を問わず、優秀な人的資源をいかに効果的に取り込み活用できるかが鍵となってくる。
| 図1 |
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確かに、蓄積型スキルや専門性の高い資格等の所有者に対しては、再雇用制度や在宅勤務等、企業側の対応も進歩しつつある。しかし、冒頭にも述べたように欧米社会に比すれば日本社会における女性の労働環境・実態は依然として何歩も遅れをとっている。図1が示すように、2000年の女性の就業率はどの年代をとっても80年代を上回っているが、仕事の質や内容からすれば依然として男性中心の様相を呈している。特にM字の第二の山に向かって増加した雇用の多くは圧倒的にパートタイマーやアルバイトといった雇用形態の労働集約型の仕事である。企業の戦力となる女性ビジネスキャリアにとって、ひとたび仕事の場を離れることは自分のアイデンティティとなるような仕事の場を失うことになりかねず、キャリアか結婚・出産かの二者択一を迫られる現実が、今もなお存在している。仮に職場に復帰できたとしても、数年にわたって仕事の場を離れたことの影響は思いのほか大きく、年功色の強い職場においてはかつての同僚よりも何歩も遅れるだけでなく、以前のように戦力として期待されて場を与えられるようなことも少なくなる。これは、平等にチャンスを与えない企業側に責任があるのだろうか。
女性が自己のビジネスキャリアを引き続き追求していこうとするなら、出産・育児の時期にあっても、何らかの形でビジネスの世界と接点を維持することが非常に重要である。これは、伝統的均衡の時代に何もかも犠牲にして仕事を最優先に頑張ってきた我々の先輩の道を踏襲すべきといっているわけではない。無理なくビジネスの世界との接点を維持する方法を考えていこうというのが論点である。なぜなら、ビジネスの世界から遮断されることの問題は、想像を超えて大きいからである。
第一の問題は、コンピテンシーの発展段階において重要な時期に、そのプロセスが寸断されてしまうことである。
図2は、コンピテンシーが時間とともにどのように発展していくのかを示している。
| 図2 |
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@業務スキル、知識を吸収しながら、自身のやり方、コンピテンシーを習
得していく
A経験を通して習得されたやり方、コンピテンシーを自分のものとして確
立し、成果につなげていく
Bこれまでのやり方を振り返り、自分のコア・コンピテンシー(強み)に気
づき、それを強化していく
C自分自身の強みをベースに、成果へとつなげていく
このように、コンピテンシーとは、ビジネスの場において常に連続性を持ち、発展するものである。
離職率の高くなる20代後半〜30代前半にかけての時期は、個人差はあるものの、@からAにさしかかる時期にあたることが多い。このタイミングで離職した場合、それまで何年かかけて培ってきた知識・スキル・コンピテンシーをトータルで安定的に発揮できるような場・機会を失い、つまるところ十分な成功体験が得られないことになる。すると、それまでに習得してきたやり方やコンピテンシーの意味、有用性、妥当性を検証できないため、自分のやり方を「確立した」というには至らない。かかる状態でブランクを迎えることから、たとえ何年後かに復職を果たしたとしても、すぐにA〜Bの段階に入るのは難しく、リハビリと称して改めて@の初期〜中期に戻り、時代の変化に戸惑いながら再度習得の期間を過ごすのである。
つまり、一時的であれ、完全に仕事の場から離れるということは、コンピテンシーの発達・発展において、実際のブランク期間+αの遅れを生じさせてしまうのである。
第二の問題は、「ビジネスの世界」と「母親の世界」が、緊張感、価値観、行動パターンともに両極にあるということである。
「ビジネスの世界」においては、「自己のゴールイメージを明確に抱き、その実行のためのシナリオを論理的に描き、完遂に向けて工夫・軌道修正を加えながらスピーディに遂行し、結果を検証して次なる仮説をさらに高いレベルで設定する」といった行動が求められる。合理的にして、厳しい世界である。当然のことながら、常に状況の変化を察知し、考え得るリスクをヘッジしながら確実にゴールをヒットしようという緊張感が漂う。
一方、「母親の世界」は非合理な部分が多く、保守的かつ安定志向の強い世界である。法的にも経済的にも保護され安定し、すべての関心と価値観は子供にある。何よりも重要なのは自分の子供が「子供社会の輪」からはみ出さないことである。しかし、幼年期においては子供社会を仕切るのは実は母親達であり、自ずから「和をもって尊ぶ」が行動原則となる。「出すぎるべからず。嫌われるべからず」ということに神経を配り、多少理不尽と感じても「協調性」を優先して目をつぶる。幼稚園や小学校の行事のお手伝いにおいては、先輩が築いてきた方法を踏襲して問題意識などは押し殺す。「慣行にとらわれない」、「自己貫徹」などのコンピテンシーはもってのほかである。求められるコンピテンシーは、どちらかといえば、「対人理解力」、「人間関係構築力」の類である。
どちらが良い悪いの議論ではない。母親の価値観の基盤が子供にあるのは至極当然であり、またそうでなくてはいけない。ただ、ビジネスの世界とは価値観も軸もあまりにかけ離れているのである。数年にわたってすべてがかけ離れている世界に埋没してしまうと行動や思考のパターンが環境に適応してしまい、コンピテンシー開発、メンタルセット、価値観形成など、さまざまな側面において、復帰後にはゼロあるいはマイナスからのスタートを余儀なくされてしまう。
以上のように、コンピテンシーの断続を避け、順調な発展を遂げながら力のある女性が再びビジネスの場で活躍していくためには、会社あるいはビジネスの世界と何らかの形で接点を持ち続けることが重要になってくる。かかる状況において、企業はどのようにして有能な女性を生かし、発展させ、自社の戦力として活用していくことができるだろうか。
ここで大きな問題であり、重要なポイントとなるのは、時間的・場所的制約をいかに克服するかである。
「女性の社会進出」という言葉が唱えられ始め、産後の女性に対する就業を容易とするために、今日では毎日一定時間の育児時間が法的にも保証されるようになった。しかし、これは裏を返せば、「育児時間以外は会社が社員を拘束してもよい」ということになる。現実に、公平性という理由から、産後の女性に対しても育児時間以外は他の社員同様に拘束する企業が多いのではないだろうか。そして、かかる状況に対応しきれず、出産を機に退職せざるを得なくなる女性キャリアも依然として多いものと考えられる。
注意すべきは、女性が継続的にビジネスの世界と何らかの「接点を持つ」ことが必要だという点である。「接点を持つ」ということは、必ずしも多くの時間を使い、また、他の社員と常に居場所を共にしなければならないということではない。重要なのは、たとえ時間や仕事量が通常の1/2、1/3になったとしても、その範囲内でその人の持っているコンピテンシーが十分に発揮できるような場を与えること、そして、質や成果を徹底的に追求・検証していくことにより、ビジネスに参画しているという意識・緊張感が明確に持てるようにすることである。ここで「仕事の場」を設定する際に求められる条件として、
@どのレベルの品質を追求していくのか、どのような成果にコミットでき
るのか、について会社と個人双方の間でコンセンサスをとり、適切な
役割を設定すること
A組織成果に対してどのように貢献するのかを明確にした上で、質や
成果を徹底的にモニター・検証すること
の二点が重要になってくる。
しかし一方で、このような仕事の与え方をしたからといって、すべての女性がコンピテンシーの連続性を維持し、ビジネスキャリアとして活躍していけるわけではない。そこには、働く側個人にも必要とされる要件がある。それは、いわゆるセルフマネジメント型人材であるということである。
セルフマネジメント型の行動とは、さまざまな制約や不確定要因のある状況において、上司の指示や判断がなくても、自ら正しい方向性を判断し、自律的に仕事を組み立て、役割や成果に強くコミットして取り組んでいく行動であり、スピードが重視される現代のビジネスにおいては、すべての社員に求められるものである。特にこの時期には、仕事と家庭(特に子育て)双方においてまったく性質を異とするさまざまなタスクに追われると同時に、すべてを自らがスーパーバイズしなくてはならず、どのタイミングで何をどのように行っていくべきかを自分で判断し、実践していけることが必要不可欠となる。かかる行動がとれる人材でなければ、たとえ企業の側でどのような仕事の与え方をしたとしても、期待する結果やリターンは得られないのではないか。
つまり、企業としては、すべての女性をあまねく同様に扱う必要があるわけではなく(また、そうできるわけではなく)、中・長期的に見て投資に見合うリターンを期待できる人材を早い時期から見極め、また育成していくことが必要なのである。そしてその一つの重要なキーワードが、セルフマネジメントといえるのではないだろうか。
ここで、女性社員のコンピテンシーの断絶を回避し、中・長期的な視野で女性を活用していくための要件をまとめると以下のようになる。
@セルフマネジメント型人材を発掘・育成し、
A期待する品質や成果について会社と個人の間でしっかりコンセンサス
をとり、
B組織成果に対してどのように貢献するのかを明確にした上で質や
成果を徹底的に検証する
「そんなことは既に全社的にやっている」と思われる方も多いかもしれない。確かに、基本的な人材マネジメントを確実に行っている企業であれば、有能な女性の芽を伸ばし、活用していく土壌は既に整っているであろう。
それでもなお、前近代的な均衡が打破できない状況が散見されるのは、「女性は出産後退職し、その後はパートタイムで時間で働く」という従来からの固定観念と、男性と女性を100%同じ環境で処遇しなくてはならない、という「雇用機会均等」に対する過剰な反応が、企業側と女性側双方に存在するからとはいえないだろうか。
人材を長期的かつ有効に活用していくために最も重要なのは、上記3つのポイントを押さえた上で、従来の考え方や慣習にとらわれず、場所や時間など、雇用のあり方を柔軟に考え、場を与えていく「懐の深さ」なのではないだろうか。
本稿は、女性のキャリア断絶をどのように克服し、企業と女性の双方にWIN-WINの状態を築くかの一つの提言にすぎない。女性ビジネスキャリアと企業の関係は何らかの固定的な均衡点に集約するものではなく、さまざまな制約条件のバランスをとりながら、双方にとっての最適な落しどころを追求していくものである。どのようなアプローチをとるにしろ、各企業が、女性ビジネスキャリアを含めた優秀な人材を逃さず活用していくことを願ってやまない。