年金・退職金におけるより良い均衡を見つけるために
| |
 |
関 邦雄
|
年金への不安
年金は大丈夫か。
年金はどうなるんだ。
年金をどうしたらいいんだ。
年金資産運用の低迷下、会社サイドも従業員(加入者、受給者)サイドも、年金の将来について不安を感じている。
また、新しい企業会計基準(退職給付会計)が、その不安を増幅させている。
一方、公的年金(厚生年金、国民年金など)についても、出生率の低下による少子高齢化とデフレ経済の進展により、財政状況は悪化の一途をたどっている。
経済の低迷のなか、また、将来の不透明さのなか、年金においては、公的年金、企業年金を問わず、「不安の時代」が到来している。
以下、不安の下で、現状、どのような行動がとられているか、また、どのような行動をとるべきであるかについて、述べることとしたい。なお、企業年金(退職金)を中心に述べ、公的年金については参考程度としたい。
年金・退職金をめぐる環境の変化
新年金法(確定拠出年金法、確定給付企業年金法)の成立により、企業年金についての選択肢は大幅に拡大した。
そして、これらに対する会社サイドの期待は大きい。
当初は、確定拠出年金(DCプラン)への移行や確定給付企業年金法に基づく厚生年金基金の代行返上は、年金・退職金改革の「打ち出の小槌」のごとく扱われた。
しかし、DCプランについては、その弱点がわかってくると、急に期待と実施意欲がしぼんできてしまっているように思われる。
[日本のDCプランの主な弱点]
@全員加入が原則。
A掛金上限が小さい。
B掛金は一律が原則。
Cマッチング拠出(※)ができない。
D60歳まで引き出せない。
E十分な投資教育が必要。
F管理コスト負担が大きい(かつ、運用期間中、特別法人税が課税
される)。
日本のDCプランは、どうして、このような弱点の多い(使い勝手の悪い)制度になってしまったのだろうか。
日本のDCプランは、退職給付の移行プランとして整理されており、米国のDCプランである401(K)プランが、給与の所得控除を有する貯蓄プランであることに比べ、性格をまったく異にしている。
そして、現状では、税の考え方(バランス)があまりに優先されている。また、元来、労使統治(自主)であるべき制度設計基準についても、制約がきつすぎ、自由度がない感じがする。制度設計基準には、公序良俗に反しない限り、自由度も認めるくらいの寛容さが必要である。そうでないと、多様化するニーズに対応できなくなってしまう。
現行の制度では、従業員に制度導入のメリットを説明することができないという声も多い。
DCプランが発展するには、米国の例を見ても、税メリット、マッチング拠出メリット、フレキシブルな制度設計の3点が不可欠である。
ただ、本格的(爆発的)な発展には、運用環境の回復、株式相場の上昇といった、市場の後押しがもちろん必要である。
一方、厚生年金基金の代行返上については、山焼きの火のように、その利用ニーズが広がりつつある。
厚生年金基金における厚生年金本体給付の一部代行については、かつては、大きなメリットがあった。資産運用メリットであり、免除保険料メリット、特別法人税非課税メリットであった。しかし、いまや、各項目のメリットがメリット性を失い、資産運用面では、逆にディメリット化しているようにも思われる。代行制度は、かつての「利益の生まれる器」から「コストのかかる器」へと変貌してしまった。
代行に上乗せされる付加給付を他に代替させてしまえば、何のために代行を行っているのかという質問に明確な回答が得られない状況である。
とりあえずの平衡
「不安の時代」のなか、公的年金も企業年金も、現状、とりあえずの平衡を保とうとしている。
将来の均衡を十分には考えていない。そして、「全体」を考えてはいない。
これで、果たして大丈夫なのか。求められる均衡は、恒久的なものであり、短期的な平衡ではない。そして、年金だけの均衡ではなく、「全体」での均衡である。
公的年金においては、出生率のさらなる低下を受け、年金のみにおける財政面の均衡が議論されている。これはこれで重要ではあるが、それだけで十分なのか。年金にばかり目が向きすぎている感がする。
財政面では、もちろん、給付と負担のバランスをとらなければならないが、全体から見た制度の見直し、二重給付の整理、不要不急給付の整理などを行う必要がある。公的給付全体の見直しは、公的給付のカフェテリアプラン(個人ごとに一定のポイントを与え、そのポイントのなかで自分のメニューを選択する制度)への発展を意味するのかもしれない。
また、官(公的年金)と民(企業年金)の相互補完や役割分担がもっと議論されるべきである。そのためには、企業年金における税制メリットの拡大や各種規制の緩和が必須であろう。
さらに、企業年金における均衡に対する視野の狭さには、びっくりする。
運用環境の悪さ、不足金の拡大、新会計基準への対応など、問題が山積みであることは理解できるが、議論(対応)があまりにも、年金・退職金に偏りすぎている。これでは、「良い均衡」へは踏み出せない。
では、「良い均衡」へ転換するにはどうしたらよいのか。
「良い均衡」は、財政面のみの議論では決して構築することはできない。
年金・退職金における均衡
何が均衡なのか、「均衡」の定義をはっきりさせることが重要である。
年金財政の分野では、よく「収支相当の原則」という均衡を話題にする。制度における給付は、掛金収入と積立金からの利息でまかなわれるべきであると考えることである。
[収支相当の原則]
給付=掛金収入+積立金からの利息
しかし、これが本当の均衡なのか。
根本的なことに戻っていただきたいのは、年金は退職金を含んだ退職給付の一部であり、退職給付の問題は賃金体系・人事処遇の問題であるということである。
| 図1 |
 |
このなかで、制度全体として、整合性をとり、バランスをとらなければならない。そして、賃金体系・人事処遇の問題は、企業組織・経営モデルの問題へと発展する。
年金・退職金は、企業経営全体のなかでバランスがとられなければならない。
| 図2 |
 |
これには、年金・退職金における会社としての実施目的と従業員へのメッセージ性を考えることが大事である。
まず、年金・退職金は、月例給与・賞与と合算され、トータル(生涯)給与の一部として捉えられるべきである。そして、このトータル(生涯)給与全体で均衡がとられるべきである。
トータル(生涯)給与は、生活保障的なものと業績(収益)配分的なものに分離され、かつ、各々が、前払い的なものと後払い的なものに分離される。
後払いされるものが、年金・退職金であり、望ましい区分けは、生活保障的な後払いが年金として支給され、業績(収益)配分的な後払いが退職一時金として支給される形であろう。
なぜ後払いされるかというと、会社サイド、従業員サイドとも後払いにメリットがあるからである。
[会社サイドのメリット]
リテイン(優秀な人材の引き止め)
給付の失権(自己都合退職)への対応
[従業員サイドのメリット]
税メリット(退職所得)
また、前払い部分の貯蓄を行おうとすると、DCプランとなる。
繰り返しになるが、年金・退職金の均衡には、まず、給与・賞与を含んだ総所得の考え方が重要であり、トータル(生涯)給与の適正水準化のなかで、年金・退職金の問題が解決される。
見直しの手順と退職給付ポートフォリオ
新年金法により、退職給付における選択肢は拡大された。新年金は、規制が多く、使い勝手は悪いが、選択肢の拡大は望ましい。中味をよく理解して、賢く利用すべきである。
具体的な退職給付の見直しにおいては、まず、DBプラン(従前の確定給付)とDCプラン(確定拠出)の「棲み分け」を行うことから始める。
終身雇用の崩壊や企業形態の変更(M&A)への対応などのためには、従業員も自らの処遇を選択してくる。会社と従業員との報酬処遇に関する信頼関係の構築と、確実な支払いとのバランスから、年金・退職金に対する「前払い部分」と「繰り延べ部分(後払い部分)」の分離が必要となってくる。
| 図3 |
 |
確実な支払い、つまり現時点での清算を求めれば、前払い部分となり、新年金メニューでは、DCプランとなる。言葉を換えれば、DCプランは非継続部分の退職給付である。
これに対し、後払い部分の退職給付は、従前の年金・退職金であり、継続部分のDBプラン(確定給付)となる。
DBプラン、DCプランそれぞれに、制度としてのメリット・ディメリットがある。このメリット・ディメリットを適切に認識して、より均衡のとれた退職給付を設計することが大切である。この仕組みを「退職給付ポートフォリオ」と名付けているが、多様化された退職給付メニューのそれぞれについて、メリット(リターン)とディメリット(リスク)を分析し、最適な組み合わせを構築することは、まさに、年金資産運用におけるALM(Asset&Liability Management)の仕組みに類似する。
退職給付の設計・運営は、会社にとって一つの事業であり、退職給付を生産性を向上させるツールとすることが第一義の目的である。どのような給付体系・給付水準にしたら、どのようなメリット(リターン)があるのか、ディメリット(リスク)があるのかを、マネージメントすることが必要である。
ここから、給与・賞与(前払い)と年金・退職金(後払い)のバランス、さらに年金と退職金のバランス、DBプランとDCプランのバランスなどが決定される。
均衡のとれた制度見直し
年金・退職金の設計(見直し)にあたって、退職給付債務(PBO)対策などの経理面・財務面から検討に入るのは、好ましくない。また、現在実施している制度(厚生年金基金や適格年金など)を前提に検討するのも、好ましくない。
あくまで、人事戦略および財務戦略として、退職給付の「あるべき姿」を議論し、最善の制度を構築すべきである。
人事サイドのニーズ、財務サイドのニーズ、そして、従業員サイドのニーズがバランス(均衡)を欠いていると、年金・退職金の制度見直しは失敗する。
従業員の納得性が得られなければ、制度見直しをしても、コストは下がったが収益も減ったということになりかねない。
年金・退職金の制度見直しの目的は、ネットの収益性・生産性を上げることであって、コストを削減することのみではない。
一つのたとえとして、たて、横、高さの合計値を固定した場合の直方体(四角の箱)の体積を最大とするという算数の問題を考えてほしい。
| 図4 |
 |
たて(人事ニーズ)、横(財務ニーズ)、高さ(従業員ニーズ)の合計値、つまり、エネルギーの合計値が一定である場合に、直方体の体積(効果)を最大にするのは、たて、横、高さの長さが同一のとき(均衡がとれているとき)である。
年金・退職金の見直しもこれと同じで、人事ニーズ、財務ニーズ、従業員ニーズのバランスをとるべきだということである。
年金・退職金のガバナンス
最後に、年金・退職金のガバナンスについて、Watson Wyatt Review Vol.17(2001年1月)でも触れたが、再度、述べておきたい。
退職金・年金制度を考えることは、もはや企業統治(ガバナンス)の領域であり、企業内にベネフィット(退職給付)委員会等それなりの組織を設置すべきである。
| 図5 |
 |
現状では、ややもすると、資産運用にばかり検討が行われているが、これからは、制度全体を労使双方の目でながめる場(組織)が必要である。給付内容はフェアでなければならないし、また、無駄な費用(給付)は削減しなければならない。コストを検証し、適正な配分が必要である。ただ、ベネフィットの中味は、最終的には、労使双方にメリットのあるものでなければならない。
退職金・年金の器を効率よく使って、生産性を向上させること、このガバナンスが非常に重要となってくる。退職金・年金の運営は、経営サイドから見て、「生産性向上ビジネス」の一つといえる。
このビジネスにおいて、給付内容について、その「時価」を認識し、均衡のとれた活用方法(適正コストで最大限のインセンティブを与える給付構造を作ること)を見いださなければならない。
(※)マッチング拠出:個人拠出に会社が補助(追加拠出)すること。 戻る
●関邦雄 せき くにお
大阪大学理学部数学科卒。年金数理人。日本アクチュアリー会正会員。三井信託銀行年金企画部部長を経て、ワトソンワイアット(株)入社。退職金・年金制度の設計・変更のコンサルティング経験29年。
|