【巻頭言】
成功しすぎた罠

1.
人材流の均衡モデル

2.
コンピテンシーの均衡を破る

3.
ダイナミックな均衡を生む
関係形式のメカニズム

4.
Global Collaboration Management

5.
事業モデルの新・均衡状態への
アプローチ

6.
パブリック・セクターの脱「悪い均衡」

7.
女性ビジネスキャリアの
伝統的均衡脱出・考

【ヒューマン キャピタル ゼミナール】
神は遊び給う

8.
年金・退職金における
より良い均衡を見つけるために

9.
年金・運用業界のダイナミックな均衡

10.
不良債権問題における「悪い均衡」

.

巻頭言
成功しすぎた罠
Bad to Good Equilibrium Equation

 

ワトソンワイアット(株)
代表取締役社長
淡輪 敬三

          

 このままの日本では、「失われた10年」がさらに15年、20年へと引き延ばされ、最終的に日本の存在価値さえも「失われ」かねない。まさしく、「悪い均衡」から抜け出せない。この悪い均衡の正体とは何だろうか。どうしたら、「良い均衡」へのステップを踏み出せるのだろうか。
 今回のワトソンワイアットレビューでは、現状の企業、経営システム、人材、年金などの問題を構造的な悪い「均衡状態」と捉え、そこから脱出し、良い均衡状態へと到達する方法を考えたい。

   今の日本の状況が世界からどう見えるか。CNNのニュースには「アルゼンチン・日本問題」という表現が頻繁に出てくる。海外から見れば、「最後の最後まで何もしない国」という主旨で、日本とアルゼンチンを同一視している。
 先日、アメリカのシリコンバレーとニューヨークを訪問した。そこで、現地で活動している日本人ビジネスパーソンとの懇談の機会を得た。その中で、特に私がショックを受けたのは、ビジネススクールで日本の話題が教授から語られると、学生のあいだから「失笑」がもれてくるとの話であった。
 私がアメリカに滞在していた80年代前半とは、天と地ほども違う日本の存在感である。ビジネススクールに在籍する日本人も極めて少数になり、今は中国人留学生が目立つという。米国で日本に関するニュースを見る限り、日本人にさえも、本当に日本がアルゼンチンと同じに見えてしまうらしい。愕然とする事実である。日本が世界から「憐憫」の情を受けている「耐えられない姿」である。
 それでは、このような極めて重傷な「悪い均衡」状態がなぜ作り出されたのだろうか。一言でいえば、「成功しすぎた罠」である。戦後の復興期から80年代後半までの40年余りの間、歴史上例のない、国家発展の一大成功モデルとなったのが日本であった。
 ほとんどゼロ、あるいはマイナスの状態から、世界トップクラスの富を持つ国へと一気に駆け上がった。
 国、企業、個人が互いに共鳴し、連動する安定的な「成長モデル」を作り出した。あまりに全体的に整合性が取れた、バランスのよいモデルであったために、その「破壊」がなかなか進まない。過去の成功モデルへの「郷愁」が改革の邪魔をする。その輝かしい過去のイメージが、世界からの日本の現状への落胆の深さとなって現れる。
 例えば、終身雇用制度。過去の日本型経営モデルの根幹に位置する基本コンセプトである。強さの源泉と称えられた思想である。明らかに「弱み」に転じた考え方であるにもかかわらず、これを明確に否定する経営者はほとんどいない。
 実は終身雇用は優れた仕組みである。もしも、厳しく成果を互いに問い合う緊張感が組織にあり、各個人が成長することが強烈に求められており、なおかつ終身雇用を達成しようとするならば、という条件がつく。
 つまり、終身雇用は、@企業が魅力的な成長の場を提供し続け、A各個人が企業の発展を牽引する形で成長する、この二つの条件が満たされないと本当は実現できないからである。要するに、企業と個人が互いに選び選ばれるなかで、両者とも勝ち残った場合にのみ実現できるのである。現状の多くの日本企業に見られるような、企業と個人が互いに依存しあうような「終身雇用制度」は、幻想である。なぜなら、そのような企業は変化の時代に生き残れないからである。
 このように、過去の均衡モデルの構成要素をいったんすべて否定して、もう一度再定義・再構築してみる必要がある。単にアングロサクソンのモデルに追随しても、日本の文化的蓄積が持つ強みを生かせない。我々独自の新たな「良い均衡」モデルが必要である。
 我々は、過去の郷愁をきっぱりと捨てて、新たな一歩を踏み出す必要に迫られている。そんな決意を固める読者の皆さまに、この小冊子が何らかのヒントになればと願っている。


●淡輪敬三 たんなわ けいぞう
ワトソンワイアット(株)代表取締役社長。NKK、マッキンゼー・アンド・カンパニーのパートナーを経て、1997年より現職。戦略、組織、人材を一体で改革する変革マネジメントが専門。東京大学工学部航空学科修士卒、スタンフォード大学修士卒。