【巻頭言】
USモデルの破綻から学ぶ
日本モデルの再構築

1.
ネオ・ジャパン・モデルの必要条件
日本企業の何を変えればよいのか

2.
グローバル・ガバナンス
「グローバルで勝つ」ための
ガバナンスとは何か

3.
成長と進化を引き出すガバナンス

4.
ベンチャー企業の
ガバナンス・ストラクチャー
米国モデルを超えられるか

5.
M&Aにおける
ファイナンシャルバイヤーの
役割デザイン

6.
パブリックセクター・ガバナンスの
新展開
検証メカニズムから人材マネジメントへ

7.
グレイターチャイナにおける
勝ちモデルは存在するか
社会文化的ガバナンスモデルの
一考察

8.
コーポレート・ガバナンス
ヨーロッパの文脈

9.
年金ガバナンス再考
新しい時代を切り開く条件

【ヒューマン キャピタル ゼミナール】
神としての資本と、
資本の支配の正統性

【コンピテンシー ゼミナール】
組織同一視からの開放が
個の力を向上させる

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9年金ガバナンス再考
新しい時代を切り開く条件

 

佐川 利道

ある日曜日に…

 ある日曜日の朝のテレビ番組で、某大臣が日本の銀行の不良債権問題に対する解決策を質問されていた。その返答は、「それは、銀行のガバナンスの問題で……」「銀行にはガバナンスを持ってもらわないと……」「問題解決の鍵は、銀行のガバナンスです……」と、“銀行のガバナンス”なるものに、大変大きな期待を抱いている(というか、責任を被せようとしている)ようなコメントを繰り返していた。
 私は、この大臣のコメントを聞いていて、気分が重くなり、嫌な話だと感じていた。銀行の不良債権問題は、本稿と直接関連するものではないが、ガバナンスというものを考える上では、参考になる事例である。
 ガバナンスという言葉が意味するところは大変広く、そこには、対象となるもの、その切り口で、様々な解釈・考え方が含まれるであろうが、その基本にあるものは、
 「何をするのか?(What ?)」という観念的なものではなく、「どのようにするのか?(How ?)」という視点に立った実効性のある行動、ではないだろうか。
 そうであるならば、直接の当事者ではない人間(それが一国の大臣からだとしても)からあれこれ言われたとしても、当の本人たちが、自らのガバナンスを変えることは極めて困難であろう。なぜなら、Howの視点に立ったガバナンスの持つもう一つの基本は、自らを自らが律するという「自己審判機能」にあるからである。
 したがって、どのような組織であっても、「あなたのところは、ガバナンスが問題だ」と声高に指摘される状況は、組織に対する最後通牒みたいなものである。
 銀行しかり、某食品メーカーしかり、某格付け会社の言う日本国しかり、である。
 さて、本論のテーマは、年金のガバナンスである。その必要性・重要性は、従来から再三指摘されている。
 年金も最後通牒を突きつけられているのであろうか?

2年連続のマイナス利回り

 企業年金の運用収益は、この2年間大幅に悪化した。本来、複数の資産に分散投資することで資産全体のリスクを低減させる効果が、国内の超低金利と株式市場の不振の長期化によって、大幅に減殺されてしまった。過去3年で見ても、平均的な運用収益(年率)は、0%前後という厳しさである(図1)。

図1/年金の運用実績(ワトソンワイアット サーベイ)

 本来、年金運営上はコスト削減効果(長期金利プラスアルファ、予定利率プラスアルファ)を期待されている運用収益が、年金債務の負担増要因の先頭を走っている。
 過去を振り返って語るのはやさしいが、89年12月から2002年3月末までの12年強にわたる国内債券(NOMURA-BPI)の年率リターンは5.6%となっている。極めて皮肉な結果であるが、もし、国内債券に100%配分した運用戦略を89年末にとっていれば、年金債務の問題は生じなかったとも言えるのである。
 なぜ、そうしなかったのか、という後悔の念は強いが、一方で、市場の常として(負け惜しみではなく)、ほとんどの市場参加者がとりえなかったであろう戦略であるがゆえの結果、ということも言えるであろう。
 また、このデータは、資産運用なるものに対してポジティブにとらえる見方と、ネガティブにとらえる見方の両方が出てくることも想像に難くない。
 様々な意見が予想されるが、そのなかで、一つ言えることは、人間の判断は、どうしても結果が出ている過去(それも現在に近い事象ほど)に左右されてしまう、ということである。そして、組織において複数の人間が議論して物事を決めていく場合に、それは増幅されて作用することになる。
 一方で、このような市場環境の中で、運用機関の能力の差がパフォーマンスの差として明確に見られ始めていることも事実である。
 これは、簡単に超過収益(アルファ)を獲得させてくれない市場環境が背景にあるが、それゆえに、ファンドマネージャーやアナリストという運用担当者個人のスキルの差だけでなく、それらの人材が集まっている組織のありよう(カルチャーのような目に見えないものを含め)の違いが影響し始めている。
 そこから、年金スポンサーの運用戦略と運用機関選択の巧拙が、資産全体の運用実績の差に表れ始めている。この事実を、結局はマイナスの中での比較の話にすぎないと言って無視してしまうのは、賢い判断とは思えない。

財務戦略と年金債務

 危機は課題を浮き彫りにし、平時よりも速いスピードで解決策を見出し、実行することを可能にするというメリットを持つ。
 その点では、過去10年以上にわたる運用環境の低迷は、日本の年金資産運用を、何のガバナンスも持たなかった80年代までの状態から、運用面の考え方、体制、リソース等のガバナンス全般に関する進歩を推し進める原動力となったことは確かであろう(図2)。
 また、確定拠出型年金、キャッシュバランス・プラン、代行返上等の制度面からの様々な動きが加速している。
 現在の厳しい環境からは当然だが、年金問題についてのアプローチは財務面からの色彩が濃厚である。年金は企業の債務であり(図3)、財務面から解いていくことが正しいアプローチの一つであることは言うまでもないが、その場合の基本的な思考の方向としては、債務を減らす、債務を他に移す、運用の不確実性を減らす、ということが優先される。これは、会社が傾いたら元も子もないという論調の下で、足元の環境が厳しいければ厳しいほど、その傾向は強くなる。
 ただし、残念ながら、その解決の方向が、将来的に、そして本質的に、常に正しい結果を生むものになるとは限らない。それを左右するものは、その組織とそれを構成する人々が持っている知恵(=ガバナンス)にある。

図2

図3

年金は誰のものか

 年金を取り巻くガバナンスを考える場合に、「年金は誰のものか?」という論点は重要であり、必ず議論される対象であろう。  この問いかけは、年金債務に対する責任=受託者責任は重要であるがゆえに、加入員の受給権の確保が最優先で守られなければならない、というような論調となりがちである(これは、正しい考えであり、否定するものではない)。
 受託者責任に関するコンプライアンス面からのサポートが不十分な状況にある日本(図4)においては、このような論調は、重要な意味合いを持っているものの、債務を負担する側の義務を、必要以上に強調する議論となる傾向を持つと思われる。
 モラルダウンではないが、「義務」という視点を通じて年金債務というものをとらえると、そもそも受託者責任というものに対する意識が低い現状では、責任を負う側にとって重い負担以上の価値を見出せない。ましてや、その遂行を強制する法令上の規定も不明瞭なのであれば、厳しい環境下においては、その必要性や優先順位が低く見積もられやすい。企業の義務としての年金債務というとらえ方では、単にそれを払えるか、払えないか、という議論となってしまう。
 これが、年金債務に対する対応が財務面に偏りがちとなる背景にあるのではないだろうか。

図4

義務から戦略へ

 年金も給与の支払いの一形態であるならば、そのような支払い方法が、従業員のインセンティブとなったり、モチベーションを引き上げる作用を持つものである必要がある。その意味で、すべての企業に年金制度が必要ではないであろう。しかし、一方で、年金制度を必要とする企業も少なくないのである。
 ビジネス戦略上で、十分に、この点の整理ができれば、年金は企業が前向きに払うべきお金として、優先順位は高いものにセットされ、具体的な制度と資産の運用戦略について、最適な体制を目指す必要性が飛躍的に高まることになる。
 年金が、それにかかるコストに見合う、もしくはそれ以上の付加価値を生み出す源泉となれば、財務面の問題は、いかに年金コストを賄うかではなく、いかに効率的な資産運用を行うか、という方向にシフトする。

年金ガバナンス再考

 現在の年金債務が厳しい状況にあることは厳然とした事実であるが、将来を見据えた戦略に基づいた判断(当然に、年金をやめるという判断も、年金ガバナンスには含まれる)を行うことが、今こそ重要であることは論をまたない。
 これからの年金ガバナンスを切り開いていくには、企業が、年金をビジネス戦略における有効な戦略ツールとして、具体的に位置づけられるかどうか、ということが条件になるであろう。

 その判断を誤った企業は、将来、「年金ガバナンスが問題だ」、という最後通牒を突きつけられることになるであろう。


●佐川利道 さがわ としみち/ 安田信託銀行および安田信投資顧問にてファンドマネージャー。年金等の運用、商品開発に従事。当社入社後は、資産運用コンサルティングに従事。資産運用に関する論文。スポンサー向け資産運用セミナーの講師を務める。慶応大学法学部卒。