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【巻頭言】 |
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巻頭言
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ワトソンワイアット株式会社 |
コーポレート・ガバナンスの本質について考えるとき、エンロン破綻のインパクトが極めて大きなものであることに気づく。この事件は、90年代から盛んに議論された「グローバルスタンダード」議論の見直しを迫っている。いわゆるアメリカ型企業モデルの限界を鮮やかに描き出しているからである。「株主価値」一辺倒の経営モデルの問題点が誰の目にも明らかになった。
では、問題は何だったのか。表面的には、ガバナンス構造の不備、大手アカウンティングファームを含む監査体制の見直しと強化、企業業績の情報開示の徹底によるマーケットの信頼回復などが議論され、改善の方向が模索されている。
しかし本質的な問題は、過度ともいえる「株価」中心のマネジメントの価値観にあると思う。つまり、会社は株主のものであるという原点に関わる問題である。もう一歩進めて考えれば、企業の存在意義は何かという問いである。さらに、資本主義の限界という議論にもつながっていく。
おそらく、エンロンのCEOは自分自身と株主にしか興味がなかったのではないかと思える。もっとはっきり言えば、自分の収入と株価だけを見ていたのに近いのではないか。社員にも、顧客にも、実はほとんど関心がなかったとしか思えない。
そして、エンロンのような会社は実はこの世の中にたくさんあるのではないか。このような価値観は多くのアメリカ企業に見られ、日本企業の中にも見つかる。ある意味で、資本主義社会の欠陥でありながら、市場ダイナミズムの源泉にもなりうる。
しかし、そんな「収益マシーン」だけが存在意義の企業はいずれ消えていくに違いない。そんな企業の成功と挫折の一生を普通企業の数十倍の速度で見せてくれたのがエンロンだったのではないか。
つまり経営モデルとして、エンロンは典型的なアメリカ企業であり、「スピード」の観点を除けば決して特殊な会社ではない。この観点から、もう一度日本企業を見直すことの意義は大きい。
ここで、エンロンの破綻で浮き上がったアメリカ企業モデルと、行き詰まってしまった伝統的日本企業モデルを対比して考えてみよう。
エンロンで見られるように、ほとんどのアメリカ企業は強烈なトップダウンのマネジメントスタイルをもっている。つまり、ボスの命令は絶対である。したがって、トップの競争力がそのまま企業の競争力に直結する。このため、トップの牽制機能としての社外取締役制度やボード機能が発展した。
一方、日本企業の権限構造は極めてあいまいな場合が多い。ある機能では、ほとんどトップに実質的な決定権がなかったり、現場の力が極めて強かったりする場合も珍しくない。つまり、社長といっても、その企業にとっての「社長」という一つの役割を担っているにすぎない場合がある。役割分担モデルであり、必ずしも絶対的な権限を持っているわけではない。
この結果、アメリカ企業のトップは、実質的に自分の進退の決定権を持つ「マーケット」への傾斜を強め、マーケットの過度な期待に過敏な姿勢に陥るリスクが生じる。株価が上がり続ける限り、毎年数十億円規模の収入を得るCEOも珍しくない。
基本的にアメリカのモデルは “Winner takes all”、つまり、「一人の勝利者が全部取る」モデルである。アメリカン・ドリームを生み出す一方、90%の負け組が生まれるモデルでもある。
私の直感としても、毎年数十億円の価値を生み出し続けるトップというのは現実性に乏しいのではないか。この圧倒的な差が生み出される不安定な社会モデルが、アメリカが受けた同時多発テロの悲劇に連なっているとも解釈できる。
一方の日本モデルは、悪く言えば「横並び」だが、突出を避ける知恵が働く社会である。例えば、「士農工商」という思想に表れている。「尊敬される地位につくものは金がない」のように圧倒的な勝利者をつくらず、互いに機能分担し、全員が「中流」になり、安定した社会を作る知恵を持った文化である。世界で一番安全な国を作り上げた原動力でもある。
この役割分担という考え方は、以前から本レビューの中で主張してきた「ヒューマンキャピタル思想」にも通じる。本来人材は各々独自の強みがあり、その強みをネットワークしたフラットな組織が最も創造性に富む強いモデルになりうる、という仮説である。
日本はアメリカ・モデルの追従から脱却せねばならない。今後世界の発展に寄与するためには、日本独自のモデル、根源的にフラットでしかも透明性の高いガバナンス・モデルが必要になるのではないか。これを私は、「ネオ・ジャパン・モデル」と呼んでいる。
透明性をもった市場原理の活用などの、アメリカの知恵はとことん学びながら、日本の文化的蓄積を生かした企業モデルへと「超える」必要がある。そんな認識に立ち、本レビューでは「ガバナンス」を多様な軸から点検したいと思う。読者の皆さんとともに、日本発で世界に通ずる「未来形」を作り出していくために。