【巻頭言】
ペンション・エコノミクス

1.
日本のペンションの将来

2.
資産運用プロフェッショナルとしての
年金運用

3.
アルファ・マネジメント

4.
デフレを克服する
年金資産運用を考える
αの追求に活路を

5.
グローバル市場における
株式期待収益
株式収益は債券を上回るか

6.
ワトソンワイアットの
マネジャー・リサーチ
未来は変えられる

7.
何によってパフォーマンスの差が
生じたのか?
過去3年間の分析からの考察

8.
意思決定のリスク
行動ファイナンスからの考察

9.
年金のステイクホルダーとしての株主
米国年金のファンディング悪化と
株主プレゼンスの高まり

10.
議決権行使のエコノミクス

11.
年金の未来ベネフィット
SRIのもつ本来的意味の考察

.

意思決定のリスク
行動ファイナンスからの考察

 

川辺 純

 ペンション運営に関わるすべての経済的効果を総合的に判断する「ペンション・エコノミクス」という考え方では、「意思決定」が重要な役割を占める。年金資産運用のみでなく、年金形態や制度、年金ガバナンスのあり方も含め、ペンション運営に関わる様々な場面で意思決定の機会が増えると同時に、その意思決定自体が及ぼす影響も格段に大きくなる。
 しかも、特に資産運用に代表されるような、“正解”が存在しない「ペンション・エコノミクス」の多くの諸問題においては、要求される意思決定に対して、100%正しい意思決定を行うことは不可能であり、その時点において最善と思われる意思決定も、それが100%正解であるかどうかは、将来になってその時点を振り返ってみない限りわからない。  しかも、この人間が行う判断には、通常、知識不足や事実誤認による判断ミス、経験や周囲に無意識のうちに影響を受けた安易で慣習的な判断などが、知らず知らずのうちに含まれている可能性が高い。直近の極端な市場環境に影響を受け、意図せずして意思決定にバイアスがかかっていたり、周囲を意識するあまり、他社の投資行動に盲目的に追随したり、意思決定に明確な哲学を持たないために正確な意思決定プロセスが阻害されてしまうことはよくあることである。
 もちろん、前述の通り、100%正解な解は求めようがないが、最善な意思決定を行う努力こそがペンション運営に携わる立場として求められる役割なのであり、その意思決定プロセスが、無意識のうちにバイアスがかかっている可能性があるのならば、そのリスクを認識し、何らかの対策を立てることが急務である。

意図せざるリスク

 さて、ここで、無意識のうちに意思決定が阻害されてしまう例として、以下のコイントスの話を考えてみる。

表裏の出現確率がそれぞれ50%であるコインを投げるとする。過去2回のコイントスでは、「表」「表」 と続けて2回、表が出たとする。果たして次はどちらの目が出ると思うか?

 言うまでもなく、「表」「裏」の出現確率は半々であり、コイントスの出現確率は過去の結果によらないので、「次にどちらの目が出るかはわからない」が正解となる。
 それでは、過去5回、「表」−「表」−「表」−「表」−「表」と、5回連続、表が出たと仮定した場合はどうであろうか?
 理屈では、前回同様、確率は半々であるから、「次にどちらが出るかはわからない」が正解なはずではあるが、さすがにそろそろ次には「裏」がくると思ってしまう人もいるかもしれない。または、ひょっとしたら、このコインはいかさまで、次も「表」が出ると思う人がいるかもしれない。実際には、「表」「裏」にかかわらず、同じ目が5回連続出現することは、確率上、16回に1回は起きることである。(※1)

 さて次に、ペンション運営の立場として、以下の資産運用の意思決定のケースを考えてみる。

平成13年度は、株式相場が大幅に下落したので、今年度の株式比率を下げた(上げた)。

 前述の単純なコイントスの試行とは異なり、市場は、トレンドやサイクル、売られすぎ・買われすぎによる適正水準への回帰といった明らかにコイントスとは異なる動きをするが、それを考慮しても、先程のコイントスにみられたような、直近の結果に意思決定が無意識のうちに影響を受けている可能性が全くないと言い切れるであろうか?
 負債状況の切迫による許容リスクの変化や、運用環境の変化による資産仮定の見直しの結果といった正当なプロセスや理由であれば、もちろん、問題はないが、根拠のない悲観的で短絡的な意思決定であったとすれば問題である。仮に、株式市場の期待収益率を5%、想定リスクを20%と仮定すると、単年でマイナス20%を下回ることは、確率上、10年に1回以上は起きることである。
 ペンションを取り巻く状況がますます悪化して、冷静な意思決定がますます重要となってくるなか、知らないうちに、意思決定において自らの意図せざる判断バイアスをもつということは、大きなリスクである。

意思決定時におけるリスク

「ペンション・エコノミクス」という広範な概念においては、リスクは多数存在する。年金制度設計上のリスク、負債と資産のミスマッチリスク、資産運用に関していえば、市場リスクや運用機関ストラクチャー設計上のリスク、運用機関のスキルに基づくアクティブリスク等々があげられる。
 このなかで、前述の意思決定における意図せざる判断バイアスのリスクは、「ペンション・エコノミクス」のすべての問題の意思決定において影響を与える可能性がある。こういった無意識のリスクをコントロールするためには、先ず、このリスクの存在を認識することと、明確な意思決定ディシプリンと管理ルールを設定することが大事である。
 意思決定が無意識のうちにバイアスがかかりやすい状況を事前に認識、想定しておくと、同様な状況に遭遇したとき、自らの意思決定を、異なる角度から客観的に検証しようとする意識が生じる。意思決定自体の「検証」プロセスである。
 また、ペンションの正しい現状認識に基づいて設定された将来のペンション運営哲学は、場当たり的でない一貫性のある意思決定を可能にする。そして、その一貫した哲学が変化する環境の中で変わらないために、事前に管理ルールを設定し、その決められたルールに基づいて運営を常に監視、修正する「検証」の仕組みも重要となる。

意思決定バイアス:
資産運用における過去リターンの有効性

 資産運用においては、いわゆるスパゲッティチャートで知られる通り、運用機関が良いリターン(パフォーマンス)を継続して出し続けることは困難といわれる。過去の高いリターンは将来のリターンを保証しないことはわかっていても、特に直近のファンドリターンの良し悪しや、運用機関から提示される過去の実績データに、運用判断が無意識のうちに影響を受けてはいないだろうか。

 実際、Winvest
(※2)サイトに登録されている国内株式ファンドのうち、2002年3月末から過去3年以上実績リターンデータが存在する118ファンドを対象に検証を行った結果、対象ファンドのすべてのファンドが、3年間で一度は、月次リターンのユニバース内順位が上位30%を突破し、かつ一度は下位25%を下回る結果となった。

図1のグラフは、アクティブファンド106ファンドに対し、3年間の期間内でユニバース内で記録した最高パーセント順位(横軸)と、それを達成したファンドの割合(縦軸)を、1、3、6、12カ月の各期間リターンで比較したものである。
 グラフより、すべてのアクティブファンドが、3年間に一度は月次リターンのユニバース内順位が上位20%以内に入ることがわかる。また、リターン算出期間が比較的長期で、ユニバース内で高い順位を得るファンド数が絞られる年次リターンで検証しても、7割のアクティブファンドは、ある特定の期間ではユニバース上位25%以内に入ることが、また、アクティブファンドの半分は、ユニバース上位15%以内に入ることがわかる。
 すなわち、すべてのファンドは、どこかしら特定の期間を切り出してリターンのみを比較すれば、他のファンドより比較優位なリターン結果を表面上残すことが可能ということ、また、特に短期のリターンは、ファンドの本質を理解するうえであまり参考となりえないことを示唆している。
 しかし、これは、過去の実績リターンは全く意味がない、もしくは、スキルのあるファンドであっても継続してよいパフォーマンスは出せないといったネガティブな意味ではない。スキルがあるファンドは過去に良い実績を残している可能性が高いと考えられ、また、リターンのぶれは、そのファンドに対して事前に想定していたリスク水準と比較して判断すべき問題である。要は、過去のリターンデータ、特に月次や四半期といった短期のリターン数値に過剰に影響を受けてのファンド評価は、ファンドの本質を見誤る可能性があり、リスクや定性評価といった異なる視点と併せて客観的に評価すべきということである。

 期待アクティブリターンが年率3%、想定アクティブリスクが年率6%(インフォメーションレシオ:0.5)のファンドが、年間でベンチマークを下回る確率は30%以上である。

意思決定バイアス:スタイル分散の有効性

 次に、アクティブファンドにおけるスタイルの影響を確認するため、図1のアクティブファンドのユニバースに対し、スタイルインデクス(RUSSELL/NOMURAインデクス)をファンドと見なして同様の検証を行うと、ある特定の期間のバリューインデクスの年次リターンは、ユニバース上位2%の順位となった。

図1/ユニバース内最高順位比較

 これは、スタイルがリターンの大きな決定要因となるような状況では、ファンドの過去リターンや相対順位から、ファンド(運用担当者)の巧拙を判断することはさらに困難であることを示していると同時に、ポートフォリオ全体としてのスタイル管理の重要性を示している。
 もちろん、スタイルは、運用担当者のスキルや運用哲学をベースに表れる運用結果を、便宜上分類するための一つの手段であって、決して逆ではない。スタイルに気を取られ、その元となるスキルを見失うことは本末転倒であるが、運用スキルの結果表れるポートフォリオ特性に、結果としてスタイルバイアスが確認できるのであれば、それはリスクとして認識、管理すべきである。スキルを常にモニタリングするのは困難であるが、その結果であるスタイルをチェックすることは比較的容易で有意義である。(※3)

 スタイルが異なるファンドを組み合わせることにより、ポートフォリオ全体のリスクが低減する効果は、ファンドのリスク分散効果としてよく知られている。これは、スタイルが異なるファンド間のリターンは相関が低いことに起因する。Winvestサイトに登録されている国内株式の成長型、割安型ファンド(※4)に対し、互いに異なるスタイルのファンド間のTOPIXに対するアクティブリターンの相関(アルファ相関)を検証すると、やはり、異なるスタイル間のファンドには大きな負の相関が見られる(図2)。

図2/成長−割合ファンド(規模中立)間のアルファ相関分布
(1999年4月〜2002年3月末)

 しかし、こういったアルファ相関が低いファンドを組み合わせるスタイル分散の結果、リスクは減少するが、期待リターンが増加するわけではない。スタイル分散は、あくまでリスクの側面のみの議論であって、期待リターン水準とは全く無関係である。
 確かにスタイル分散を考慮することは、リスクの観点においては、正しいアプローチといえる。しかし、スタイル分散のみを判断基準とすることは、運用効率の観点においては、期待リターンのトレードオフを考慮しない、誤りやすいアプローチである。
 リスク分散だけが目的ならば、基準ベンチマークに対して相反するスタイルインデクス(例えば、成長型と割安型インデクス)に委託すれば十分である。実際、2002年3月末を基準とした過去3年間のRUSSELL/NOMURAスタイルインデクスの成長型、割安型インデクスの対TOPIXのアクティブリターンの相関は、−0.90と非常に高い負の相関となる。極端な話、アクティブリスクをゼロにする目的だけでリスク分散を行うのであれば、そもそもインデクス運用で十分である。
 リスク当たりリターンの向上を目的とする運用効率の観点からは、スタイル分散というリスク的側面からの単純なアプローチではなく、ファンドの性質やスキルの理解に基づいたスキルやプロセス分散の結果、スタイルの分散が図られるアプローチが本質的である。

リスク管理ルール

 意思決定における無意識のバイアスリスクや、スタイルバイアスリスクは、意思決定にルールを設けたり、リスクを定量的に管理することで、ある程度防止可能である。
 アセットアロケーションにおけるリバランス・ルールを例にとって考えよう。年金資金全体を、事前に決められた資産配分に合わせるために定期的な調整(リバランス)を行うべきか否かといった議論は、リバランス・ルールに基づいてリバランスを行ったほうがいいという報告もあれば、リバランスを行わずドリフトさせたほうが、結果的に過去何年間ではよかった、といった結果を導くこともできる。
 しかし、大事なのは、結果的にリターンが良かった悪かったの議論ではなく、市場という不確実な事象に対してペンションが行った投資行動に対する正当性である。事前にリバランス・ルールを設定し、それを遵守することで、本稿前半に触れたような資産配分に関する無意識のバイアスリスクを未然に排除できる。また、リバランスを行わず資産をドリフトさせることにより、当初想定した資産配分から乖離するリスクを容認することになる。負債状況と市場リスクを勘案して、合理的で妥当な資産配分とリスク・バジェットを事前に策定しているならば、当初想定した以上のリスクをとることや、想定以下のリスクしかとらないことは、当初の意思決定を覆すだけの客観的で論理的な説明が必要である。  また、アクティブリスクも含めたポートフォリオ全体のリスク総量を管理する手法としては、リスク・バジェッティング手法などが有効である。リスク・バジェットとは、ポートフォリオ全体で許容できるリスクの総量を決めたうえで、そのリスク総量を、様々なリスクファクター(資産や委託運用機関など)に配分し、管理する手法である。リスクを細分化して管理することにより、定期的なリスク・モニタリングにおいて、より正確なリスク・ポジションの把握と修正が可能になる。

 リスク・バジェットの結果得られるリスク情報は、資産運用において自らの意思決定のベースとなる一つの判断材料にすぎないが、無意識の意思決定バイアスを回避するためには、こういった客観的な情報を定期的に測定、管理することがその第一歩であり、客観的な情報に基づかない意思決定は、何らかの無意識のバイアスが入り込んでいても不思議ではない。

客観的情報の重要性とリスク管理体制

 本稿では、スパゲッティチャートにみられるリターンの不確実性や、スタイルバイアスという市場環境に左右されるリスクの存在に焦点を当て、それらを回避するためのルール設定の必要性や、リスク管理の重要性を述べてきた。これはすなわち、本来主観的である意思決定において判断のベースとなる客観的情報の重要性を意味しており、これは資産運用に関わらず、ペンション・エコノミクスに関わる意思決定が必要とされる諸問題においても、その重要性は同様である。
 本稿の初めで触れた通り、人間の意思決定には無意識のうちに何らかのバイアスが入るものであり、このような研究は「行動ファイナンス」として、理論経済学のフレームワークとは別のアプローチとして、経済学を含む様々な分野で注目されてきている。このような「行動ファイナンス」でいうところの「合理的でない」行動や判断を防止するために、客観的情報の確保、そして、それを合理的に管理・運営する仕組み構築の重要性が増してきている。


(※1)「表」が5回続くことは、32回に1回の確率である。

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(※2)Winvestサービス(www.winvest.ne.jp):ワトソンワイアット社が、運用機関と年金をはじめとするスポンサーをつなぐインターネット上の新サービスとして2001年度にリリース。2002年3月末時点で、運用機関は約100社、スポンサーは約200社が会員登録しており、運用機関のデータ登録、およびスポンサーのデータ閲覧はすべて無料。 (当サービスに関するお問い合わせ先:support@winvest.ne.jp

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(※3)例えばWinvestのMDBツールを利用することにより、スタイル分析を行うことが可能である。

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(※4)ファンドのスタイル分類は、各運用機関がWinvestに登録したファンドスタイル情報に基づく。

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●川辺 純 かわべ じゅん/CRC総合研究所を経て、ワトソンワイアット(株)に入社。資産運用における分析や評価、ALM分析等を中心として、人事戦略まで含めた「情報」に関する幅広い問題に対し、IT技術の効果的活用による問題解決のコンサルティングを行う。東京大学理学部情報科学科卒。