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【巻頭言】 |
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年金のステイクホルダーとしての株主
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船井由美 |
この夏、米国の年金は二つの意味で市場の注目を浴びることとなった。一つは株価低迷を受けたアンダーファンディング(積立不足)の問題である。もう一つは、エンロン事件以来、会計不信が高まるなか、不正の一つの温床となりやすい会計項目としてである。ところで、前者の積立不足が株式相場の低迷の影響を大きく受けた結果である一方、後者の会計不正が行われる直接の目的は株価コントロールであるから、両者は「株式」という点で相互に結びついている。本稿では、昨今の米国年金のファンディング悪化に伴うステイクホルダー(利害関係者)としての株主のプレゼンスの高まりを考察する。
各所で報道されたように、株式相場の低迷により、米国の年金基金の財政は悪化している。GMの年金基金は、2001年12月末時点で、90.6億ドルの積立不足となった。予測給付債務(PBO)は前年比わずか0.3%上昇の764億ドルであったが、年金資産の適正評価額は13.5%減少の673億ドルとなった結果である。同社の年金は前年の17.3 億ドルの積立超過から107.9億ドルへと大幅悪化しており、3年ぶりの拠出が行われる。また、アンダーファンディングにこそなっていないが、GEのオーバーファンディング(積立超過)も212億ドルから146億ドル、IBMでは70.5億ドルから9.6億ドル、ダウケミカルでは24.5億ドルから0.8億ドルへと大きく縮小している。
2000年に弊社米国法人が米国企業500社に対して行った調査では、実に約9割の企業が積立超過であった。しかし、去年の相場下落、さらに今年に入ってからの下落を考慮すると、現状オーバーファンディング状態にある会社はその4分の1以下に低下していると推測される。
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表1/各社ファンディング状況 |
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こうしたファンディング状況の変化自体は特段驚くべきものではない。例えばGMの年金はかつて、90年代前半にも20億ドル近くの積立不足にあったことをご記憶の読者もおられるだろう。ファンディング状況は実現リターンと諸前提次第でまさにローラーコースターのように変動するものであり、過剰反応すべきではないというのは、多くの投資家もわかっているところだ。しかしながら、今回の状況がこれまでと違っている点は、団塊の世代の定年時期を控えて給付によるキャッシュアウトが差し迫っている企業が多い時期に、資産運用収益の先行き不透明性の高まりが重なった点である。すなわち、ファンディングの緊急性が高まると、通常であれば設備投資等の生産活動に向けられたであろう資金が非生産活動に振り向けられることになり、企業の成長計画にまで影響を及ぼす可能性があるという点である。このとばっちりを一番大きく受けるのは株主だ(※1)。投資家の関心も否応なしに高まるというものだ。
例えば、先に述べたGMの積立不足額の91億ドルといえば、同社株の時価総額の約3割(※2)。同社によれば、2002年前半において同社の年金資産がさらに3%下落したため、現状のままで推移すると同社の積立不足の額は120億ドル水準まで拡大することになる。そこで、同社では2007年までにあと90億ドルのファンディングをする用意があり、その一環として、進行中のヒューズエレクトロニクス社の売却をはじめとした100億ドルの調達のプランがあることを発表している。このように、GMのようなオールドインダストリー企業、あるいはハイテクでもIBM(同社のファンディング水準は70.5億ドルの超過から9.6億ドルに縮小)のような大規模年金を持つ企業では、年金基金のファンディング発端の設備投資抑制、事業再編成の引き金になるような状況が十分考えられるわけだ。本業の事業環境自体がよくなっても、状況次第では、想定シナリオが成長原資の点から覆されてしまいかねない。投資家にとっては、たかが年金、といった問題ではすまなくなる。
これに加え、会計不信の高まりから「利益操作のツール」としても年金会計が注目を浴びている。年金会計は様々な前提に基づいて計上されているが、その前提の設定によって業績状況の操作が行われているというものである。現状に関していえば、多くの企業は高めの期待リターンを設定することにより、費用の計上を抑え問題を先送りすることで当期利益の水準を保っていると主張するものである。米国会計基準FAS87において年金コストは
で計算されるが、この長期期待収益率が高すぎるというのである。
この議論には、かのウォーレン・バフェット氏の発言が色濃く影響している。2001年12月の決算において、同氏の率いるバークシャー・ハサウェイ社は、自社年金における期待収益率を8.3%から一気に6.5%まで引き下げた。氏は「株式のリターンは向こう10年程度を考えると相対的に低迷することが予想され、過去の平均リターンである11%に対して5〜7%に留まるだろう」と述べている。さらに「そして今後しばらくはこの状況が続くと予想されることを考えると、年金に対するリターンの前提を引き下げないということは、CEOであれ、監査人であれ、数理人であれ、投資家を誤解に導いた(misleading)と訴えられるリスクを背負い込もうとしているようなものだ」と述べている。
当社の米国法人が2002年前半において米国企業に対して行った調査(回答数463社)によれば、2001年における期待リターンの平均値は9.15%(前年は9.18%)であった。全体の9割が8.0%から10%のレンジに収まっている。すなわち、現実的なリターン前提としてバフェット氏の言う6.5%の水準まで引き下げなければならないとすれば、すでに積立不足となっている基金はもちろんのこと、現状プラスが出ている企業の多くも積立不足に陥るのは必至である。これは企業業績を大きく圧迫し、株式市場の波乱要因となる可能性が高い。
6.5%という特定数値の妥当性については、バフェット氏のコメントが10年程度のタイムホライズンを前提としていることを踏まえれば、真っ向から反対するべきものでもないが、その一方で、年金のタイムホライズンは10年よりかなり長いことを考えればmisleadingといいきれるかどうかは議論の余地もあろう。例えば過去40年でみた米国株式のリターンは7%を超える。また、バフェット氏が6.5%を設定した昨年12月時点のダブルA社債の利回りは7.25%であったから、これを基準にいくばくかの株式プレミアムを想定すると、8%近辺のリターンは保守的だと考えることもできる。
しかしながら、リターンは長期的に一定水準に収束するという理論に基づけば、向こう数年に渡り、これまで見られた高リターンの裏返しが起こることもありうる。もし、引き続き市場低迷が継続した場合には、期待リターンと実現リターンの差異による繰り延べコストは増加し、期待リターンの下方修正をする企業は増加しよう。GEは昨年、年金資産のリターンの悪化が業績にマイナス効果を及ぼす見込みであると報告した。同社は、その業績トレンドの継続性で有名な企業である。そして、同社はもちろん否定しているが、その一端を担ってきたのが年金会計であると批判されてきた。利益マネジメントの存在はさておき、このような企業においてすら、年金の積立状況が業績に影響を与え始めたことだけは明らかである。会計スキャンダル以降の監視を規制強化から、前提について以前ほどの裁量の余地はなくなることが予想されるが、その結果、下方修正を余儀なくされる企業がでてくる可能性が高い。
米国の株式相場が好調なときは、米国企業年金の多くが期待リターンを上回る実現リターンを得、ファンディングを超えた分については本体の最終利益を嵩上げしてきた。2001年においてすら、S&P500社のうち利益が年金によって10%以上嵩上げされていた企業が35社もあったという。いまやその逆のことが起ころうとしている。相場がこれ以上下がらないにせよ、現状のような停滞した動きを続けていれば、追加的ファンディングをしなければならない企業が続出するのは明らかである。そして、それが業績の圧迫要因、そしてビジネスプランの変更要因となる可能性が高まるにつれ、年金に対するステイクホルダーとしての株主のプレゼンスは高まってこよう。
これはさらなる利害関係の複雑化を意味する。年金経営が稚拙であったために業績に大きなマイナスが生じるようなことがあれば経営陣はそのような運営者を任命したことの責任を追及されるだろう。その一方で会計に対する監視の目が厳しくなっている分、前提等の操作だけでマイナスの大きさをごまかすことは格段に難しくなってくるだろう。
基金運営者が直面する利害関係は特に複雑だ。これは英国で実際に起こっている話だが、業績悪化に伴い積立不足にファンディングできなくなった企業が確定給付年金を廃止しようとしたところ、当然のように従業員は経営陣に対し集団訴訟を起こした。しかしそれだけでなく、従業員は基金運営者に対しても訴訟を検討しているというのである。その理由は「制度の廃止に同意することは明らかに受益者の利益に反する。基金運営者としての受託責任を果たしていない」ということであった。
以上のように、株価低迷によるアンダーファンディングおよび会計不信の影響から年金会計に対する株主の注目が高まっている。この背景には、先に述べたように年金のファンディング問題でとばっちりを受けるのは、受益者ではなく株主であるという事実がある。株主は自らの資産の保全のため、経営陣に、また経営陣への要請を通して間接的には基金運営者にも、様々な要求を突きつけてくるかもしれない。
かかる状況ですべきことは何か。結局当たり前のことを当たり前にするということに尽きてしまうのだが、その中には種々の前提条件に関して、運営者として本当に納得のできるものかどうかの再確認があろう。例えば、上記で述べた株式のリターンである。株式は今後も高リターンであるという前提は納得して受け入れられるものか。そうだとすれば、それを説明するロジックは何か。そういった点について自らが本当に納得できるかを、再度点検したうえで、パフォーマンスの健全化を図るための適切なマネジャーセレクションおよびストラクチャー構築を行わなければならないのである。そして上述のスポンサーと受益者の利害の対立は当然受益者第一の行動を取る。この場合は株主が何と言おうと、である。理にかなった受託者責任の遂行は、究極的には従業員の士気にプラスに働くはずであるので、株主に対しても説明可能だからだ。
株主のプレゼンスが増すということは、時に移ろいやすい考え方を強制されることもあろう。しかしながら、全体としてはパフォーマンス重視の方向に進むわけだから、例えば、弊社においてθファクターと呼んでいる状況(親会社との関係等々により、運用パフォーマンスやサービス以外の理由で運用機関を採用せねばならないことなど)の排除が促進されることになり、長期的には運営者にとってやりやすい環境になっていくと考えられる。
(※1)何しろ、株主の企業に対する請求権はすべての支払いを済ませたあとのものに対してなのであるから。
(※2)同社の利益が2000年度で45億ドル、2001年度は6億ドルだったことから考えても相当な規模である。
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