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【巻頭言】 |
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ペンション・エコノミクス
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佐川利道 |
図1のグラフを見てほしい。
日本の人口は、1500年頃は1700万人であったが、1800年頃には2800万人と、300年間で1100万人(65%増)増加したと推計されている。そして、1900年までの100年間で1700万人増(61%増)の4500万人に加速し、2000年までの100年間では、8200万人増(182%増)の1億2700万人に激増している。しかも、この間の生産可能年齢人口(20〜64歳)は、第二次大戦後、総人口の40%台から60%超の水準まで急上昇したのである。
まさに、「人の洪水」であり、日本の成長の源泉である。
では、今後の100年間はどうなるであろうか?
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図1/日本の人口推移 |
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2002年1月に公表された「日本の将来推計人口」(国立社会保障・人口問題研究所)によると、日本の総人口(中位値推計、以下同じ)は2006年の1億2800万人でピークアウトし、2050年には2800万人減少(2006年比で、22%減)の1億人となる。日本の人口は完全な減少期に入り、生産可能年齢人口の比率も低下に向かい、超のつく少子高齢化時代を迎える。
そして、2100年には6400万人と、ピーク比で実に50%の減少となる。これは、1930年頃の人口に逆戻りしてしまう水準である。
この推計は、かつて日経新聞に0勝4敗と酷評され、推計方法等も完全なものとは言い難いが、この推計結果は歴史的に見てもショッキングである(この人口の動きを、同時代の社会・経済の動きと重ね合わせてみるのは大変興味深いが)。
しかし、今後100年間で人口が50%(年率換算−0.7%)も減少するという推計に対しては、それを修正する動きが出てくると考えるほうが素直というものではないだろうか。その代表的な動きが、「出生率の回復」「生産性の上昇」「移民の増加」であろう。いずれも一筋縄ではいかない、これまでの社会の仕組みを変えていかなければ実現しない動きであるが、これらの動向次第で、(人口は減るとしても)「壮」を維持することも可能であろうし、いつまでも元気な「老」となれるかもしれない。
いずれにしても、現在の日本という国が、「壮」の時代から「老」の時代に入り始めるかもしれない、大きなターニング・ポイントにあることは確かなようだ。
企業年金とビジネス(図2)。
今や、企業年金(確定給付年金:DB)の資産と負債が持つリスクは、重要なビジネス・リスクの一つになっており、ここが、日本の「ペンション・エコノミクス」の主戦場である。
日本がターニング・ポイントに入り始めたという時代の流れのなかで、企業の存続が永続的ではないという事実が顕在化した。
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図2/年金とビジネス |
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これが、一企業が年金(DB)を維持していくことの是非に関する疑問の根っこにある。年金問題が、財務主導にならざるをえない背景でもある。グローバルな競争の激化が、企業の生残り競争に、さらに拍車をかけている。
一方で、日本が「壮」から「老」への入り口にいるとすれば、これからの社会は、人口が減少するなかで経済成長を維持しなければならない、という大変困難な問題に直面する。
歴史を振り返ると、古くは、14世紀半ばから16世紀に英国・欧州を襲った黒死病、18世紀の日本における享保・宝暦・天明飢饉、19世紀後半のアイルランドにおけるジャガイモ飢饉とその後の海外移民の急増、1980年以降のハンガリーにおける出生率低下、などの長期的な人口減少の事例がある(表1)。
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表1/歴史上の人口減少事例 |
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内容の詳細は省くが、(現在の日本に当てはめることは乱暴であるが)、いずれの場合も、労働人口の低下による賃金上昇や、新技術の開発、新市場の創出等により経済成長はプラスを維持し、その後の人口回復につながっている。必ずしも悲観する必要はないようである。
これからの日本では、生産可能年齢人口の減少に伴い、女性や老齢者の雇用拡大、雇用形態の変化、さらに外国人の雇用(国内の雇用、海外での雇用)が増大することも考えられる。ライフ・スタイルも一様ではなくなる。企業としては、このような環境下で、いかに有能な人材をリクルートし、リテインできるかが、存続と成長にとって極めて重要になることは言うまでもない。
解決の糸口は、人口の減少と平行して起こる可能性のある、「社会の多様化」という変化の中にあるのではないだろうか。
この動きは、組織から個人という価値観の変化としてすでに始まっている。それを許容しない内向き志向の組織は閉塞観が高まり、有能な人材をリテインすることが難しくなり始めている。日本企業に増えている様々な不正(アメリカとは別の性格の)が起こる温床でもあろう。これからの企業には、様々な人材を活かし、有機的に組み合わせた「人材のポートフォリオ」を構築することが重要になる。
同時に、そのマネジメントに必要となるベネフィット戦略も、必然的に多様化する。例えば、財務からは単なるコストとして敬遠されがちなDBも、高成長・終身雇用・年功序列の見返りではない仕組みとして考え直すことも必要ではないだろうか。重要なことは、ツールを先に選ばない、ということである。
一方で、企業の財務力は無限ではない。だからこそ、人材のポートフォリオをマネージするうえで必要な財務リスク(ベネフィット・リスク)を明確に選択していく必要がある。さらに、企業全体の財務活動のなかで一体化したマネジメント(ベネフィット・ファイナンス)を行っていくことも必要となる。
制度面のツール(DC、キャッシュバランス等)の多様化に加えて、来年度には、日本でもインフレ連動債が発行される模様である。ベネフィット・リスクとアセット・リスクを融合したリスク・バジェットの高度化により、ベネフィット・リスクを最適化するための実務面のツールも徐々に充実してくるであろう。
「人材のポートフォリオ」と「ベネフィット・リスク」は、コインの表と裏の関係である。両者のバランスこそ重要である。
10年ほど前の話だが、政府が株式市場の下落対策として、公的資金で株式を新たに買い付けるファンドを信託各行に指示した。その後、何度も行われることになるPKO(プライス・キーピング・オペレーション)の始まりである。
筆者は当時、信託銀行各行が、長期的なスタンスで日本の将来を託せるような企業群を本気で選別し、発掘するのであれば(しかも、その原資は、このような投資行動に最適)、自信を喪失し、方向性を見失っていた市場の転換点になるのではないだろうかと夢想した。お恥ずかしい話だが、少し考えれば、そのようなことがあろうはずもなく、単に株価を支えるためのインデックス買いという、お粗末な話であった。ただ、今でも、そのときに期待したような投資行動が行われていたら、10年後の今は、少しは違った姿になったかもしれないと思う。
年金資金のような機関投資家は、市場では、資金仲介セクターという役回りを持つ。それは、個人の資金を、最適な市場や企業に再配分することであり、単に、市場すべてを満遍なく買うこととは本質的に異なる。
人口減少のなかで経済成長を維持していくには、資金を適切な投資先に配分し、資本市場の効率性を向上させていくことがキーとなる。長期の視点で資金を再配分していくことができる年金資金は、「壮」から「老」に移行する日本において、重要な投資家であることに疑問の余地はない。
一方で、ITバブルの宴の後のつけがいろいろな形で噴出している。今後の株式市場を考えると、株式市場全体のプレミアムを楽観視することはできないであろう。
このような状況は、債券に対して株式市場全体が(十分な)プレミアムを持つことを前提としている資産運用のフレームワークに、一石を投じることになろう。それは、いろいろな時間軸の中で、より多くの投資対象(これは、株式市場の内部にも存在する)に目を向けることであり、マネジャーのスキルを見る目を養うことである。
マネジャーのスキルと、それをマネージするスポンサーのガバナンスに対する要求レベルは上昇し続ける。それは、我々コンサルタントにとっても同様である。
現在の「ペンション・エコノミクス」は、楽観を許さない状況にある。10年以上にわたる日本は言うに及ばず、コントリビューション・ホリデーを謳歌してきた米国のグローバル企業のDBも、急激な金利低下と株式市場の下落により、ファンディング・レベルが急速に悪化している。DCも株価上昇時には覆い隠されていた問題が顕在化しており、米国のベビーブーマー世代や英国でも、老後の保障に対する不安が台頭してきている。
「ペンション・クライシス」とも言える状況だが、危機はネガティブなことばかりではない。
危機によって、それまで見過ごされてきた問題が明確になり、解決するためのインセンティブが働く。そもそも先送りできない状態であるから、議論のスピードも速まる。状況が困難であることは明白だが、危機的な状況は、あるべき方向を明確にするという効用がある。
「悲観」は、何も生み出さない。
足元の苦しい試行錯誤にめげない「楽観」こそが、すべての原動力である。
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