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【巻頭言】 |
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ペンション・ガバナンス・リーダーシップ
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佐川利道 |
ついこの間まで「コントリビューション・ホリデー」を謳歌し、あたかも企業のプロフィット・センターであるかのように振る舞ってきた米国の年金基金は、昨年以降の世界景気の減速、ITバブルの崩壊、テロリズムの脅威等々による株式市場の大幅な調整と金利低下によって、あっという間に、アンダー・ファンディングの悪夢に襲われている。90年代初頭に、米国の大手企業が年金債務の負担増によって格付けが低下し、大幅な追加拠出を余儀なくされて以来10年ぶりの事態である。
日本の状況を改めて説明するまでもないが、この数年で、債務を減らす、債務の負担者を変える、運用のリスクを減らす/増やす、年金制度自体をやめてしまう等々、制度面、債務面、運用面で様々な議論と動きがあったが、それらは、さらに加速する様相を強めている。
当然のことであるが、足元の状況に流された場当たり的な対応では、将来に大きな禍根を残すことになりかねない。これは、利害関係が複雑で、時間が重要な意味を持つペンション・エコノミクスにおいては、なおさらである。
そして、最も重要な点は、今の動きが5年後、10年後の日本企業を強くする方向に作用するものであるか、ということである。そうなるか否かは、いうまでもなく、ペンション・ガバナンスにおけるリーダーシップ次第である。
図1は、確定給付型年金(DB)における利害関係者のアウトラインである。
その利害関係は、年金を支払う企業と受け取る従業員の関係、事業を行う企業と配当を受け取る株主の関係、年金資産の運用リスクを負担する企業と運用リスクを管理する年金基金の関係、運用を委託する年金基金と実際に運用する運用機関の関係等々と多岐にわたるものである。
さらに、会計基準が企業財務に与える影響(負担は増えるのか/減るのか)、人事戦略上の影響(その効果は大きいか/小さいか)、従業員の権利意識(高いか/低いか)、株主の関心(収益への影響/経営戦略の妥当性)、運用リスクに対する意識(積極的/消極的)、受託者責任からの要請(高度化/厳格化)、というような、「こちらを立てれば、あちらが立たず」というような関係にあることも事実である。
加えて「時間」の問題がある。過去と現在と将来、短期の問題と長期の問題が、これらの利害関係をさらに複雑なものにしている。
確定拠出年金(DC)に移行すればこの関係はシンプルになるであろうか? 運用リスクの負担者は変わるが、答えはNoである。
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図1 |
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このように複雑な利害関係を持つ年金の問題解決を図っていくためには、すべての関係者に対して明確な目標を立て、それに基づいた戦略を実行していくことが、最適解に近づくために必要になる。
そして、この問題解決のスタート・ポイントは、「我が社に、年金は必要か?」という極めてシンプルな問いかけになろう。
現在の年金制度(DB)は、1960年代に退職一時金の年金化という形でスタートしている。老後保障の充実という目的は、当時の高い経済成長を背景に、一企業がその一翼を担うことも十分に正当化できるものであり、税制の後押しもあった。また、それをまかなうために必要な原資についても、運用リスクの低い債券利回り(≒5.5%)で確保できる経済環境であったため、DBは低コストで安定的なコスト負担ですみ、運用も容易にマネージできるもの(誰にまかせても同じ)であった。
一方で、終身雇用、年功序列の雇用形態においては、DBは、他社との人材獲得の競争力の違いにはならず、企業が従業員に提供するベネフィットとして経営陣が特に強調する必要性は低いものであった。企業は暗黙のうちに、手厚いベネフィットを提供し、従業員のインセンティブやロイヤリティに寄与してきたといえよう。
日本の経済が発展途上にあった60年代から、そのピークとなる80年代までは、このような運命共同体的な組織が世界をリードする競争力を生み出し、DBは、それを実現してきた企業戦士に、企業にとっては妥当なコストで、公平に報いてきたのである。銀行預金に対する選好度の高い国民性が、これを疑問もなく、当然のこととして受け入れてきたとも言えよう。
しかし、90年代に入り、この状況の逆回転が始まる。
80年代に世界最高に上り詰めたシステムは、実は、それに見合う以上の成長力があって初めて回すことができるものであった。振り返ってみれば、70年代のオイルショック以降の成長力低下を受けて、80年代は、このシステムを転換していくべき時代であったのかもしれない。
バブルの崩壊は、時代の変化に対する対応を怠ってきた日本のシステムを、容赦なくハードランディングさせてしまった。その後の十数年は、システムの延命と修復に試行錯誤を繰り返す、リーダー不在の状況である。
「我が社に、年金は必要か?」
質問はシンプルである。しかし、それを具体的な戦略として構築していく上では、多くの困難な問題が待ち受けている。
90年代から生じた運用環境の悪化による利回り低下が、年金問題を表面化させるきっかけであった。年金の利回り低下の長期化は、その背景である経済構造、企業のビジネス・モデル、個人の価値観に対する変化をもたらし始め、年金問題は、運用の範疇を超え、企業のビジネス戦略にリンクするものに深化した。
しかし、現実の対応は、必ずしも整合性のとれているものとはいい難い。前述した年金の利害関係者と時間のとらえ方が多岐にわたることが、問題の解決を複雑にしている。
その結果、年金は悪者とされることが多い。
まず、財務関係者からの、「確定しない不安定なコストアップ要因」という批難が典型であろう。人事関係者からも、現役よりもOBに手厚いDBが最適な処遇制度といえるのか、というような疑問が出てくる。一方で、従業員にとっては、このような経営上の大問題であるにもかかわらず、DBに対する意識は希薄であり、そこから得られるベネフィットが直接的なインセンティブにつながりにくい。
このような状況では、経営者がDBを忌み嫌うことも当然である。さらに、DBの持つ人事戦略上の効果というものは長期的なものであって、目の前の課題解決に即効性があるものではない。このような黒子的で地味であることも、悪者扱いされやすい一因である。さらに、従業員は、既得権の低下については抵抗するであろうが、DBによって、優秀な人材を確実にリテインできるものでもない。
このような状況では、運用に対しても、その重要性に対する関心が低くなりがちである。明確な方針を持たずにリスクを大きく落としてしまったり、リソースなしに、無理なリスクを取りに行ってしまう傾向が強まり、さらに状況を悪化させてしまう。
これは、ネガティブなサイクルであり、何も生み出さない。ペンション・ガバナンスのリーダーシップ不在の結果である。
このようなことになってしまうのは、すでに、現実からずれ始めている仕組みのままで、無理やり意思決定をしているためである。
日本のシステムがハードランディングしてしまった現実を冷静に見る必要がある。今、必要とされているのは、システムの維持改善ではなく、新たなシステムの再構築である。
そして、もう一つの重要なポイントは、時間である。時間軸のとり方で対応策は全く異なるものになってしまう。これまでのシステムは、超長期の時間軸の設定だけで回すことができたが、これからのシステムは、複数の時間軸が必要になるであろう。
また、DBのほかに、代行返上、確定拠出年金(DC)、キャッシュ・バランス、ストック・オプションなどが使えるようになっているが、それらは、あくまでもツールである。ハードランディング後のシステムを再構築できるのはツールではなく、新たな理想と信念であることを忘れてはならない。
システムを再構築していく上で最初に考えるべきことは、企業のビジネス戦略を最大化させる人材の戦略である。これまでの日本企業は、組織の中に個性は存在していても、終身雇用制・年功序列という単一の人材戦略で回すことが最適であった。しかし、これからは、現状の維持改善ではなく、変革に対応できる組織が必要である。そこでは、組織よりも個人の重要性が高まること、それに合わせて、多様な評価・処遇を持つこと、そして、それ自体が、従業員に対する明確なメッセージ性を持っていることが必要になると考えられる。
組織の人材を最適化するリクルート・リテイン・リリースをスムーズに行っていくことを可能にするシステムづくりが人材戦略の柱の一つになる。そして、人材の最適化をインプリメントするのが、DBやDCなどのツールである。
このような人材ポートフォリオの最適化には、もう一つ重要なパラメーターがある。企業の財務力とリスク許容度である。どのように素晴らしい人事戦略であっても、そのマネジメントにかかるコストが割高になってしまっては維持していくことはできない。ペンション・ガバナンスでは、資産運用のリスクを切り離して考えることはできないのである(DBは当然。DCであっても、従業員のリスクを間接的にマネージしていかなくてはならない)。
資産運用というと本業ではない、うさん臭いと考える方も少なくないが、いたずらに運用リスクを避けることが効率的なマネジメントとは言い難い。人事戦略上必要と判断した財務リスクであれば、その長期戦略の維持と、それに必要な短期のリスク管理は車の両輪である。
必要な人事戦略を実行する上で、必要な財務リスク(ベネフィット・リスク)を明確に選択する必要がある。そこに人・物・金を投入し、運用能力を向上させ、ベネフィット・コストの効率化を図ることは、合理的かつ必要な行動である。
ペンション・ガバナンスは、年金という狭い範囲に限定されるものではなく、企業のビジネス戦略全体に関わっている問題である。また、その戦略は長期的なタイム・ホライズンをもっており、必ずしも即効性が期待できるものばかりとは限らない。また、将来のためという変革の名のもとに、過去をないがしろにすることは基本的に認め難い。
企業を変革させていくための様々な課題を解決していく上では、少なくとも、その入り口においては、経営トップによる強烈なトップ・ダウンのリーダーシップが重要となろう。それがなければ、重い石を動かすことはできない。
一方で、変革プラン導入後のマネジメントがより重要であることはペンション・ガバナンスに限らず、すべてに共通している。常に自社のペンション・ガバナンスが有効に機能しているか否かを検証し、正しく自己評価できるシステムを創る必要がある。これは、ボード・メンバーはもとより、人事部、財務部、基金等の現場の関連部署相互が、カリスマ的な要素がなくとも回すことができる「自立的なリーダーシップ」を相互に発揮し合うようにする仕組みづくりが重要となろう。
最後に、資産運用におけるリーダーシップについて考えたい。図2は、これをリスクの取り方との関係で表したものであるが、リーダーの信念(運用方針や経験に裏打ちされるもの)が揺らいでしまった場合に、失敗の懸念が強まることは自明である。
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図2 |
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資産運用で扱うものは「不確実性」であることから、短期的には、結果が伴わないことも多く、その場合に、心理に流される誘惑が大変大きい。このような時期は、不合理な判断のほうが、正しい判断と思われやすいことにも注意しなければならない。
その意味で、目的を達成する上で障害となる「不確実性」に対して、厳しい局面では、「時間の過ぎるのを待つ」という判断を主体的に下せるようなリーダーシップが必要である(不作為による、問題の先送りとは根本的に異なる決断である)。
一方で、運用においては、柔軟な思考の重要性を否定することはできない。それを可能とするための適切な権限委譲も、重要なリーダーシップの一つとなる。
いずれにしても、リーダーに、「不確実性」に対して「結果責任」を取る、という覚悟があって初めて、組織が正しい意思決定を行うことを可能にする。
これが、資産運用におけるリーダーシップの本質である。
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