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【巻頭言】 |
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「賃下げ成果主義」への警鐘
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曽根岡由美子 |
景気の低迷、業績不振が長引くなか、今年の春闘では従来の横並び交渉に終止符を打ち、定昇・ベアという概念から脱却した企業が多かったことは周知のとおりである。新聞記事には、連日のように「ベアゼロ」「定昇廃止」とともに、「成果主義」「賃金格差」「賃下げ」などの文字がにぎわった。そこで気になるのが、「成果主義賃金制度」があたかも人件費削減のための手段であるかのように報じられていることである。
80年代の後半より、成果主義的な考え方が徐々に広まり、賃金制度上も年俸制をはじめとする「成果主義型賃金体系」を導入する企業が増えてきた。90年代後半になると、「成果主義」の失敗例が取り上げられ、成果主義への転換にブレーキがかかった時期があることも記憶に新しい。しかし、その十分な検証もなされないまま、今また景気低迷の中で、成果主義がふたたび「人件費抑制」の手段として注目されつつある。わずか10年あまりの間に変遷を経て、成果主義が本来の姿から一人歩きしつつあるのではないだろうか。現在の「成果主義賃金」をめぐる風潮には、一種の危険を感じずにはいられない。このままでは、社員の持てる活力を失い、失速してしまう企業が続出しないかと……。
そこで、本稿においては「成果主義」における報酬制度のあり方そのものを問い直し、世間で横行しているところの「賃下げのための成果主義」を超えた、企業の活力再生に向けた給与設計について論じていきたい。
右肩上がりの時代には、会社と個人の関係は丸抱え的な終身雇用を前提とし、賃金は業界横並びで上昇するものと考えられてきた。個人は会社に忠誠を誓い、会社は個人の生活を生涯というレンジで保証していたのである。能力評価などで多少の差はついたものの、基本は年功である。年功的な考え方は、拡大を前提としていた環境下では、ある意味合理性を持っていた。つまり、企業の立ち上げ期から拡大期においては若い労働力を安い賃金で活用し、拡大期に入ってから高年齢となった社員に後払い的に高い賃金・退職金を支給するという意味では、当時の状況に適して優れた考え方だったと言える。
一方、成果主義における会社と個人の関係は対等である。その根底には、この対等な関係を通して会社も個人も進化・発展していこうとする健全かつ前向きな価値観が存在しているはずである。会社は、会社業績や将来の事業価値への貢献に対して、対価としての報酬を支払う。ここでいう報酬は、当該期間に支給される金銭による処遇だけではなく、退職金をはじめとする後払いの金銭処遇に加えて、場(個人の成長機会や裁量)や心理的価値(達成感、連帯感)を含めた環境処遇にいたるまで、広範にわたるものである。給与は、報酬のうち、当期払いの金銭処遇の部分と考えられる。したがって、トータルコンプ(総報酬)として全体像をとらえ、給与の位置づけ、意味合いを考えることが大前提となる。
この二つの考え方の違いを押さえずに、目先の人件費抑制を目的として部分的に賃金制度を移行したり、「成果主義っぽい考え方」を導入することは実に危険である。なぜならば、根本的に異なる思想を理解しないまま混在させ、全体像を見失ったまま部分的に移行するため、メッセージの一貫性を欠くだけではなく、あちこちに不整合を生じかねないからである。その結果、社員のデ・モチベーションを引き起こし、かえって災いすることになりかねない。今、多くの企業が、この「罠」に陥ろうとしているのではないだろうか。
前述のように給与は報酬の一部に過ぎないにもかかわらず、働く人々の感度が最も高く、メッセージ性が強い。したがって、良きにつけ悪しきにつけ、最もインパクトが大きく、間違った設計は致命傷になりかねない。そこで企業の活力再生に向けての給与制度を設計し、上記の「罠」に陥らないために、押さえておくべきキモを以下にご紹介する。
その1.思想から入る
成果主義の基本に今一度立ち返ってみよう。言うまでもなく、成果主義は、賃金に格差をつけることや人件費を削減することを目的とするものではない。会社と個人の対等な関係の中で、個人の貢献を正しく認知したことを示すことによって、個人も成長し、事業も発展するという相乗効果を生み出すことが主目的である。
そこで、給与制度をデザインする際には、制度論や形から入ってはいけない。どうしたら人的資源の持てる力を最大限に引き出し、進化することをドライブできるか、どうしたらそのようなメッセージが伝えられるかという視点で、各企業における人材マネジメントの基本思想を明確にしておく必要がある。給与設計においては、現行制度上の制限や利害的な細かい問題が生じて、目指す方向を見失いがちであるが、まず基本思想を明確にしておけば、個々の事情に対して、どこは妥協してもよくて、どこはあるべき姿を崩してはいけないかの判断機軸となるはずである。
その2.人材マネジメントシステム全体の中でとらえる
給与制度を単独で考えてはいけない。前述のように、報酬全体で考えるのはもちろんのこと、昇格制度、評価制度などとのリンケージの中で考え、それぞれの制限や限界を相互に補完し合うことによって、人事制度全体で完成したものにデザインする必要がある。
例えば、職種の異なる部門間で評価の公平性が問題になる場合がある。しかし、給与のうち、成果や業績を反映して支給される「業績給」的な部分の原資が、部門の評価に応じてあらかじめ部門間に配分されるのであれば、評価の横串を通す必要はない。なぜなら、部門全体としてのパフォーマンスに応じて一度配分された原資を、その部門内でどのように配分しようが、他の部門には全く関係ないからである。極端なことを言えば、ある部門で部長が全員にS評価(最高の評価)をつけたとしても、そのことによって他の部門の社員への支給額が減ることはない。逆に、部門評価ができず、あらかじめ原資を配分することができない場合は、個人レベルの評価は部門を超えて横串を通す必要が出てくる。
このように、給与制度を設計する際には、人材マネジメントの他の仕組みや諸条件をトータルに把握し、全体像の中で考えていくことが必須である。特に、成果主義的な考え方を前提とするのであれば、評価結果に応じて給与に差が生じる仕組みとなるはずであるから、評価の仕組みと運用の実態なしに考えることはできない。
その3.まず、大枠・全体像でとらえる
給与制度を考える際に、目線を高く持って全体像をとらえることが重要である。
「○○手当を変えたい」「時間外手当の影響で生じている非管理職と管理職の給与水準の逆転現象を解決したい」など、個別の制度上の課題は多数ある。しかし、パーツだけを取り出して改善策を講じたところで、問題の抜本的な解決にはならない。
まず、総年収のうち、何に対してどのように、いつ支払うかといった構造の上での大枠をデザインする(例えば、実力に対しては基本年俸として月例で、成果に対しては業績年俸として賞与時に支給する、など)。次に、総年収がどの程度の範囲に収まることを目指すかの水準を決定する。この際の判断の根拠は、労働力の流動性が高い状態であれば市場水準であったり、そうでなければ現行制度の水準であったり、あるいはその折衷であったりと状況に応じて異なる。その上で、個別の詳細な課題に対する打ち手を講ずるべきである。
また、給与設計は数字を取り扱うために、微に入り込み過ぎる場合がある。しかし、どの程度の水準を狙うのか、評価差をどの程度設けるのか、等級間の格差はどの程度にするのかといった議論は、精緻に数式でとらえる必要はない。市場データをいかに精緻な作業で加工したところで、所詮データは実態そのものを現しているとはいえず限界がある。むしろ、データをどのように判断し、自社としてはどのようなポリシーでどのような水準を狙い、結果としてどのように反映させていくかを、全体像の中で議論することに本質がある。
その4.ビジネスモデル、組織運営のあり方、
企業文化に適した仕組みをデザインする
「成果主義の給与制度イコール年俸制」といった認識が多く見られる。確かに、「事業価値への貢献に対して当該期間に支給する報酬が給与である」という考え方からすれば、総年収をベースに考える必要があるが、その支給方法・管理方法は年俸制に限られたものではない。おそらく、制度設計上の打ち手は無限にあり、既存の方法論に当てはめて考えるものではない。
一方、ビジネスモデルやそこで働く人々の価値の生み出し方、メンタルセットは様々である。また、プロジェクトやチームを含めての組織運営のあり方、管理会計のシステムの現状や今後の開発計画、評価者となる層のマネジメントスキル、現行制度の支給実態など、給与設計の前提となる事情も企業によって異なる。
給与設計においては、これらの周辺の事情も勘案しながら、対象となる社員が最もモチベートされ、価値の生み出し方に応じて正しく処遇される仕組みをゼロベースでデザインすることが重要である。例えば、プロ型の人材であれば、自律的に価値(貢献)を生み出す特性を持つため、実力に対しては等級別にシングルレートで支給し、当期の貢献に対してインセンティブをハイリスク・ハイリターン型で支払ってもよい。一方、工場や現場のオペレーターであれば、決まった業務を効率的かつ安定的に遂行することを求めるために、各期ごとにスキルや効率、顧客満足などを評価し、細かいピッチで昇給・降給させることもあり得る。
他社事例は参考にはなるものの、そのまま自社の事情に当てはめられるものではない。すべての条件をテーブルの上に並べて、その重要度を判断しながら、解決策を見極めるのが給与設計である。
その5.時間軸の中で考える
給与制度は比較的レンジの長い仕組みである。一度構築したものを数年でしょっちゅう作り直すわけにはいかない。足元の状況にフォーカスして設計すると目指す姿とは乖離した仕組みとなってしまう。逆に、一足飛びにあるべき姿に転換すると現場で混乱が生じかねないし、現実問題として無理なケースが多い。
例えば、貢献に対して処遇するという考え方に基づけば、属人的に支給されている手当は排除すべきである。給与制度を変更する際には、移行初年度は現行水準を年額として維持して、支給の内容のみが変わる方法をとることが望ましいが、その場合、受給者に関しては月額10万円以上の住宅手当を基本給に組み込むことになる。旧制度において同じ等級であっても、たまたま自宅を購入した者はこの10万円が組み込まれず、借家に入居している者のみ組み込まれるというのでは納得がいくはずがないし、そもそもの成果主義の考え方にも反する。当然のことながら、当面は手当はそのまま残し、数年をかけて漸減していくことになる。
また、当該期にあげた成果の評価によって、インセンティブに差がつく制度であっても、横並びの考え方に長年馴染んできた社員にとっては、支給額に2〜3倍の差がつくとなると評価そのものに差をつけられなくなるケースも想定される。そこで、初年度に関しては評価差による支給額の差は1.3倍程度にとどめようという判断もあり得る。
このように、あるべき姿、基本のロジックに向けて、ソフトランディングさせる場合が現実にはほとんどである。つまり足元の事情に基づき制度を設計するのではなく、あるべき姿として設計した後に、事情に応じて移行措置をとり、時間軸の中で徐々に寄せていくという考え方が必要である。
筆者には、昨今の「賃下げ」と「成果主義賃金」の流れは、この「足元の事情」発想に基づくものに思われて仕方ない。足元の状況が極端に厳しく、一時的な賃下げをやむなしとした場合でも、社員の目から見てその先に拡大の絵が見えていないことには、社内に閉塞感が充満し、中期的には企業の競争力を失いかねない。
そして……精緻に作って、意図して崩す
ここまでは、高い目線で全体像の中で設計するという話が中心であった。しかし、現実には給与は個々人に1円の桁で支給されるものである。したがって、大枠がデザインできた段階で精緻な作業が必要となる。全社員の現行給与データを加工し、新制度に移行した場合のシミュレーションを行う。個人レベルの影響を確認した上で、移行コストや昇給コストまで算出する。
昇給係数や評価差の度合い、変動給の原資決定ロジックなどにおける各種水準の決定はこの段階で行う。これらの数字は一度仮説で設定する。仮説の段階では、数式によってできるだけ精緻に設定することが望ましい。手作業や判断で設定しようとすると、あちこちに不整合が起こりやすい。一度精緻に設定した上で、全体や個人への影響を確認しながら、狙った効果が現れるように意図して崩していく。崩す段階は言うまでもなく、経営としての判断とエクセル上の手作業のキャッチボールである。この崩し方が制度に魂を込めるといっても言い過ぎではない。
なお、これらの水準は普遍的なものではなく、状況に合わせて毎年、あるいは数年に一度変更していくものである。
以上、「賃下げ成果主義」の罠に陥らずに、活力再生に向けての給与設計のコツをご紹介してきた。しかし、現実に長引く不況・業績不振において、人件費が枷となりメスを入れなくてはならない企業も多くあろう。そういった企業にとっては、上記のような「漢方薬的」な給与設計では間に合わないと思われるかもしれない。
そこで最後に、一つの方向性として、固定費的な意味合いが強かった人件費の一部を経営の判断の対象に転換することを提案したい。
従来の成果主義では給与は業績と成果に応じて配分されるものであり、総人件費は会社業績に応じて自動的に決まってくる場合が多かった。例えば、変動費であるところの業績給の原資は「営業利益の○パーセント」といった形で設定されている企業も実際に多く見られる。
今後は、人件費を仕組みから決まってくる経費として扱うのではなく、会社の利益を戦略的に配分する際のコンポーネントとしてとらえたい。具体的には、この「業績連動」の割合を拡大し、経営の意図で決定していく方法、つまり利益やキャッシュフローを増やすようドライブをかける業績連動原資ロジックを導入するとともに、生み出した利益やキャッシュフローを経営判断に基づいて処分(配分)できる仕組みに転換したい。例えば、純粋に利益処分の対象となるフリーキャッシュフローをベースとして、投資と社員・株主への還元にいかに配分するかを、各期の環境・戦略に応じて経営が決定して、あらかじめ社員にコミュニケートする。変動の割合が大きくなるため、固定費としての人件費は削減され、利益が出ない限りは賃下げと同じ効果となる。しかし、フリーキャッシュフローが確保されれば、仕組みから機械的に配分されるのではなく、経営の意図で社員に投資すべきなのか、それ以外への投資を優先すべきなのかを決定できる柔軟性が得られる。社員をモチベートすることが最重要課題だと判断されれば、投資や株主への還元に優先して、社員還元の原資を確保することも十分あり得る。
競争環境が激化し、変化の激しい時代を迎え、給与も単に成果に応じて仕組みの上で配分するという段階から、経営の意思によって柔軟に配分できる仕組みへと転換すべきタイミングを迎えているのではなかろうか。
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