【巻頭言】
変革サイエンス序曲
すべては変革実現のためにある

1.
変革の主体を創り出す三つの方法

2.
変革サイエンスの基本アプローチ……
「見」による進化のダイナミズム
事業再生案件を対象とした組織「再生」アプローチ

3.
井の中の「価値源」、大海に出る
日本的なるもののグローバル展開

4.
変革を組織に構造化する
変革の第二弾を推進するための人事制度のあり方について

5.
“人”を起点とした業務改革アプローチ
業務と人事の改革連動の方法論

6.
R&D改革と組織・人材マネジメント
価値源泉モデルの再構築

7.
パブリックセクターの変革事始
最初の一歩の踏み出し方

8.
停滞ベンチャーからの脱却
“死の谷”を克服できる変革DNAを組み込めるか

9.
年金運営の現場と年金改革
始まったばかり。まだ安心してはいけない!

10.
ニワトリを殺すな外伝

【心理学ゼミナール】
変革の鍵「達成動機」
成果主義が社員の達成動機を下げていないか

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停滞ベンチャーからの脱却
“死の谷”を克服できる変革DNAを組み込めるか

 

平本和美

増える停滞ベンチャー

 景気低迷など逆風に見舞われながらも、いくつものベンチャーが中堅企業と肩を並べるほど成長し、その成功例も新聞や雑誌の紙面を賑わすようになってきた。産業クラスターやTLOなど政府や大学、民間の支援インフラ整備も積極化し、一方で金儲け一辺倒のあやしげなプレーヤーは姿を消し、ようやく日本のベンチャー企業経営の健全な基盤も整いつつある。しかしベンチャーが生み出す価値の総体や影響力の点では、産業界に大きなインパクトを与えるレベルに至っているとは言いがたい。多くのベンチャー企業が活躍しているはずなのに、世の中が大きく変わった、または活性化されたという実感がなぜ得られないのだろうか。実際に過去10年を振り返ってみても、誰もが認める日本発のプロダクトラインが出てきていないのも事実だ。個別には新たな市場を創出している企業もあるが、全体としてどれほどの日本産業へのインパクトがあったのかを顧みると、この程度なのかと首を傾げざるをえなくなる。なぜだろうか。長期不況によるファンダメンタルズそのものの悪さ、経営の未成熟さや報道機関の評価の甘さなどいろいろあろう。しかし、ここにもっと深刻なベンチャーの直面する大きな構造的問題があるのだ。
 95年頃から始まった第三次ベンチャーブーム以来、多くのベンチャーが創業、淘汰を繰り返してきた。昨年度(02年度)だけでも、倒産が約100件を超えたとみられている。創業はほぼ同数と言われており、それなりの新陳代謝が働いているようにも見える。しかし個別に見ていくと、創業してから成長軌道までの道のりが、極めて険しいことがうかがえる。今年(03年)4月時点での中小企業創造活動促進法の認定件数は9967件であるのに対し、今後の新規上場を見てもせいぜい年間約100から200社程度にとどまると見込まれている。実は成長軌道に乗る一歩手前に多くの停滞しているベンチャーがいるのだ。いわゆる死の谷(※1)から脱出できない企業が増えている。もちろんこの中にはすでに活動を停止していたり休眠状態の会社もあろう。しかし大半は開発やスケール拡大のための取り組みで停滞し、資金や人的エネルギーを消費し続けているのだ。また、小さな成功で満足し、そこそこの妥協ラインで経営を続ける停滞も増えている。失敗を恐れ、死の谷の淵にしがみついて、次のステップに進むためのリスクをとらないパターンだ。その結果は自明だ。このように無視できない根深い問題が立ちはだかっているのだ。
 従来までは、どれだけ筋のいい発想、アイデアで事業計画を立案したかというように、事業計画書の質そのものに専門家の目が向けられてきたが、そろそろ次の論点として、進化のプロセスの質の高さの問題を問うていくべきだと思う。つまり、死の谷からいかに脱出できるかだ。今のベンチャー企業を取り巻く環境の中で、一番大きな問題は、失敗し淘汰されるベンチャーが多いことではなく、成長軌道に乗る前で停滞する企業が多いことではないだろうか。これはV字回復を願う日本経済にとっても放っておけない問題には違いない。ここではその渦中にあり、がんばってほしいベンチャー、特に革新性が高く市場創造などのようなチャレンジが要求されるベンチャーについて考えてみたい。

キャパシティーを超える課題

 停滞の理由は、個別性が高く種々雑多だ。例えばよく言及される、優秀な技術者を束ね求心力となるリーダーシップの欠如や、マーケティングの取り組みの甘さなどもそうであろう。しかし押さえておかなければいけない大切なものが別の軸にある。それらの固有の悪さを表舞台にさらした個の限界である。個の限界とは、現有のキャパシティー(※2)を大前提に考えてしまう問題だ。ゴール実現のプロセス途上で、チームが有効な解を打ち出せず、または策を実施できない状況が長く続き、著しく推進力を失うこと。つまり自身の思考フレームだけではどうしても超えられない壁ができることである。淘汰されたベンチャーや停滞ベンチャーの実情を探ると、この限界に気づかず、またはその処置を間違えて大打撃を被っているケースは多いのだ。これは、多くのベンチャー企業が経験することだが、問題はそれをどう事前にとらえ、どのように対処していくかにある。この取り組みの違いの中に、ゴールを実現できるベンチャーとそうでないベンチャーの分岐点があるのだと思う。
 ここでは二つの大きな克服すべき壁がある。まず最初に突き当たる壁は限界の自覚だ。あらゆるストレッチを見込んでのキャパシティーを見極めることは難しい。しかしそれを境に今までとは不連続なアプローチを求められるのだ。これまでの成功物語をマスコミなどに取り上げられ、自らの優秀さや可能性を過信しているケースも少なくない。築いてきた自信やプライドがそれを認めることの邪魔をするようだ。その傾向は特に勢いのある若いチームほど強い。例えば、市場創造面での取り組みの不十分さを指摘されても、「そこはなんら問題ない。○○大学の△△教授がこの技術の権威だから、相談すればすぐに解決できる」と謙虚に耳を傾けない。停滞している原因は異なる領域だということに行き着かないのだ。どこまで冷静に現実を直視できるかがポイントである。それができないと、手が打たれない期間、大切な資金と人材エネルギーが空回りすることにより消失する。
 次の壁は自らの限界を認識したあと、それを補完する有効な打開策を打てるかだ。今までのチームのやり方を批判的な目で見直すことから始めることになる。しかし大抵は、何が必要だったのか、何が足りなかったのかが、同じチームではなかなか見出せない。また補完するにしても、どこから経営資源を再編するのか、今までのフレームを超えたアイデアや施策をどう導きだせるのか、簡単にはまとまらない。またここからのトライは非常に困難かつリスクの高い施策の選択も考慮することになる。場合によってはグローバルレベルで他企業や研究機関との連携も視野に入れないといけないかもしれない。これらは当然高度なスキルが要求される。

死の谷のゆで蛙

 このように多くのベンチャー企業がなかなか死の谷を抜け出せない。これはよく引用される“ゆで蛙”のようなもので、最初は様々な手を打つが、長い間効果が見えなくなってくると、だんだん変化についての感受性と危機感がなくなり、最後には死に至る。残念ながらこれが多くのベンチャー企業が経験してきた淘汰の実情なのだ。
 では死の谷を克服し最終ゴールを実現できるベンチャーは何が違うのか。二つある。一つは前述してきたキャパシティーの問題を克服したかどうか。そしてもう一つが、適正な進化のプロセスがしっかりと回っているかいないかの違いだと思う。
 キャパシティーの問題は、すべてのベンチャーが直面するわけではないが、避けられない企業にとっては極めて大きなボトルネックになりうる。あらかじめ自らのキャパシティーを補完し、有効な打開策を打ち続けられるプラットフォームを想定しておく必要がある。例えば、停滞場面から成長軌道へ脱却できる新しい技術や機能はないか、それはパートナーリングなどによって手にすることができるのか、その前提となるWin-Winは築けるか、などを徹底的に議論する。解が見えないときは経験のある外部の経営人材に参画してもらうのもいいだろう。大切なのは、ゴールを見据えた質の高いチャレンジを想定して議論し、施策を詰めていくことだ。残念ながら日本では、新たなものを対象とするプロダクトイノベーションは苦手だ。この領域をどう克服していくのかが大きな課題になる。ある大手化学企業でさえ米国から有名大学教授を呼んで新しい領域でのイノベーションを加速しようとしている。そもそも磐石の経営資源などないのだ。
 一方、進化のプロセスとは、将来ゴールを実現させるために、確実に回さなければならないものだ。対象としている事業の特性によっても異なるが、破壊と創造、変革を繰り返し、最も好ましい経営のプラットフォームを形成するだけでなく、場合によっては市場や競合など外部環境にも大きな影響を与え、自社に優位になるよう進めていくプロセスである。これを高度なレベルで実現させるためには、“事実認識(検証)―仮説―執行”のサイクルがきちんとしたタイミングで回っていなければならない。このサイクルの高質化によって、自らの取り組みの検証結果や無視できない環境変化をとらえ、適切な策を打つ流れが起動する。これが機能すると、逆境に強く事業機会をいち早くとらえられる機動的な組織ができる。これらは事業化のステージが異なっても回すプロセス、サイクルとしてはまったく変わらず、その対象が変わるだけである。

進化のプロセス

 上述した二つのソリューションは少し毛色が異なる。進化のプロセスはゴール実現に向けて常に高度なレベルで回していくものである。一方、キャパシティー克服は、進化のプロセスを回すときの対象となるコンテンツの一つにすぎない。ただし、ハードルが高いので心して取り組む必要がある対象だ。適切な対応がとれるようモニタリングしたり、補完アプローチをじっくり練るなどの工夫が必要になる。
 ではそのベンチャーの高度な運営ベースとなる進化のプロセスとは具体的にどのようなものなのか。破壊、創造、変革というベンチャーにとって必須の三つの要素で構成されるが、これらは事象オリエンテッドであり、その対象によってどんな手を打つべきかが変わる。この順番は常にゼロベースでの創造が求められるためである。特に要求される多くは、残念ながら日本の企業の強みとするプロセスイノベーションの対極にある。つまり将来のアプリケーションコンセプト創出や市場創造など、顕在化していない領域がアプローチの対象になる。あまり蓄積されてない高度なスキルを要する。これらがきちんと機能するように、例えば「新たな事業機会を創出する変化や事実のキャッチ(検証)―それらの洞察を昇華させた仮説構築と洗練化―実験や試行によるフィードバックを前提とした執行」というサイクルが、日常当たり前のように回らないといけない。このサイクルが一貫して回り続けて初めて、経営プラットフォームそのものの破壊、創造、変革へつながり、進化のプロセスが機能する。これは、突出した個がイニシアティブをとる場合と、チーム、組織の知の結集で効果的に回していく場合がある。いずれにしても、こうした活動をきちんと維持し続けることが大切になる。

1.インターネットベンチャーの取り組み例
 この進化のプロセスでドラスティックな破壊と創造、変革をどのように行っているのか見てみよう。例えば、楽天はネット通販事業をさらなる拡大の成長軌道に乗せるために、環境変化と自社の課題をしっかりと押さえ、創業以来維持してきたビジネスモデルを変えた。かつて格安の固定料金(出店料体系)はサクセスストーリーを多く生み出したが、出店数が急拡大する中で利益相反に陥った。出店者から得られる収入は固定であり、利便性向上にコストをかけるほど新たな新規出店者を開拓しなくてはならない。出店者から見ると競合が激しくなる。そこでこの出店者数に依存するビジネスモデルに疑問を投げかけ、いち早く特命チームを設置し、新たな従量制のビジネスモデルを投入したのだ。それに伴い新規開拓に主眼を置いていた営業部門は、店舗へのコンサルティングサービスへと大きく転換した。場所を固定料金で貸す不動産型営業から、売り上げの一定割合をフィーとして受け取るフランチャイズ型営業へと移行した。組織も業界ナレッジが蓄積できるように、食料品、IT、衣料品と専門部署を設けている。これは過去の成功パターンを一気に破壊し、新たな価値を浸透させた一例だ。

2.ハイテクバイオベンチャーの取り組み例
 バイオビジネスの場合は開発に長いプロセスを要する。前臨床試験、臨床試験を経て審査、承認そして市場化が行われる。一般に市場販売にこぎつけるまで15年はかかるといわれている。このプロセスの中で、最も重要なのは資金調達だ。例えば、米ニューロクライン・バイオサイエンシス社は精神病、糖尿病を中心とする医薬品開発(3博士の研究成果の商業化)を行っている技術系ハイテクベンチャーだ。このベンチャーは起業から株式公開の間で10回の公的補助金を受け、さらに2社の医薬品メーカーとの研究提携による資金注入によって開発を継続させている。そして不眠症や糖尿病といった比較的大きい市場をターゲットとしていることを売りに、ベンチャーキャピタル調達を行うことに成功している。株式公開後は5種類の医薬品候補の臨床試験が行われており、医薬品メーカーとの研究提携で得られた資金がこれに利用されている。技術面では、資金提供の見返りに技術供与を複数のバイオベンチャーから受けたり、ベンチャーそのものを買収したりすることによって、自社コアおよびコア周辺の開発を加速している。研究成果の筋の良さを利用して資金を段階的に確保し、効果的に技術補完を進めた例だ。
 一方で、米キャンジ社は、癌などの腫瘍の働きを抑制するための遺伝子治療の開発を行っているベンチャーで、当初は株式公開を狙ったが、大手医薬品メーカーのシェリング・プラウ社によって買収された。設立後6年が経過し、出資者からリターンを求める声があったこと、株式市場が低迷していたことなどが主な理由として挙げられるが、メーカーの研究開発力とマーケティング力を利用でき、自らはコア技術に特化することができると読んだ上での意思決定だ。日本の場合、このゼロベースの決断ができずに沈んでいったベンチャーが多い。

変革のDNAは組み込めるか

 以上の事例にかかわらず、生命力の強い組織体を観察すると必ずといっていいほど、“事実認識(検証)―仮説―執行”のサイクルがより速く高度なレベルで回っている。組織が日々の活動の中でこのサイクルを回し、常に破壊、創造、変革のいずれかのプロセスにつなげている。ではこのような破壊、創造、変革のDNAをどのように個人と組織に組み込んでいくか。ポイントは三つだ。一つは、そのサイクルを高度に回せるようになることが、この会社または個の価値を高めるという共通認識の醸成。二つめは、組織のクリエイティブテンションの高質化。三つめは、競争力のあるソリューションを促す検証と仮説面の洗練化だ。
 一つめは、そのサイクルを回して、破壊、創造、変革のいずれかのプロセスにつなげ、何らかの成果を出すことが価値であるというマインドの醸成だ。リーダーの意思決定や日常業務のフィードバックなどを通して個のマインドに刷り込んでいく。ただし短期的な成果追求型ではなく、失敗や遊びを許容するような、イノベーションを起こしやすい環境を整えることも大切だ。組織、個にフィードバックを与える評価システムも、遊びが許容できるなど、それに沿っていなくてはならない。
 二つめは、切れのいい仮説が立てられるように、質の高いクリエイティブテンションをそれぞれメンバーに持たせることだ。そのためにはゴールイメージを常に具体化していく一方で、現状の位置や課題、ボトルネックが構成メンバーに常に意識されていることが必要だ。ビジョンやゴールイメージは固定的なものではなく、個や組織のクリエイティブテンションが高められるように、あらゆる切り口からの洞察が要求される。現状認識についても、ユニークな視点から、目標とのギャップを見据え問題意識を持って把握することが要求される。
 三つめは、そのソリューションの競争力を高めるために、検証と仮説部分を磨き込むことだ。この洗練度合いによって生み出す価値が雲泥の差になる。検証については、想定した仮説に対して打ち手はどうだったか、予想外の結果と理由は何か、今後の仮説をさらに研ぎ澄ますことができるかだけではない。小さな環境変化も見逃さず機会と脅威を瞬時に判断し、有効策を打てる感受性の高さのほうがむしろ大切だ。仮説については、個の差が極めて大きい世界だ。市場の洞察により新たな事業機会を描いたり、技術のイノベーションを触発するなどがある。多くの失敗とタフな原体験に基づく個の能力によるところが大きく、誰もがすぐに身につけられるものではない。育成の観点から考えると、実際に突出した能力を発揮する人と仕事をしたり、異能との協働により超えたアイデアに昇華できるプロセスに参画する訓練などがある。しかしそのセンスを早く獲得できるかどうかは本人のマインド、タフな経験の蓄積と運次第だろう。
 一方で、ソリューションにつながる切り口やツールは数多くある。例えば、アントルプレナーシップを生む組織運営やモチベーションを高めるアサインメント、高度な技術経営(MOT)の導入などだ。仮説形成のときに場面場面で価値を高める要素は多く、こうしたネタを高度に使いこなしている組織ほどソリューションの質も高くなる。その個別論については他で多くを言及されているので、ここでは取り上げない。
 変革DNA組み込みにあたっての考え方を述べてきたが、以上のように日々変革するマインドとスキルを洗練させ続けていかないと、いつまでも停滞から抜け出せないのがベンチャー経営なのだ。

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(※1)死の谷:シーズ(基礎研究)から実用化/事業化までの中間段階にプロジェクトが挫折するボトルネックのこと。克服するのが難しく、多くのベンチャーがそこで芽が摘まれている。米国商務省が80年代に指摘していた。

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(※2)キャパシティー:主に現状の経営資源が発揮できる能力であり、使いこなせる支援サービスや頼りになる人材ネットワークも含む。

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●平本和美 ひらもとかずみ/リコー、アーサー・D・リトルを経てワトソンワイアット株式会社入社。戦略から組織、人材までを一貫して扱うコンサルティングに従事。近年は企業再生、企業変革支援やベンチャー企業立上支援などに注力。論文、著書に『次世代競争を勝ち抜く組織革新』(アーバンプロデュース社)、『高収益革命のデザイン』(共著、ダイヤモンド社)など。慶應義塾大学理工学部管理工学科卒。