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【巻頭言】 |
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年金運営の現場と年金改革
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窪誠一郎 |
ある企業のトップマネジメント(S)と年金運営担当者(P)との会話。
S:「また昨年もパフォーマンスがマイナスだったみたいだな」
P:「はい。昨年は、過去最悪のパフォーマンスとなり、結局3年間連続の
マイナスとなってしまいました。申し訳ありません」
S:「この3年間、本当に何をやっていたのだ!」
P:「あまりにも株式市場が悪くて……」
S:「株式市場が低迷するのは、わかっていたではないか。そんなことで
は、また今年も失敗するぞ!」
P:「はっ、はい。そのとおりです。今年度から株式の資産配分を削減し
て、国内債券へと振り向けました。それから絶対収益追求型の
オルタナティブ運用も行っています」
S:「今年は、母体の経営環境も悪いので、もう年金には金を出せん。わ
かっているな! こんなに金のかかる年金なんか解散してしまっても
いいんじゃないか?」
P:「……か、か、解散は、加入員に説明ができないので、せめて確定拠
出型年金制度(DCプラン)か、キャッシュ・バランス型年金制度(CBプ
ラン)への変更でコストを抑制してみてはどうでしょうか?
現在、厚生年金基金の代行返上も視野に入れて運営方針を
考えていますので」
S:「わかった。わかった。解散とはいわないが、もう金は出せないから
な!」
会話のポイント:
@企業トップは、パフォーマンスが3年連続でマイナスになったことは認
識しているが、この3年間にどのような年金運営が行われてきたのかを
知らない。
A企業トップは、パフォーマンスがマイナスになった主因は株式市場に
あり、株式市場が低迷したということを予測できたと考えている。年金
運営担当者は、今後も株式市場が低迷すると予測しており、今年度か
ら資産配分を株式から債券へと移行している。
B企業トップは、母体の経営環境・財務状況が悪化し、年金財政への財
務負担は困難になっているため、年金制度の解散を支持した。年金運
営担当者は、受託者責任から、解散は取りあえず回避、その代わり、
代行返上を含め、DCプラン、CBプランへの制度変更を考慮することに
なった。
冒頭にもあるように、日本の年金業界は、過去3年間連続でマイナスのパフォーマンス(年率▲9.14%、弊社調べ)となっている。そして、3年間の中で、最悪だったのが昨年度(▲12.65%、弊社調べ)である。マイナスの主因は、株式市場の低迷であり、債券市場は好調を持続している。
こういった状況から、最近、日本の年金業界では運用リスク(資産運用上のリスクとは、資産における価格変動性のことを言う)を回避すべく、リスクの高い株式の資産配分を削減し、リスクの低い債券へと振り向ける傾向にある。
はたして、このような資産配分変更によって、年金運営における危機は回避できるのであろうか? 年金運営における危機とは、将来の健全な年金給付が滞ることであり、運用実績利回りが給付に必要な運用利回り(予定利率)を下回ることである。
確かに、リスクの高い株式資産からリスクの小さい債券資産へシフトしたことで、運用リスクは減少している。しかし、運用リスクの減少は期待収益率の低下を意味し、もし、今年度、株式資産が高パフォーマンスとなった場合、運用パフォーマンスが必要運用利回り(予定利率)に不足する可能性がある。このような状況が想定されているのだろうか?
結果として、3年間連続でマイナスのパフォーマンスとなった上に、株式上昇時のハイ・リターンを獲得できないことになる。
ここでの問題点は何であろうか?
資産配分変更という投資行動が、@今後も株式市場は低迷し、債券価格は上昇する、という市場予測を前提としている、A個々の年金制度として取るべきリスク(もしくは許容リスク)、必要な運用利回りへの考察がない、という状況で決断されている。
特に、よく間違えるのは、市場に対しての見通しである。行動心理学的には、人間は直近の出来事に大きく影響を受けると言われている。今回も過去3年間の投資環境に大きく影響を受けて、資産配分を債券にシフトしている。これと同様なことが、3年前にも起きている。2001年度の資産配分は、前年(2000年)に高いパフォーマンスとなった株式市場へ資産配分をシフトしたが、その後、株式市場は3年間低迷することになった。
まだ、危機は続くかもしれない。
最近の年金業界では、厚生年金基金による代行返上、ハイブリッド型年金制度(キャッシュ・バランス・プラン)や確定拠出型年金制度の導入・検討がファッションになっている。さらには、資産運用では、資産配分の変更(株式⇒債券)、オルタナティブ資産(ヘッジファンド、プライベート・エクイティ、不動産などの伝統的4資産以外の資産)への投資が流行っている。
このような動きは、本当に正しい判断に基づく行動なのだろうか?
制度を改革(変更)すること、株式資産への投資を回避することが年金改革の目的となっていないだろうか?
制度を変更すれば改革が終わったと思っている、前述のとおり、株式資産への投資を回避していれば、資産運用の危機が回避できると思っている人は多い。
本当の意味での改革は、改革の目的を明確化し、目標達成のための方法・手段について理解した上で断行すべきものである。しかし今回の改革では、目的が不明であり、モノマネ的な制度変更、資産配分変更が行われているケースが目立つ。年金改革においては、まず年金制度の目的を明確化する必要がある。
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図1/年金制度の目的 |
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企業にとって、年金は「従業員に対する投資」と考えられる。企業は掛金として従業員に投資を行い、その対価として従業員から労働力を得る。したがって、年金財政の悪化によって何かをしなければならないと考えている企業は多いが、年金制度改革の目的は、「従業員の労働生産性の向上、モラルアップ」によって投資効率を高めることとなる。その意味で、年金制度は、人事戦略的な側面と財務戦略的な側面とが存在する。企業には様々な人事戦略、財務戦略があるように、投資効率向上のための年金制度改革の方法も千差万別であるはずだ。
また、資産運用についても、年金制度や母体の財務状況によって、許容リスク、期待収益率(予定利率)は相違するし、運用方針、資産配分に対する考え方も違うはずである。
まだ、改革への道のりは長い。
年金改革への最低条件は、企業トップマネジメントの真のコミットメントである。年金資産運用の母体財務への影響、年金制度改革の目的を考えれば、企業トップのコミットメントなくして、年金改革はありえない。
しかし、実際には、前述の会話にあるように、企業トップのコミットメントは低く、他人まかせであり、そもそも年金制度運営、資産運用に対する知識、経験が欠如しているケースが多い。その一方で、トップダウンな決断が鶴の一声的に降ってくる。しかも、その判断基準は、企業側の財務的なコスト削減に偏っており、年金制度改革の目的を履き違えている。
このような状況下で重要なのは、企業トップを含んだガバナンス機能の強化である。これまでの年金ガバナンスは、厚生年金基金(もしくはそれに相当する組織、つまり、企業トップを含まない組織)を中心に形成されるケースがほとんどであり、重要事項のみを企業トップに結果報告している場合が多い。このような場合、年金改革には年金ガバナンスは機能しない。最終的な決定権者である企業トップは、これまで重要事項の結果報告は受けていたものの、問題解決、目標設定、手段を決定するに当たっての知識、経験が欠如しており、的確な判断ができない状況にある。
年金ガバナンスは、その資産規模、母体財務へ与える影響から、コーポレート・ガバナンス(企業統治)と密接な関係にある。米国の主要な企業では、年金ガバナンスがコーポレート・ガバナンスの一部に位置づけられているケースも見受けられる。企業トップが年金運営に対するコミットメントを深め、年金改革の目的を明確化した上で、ガバナンス機能の向上が行われれば、的確な年金改革へとつながるはずである。
日本人は、資産運用が上手くない(?)。
米国人のFMが「日本の投資家は、投資のリーディング・インディケーター(先行指数)だ」と言っていたことがある。日本の投資家の買いは絶好の売りどき(相場の天井)、売りは買いどき(相場の底)であるという。
前述のとおり、同じようなことが年金基金の資産配分戦略でも起きている。また、運用機関の運用でも同様なことが散見される。日系機関投資家には、「後追い」的な投資行動が多い。つまり、上昇している株式を買い、下落している株式を売る。運用環境によっては、上手くいくが、そうでないときは上手くいかない。市場にトレンドが出ているときは、「後追い」的な運用によって好調なパフォーマンスとなるが、そうではないときは反対の結果となる。
資産運用は、「論理(理論)」と「心理」のゲームである。市場価格は、その発行主体のファンダメンタルズ(理論価格)を反映するが、投資家の心理的投資行動によって最終的な市場価格が決定する。心理的要因によって決定した市場価格とファンダメンタルズによって決定する理論価格とのずれが投資機会となる。
したがって、一般的な(賢い)投資家は、より正確な理論価格の導出によって収益獲得をねらう。最近では、行動心理学を取り入れ、投資家の行動心理を分析し、投資機会の確信度を高める運用手法までが注目されている。
一方で、日本の投資家は、「上昇している銘柄(資産)を買う、下落している銘柄(資産)を売る」ことによる心理的安心感から投資をしているケースが多い。ここでは、資産運用上のリスクが、「他の投資家と違う投資行動をとること」になっており、リスク回避のために上昇銘柄を買い、下落銘柄を売る。本来、考えるべき運用のリスクは、その変動性とポートフォリオ(資産全体)に与える影響であり、リスクを履き違えると、結果として想定以上のリスクを取ってしまい、それに見合うリターンが得られないケースが多い。
最近、日本の投資家の調査力、分析力は向上してきている。その意味では、いかに心理的要因を排除し、理論的な投資行動、投資判断・決断ができるかが運用能力向上にとって重要な鍵となっている。資産運用は、ある意味ゼロサム・ゲーム(勝つか負けるか)であるため、皆が同時に勝つ、もしくは負けるということはありえない。
また、資本市場のグローバル化は急速であり、欧米投資家の影響力は年々高まっている。日本投資家の一人負けにならないよう、対応を急ぐ必要がある。
株式市場低迷の要因は何であろうか? ハイリスクであるにもかかわらずハイ・リターンとならず、ローリスクである債券資産のほうがハイ・リターンとなっている。その背景には、投資家の「ローリスク志向」という心理的要因によって、資金が株式資産から債券資産へと移行する受給関係が存在する。「ローリスク志向」の要因は、長期化する日本経済に対する先行き不安、テロや戦争などのイベントリスク、企業の粉飾決算発表による企業投資への信頼喪失など様々である。最近の株式市場低迷には、このような心理的要因が長期間継続して存在していることが起因している。
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図2/年金資産運用の果たすべき役割 |
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資本市場は、資金余剰者から資金不足者へと円滑な資金配分を助けることにより、企業による効率的な経済活動を促す重要な役割を果たしている。そして、投資効率の低い企業から投資効率の高い企業へと効率的に資金配分することによって、資本市場の投資効率を向上させ、投資家の心理的な要因を排除することができる。最近は、金融機関の不良債権処理や株式持合い解消によって、その重要性は、金融機関の融資による間接金融から資本市場を仲介した直接金融へと移っている。そして、その直接金融への資金の出し手として、大きな影響をもつのが年金を中心とする機関投資家である。つまり、心理的な要因を排除するために、年金資産運用が果たすべき役割は大きい。
しかし、最近の年金資産運用は、効率的な投資行動ができていない。心理的な要因の大きい資産配分の変更(株式資産⇒債券資産)、アクティブ運用のパッシブ化(非効率な企業も含めてインデックス構成銘柄すべてに投資する)、運用能力の低い運用機関への委託などは、資本市場での投資効率を阻害する心理的な要因となっている。
資本市場での投資効率を向上させるためには、資本市場に大きな影響を及ぼす年金資産運用によって、資本市場のあらゆる局面において、効率的な投資行動をとることで理論的な市場価格を形成し、効率性を阻害する心理的要因を排除することが重要である。
効率的な年金資産運用によって、資本市場の投資効率を高め、投資効率の高い企業に効率的に資金配分し、高い経済成長を促し、最終的には年金資産運用の運用効率を高めることが年金資産運用改革につながる。
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