【巻頭言】
ペンション・ダイナミクス
年金戦略の再構築

1.
何のための企業年金か
マネジメントは企業年金についてどう考えるべきか

2.
年金経営入門
財務戦略としての年金運用

3.
運用戦略構築のダイナミクス
制度オプションの多様化と資産運用

4.
負債構造に基づく多期間ALM

5.
マネジャー・ストラクチャー
構築ダイナミクス
リスク・バジェティングによる運用効率向上

6.
トータル・リスク・マネジメントによる年金運用の再構築
企業経営の一環としての年金運用

7.
運用機関のアセスメントの視点
相互コミュニケーションを深めるために

8.
運用組織のダイナミズム
アナリスト増員は成績向上の切り札か

9.
確定拠出年金の資産運用
「自己責任」と「投資教育」


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【巻頭言】
ペンション・ダイナミクス
年金戦略の再構築

 

佐川利道

「年金のリスク」と言われて何を考えるか

 「あなたの考える、年金のリスクとは何ですか」という質問を受けたら、あなたは、何を思い浮かべるだろうか。

 ある人は運用実績の悪化や、株式で運用することだと言い、またある人は、高齢化とかデフレと言うであろう。年金制度の負担の大きさや、年金コストの変動性の大きさを挙げる人もいれば、資産と負債の差額(サープラス)だと言う人もいるだろう。長期投資の考え方とか、平均―分散に基づくフレームワークを指摘する人もいる。
 皆さんの立場、所属している組織の状況、直面している問題、知識や経験の深浅で、実に様々な考えが出てくるのが「年金のリスク」である。

年金は、袋小路に追い込まれている !?

 昨年度までの株式市場の世界的な下落は、過去の歴史からみても極めて甚大であった(図1)。これが日本の年金資産にもたらした3年連続のマイナス・リターンは、積立水準を大幅に悪化させ、企業の年金コストは上昇し、解散基金を急増させた。

図1

 このような状態のただ中で、人間はどのように思考するのだろうか。
 思考の前提となる人間の記憶は、感情や感覚が強く作用するため、常に合理的に機能するわけではない。特に、この数年のような莫大な損失を受けた記憶の直後では、リスクを避けようとするバイアスが強まりやすい(行動ファイナンスでいうところのリスク回避効果。逆に、現状以上にリスクを取って、損失を取り返そうとする人もいる―ブレークイーブン効果)。
 また、人は、極めて困難な状況に直面すると、都合のよい情報だけに依存してリスクを必要以上に下げたり、考えること自体を避け、重要な意思決定をしない(認知的不協和―いわゆる思考停止状態)、という傾向が強まる。
 目の前に横たわる巨額な損失は、年金を再構築していく上で、無意識に重要な意思決定を避けたり、不合理な意思決定に流れてしまう危険性を持っていることに、十分注意する必要がある。
 また、このような状況下では、長期的な視点と短期的な視点、本質的な意見と短絡的な意見、継続的な事象に関わる考えと一時的な事象にとらわれた考え、創造的な発想と停滞した思考というような、相いれない考えが混在し、ぶつかり合って、意思決定を揺さぶる。

 将来に目を転じてみよう。日本は、高齢化の急速な進行と、労働人口の減少が見込まれており(2002年1月公表の国立社会保障・人口問題研究所による「日本の将来推計人口」)、人口動態が大きく変化しようとしている。その中で、高度成長期からバブルの80年代まで機能した日本の様々な制度(終身雇用等)は、すでに耐用年数を過ぎてしまっている。
 まだ、それに代わる「新しいシステム」は見えてこないが、すでに、会社に就職するのではなく、対等に付き合う人材が増加してきているような現象に見られるように、これまでの企業と個人の関係は明らかに変わり始めている。さらに、これからの時代、企業の寿命のほうが個人の就業年数よりも長いことを当然の前提にすることは難しくなってくるであろう。

 新しいシステムが構築されるためには、それを必要とする問題の存在が不可欠である。そして、その問題が大きければ大きいほど、過去の記憶にとらわれがちな我々の間に混乱や戸惑いが生じるのは自然な反応である。
 しかし、相いれない意見の存在に萎縮していては、何も始まらない。問題を正面からとらえ、徹底的に考え、実行するというダイナミックなアクションなくして、新しいシステムは創造されないのである。
 これは、年金資産の運用面でも同様である。新しいシステムの目的を、想定するコストで実現していくためには、それにマッチした運用戦略を構築し、マネージできなければならない。
 そのためには、従来のフレームワークを再構築する必要があるが、そこに、聖域を作るべきではない。納得のいく仕組みを創り上げていく必要がある。

 もし、あなたが「年金は袋小路に入ってしまっている」と感じているとしたら、無意識のうちに「思考停止の罠」に陥っている可能性がある。

今、何をすべきなのか

 未来がどうなるかを見通すことが困難なことは自明である。
 加えて、今日のように社会の変化のスピードが加速している場合は、
どんなシステムでも、その耐用年数を保守的に見積もらざるをえないであろう。また、あるシステムが稼働し始めると、そこからさらに、別の課題が連鎖的に発生するというダイナミックな動きを想定しておく必要がある。
 特に、これからの社会の変動を念頭に置いて年金戦略(制度とその運用)を再構築していく場合は、このようなダイナミックな動きを無視した、こうなるべきだとか、こうなるはず、これはもうだめだ、という「単線思考」が最も危険になる。

 「複線思考」で行動することが必要になる。以下で、年金の制度面、運用面を「複線」で考察する。

制度面の複線思考

 退職金を年金に移行した現行の年金制度は、終身雇用に伴うベネフィットという長期の時間軸一本で構成された単線のシステムであり、その結果として、企業が、従業員の退職後の老後保障を数十年にわたって面倒を見てきた。
 しかし、このシステムは、本質的に、一企業のキャパシティを超えることは自明である。それにもかかわらず、数十年の長期にわたって有効に機能したのは、それが日本の社会、経済、そして企業とそこで働く日本人に最適なシステムであり続けたからである(これは、国の年金制度にも当てはまる)。
 ここから得られる教訓は、ある年金制度を自社の人事戦略に組み込むには、それが、これからの社会における企業と個人の最適な関係を維持できるシステムであるべき、ということである。
 ただし、従来のシステムとの大きな相違は、企業と個人の最適解は、各社共通ではなく、個別色が強まるというところにある。したがって、新たなシステムは、従来の年金制度の延長線上からの発想では、とうてい見出すことはできない。

 年金制度を変えていくためのツールは、完全ではないがすでにあり、様々な試み―最終給与比例の年金からポイント制に移行する、退職金を給与に織り込む形で前払いにする、キャッシュ・バランスに移行して年金を前払いにする、確定拠出年金(DC)に移行する等々―が始められている。
 しかし、その多くは、企業の財務面からの要請を優先したものが多く、近い将来、企業と個人の関係にネガティブな効果が先行して現れる懸念を含め、その耐用年数は短いと考えるべきであろう。
 変更したばかりの制度であっても、その耐用年数に備えた継続的なモニターと見直しが重要になるのが、制度面の複線思考である(終身雇用制は、そのシステムの予想外の耐久性もあったが、システムに対するモニターを怠ったがゆえに、転換の動きが完全に遅れたと言えよう)。
 人と組織の関係は常にダイナミックに変化しており、システム創りに、これでおしまいということはない。
 システムのモニターをどのように行い、次につなげていくか。新たなシステム創りは、始まったばかりである。

 さて、年金の問題は、制度面の改革だけでは解決できない。制度の目的を達成するための最適な運用戦略を構築することができて初めて完結する。これは、財務戦略の一環として退職給付債務(PBO)を年金債務のターゲットとした場合やキャッシュ・バランスのように、債務も時価変動する場合の「サープラス・リスク(積立水準の変動性)」のマネジメントで、特に重要となる。
 ただし、そのためには、何らかの「リスク」を取る必要がある。

運用面の複線思考

 ご存知の方も多いと思うが、アポロ計画のロケット・サイエンティストいわく、「漏れのないバルブが必要になって、そんなバルブを開発するためにあらゆる努力をしても、現実にはどうしても漏れのあるバルブしか手に入らない。そんなときは、どの程度の漏れなら許容できるかを決定しなければならない」。
 現実は、常に意外な方向に動く。
 社会が大きく変化しているなかで、市場の不安定性(変動性)も拡大している。我々が相手にしなければならない市場という「バルブ」は、常に破裂する可能性をも秘めたものである。

 「漏れのないバルブ」を手に入れることが不可能であるならば、次善の策は、その漏れをどこまで許容できるか、言い換えれば、「計画と現実のギャップをどのように認識し、埋めていくか」にかかっている。このようなダイナミックなアプローチが、年金運用の「複線思考」である。
 従来のフレームワークが機能しなくなったとは思わない。
 しかし、これまでのアプローチは、計画策定に大きく偏り、現実と計画のギャップについての認識と行動が十分とは言えない「単線思考」が強くなかったか。それは、なぜか……。

 この要因については、様々な意見が出ると思うが、ここでは、「時間軸」のとらえ方と「損失に対する備え=確率」に対する認識力、の二つを挙げる。
 これまでのアプローチは「長期の時間軸」中心で構築されているが、そもそも、時間軸のとらえ方自体が明確であったか。そして、その時間軸において、損失に対する備えは十分であったか……。

 これからも、「長期の時間軸」の重要性は変わらない。
 ただし、「短期の時間軸」を併せ持った運用戦略を構築しなければ、現実とのギャップに対応することは難しく、結果的に長期の時間軸に基づく戦略を絵に描いた餅にしてしまう。
 さらに、制度の特性、財務的な戦略、採用候補の投資対象それぞれが、異なる時間軸を持っており(図2)、どの時間軸を選択するかによって、運用戦略は全く違ったものになる。

図2

 これからの運用戦略の構築では、複数の時間軸を選択したり、配分するというダイナミックなアプローチと、そのマネジメントが、重要な課題になってくる。
 そして、損失に対する備えである「確率」の認識について、さらに深い理解と合理的な行動力を備えることが必要になる。ただし、これらは、モデルや手法の高度化だけで解決する問題ではない。リスク・マネジメントは、最終的には人間の判断力で決まるということを忘れてはならないであろう。

 運用面の複線思考のアプローチは、時間と確率だけではない。「計画と現実のギャップをどのように認識し、埋めていくか」というチャレンジは、始まったばかりである。

不安定な社会と市場に勝つために

 「単線」と「複線」という切り口で年金戦略の再構築についての概要をみてきたが、複線で思考するということは、その選択肢も複数になるということである。変動の大きい社会と市場に対抗していくためには、複数の選択肢を常に用意し、ダイナミックに行動していく必要がある。
 一方で、変動の大きな環境下で複数の選択肢を選ぶことは、単一の方針を維持するよりも遥かに難しいものとなる。人間心理の不合理さが、対応を場当たり的にしたり、後追いにしたり、何もしないほうがよかったという結果にしてしまう可能性は大きい。その上、人間(個人、組織)の意思決定プロセスは、簡単に目詰まりするという、やっかいな性質を持っている。
 不合理な意思決定を回避し、ベターな対応を取ることができるようにするには、「明確なディシプリンとプロセスを持ったガバナンス」を創り上げる以外に道はない。
 また、理想のガバナンスに一足飛びに到達することは不可能であるだけでなく無意味でもある。なぜなら、真に機能するガバナンスは、担当者とチーム、経営者が試行錯誤を繰り返すことでしか獲得することはできないと考えるからである。

 厳しい環境の中でこそ、ガバナンスは育つ。
 強いガバナンスこそが、真に重要な決定を、正しい方向に導く。

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●佐川利道 さがわとしみち/慶応大学法学部卒業。安田信託銀行投資顧問部および安田信投資顧問にてファンド・マネジャー。年金等の運用、商品開発に従事。当社入社後は、資産運用コンサルティングに従事。資産運用に関する論文がある。スポンサー向け資産運用セミナーの講師を務める。