【巻頭言】
ペンション・ダイナミクス
年金戦略の再構築

1.
何のための企業年金か
マネジメントは企業年金についてどう考えるべきか

2.
年金経営入門
財務戦略としての年金運用

3.
運用戦略構築のダイナミクス
制度オプションの多様化と資産運用

4.
負債構造に基づく多期間ALM

5.
マネジャー・ストラクチャー
構築ダイナミクス
リスク・バジェティングによる運用効率向上

6.
トータル・リスク・マネジメントによる年金運用の再構築
企業経営の一環としての年金運用

7.
運用機関のアセスメントの視点
相互コミュニケーションを深めるために

8.
運用組織のダイナミズム
アナリスト増員は成績向上の切り札か

9.
確定拠出年金の資産運用
「自己責任」と「投資教育」


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何のための企業年金か
マネジメントは企業年金についてどう考えるべきか

 

大海太郎

企業年金とは

 年金と言った場合に大きく分けて、公的年金、企業年金、個人年金の三つに分けられる。同じ年金と言っても、それぞれの意味合いは異なっている。我が国の公的年金には、老後の生活に対する社会保障としての側面と個人に代わって年金を積み立てるという二つの側面がある。この点については、公的年金の財政的危機が懸念され、国民年金の未納率が4割に達する今や、そのあり方についてそもそもの目的に立ち戻っての議論が必要である。この点について議論することが本稿の目的ではないので詳細には立ち入らないが、相も変わらずこの国の場当たり的対応ばかりが目に付くのがやるせないところである。
 一方、企業年金については、どう考えるべきだろうか。主要な企業年金である厚生年金基金と税制適格年金については1960年代に国の後押しを受けてスタートした。税制面での優遇が与えられたことに加え、当初は予定利率5.5%を超える運用利回りから来る差益が期待できたことから、急速に企業の間に広まった。国としてどういう意図を持ってそのようなインセンティブを企業に与えたのかは不明だが、企業サイドとしては、少なくとも導入当初は明確にそのメリットを意識してスタートしたのであろう。逆に言えば、そのメリットを除けば、そもそもどういう目的を持って企業年金を導入しているのか、導入によりどのようなコスト、リスクを抱えるのか、検討することなく導入した企業も多いはずである。そのために、環境が大きく変化した今ではそもそも企業年金とは何のためにあるのか、見失ってしまっている企業も多いのではないだろうか。企業の社会的責任として従業員の老後に一定の責任を持つという側面がないわけではないだろうが、むしろここでは明確に企業年金を従業員に対する処遇の一部ととらえなおすべきである。

 この見方に立って、以下で主として経営者(株主)の立場から見た企業年金について論じていく。なお、年金とは後払いの給与ということで退職金も含める。その意味で、この次に述べる人事戦略における年金と言った場合には退職金を含めた退職金・年金制度が対象となる。

人事戦略における年金

 ここのところ、新企業年金法(確定給付企業年金法)および確定拠出年金法の成立や厚生年金基金の代行部分返上認可など退職金・年金をめぐる環境が大きく変わっていることから、退職金・年金制度の見直しが盛んである。
 2000年の退職給付会計導入により、いやがおうでも企業は年金費用を毎年会計ルールに従って認識しなくてはならなくなったのに合わせるかのように、運用は低迷し、ここ3年はマイナスのリターンとなって、企業には年金に関わるコストがずっしりとのしかかってきている。そのせいか、年金の見直しに関しては主としていかに年金のコストを下げるか、という観点のみから、代行返上や確定拠出年金、キャッシュ・バランス・プランの導入が叫ばれているように感じられる。

図1/企業年金を取り巻く環境変化

 前章で述べたように年金はあくまでも給与の後払いの性格を持つ。給与(人件費)はコストであるから、経営者としては可能な限り引き下げたい一方で、やみくもに下げれば優秀な人が集まらない、現在いる従業員のモラールが低下する、場合によっては人材が流出するといった事態が起こる。したがって、そのようなことの起きない最適なレベルで人件費を決定することになる。さらに言えば、企業が人材に対する処遇を決定する際には非金銭的処遇も含めて検討した上で、自社あるいは自分の部門、事業にとって必要な人材に期待する成果を出してもらうのに最も適当なパッケージを構築する必要がある。この総合的なパッケージの中に、退職金・年金を組み込んで、包括的な観点から退職金・年金制度を導入することが必要なのである。しかしながら、現実にはこのように退職金・年金をとらえているケースはまれである。
 処遇には、3Rの効用がある。すなわち
 ・Recruit(引き寄せ)
 ・Retain(引き止め)
 ・Release(引き離し)
の三つである。年金はこのうち、特にRetainとReleaseに大きく関わってくる。例えば、これまでの我が国の確定給付型年金は長く勤めた従業員に有利になることから、従業員にとって長期雇用や終身雇用への強いインセンティブとなる。逆に定年制のない米国では、年金の存在が退職へのインセンティブとなるように設計されていることが多い。
 したがって、自社や自部門の戦略目標に基づいて必要な人材のスペックとその人材に達成してもらうべき成果が決まったならば、それに合わせて処遇のパッケージもデザインしなくてはならない。その結果、例えば新規事業の立ち上げに際して特殊なスキルを短期間のうちに発揮してもらいたい場合と長期にわたって安定して仕事をこなしてもらいたいというような場合とでは、おのずと処遇のパッケージは異なってくる。そして、その一部としての望ましい退職金・年金制度も異なってくるというのはごく自然である。よって、どういった退職金・年金制度が望ましいかはまさにケースバイケースなのである。最近の制度変更に伴い、制度設計に関しての自由度が増していることは、企業として目的を達成するための人事戦略上のツールが増えてそれぞれの創意工夫の余地が拡大したと考えるべきである。

図2/退職金・年金に関する従業員の意識

 一方、従業員のほうではどういう退職金・年金制度を好ましいと思うのであろうか。考慮しなくてはならないポイントが大きく分けて3点ある。従業員からすれば、金額という意味では多いに越したことはないが、実は給与と併せて企業が支払う総額が決まっているとするならば、第1点目は先にもらうか、後にもらうか、の選択である(100%先にもらうということは、退職金・年金はいらないということである)。2番目に考えるべき要素は、運用のリスクを企業が負うのか、個人が負うのか、ということである。それによって、確定給付型か、確定拠出型か、あるいは両方の中間的なキャッシュ・バランス・プランかが決まってくる。最後が長生きのリスクをどちらが負うか、という点で、それにより退職一時金で受け取るか、有期年金か、終身年金かの違いになる。これらの点を個人がどう考えているのかについて明確に指摘するのは困難だが、「平成12年労働組合活動実態調査」を見てみると、個人は選択可能な多様な制度を望んでいるということは見て取れる。従業員から見て望ましい唯一の制度というのは存在しないということであろう。

財務戦略における年金

 それでは、人事戦略として年金制度を採用したとしよう。その後は、企業のマネジメントは年金をどうとらえていくべきなのであろうか。
 既述のように2000年4月より退職給付会計が導入された。この結果、今まではある意味好きなように年金の費用が計上できていたのが、一定のルールのもとに強制的に費用を認識することになった。
この状況下、2000年度から3年続けてのマイナスのリターンである。
 「失われた90年代」を経て、持ち合い株の放出により安定株主の割合が減少し、外国人投資家、機関投資家のウェイトが高まる中、企業に対する株主のプレッシャーは日増しに強まっている。したがって、マネジメントとしてもこれまで以上に毎年利益を出すことに真剣にならざるをえない。

図3/国内年金のパフォーマンス

 企業としては、年金関連費用の負担の大きさもさることながら、それがいつどのように出てくるかわからないという予測困難なことに対する恐怖感があるのではなかろうか。その結果として、株式を一切持たない極端な資産配分に走ったり、新制度であるキャッシュ・バランス・プランをすべてを解決してくれる制度だと信じて(勘違いして)拙速に導入したりといった事態が起きている。
 この場合にも、年金はよくわからないコストということで特別視すべきではない。企業の活動の中で、コストは抑えるに越したことはないが、一方でコストを負担することなくリターンを得ることはありえない。したがって、どういうリターンを得るために、いくらまでのコストは負担するのかを認識し、これに関わるリスクはどれだけあるのか、想定していた悪いシナリオが実現したときはどうするのか、といったことを検討した上で実行することが必要である。これは通常の企業の活動の中で、例えば新規案件に投資するときと全く同様のことが要求されているのにすぎないのである。そう考えれば、予定利率はどの水準に置くべきなのか、掛金と運用で賄う比率をどう想定するのか、運用が想定外の結果になった場合にどうするのか、といったことの答えが出てくるはずである。これを実際にどのようにやっていくのか、という点については本号の中の「年金経営入門」、「運用戦略構築のダイナミクス」で詳しく触れられているので、ぜひそちらを参照願いたい。

部分最適ではなく、全体最適で

 これまで述べてきたように、年金について考える際にはその一部分
(例えばコスト)のみから検討、対応するのではなく、あくまでも経営戦略の根本に立ち返って、全体的な視点から年金をとらえる必要がある。その上で、単なるコストとして扱うのではなく、自社や自部門の戦略を実行して目標を達成するためのツールの一つとして年金を能動的に活用すべきなのである。すなわち、何を目的に、どれだけの金額を負担し、それにはどういったリスクがどれだけ伴うのか認識した上で制度を設計、運営する必要がある。そうすれば、年金についてもどのような順序でどういった点を検討した上で制度を設計し、実際にどのように運用していけばよいかということがおのずと見えてくるはずである。

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●大海太郎 おおがいたろう/東京大学経済学部卒業。ノースウェスタン大学にて経営学修士(MBA)取得。ファイナンス専攻。日本興業銀行にて、資産運用(外国株式担当)、為替ディーリング業務に従事した後、マッキンゼー・アンド・カンパニーにおいて本邦大手企業、多国籍企業に対しての経営コンサルティングに携わる。当社入社後は、資産運用コンサルティングに従事。


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