【巻頭言】
ペンション・ダイナミクス
年金戦略の再構築

1.
何のための企業年金か
マネジメントは企業年金についてどう考えるべきか

2.
年金経営入門
財務戦略としての年金運用

3.
運用戦略構築のダイナミクス
制度オプションの多様化と資産運用

4.
負債構造に基づく多期間ALM

5.
マネジャー・ストラクチャー
構築ダイナミクス
リスク・バジェティングによる運用効率向上

6.
トータル・リスク・マネジメントによる年金運用の再構築
企業経営の一環としての年金運用

7.
運用機関のアセスメントの視点
相互コミュニケーションを深めるために

8.
運用組織のダイナミズム
アナリスト増員は成績向上の切り札か

9.
確定拠出年金の資産運用
「自己責任」と「投資教育」


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負債構造に基づく多期間ALM
 

 

川辺 純

 年金スポンサーにとって、“リスク”とは何であろうか。
 資産運用の世界において、“リスク”は一般に考えられる“危険”という何か危なげで、できれば回避したいものといった概念に加えて、リターンのぶれ(標準偏差)といった“不確実性”としてとらえられる。そして、こういったリスクには必ずそれに見合った期待リターンが伴う、もしくはリスク負担なしにはリターンは得られないといった資産運用における“効率性”の概念も、年金スポンサーにとっては非常に馴染み深い考え方である。
 しかし、資産運用の結果の振れが、そのまま年金スポンサーが負うリスク(=危険なもの)と言えるのだろうか。年金スポンサーの抱える“真の”リスクを再考してみることにより、これに対処し、そのリスクを低減させる方法が見えてくる。

年金スポンサーにとってのリスク

 年金スポンサーにとって、“真の”リスクとは何であろうか。
 年金スポンサーは、プラン加入員や年金受給者に対して退職一時金や年金の給付を保証する運営主体であるから、その最大のリスクは、給付に必要な金額が不足することであり、将来にわたる積立・給付スケジュールに沿った毎期の積み立て必要金額を確保することが重要である。すなわち、年金スポンサーにとって最も回避すべきリスクとは“毎期の負債と資産のミスマッチ”であり、そのミスマッチを抑制するための“負債と資産のマッチング戦略”こそが、年金スポンサーにとっての最大のリスク・マネジメントであると考えられる。
 ただし、負債の種類として、年金財政上の数理債務や、PBOやABOといった退職給付会計上の債務など、負債の定義として何を用いるかにより、年金スポンサーが負担すべきリスクの特性や、そのリスク・マネジメント手法も異なってくる。
 例えば、確定給付年金制度(DB)における数理債務を負債としたリスク・マネジメントでは、予定利率をベースに算出される負債は市場環境にあまり影響を受けないため、中長期的な運用上の期待リターンを、予定利率を基準に設定することで、基本的には負債と資産のマッチングが十分機能したといえる。一方、こうした市場環境により負債が変動しないリスク・マネジメントにおいては、運用の目標となる期待リターンも同様に市場環境によらない一定値となるため、市場の“効率性”の概念からも、年金スポンサーは、そのリターンに見合った運用リスクを必然的に負担せざるをえなかったことになる。
 しかし、最近では、同じ確定給付年金制度においても、負債として退職給付債務(PBO)を用いる場合や、ハイブリッド型であるキャッシュ・バランス・プラン制度の導入など、負債自体が市場環境により変動するスキームが設計可能となってきた。負債自体も変動するため、“負債と資産のミスマッチ”というリスクを抑制するためには、期待リターンとして一定値をターゲットとするよりは、負債と資産を同時にマネジメントする手法がより重要となってくる。負債と資産を同時にマネジメントし、負債の変動と資産の変動が同期するようなリスク・マネジメントが実現できれば、“負債と資産のミスマッチ”と定義したリスクを大幅に減少させることが可能である。従来の固定的で一時点的なリスク・マネジメントから、負債と資産を同時に時系列でとらえるマネジメントへの転換である。

リスク・マネジメントとしてのALM手法

 年金スポンサーにおける“負債と資産のマッチング戦略”は、年金ALMによる負債特性に基づいた最適な資産配分の策定、そして実際の運用における資産と負債の乖離の定期的なモニタリング、資産配分と戦略の見直しといった一連のサイクルが求められるが、そのうち、負債特性に基づく年金ALMが、リスク・マネジメントの成否を決める最も重要な要素となる。

 従来の確定給付年金制度における数理債務といった、負債が市場環境にあまり影響を受けないケースでは、運用上の期待リターンを設定した上でリスク最小の資産配分を決定する“有効フロンティア”を用いるALM最適化手法は有効だったといえる。
 ただし、負債が市場環境により変動する場合には、有効フロンティアのような静的な最適化では、市場により変動する負債の変化率を織り込めないため、変動する負債に最もマッチする運用上の期待リターンの算出や、その場合の最適な資産配分の導出などは不可能である。
 また、負債自体を一つの“負の”資産科目と見なして、資産と合わせて最適化することにより、資産と負債をマッチングさせる近似的な手法も考えられるが、最適化結果に最も影響を与える資産と負債の関係が相関係数のみで定義されてしまうことにより、時系列を通じてダイナミックに資産と負債のマッチングを行うALM手法としては、十分とは言い難い。
 負債が市場環境により変動し、その負債の変動に資産を時系列でマッチングさせるならば、資産と負債をそれぞれモデルに従って変化させ、時系列で両者の変化を分析、検証するシミュレーション型のALMが、最も有効な手法であると思われる。

 この考えに基づき、ワトソンワイアット社ではシミュレーション型ALMのうち、実際にモンテカルロ・シミュレーション手法(※1)と呼ばれる手法を用いて、最適な資産配分の決定と戦略の策定を行っている。

シミュレーション型ALM

 ワトソンワイアット社で行っているシミュレーション型ALM分析の概略が、図1である。

図1/シミュレーション型ALM

乱数をベースに、資産モデルを利用して発生させた擬似的な市場環境シナリオ(@)に基づいて資産残高推移と負債残高推移を計算し(A、B)、そして、資産と負債の残高推移結果を総合し、時系列での資産と負債のマッチング度合いを測定する(C)。この1サイクルを十分に膨大な回数繰り返すことにより、ある資産配分における費用の発生確率や、資産と負債の差分(サープラス)の下振れ確率といった統計的な数値を把握する。
 この各ALMプロセスの詳細は本稿では省略するが、年金スポンサーの立場から、シミュレーション型ALMを行った際に最もポイントとなるのは、最終目標であるシミュレーション結果後のポートフォリオの選択方法である。
 いくらALMプロセスや資産モデルが精緻であっても、自年金スポンサーの戦略に最も適するポートフォリオの選択や、また、その最適なポートフォリオを選択するために用いる評価指標の選定は、年金スポンサー自身の判断である。
 この最適なポートフォリオを選び出す作業は、従来の有効フロンティア上の最適ポートフォリオから、ある特定のポートフォリオを選択する作業と似ている。有効フロンティアを用いる場合には、期待リターンを基準に選択したり、リスク拒否度といった関数を利用することが一般的だが、時系列シミュレーションの場合には、話はそんなに単純ではない。
 それは、時系列で負債の特性が変化するために、ある一時点で最適と思われるポートフォリオも、他の時点では最適とは限らないからである。年金スポンサーにとって最も適切なポートフォリオを、時系列の中で選択するためには、主にどの時点(短期、中期、長期など)に比重を置いて選択するかといった期間の概念が必要である。年金スポンサーにとって、長期投資が原則であるからといって長期のみを想定すればよいというわけではもちろんない。基本的には長期重視のスタンスであるとしても、短期のぶれの可能性を常に認識した上でリスク・マネジメントを行わないと、短期の予期せぬ損失に足元をすくわれることとなりかねない。
 また、ポートフォリオを選択する上での基準として用いる評価指標も、単なる絶対的なポートフォリオのリスク値、リターン値ではなく、対負債のシミュレーション結果を踏まえたリスク・リターン指標でないと意味がない。例えば、リスク指標として、ある低い発生確率(5%、25%など)における資産の負債に対する不足額で表現したり、年金母体に与える財務的インパクトを考慮して、母体が許容できる費用以上の金額が発生する確率などを採用することが考えられる。また、リターン指標としては、資産の負債に対する超過リターンや超過金額などが考えられる。

 こうして、時系列に対する戦略方針と、ポートフォリオを選択する上での評価指標を決定した後、実際に候補ポートフォリオについてシミュレーションを行い、自年金スポンサーにとって最適なポートフォリオの選択を行うことになる。

ALMシミュレーション結果サンプル

 図2は、横軸(X軸)に、リスクとしてワースト5%の発生確率における資産の対負債のサープラス(=資産−負債)を、縦軸(Y軸)に、リターンとして50%の発生確率におけるサープラスを設定した際の、すべての資産配分(※2)の組み合わせにおけるポートフォリオ分布を示した図である。

図2/ポートフォリオ分布

 図中の各点がそれぞれポートフォリオを表すが、有効フロンティア同様、ポートフォリオ分布は、あるフロンティア曲線(グラフ上の点線)内に収まることが確認できる。これは、どんなに資産配分を効率的に設定しても、この例においては、リスク・リターンの関係からある一定の枠は超えられない、年金スポンサーにとって最低限のリスクは負担せざるをえないことを意味している(※3)。こういったシミュレーションにより作成されるポートフォリオ分布を睨み、自年金スポンサーの財政状況を考慮しながら、自年金スポンサーにとっての最適なポートフォリオを検討することが、シミュレーション型ALMを用いた最適化の第一歩となる(※4)
 しかし、このポートフォリオ分布図は、ある一時点における断面分布のみを表しただけであり、前述のとおり、ある一時点で最適なポートフォリオが、他時点も最適である保証はないことに注意が必要である。図3は、横軸(X軸)、縦軸(Y軸)の指標を、図2と同様に設定した際に、すべての資産配分の組み合わせのポートフォリオ分布を、時系列で推移させた図である。

図3/ポートフォリオ分布推移

左から順に、3年後、5年後、10年後のポートフォリオ分布を表しているが、時系列推移に従いポートフォリオの分布が拡大することが確認できる。また、例えば、3年後で最適と思われるポートフォリオ(図中の○)も、5年後、10年後で見たときには、その時点においては最適とはいえないポートフォリオに移行することもわかる。シミュレーション型ALMにおいて最適化を行う際は、時系列の概念に十分注意して、どの期間にどのくらいの重点を置くかといった戦略も事前に十分考慮する必要がある。

最適ポートフォリオの選択方法

 それでは、時系列に変化する負債特性に対して、自年金スポンサーの戦略に最も適したポートフォリオを決定する手段として、重み付きスコアリングといった手法が考えられる。
 事前に戦略上の観点から、ポートフォリオを評価する指標を、その重要度に応じてスコアの重み付け(得点配分)を定義した上で、全資産配分パターンのシミュレーションを行い、定義した重み付けに従って加重した最終的な総得点で最適なポートフォリオを選択する手法である。
 例えば、ポートフォリオを評価する指標項目としてサープラスと時系列を選択し、縦軸としてサープラスをその発生確率により3パターン(50%確率、ワースト25%確率、ワースト5%確率)、横軸として時系列を3パターン(短期、中期、長期)設定し、この3×3の行列内の九つの各セルに、ポートフォリオ選択の重要度に応じた重み付けを定義するケースを考える(図4)。

図4/評価マトリクス

 この中で、例えば、サープラスの特に短期の下振れを抑制した戦略を希望する場合は、「短期/ワースト5%確率」のセルに大きなスコアを配分することにより、また、短期の下振れを抑制しつつも、中長期のリターンもそれなりに確保するといった戦略においては、「短期/ワースト5%確率」セルに30、「中期/ワースト25%確率」セルに20、「長期/50%確率」セルに10といった傾斜をつけた重み付けの配分により、自年金スポンサーの戦略に最も合ったポートフォリオの選択が可能である。
 しかし、もちろん、こういった評価軸となる指標の選択や、それに対する重み付けの定義は、年金スポンサーの財務的状況やリスク・マネジメント方針、戦略を踏まえた年金スポンサー自身の判断でしかありえないことは言うまでもない。

年金ALMとガバナンス能力

 本稿では、リスクを負債と資産のミスマッチと定義し、負債と資産をダイナミックに変動させることによるリスク・マネジメント手法(年金ALM)の概略を紹介した。しかし、せっかくこうして策定したリスク・マネジメント戦略も、常日頃のモニタリングやチェックを怠ることにより、その効果が半減、もしくはほとんど喪失してしまうケースも多い。
 結局、こういった年金ALMツールやその結果を上手に活用していくのも、年金スポンサー自身のガバナンス能力によるところが大きい。
 年金を取り巻く環境が非常に厳しい今だからこそ、横並びの意識から脱却し、常に自助努力を怠らない姿勢が、年金スポンサーに求められている。

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(※1)モンテカルロ・シミュレーションとは、乱数をベースに十分に膨大な擬似的な市場環境シナリオを作
    成し、シナリオごとにポートフォリオを評価した結果を、統計的に集計・分析する手法である。

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(※2)ここでは、国内株式、国内債券、外国株式(ヘッジ付き、ヘッジ無し)、外国債券(ヘッジ付き、ヘッジ
    無し)の6資産クラスで分析を行った。

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(※3)この例では、この時点においてリスクがゼロ(X値がゼロ)となるポートフォリオは存在しないため、
    ある程度のリスク負担が避けられないが、年金制度設計と資産状況によっては、リスクがゼロとな
    るポートフォリオが存在する場合も考えられる。

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(※4)この一時点だけで比較するならば、もちろん、できる限りフロンティアエッジ上に近いポートフォリオ
    が候補ポートフォリオとなるであろう。

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●川辺純 かわべじゅん/東京大学理学部情報科学科卒業。CRC総合研究所(現CRCソリューションズ)にて、資産運用関連システムの企画・開発を担当。当社入社後は、資産運用における分析や評価、ALM分析等を中心とした「情報」に関する幅広い問題に対し、IT技術の効果的活用による問題解決のコンサルティングに従事。


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