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【巻頭言】 |
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トータル・リスク・マネジメントによる
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五藤智也 |
年金運用は、退職給付会計制度の導入により、大手上場企業では、B/Sに100億円単位、P/Lには10億円単位の影響を与えるようになった。また、運用環境の悪化により、年金運用は、3年連続のマイナスとなった。これらのことから、年金運用は、今、企業経営上の重要な問題となっている。
母体企業の本業において、血が滲むような努力を重ねて得た利益を、年金運用で失いたくないという思いから、多くの企業が様々な試みを行っているが、残念ながら、マネジメントの認識・理解不足から安易な解決方法に走る例が散見される。
本稿は、年金運用の問題に対して、マネジメントが、今、何をすべきなのかを、「トータル・リスク・マネジメント」と「企業経営の一環としての年金運用」という観点から考えていく。
年金運用の担当者に、過去と現状のリターン、リスク等について質問してみるとわかることであるが、多くの場合、リターンについては即答できても、リスクについては即答できないであろう。
年金運用の担当者は、必要運用利回り、期待収益率、運用実績といったリターンについては、非常に熱心に議論するが、リスクについては、あまり議論していないのが実情である。
その責任は、年金運用の担当者ではなく、母体企業側にある。
母体企業が、「予定利率を5.5%から3.0%に下げ、掛金拠出を増やすから、基金は、毎年必ず3.0%以上のリターンを確保するように」等とリターン面だけを強調した要求をしていないだろうか。
マネジメントは、母体企業のビジネスにおいて、必ず、リスクとリターンを勘案して判断を行っているはずである。年金運用においても、同じように、リスクを勘案してリターンを考えることが重要である。
「3年連続のマイナスは、政府の株価対策が不十分であったせいである」等の声が多いが、リスク・マネジメントをきちんと行わずに、株価下落を政府のせいにしても何も始まらない。
この3年間の株価下落は、株式に投資する以上は、確率的には低いが、潜在的にあったリスクが現実化したのであり、全く予測不能なリスクが突如起こったわけではない。潜在的なリスクを認識し、備えておくのと、リスクが現実化した後に、あわてて対処法を考えるのでは大きな差がある。
リスク・マネジメントは、マネジメントの最も重要な仕事であるという認識が改めて必要である。
まず、年金運用のリスクを考える上で、最初に年金運用とは何かということについて考えたい。
優秀な人材の確保等といった人事戦略のために、企業は、確定給付年金を持っている。年金運用は、その人事戦略上のツールである確定給付年金をファイナンスするための方法の一つである。企業は、掛金拠出と年金運用という二つの方法によって、確定拠出年金をファイナンスしているのである。
極論であるが、母体企業には、掛金拠出でファイナンスし、年金運用は行わないという選択肢もある。ただし、その場合は、母体企業のキャッシュフロー創出能力が高く、安定的であることが前提として必要となる。このように、母体企業の掛金拠出能力は、母体企業のキャッシュフロー創出能力に依存している。
一方の年金運用であるが、表1は、2003年6月末の年金運用の資産配分を示しており、大部分を内外の株式、債券に投資している。
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表1/年金運用の資産配分 |
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株式、債券への投資は、企業のキャッシュフロー創出能力に対して投資しているものであり、分散投資を行っている年金運用は、世界中の企業のキャッシュフロー創出能力に依存している(年金運用において投資している債券は、国債が中心であるが、国債も、税収を通じて企業のキャッシュフローに依存している)。
ファイナンスの手段である掛金拠出と年金運用の違いは、母体企業か他の企業(母体企業が含まれている場合もある)のキャッシュフロー創出能力に依存するかの違いにすぎないのである。
したがって、年金運用には、母体企業のキャッシュフロー創出能力からのリスク分散というメリットがある一方、市場リスクにさらされるというデメリットがあることを十分に認識する必要がある。
ここで、年金運用の母体企業のキャッシュフロー創出能力からのリスク分散というメリットが有効であったのかが疑問であろう。
グラフ1は、日銀の業況判断DI(全産業、実績)と年金運用の実績を比較している。これから、母体企業が苦しいときに、年金運用も苦しくなっているということがわかる。したがって、本来は、母体企業のキャッシュフロー創出能力からのリスク分散を図るべき年金運用が機能していなかったということである。
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グラフ1/業況判断DIと年金運用実績 |
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このことからリスク・マネジメントを一体化して考えること、年金運用を企業経営の一環として考えることが重要であることがわかる。
年金運用は、「副業でカジノを経営しているようなもの」と述べたある米国企業のCEOがいるそうであるが、カジノは極端であるが、ある意味において、金融子会社を保有しているのと同様であると考える。したがって、年金運用を企業経営の一環として考えることは、必然的なことである。
確定給付年金制度は、従業員への年金給付のために外部積立されているものであり、母体企業の道具ではないため、年金運用を企業経営の一環のとして考えてよいのか疑問が生じる。しかし、年金運用の最終的なリスク負担者は母体企業であり、年金運用が母体の経営に大きな影響を与えていることを考慮すれば、適切なプロセスを踏み、年金運用を母体企業の企業戦略の一環として考えていくことは、確定拠出年金制度の独立性を侵害するものではない。特に、リスク・マネジメントを一体化して考えることは、不可欠である。
従来のように年金運用単独のリスクのみを考えるのではなく、事業リスク、財務リスク、年金運用リスクを統合してトータルに考える必要がある。(図1)
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図1/トータル・リスク・マネジメント |
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まずは、事業リスク、財務リスク、年金運用リスクを統合し、バリュー・アット・リスク(VaR)などの一つの基準で、定量的にリスクを把握することがトータル・リスク・マネジメントの第一歩である。
年金運用と事業リスク、財務リスクを統合して管理するべき重要なリスクには以下のようなものがある。
@ 金利変動リスク
金利変動は、年金運用において、資産側と債務側の両方に影響を与えている。資産側では債券価格に影響を与え、債務側では退職給付債務に影響を与えている。まず、年金運用において、資産側、債務側を一体化して考えることが重要である。
そして、金利変動が、母体企業の借入金に与える影響等の財務リスクへの影響を考慮する必要がある。
さらに、母体企業の事業リスクへの影響、例えば、母体企業が住宅関係であれば、住宅ローン金利の変動が事業に与える影響を考慮する必要がある。
最終的には、金利が現状よりも1%上昇した場合に、これらの年金運用リスク、財務リスク、事業リスクがどうなるのか等、統合したリスクを把握する必要がある。
A 株価変動リスク
年金運用での保有株式、退職給付信託での保有株式、持ち合い等の母体企業の保有株式を一体化して考え、株価が20%下落した場合の影響等を把握することが重要である。
その際には、年金は広く分散され、業種の偏り等がないポートフォリオであるが、退職給付信託、母体企業の保有株は、持ち合いの影響で、銀行株が多い等、全体のポートフォリオの歪みによるリスクも把握しておく必要がある。また、歪みが過大である場合には、母体企業がリスクヘッジをする等の措置が必要である。
さらに一歩踏み込めば、例えば、自動車会社において、明らかに母体企業との相関性が高い他の自動車会社の株式を多く保有することが妥当なのか等について検討する必要がある。
B 為替変動リスク
表1から、年金資産の約30%程度を外国株式、外国債券に投資していることがわかる。最近、ヘッジ付外債への投資が徐々に増加しているが、多くの年金では、ほぼすべての為替がオープンである。
母体企業の本業における為替リスクは、マリーする、ヘッジする等の何らかの対策をしているであろうが、年金運用まで含めて管理している企業はまれであろう。母体企業の本業とのリスク分散を考えるのであれば、例えば、母体企業が輸出中心であれば、年金で積極的に為替リスクを取る必要性はないはずである。
また、年金運用における為替ヘッジは、1カ月から3カ月をロールさせるため、長期的な円高トレンドをヘッジすることはできない。長期的な円高トレンドが、母体の事業と年金運用に与える影響を把握しておくことが必要である。
C信用リスク
年金運用は、通常、広く分散投資を行っているため、特定の個別企業の有価証券を大量保有していることは極めてまれである。したがって、統合して考える必要があるのは、委託運用機関、特に生命保険会社の信用リスクである。
これら@〜Cのリスクについて、年金運用と事業リスク、財務リスクを統合したトータル・リスク・マネジメントを、母体企業で行うことが必要である。
また、重要なのは、単にリスクを最小化するのが目的なのではなく、不要なリスクを低減しつつ、どれだけのリスクを取ることができるか判断し、どこでリスクを取るべきなのか決定し、それによって企業収益を最大化することである。
@体制の整備
「トータル・リスク・マネジメント」と「企業経営の一環としての年金運用」を実現するための体制の整備が必要である。
トータル・リスク・マネジメントを徹底するには、客観的にリスクを評価できる独立した組織を母体企業に設置し、方針を決定するマネジメントと、リスク・マネジメントを行う組織を明確に分ける必要がある。
A年金運用の担当者の強化
年金運用については、非常に専門的な分野であるため、専門家を育成し、権限委譲を行う必要がある。年金運用が企業経営に大きな影響を与えているにもかかわらず、年金運用の専門家は、質・量ともに不足しているのが現実である。母体の事業で、企業業績に年金運用と同程度の影響を与えるものであれば、専門知識と経験と持った担当者を数名配置するのが普通であろうが、表2が示すように年金運用の専任担当者は非常に少ない。年金運用は、他の仕事の片手間に行えるほど簡単な仕事ではないため、専門知識と経験と持った専任の担当者を育成し、配置するか、外部リソースによって補完する必要がある。
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表2/運用専任者の人数 |
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また、年金運用の担当者の評価・処遇についても考えるべき点がある。グラフ2から、年金運用の担当者の評価・処遇は、パフォーマンスとは、ほとんど関係ない現状がわかる。短期なパフォーマンスで評価することは好ましくないが、中長期のパフォーマンス等の定量評価と定性評価と組み合わせた評価・処遇制度が必要である。
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グラフ2/年金運用専任担当者の評価・処遇と運用実績の関連 |
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B年金運用においてマネジメントが決定に関与すべきこと
まず、マネジメントは、「トータル・リスク・マネジメント」と「企業経営の一環としての年金運用」の観点から年金運用のリスク許容度の決定に関与する必要がある。さらに、年金運用におけるリスクの大まかな使い方(市場リスクとアクティブ・リスクの配分)の決定までは関与すべきである。その先のことについては、非常に専門的なことであるため、担当者に権限委譲し、評価・監督するのが役割であろう。
Cマネジメントが年金運用において陥りやすい罠
マネジメントが年金運用において陥りやすい罠として、短期的な財務的視点の偏重がある。企業業績に大きな影響を与えるため、短期的な財務指標も大切であるが、もう一度、年金運用は、あくまでも、確定給付年金という人事戦略上のツールをファイナンスするための手段であるということを思い出す必要がある。また、短期的な財務的視点の偏重を避けるために、バランス・スコア・カードを導入する等の短期的な財務的視点以外の視点に常に目がいくような仕組みを作ることが重要であろう。
もう一つの陥りやすい罠は、意思決定する上に潜む心理的な罠である。
例えば、株価の予測が完璧にできると思い込む等の自信過剰、株価が下落すると2度と上昇しないのではと思い込む等の行き過ぎた悲観、直近の株価の動向に判断を非常に左右される等の偏った記憶といったものが典型的な例である。このような意思決定する上に潜む心理的な罠にはまらないよう十分に注意する必要がある。
「トータル・リスク・マネジメント」と「企業経営の一環としての年金運用」という観点から年金運用を考えてきたが、リスク・マネジメントというと、VaRなどのリスク測定方法等、極めて専門的な方向に話が進みがちであるが、これらは手段にすぎない。重要なのは、様々な選択肢の中から適切な意思決定をすることである。
そして、リスク・マネジメントというと、どうしても「守り」という印象があるが、決して「守り」ではなく、年金運用において、コントロールできないリスクを減らし、より確信度の高いところでリスクを取るという「攻め」の企業戦略である。
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