【巻頭言】
ペンション・ダイナミクス
年金戦略の再構築

1.
何のための企業年金か
マネジメントは企業年金についてどう考えるべきか

2.
年金経営入門
財務戦略としての年金運用

3.
運用戦略構築のダイナミクス
制度オプションの多様化と資産運用

4.
負債構造に基づく多期間ALM

5.
マネジャー・ストラクチャー
構築ダイナミクス
リスク・バジェティングによる運用効率向上

6.
トータル・リスク・マネジメントによる年金運用の再構築
企業経営の一環としての年金運用

7.
運用機関のアセスメントの視点
相互コミュニケーションを深めるために

8.
運用組織のダイナミズム
アナリスト増員は成績向上の切り札か

9.
確定拠出年金の資産運用
「自己責任」と「投資教育」


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運用組織のダイナミズム
アナリスト増員は成績向上の切り札か

 

八木隆一

 ある企業年金での話である。採用している運用会社が「日本株の運用チームを改革しました」と胸を張って報告に来た。企業年金の運用責任者としては、委託している運用会社の成績は非常に重要な問題である。これまで業界平均程度を浮き沈みする程度の成績だったこの会社だが、本当に今回の「改革」によって運用成績の改善が期待できるのであろうか。運用会社のチーム改革としてよく聞かれるアナリストの増員に焦点を当てて、年金の運用担当者としてどのような視点で評価し、年金資産全体の改革を進めるのか。あるいは運用会社の立場であればコストのかかるチームの増員を、効果的なチームの能力改革を通して、運用成績の改善に結びつけるには何が必要かを考えてみよう。
 国内の資産運用の世界では、生き残り競争がますます厳しくなっている。年金業界では代行返上に伴って資産の現金化が問題となっているが、これまでであれば過去の付き合いを重視した委託シェアが維持されていたものが、運用実績の悪い会社は、系列の会社ですら減額あるいは全額解約となる動きが出ている。個人資産を運用する投資信託の世界でも厳しい現実にさらされている。投資信託を販売する証券会社や銀行などは、系列運用会社の商品であっても、成績が芳しくない商品は取り扱いを中止して、競合会社の商品に乗り換え始めている。外資系の初期の成功組の中にも成績が冴えないことをきっかけに資産残高を減らす会社も出ている。しかし、一方では実績が認められ、業界全体の逆風にもかかわらず短期間に数千億円の受託資産を集め、営業担当者が休日返上で対応しているという会社もある。
 このような環境の中で、日本系・外資系を問わず、生き残りをかけた各社の運用能力改革の動きが急ピッチで進められている。その能力改革の有望な手段として、多くの運用会社で行われているのがアナリストの増員である。しかし、そのようなアナリスト増員が成績向上の切り札になるとは限らない。ここでは特に成績格差が目立つようになってきた株式運用を例に取って考えてみよう。

定「客観的」定性評価の限界

 議論の前提として株式運用における、アナリストの仕事が何であるかを確認しよう。一般にアナリストと呼ばれるのは企業調査の担当者で、役割は大きく三つに分かれ、通常は担当業種を持ち、@企業訪問などによる調査情報のファンド・マネジャーへの提供、A調査情報および株価などの判断により売買を提案し、またB定期的な各種会議などで担当業種に関する戦略を提案する、役割を担うことが多い。このような個別銘柄単位での情報・判断をボトムアップと呼ぶ。
 一方、ファンド・マネジャーの役割は、アナリストのボトムアップの銘柄情報・提案に加えて、トップダウンと呼ばれる景気、為替、市場の需給などの情報を考慮して、ファンド(ポートフォリオ)への@銘柄の組み入れ率、A組み入れタイミング、B業種配分などの意思決定を行う。また、ファンド全体への銘柄や業種の組み入れの影響が偏り過ぎないようにCリスク管理することもファンド・マネジャーの役割である。チームによってはファンド・マネジャーがアナリストを兼任することもある。
 このような運用チームを持つ運用会社の能力を占うのに、過去の成績や現状のポートフォリオ構成を数値的に分析する定量評価と、運用チームの体制、あるいは運用プロセスなどを重視する定性評価の二つがあることはよく知られている。前者は企業の収益力を評価する上で売り上げや収益など結果の数字(=過去実績)で評価する考え方に似ており、後者は経営者や商品開発体制などのソフトな部分(=将来性)を重視する考え方に類似する。
 しかし、評価を試みた経験のある人ならばわかるが、運用会社のチームを「定性評価」することは思いのほか難しく、仮に出来たとしても、経営の安定性、運用体制、運用手法などを個別に比較・評価した上で、さらに将来の運用成績としてどの程度のものが期待できるかを分析し判断するには運用に関する幅の広い知識と経験とが必要となる。
 このため、定性評価として一般的に行われている手法は、「客観的」に見える項目を重視して評価項目を得点化して、合計得点により評価するというものだ。例えば、運用体制であれば、アナリストの人数、平均経験年数、退職者・異動者数などを、運用プロセスであれば会社訪問件数、リサーチレポートの数などをそれぞれ点数化するのである。単純化していえば、このような方法によって運用能力が評価できるとすれば、運用人数が多ければ、また企業訪問数が多ければ、よりよい結果が期待 できると主張していることになる。これはあたかも、特許申請件数の多い企業の収益力が高いと主張することに似ている。
 ワトソンワイアットでは、このような主張は物事の一面のみをとらえており、必ずしも正しいとは限らないと考えているが、そのような「客観情報」以外に判断の根拠を持たない一般の企業年金担当者にとっては、
 アナリストの増員⇒ リサーチ力の強化⇒ 将来の成績
という方程式となって受け入れやすいようだ。確かに関連性はあろうが、それだけでは判断できないことは明らかである。
 具体的に、二つの運用機関を比較する際に、同程度の能力の人材であれば、運用担当者が10人いる運用機関より、15人いる運用機関のほうが良さそうに思える。しかし、ある運用機関で成績不振のテコ入れのために運用能力の引き上げを狙い、「これまでの10人のアナリストチームを15人に増強した」というケースで成績が改善するかどうかを考えると、必ずしもそう簡単には言えないことも感覚的にはわかるだろう。

アナリスト増員の背景

 運用力を強化しようとする場合に、なぜアナリストの増員が一般的であるか考えてみたい。日本株運用において、一つの運用チームがリサーチ対象とする銘柄数は300銘柄から多くても800銘柄程度である。またそのうち、ポートフォリオへの組み入れは80〜120銘柄程度であることが多い。仮に80銘柄を時価総額や業種なども考慮して市場並み程度に組み入れていると、例外的な期間もあるが多くの場合でベンチマークである東証株価指数(TOPIX)と同程度の運用成績となる。
 単純化して言えば、仮にリサーチ対象を300銘柄とすると、それらの中には相対的に株価の動きがよい「上位銘柄」は150銘柄あるはずである。仮にこの150上位銘柄のうちから80銘柄を選び出してポートフォリオとして保有すればTOPIXを大幅に上回る成績を上げることができる。それどころか、80銘柄のうち上位銘柄を3分の2程度組み入れ、残り3分の1が下位銘柄であっても、ベンチマークを数%程度上回ることができる。
 つまり年金運用において要求される対ベンチマークでの運用成績は、調査対象300銘柄のうち半分の上位銘柄のうちの50銘柄を正しく組み入れ、30銘柄は間違って選択しても目的を達成できることになる。これは300銘柄から全くランダムに80銘柄を組み入れた場合でも平均すると40銘柄が上位、40銘柄が下位になるはずだから、ある程度の努力で達成できることが期待できる、確率的に比較的有利な意思決定をすればよいことになる。
 これに対して、為替の方向性、市場指数の上昇下落などの判断は、単純化すると50%の確率の判断の組み合わせとなるので、25%の確率で両方正解、50%の確率で半分正解半分間違いとなり、コンスタントに正解し続けるのは難しい。ましてや市場参加者がみな同じ情報を持っている現状では、市場予測が織り込み済みとなって反対方向に相場が動くこともありうる。単純化した説明であるので、すべてを表しているわけではないが、運用に関する意思決定における一つの真実であることは間違いない。
 銘柄選択に力を入れる上記のような「論理的」な背景のほかに、もう一つの(組織力学的な)背景がある。計量経済やポートフォリオ理論などのおかげで数値的な分析ツールが普及し、過去実績の分析が簡単に行えるようになった。四半期の運用成績を振り返ってポートフォリオ特性や、組み入れ銘柄など、どの部分が悪かったかが一目瞭然にわかる時代となった。このため、客も提出される報告書を見れば、どの銘柄の保有がプラスに寄与し、どの銘柄の保有がマイナスに寄与したかがすぐにわかる。「運用の失敗」に対する顧客の怒り(!)が、営業担当者を通じてファンド・マネジャーに伝わり、どのようにすれば、銘柄選択を改善するか知恵を絞ることとなる。
 運用会社の運用部長は同じ分析を基に取締役会で報告する。「X業種やY業種での銘柄選択のマイナス効果は、アナリストの人数がもう3人多ければ防げたのです」。国内運用機関の横並び体質は(信託、生保などの)同業種間の背比べを意識する。運用競争が激しい世の中、取締役会は決議する。「アナリストを大幅増員して同業トップのA社に追いつき、追い越せ!」

アナリスト増員の効果

 「客観的」な過去実績の数値分析で銘柄選択に問題が見える場合でも、実際にはもう少し考えるべき視点があるはずだ。
 運用におけるファンドの成績が、工場の製造ラインのように同じ能力の人員と同じ性能の設備で作ることが可能であれば、人数(+設備)の増強がそのまま生産能力の強化につながる。つまりは量的な能力増強である。これに相当するケースとしては、受託資産・口座件数が急に伸びて運用担当者(ファンド・マネジャー)の時間的な制約により付加価値の創出(=ファンド成績)に支障が出ている場合が考えられる。このような場合では、ファンド・マネジャーの時間的な制約は、結果として銘柄などの判断の遅れや、重要な情報のとりこぼしなど、銘柄選択におけるマイナス寄与として現れるであろう。このようなケースでは、チーム人数の増強は成績向上につながる可能性がある。ただし、本来的にはアナリストの増加ではなくファンド・マネジャーの増員があるべき形であろう(アナリストの増員により、不足するファンド・マネジャーの役割の一部を肩代わりされるということもあるが)。
 あるいは、多品種少量生産の産業のように、工場に新しいラインを追加することによって新たな製品を製造することで、工場の出荷が増えるケースも考えられる。これは運用においては、これまでカバーできていなかった業種の調査や、同じ業種の中でもカバーできていなかった中小型銘柄の調査をするなど、調査カバー(の量的側面)が強化されることに相当する。
 または、研究開発・製品設計などの増強の場合は、生産能力が変わらない場合でも、製品の付加価値の向上と利益率の向上が可能になるだろう(さらには売り上げが伸びれば在庫の回転、設備稼働率の向上としてより高い利益につながることも考えられる)。これは、運用チーム(アナリスト)の人数はあまり変わらなくても、企業調査の付加価値を引き上げるような調査対象の選定、調査手法の改善、あるいはファンドを構築した場合のリスク内容(およびリターン)の見直しなどの付加価値の再構築を行うことに当たるだろう。当然、このような再構築は決して一朝一夕でできるものではなく、また変えようとしてもすぐに動くものでもない。
 さらに、このような改善の場合、効果が現われるまでの時間的なラグを考えると、「製品の設計サイクル」にもよるが、場合によると半年あるいはそれ以上の期間が必要となるかもしれない。
 ここまでが運用の改善に関する基本的な理解であるが、それでは、それぞれの場合をより理解するための視点を探ってみよう。
 第一のケースは、ファンド・マネジャーの責任と役割をどの程度権限委譲することができるかということと同じである。結論的に言えば、口座数の増加に伴う作業を、シニアなファンド・マネジャーが指示し増員メンバー(ジュニア・ファンド・マネジャー、兼任アナリストなど)が執行する。この結果としてシニア・ファンド・マネジャーはより付加価値を生み出す意思決定に時間を割くことができる。
 ただしこのような方法で改善する場合にも限度があることに気をつけなくてはいけない。一定水準を超えて運用口座数や資産額が増加する場合には、銘柄選択や売買執行について「規模の不利益」が働くリスクが生じる。つまり良い銘柄を見つけたが、自らの買いが株価を押し上げるケースなどである。
 第二のケースは、一般的なアナリストの増員として期待する部分である。それでは増員されたアナリストが付加価値を生み出すには何が必要であろうか。知識? 経験? これらはおそらく最低限必要とされる基本条件であろう。リサーチ経験の少ないアナリストを大量に増員した場合には、少なくとも数ヵ月から年単位の期間シニアなアナリストあるいはファンド・マネジャーが手取り足取り教えることが必要であり、短期的にはその負担は無視できない水準になることも考えられる。また、知識・経験があったとしても、その上で必要とされるのはチームの哲学やポートフォリオの狙うリスク特性に見合う銘柄を見つけ出し適切なタイミングで買い推奨を行い、その特性に見合った形で売り推奨を行うチームへの適合性である。さらにはチームによってアナリストに求められるものが、情報収集なのか、銘柄選定なのか、組み入れタイミングを含む判断なのか、または、単一のファンド向けの調査なのか、それとも複数の異なるファンド向けに情報を提供することなのかなど、運用会社によって役割には幅がある。
 そして第三のケースではこれはアナリストの増員というよりは、ファンドの設計レベルの判断であり、中長期の戦略性を含む意思決定となる。あるいはプロジェクトとしてチーム全体で取り組む課題となるかもしれない。そして、これは製造業などにおける製品開発と同様に、失敗するリスクもありうる。その意味では営業や経営の「安易な」要求に従って商品設計を行うことは、チームにとってのストレスやビジネス上のリスクを招きかねない。
 さて、ここではひとまず銘柄選択に絞って議論しよう。基本的な事実としてポートフォリオの組み入れ銘柄数を増やすと、一般的にリスク分散が進み、ポートフォリオのリスクは低下する。仮にアナリストの増員の前後でポートフォリオのリスク(あるいは期待収益)を同水準に保つのであれば銘柄数の増加(=リスク分散)には限度がある。つまりアナリストの人数が倍に増えても、実際に組み入れる銘柄数は倍には増やせないはずである。さらに言えば、仮に銘柄数を増加させる場合でも、1銘柄への配分は削減せざるをえず、アナリスト一人ひとりにポートフォリオ全体のリスクが均等分されるとすると、アナリスト1人当たりの銘柄リスクは、増員により減少せざるをえない。つまり、ファンド運用の哲学・プロセスが変わらないとすれば、アナリスト1人の増員による追加的付加価値(=投資収益=費用対効果!)は徐々に減少し、頭打ちにならざるをえない。
 つまり銘柄のカバーが大きく不足している間は、仮にそれまでと同じ程度優秀なアナリストを採用できた場合には、成績への貢献はほぼ直線的に増加することが期待できるが、銘柄のカバー不足がある程度解消されたあとは成績への追加的な貢献は頭打ちとならざるをえない。つまりはアナリストの人数を大幅増加した場合でも、その効果が十分に高いとは限らないケースがありうる。これはマイナスではないが、期待したよりも成績向上が得られない可能性があるという指摘である。
 しかし、それでも増員がプラスに結びつく一つの視点がある。つまりアナリスト1人当たりの付加価値およびリスクには限度があると指摘したが、一方アナリストの増員によって「銘柄選択リスクにおける着眼点」が分散される可能性があるという点である。銘柄数が仮に増えなくても、リスク内容の質的な分散が図られ、超過収益の安定性が増すという「仮説」である。ただし、あくまでアナリスト一人ひとりの着眼点が異なり、さらに銘柄カバーの密度が増すことによりリスク内容のモニターがより密に行われるのであれば、という前提条件付きである。実際にこれを証明することは容易ではない。また、サラリーマン運用と揶揄される一部の業態では、この効果を望むのはかなり難しいかもしれない。

アナリスト増員の副作用

 ここまでの議論は、アナリスト増員をポートフォリオへの影響という視点でとらえてきたが、ここでは人間の集まりである運用チームとしての現実について考えてみよう。
 仮にこれまで10人のアナリストが200の企業を調査してその情報に基づいて1人のファンド・マネジャーが80銘柄のファンドを運用していたとする。運用競争、市場環境の変化に伴い銘柄カバーおよび選択能力を高めるために、既存の10人と同様の経験のあるアナリストを10人追加採用し、アナリストを倍とした。このときにチームではどのようなことが起こるだろうか。
 銘柄のカバーは期待どおりに400に増え、情報の量が倍に増える。するとチームの仕事として情報交換(=会議)の増加が起こる。単純にこれまでどおりの時間を1銘柄(あるいはアナリスト1人)に掛けるとこれまでの倍の時間が情報交換のために必要になる。ファンド・マネジャーとしては同じファンドを運用するのに、欲しい情報が増加した利点とともに、必要のない情報に使う時間も増えることになる。これでは、チームの能率が下がりかねない。
 そこで通常行われるのが、アナリストのチーム分けであり、ある意味では情報がファンド・マネジャーに届く前のふるい分けである。これによって相対的にキャパシティが減少した(希少リソースとなった)ファンド・マネジャーの時間の有効利用を図ることになる。
 しかしながら、不要な情報が増加しそれを捨てる過程で、重要な情報も、また不要な情報に埋没して捨てられているかもしれない。
 アナリストの増加による情報の増加のアイロニーである。
 ここから導き出される結論は、アナリストの増加は、新たに収集される情報の増加でもあるが、同時に捨てられる情報の増加となるのである。この情報の取捨選択の段階でのクオリティの引き上げは簡単な問題ではない。
 ここで典型的に現れるのが、チームとしての哲学・カルチャーの共有であり、長い間一緒に働いたチームの優位である。あるいは経験の長い人間たちの存在であり、コミュニケーションの優位であり、運用に深い理解をもつ経営者・リーダーの存在など、外から見ただけでは簡単に判断のつかない要素によるチームとしての能力の格差である。このような、単なる増員では容易に達成できないソフトな側面が歴然としてある。これをどの程度意識した上で運用体制の改革や、運用プロセスの改革が行われているかで、ほとんど決定的ともいえる差となって現れる。
 ただし、長期にわたり思考過程が共有化されたために、意見が偏り、状況の変化に際してリスクの所在を軽視するといったことが起こることもありうるが、日本国内の運用機関ではそのような懸念が必要となる例はあまり見られない。

日本の株式市場での競争条件

 90年代初めに投資顧問会社の年金運用が始まり、それまでのバランス型委託(=旧来の「絶対収益」運用)から、特化型運用(=ベンチマーク運用)が主流になった。若干の時期のずれはあっても、日本系運用会社も外資系運用会社も、対ベンチマークでの運用評価や、各種のリスク分析による運用の管理とそのフィードバック、また「その」尺度に見合った運用能力の増強に力を入れた。
 その具体策はアナリストの増強であり、企業訪問の増加であり、企業ファンダメンタルの独自調査である。そしてそれは概ね良好な結果を生み出してきた。これもまた、運用能力の強化イコールアナリスト増員という図式が出来上がる背景であった。
 ところがここへきて企業調査が必ずしも収益に結びつかなくなってきた。いくつか背景はあろう。アナリスト活動や、IR活動のインサイダー規制から情報提供の差別が大幅に制限・撤廃された。これは、単なる情報優位、「足で稼ぐ企業調査」が機能しにくくなった一つの要因である。
 また、企業情報の伝達速度が飛躍的に速まったことも一つの要因であろう。従来であれば、企業から発信された情報を解釈し売買に結びつけるまでの「時間差」において、独自のアナリストを多く抱える運用会社には、アナリストの数が少ない会社や個人投資家と比較して大きな優位が存在した。しかし、市場の売買高を膨らませている、急増したネット投資家の端末にも、企業の決算発表が、証券会社のリサーチ情報が、ほとんどただ同然の情報料で瞬時に届く。運用会社や証券会社のアナリストによる分析が行われるのと、ほとんど同時並行でこれらの売買が執行される。アナリスト増員による情報収集スピードによる「優位」を確保することもまた、至難の業になった。
 また、情報による「すばやい」売買が「正しいか」「間違っているか」には議論の余地があるが、その売買により引き起こされる価格変動もまた影響を及ぼす。旧来のスピ−ドでの情報伝達では、株価が「フェアバリュー」に到達するのに一定の時間が費やされ、株価が情報発信機能を持つことによるフィードバック・ループの形成から安定化の作用が期待できた。しかし、情報伝達速度が高まり、浮動的な株式取引が多数を占めるようになったために株価形成の構造が変化し、フィードバック・ループによる安定化が間に合わず、株価形成・市場構造が不安定化する。その原因の一つとしてヘッジファンドやネット投資家を異端視することは容易だが、認識しなくてはいけないのはこれが一過性の現象ではないことである。
 このような環境の中で運用会社が優位を確保するための選択肢は、決して単純ではない。通常のやり方ではすでに失われた情報入手段階での優位や、情報処理時間の優位で徹底的な差別化を図り、エントリーバリアを築くことも一つであろう。あるいはそのような短期的な時間要素ではなく、より大きな流れの中での洞察力とも言える時間的な優位を作り出すことも選択肢となりうる。あるいは市場に存在する利用されていないアノマリーの利用を追求することも一つであろう。
 これらは単なるアナリスト増員とは別の次元において運用改革を行う重要な視点である。
 日本のサラリーマンは優秀で、経営者は投資すべき分野の意思決定を行えば、優秀な現場が知恵を絞って一所懸命に結果を出した。場合によるとそれは先行企業の製品を半歩だけ超える商品を出し続けることでの日本製品の優秀さを生み出す原動力だったかもしれない。
 ここまでは運用の世界でもこのような「経営方法論」が有効だったように見える。これからも、運用において日本の現場サラリーマンは同じような優秀さを発揮し続けることができるのだろうか。
 残念ながら、市場に存在するほとんどの競争相手は、ほとんど同じレベルの優秀さで、先行企業を追いかけている。そして、紙一重の差で(おそらく対応の遅れで)敗れた運用会社が、たったいま脱落しつつある。これは、競争が楽になるのではなく、平均レベルがさらに一歩進むのであり、現在半歩先行している運用会社が、単に平均レベルになるのだ。その意味では優秀な日本のサラリーマンは、優秀であるがゆえに半歩先の平均との戦いを続けなくてはいけない。
 そして、外資系運用チームも、うかうかとしてはいられない。5年前であれば「ボトムアップ・リサーチの徹底」が国内の平均的な運用チームとの比較優位となって、収益を積み上げることは容易だったかもしれない。しかし、「ボトムアップ・リサーチ」が当たり前となり、さらに市場の構造変化により、国内運用機関も同じ土俵での勝負を始めた現在、すでに優位は急速に縮まりつつある。
 そして国内運用機関は同業他社比の優位でなく独自の優位が必要であることに気づき始めている。それは、ようやく日本の運用機関が、業界平均から目覚め、親会社の呪縛を振り払って、グローバルな運用競争に乗り出す第一歩になるに違いない。

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●八木隆一 やぎりゅういち/東京工業大学大学院理工学研究科電気電子工学専攻修了。ナットウエスト・ガートモア投資顧問にて商品企画部長、年金企画部長。当社入社後は、資産運用コンサルティングに従事。


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