【巻頭言】
ペンション・ダイナミクス
年金戦略の再構築

1.
何のための企業年金か
マネジメントは企業年金についてどう考えるべきか

2.
年金経営入門
財務戦略としての年金運用

3.
運用戦略構築のダイナミクス
制度オプションの多様化と資産運用

4.
負債構造に基づく多期間ALM

5.
マネジャー・ストラクチャー
構築ダイナミクス
リスク・バジェティングによる運用効率向上

6.
トータル・リスク・マネジメントによる年金運用の再構築
企業経営の一環としての年金運用

7.
運用機関のアセスメントの視点
相互コミュニケーションを深めるために

8.
運用組織のダイナミズム
アナリスト増員は成績向上の切り札か

9.
確定拠出年金の資産運用
「自己責任」と「投資教育」


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確定拠出年金の資産運用
「自己責任」と「投資教育」

 

久保田徹

「自己責任」原則の裏側にあるもの

 平成13年10月から確定拠出年金制度(DC制度)がスタートして以来、本年7月末時点では企業型規約の承認件数が455件、加入者数は約46万7000人(6月末)になっている。現在のDC制度に対しては様々な問題点も指摘されているが、新たな企業年金制度の選択肢としてこれまでの所特に中小企業を中心に導入が進んできている。(表1)

表1/企業型年金の承認規約数

 企業にとっての確定拠出年金制度の最大のメリットの一つは、掛金を拠出した後の運用リスクを負わなくてよいということである。逆に従業員は「自己責任」の名のもとに運用リスクを負うことになる。ただし「自己責任」といっても、従業員にとっては企業が(運営管理機関を通じて)提供する運用商品の範囲内でしか運用商品を選択できないわけであるから、選択肢を選んだ企業にも何らかの責任が生じるのではないかと考えるのは自然なことではないだろうか。
 この点について米国では退職給付プランの受託者責任について定めたエリサ法の404条(c)項(および労働省ルール)において、企業が一定の環境整備を行い、加入者が自己の資産の運用をコントロールできる状態にあるとき、加入者の投資判断から生じた損失に対して企業は責任を負わされることはないとして以下の四つの条件を示している。
 1)加入者が自ら運用商品を決定できること
 2)少なくとも3種類以上のリスク・リターン特性の異なる運用商品を
  用意していること
 3)加入者が少なくとも3カ月に1回以上運用商品を変更できること
 4)運用商品等について十分な情報提供が行われていること
 従業員がこれで本当に納得できるのかという疑問は残るが、これらの点はまさに現在の日本の確定拠出年金法においても踏襲されている規定となっている。日本の場合、これらは単なる免責事項というのではなく企業の義務として定められ、さらに運用商品ラインナップの中には元本確保型商品を最低一つ含むという規定も入っている。元本確保型商品とは、金融機関等が常時元本を保証している預金や保険商品で法律により一定の保護のある金融商品である(もちろん元本が確保されていても将来のインフレにより実質的な価値が目減りする可能性はある)。米国と異なり個人金融資産において預貯金の比率が高い日本の状況を反映した規定といえる。このような元本確保商品が商品ラインナップの中にあるにもかかわらず、それ以外の商品を選んだということは、それを選択した従業員が元本割れの可能性を認識していたということになり、元本割れに対する自己責任がより明確に認識されることにもなっているのである。
 ただし企業としては単に企業防衛のための形式を整えるという観点ではなく、DC制度を本当に根づかせていくためには、従業員が本当に「自己責任」で運用を行うことができるように努めなければならない。確定給付年金制度(DB制度)で企業が負っていた運用リスクをただ従業員に押し付けただけというのでは、従業員に不満が生じ、モラルの低下や優秀な人材の流出を招くことになってしまう。これまで従業員が退職時まではほとんど関心を持たなかったDB制度と異なり、DC制度では従業員は企業が選定した運営管理機関や運用商品を直接利用することになり、年金そのものや企業の選定する運営管理機関、運用商品の選択にもより強い関心を持つことになる。企業は運用リスクを従業員に転嫁する一方で、DC制度運営に関わる新たなリスクを取っているのである。

 従業員の立場からすると、そもそも「自己責任で運用を行え」と言われた場合、たいていの人は抵抗を感じるであろう。「自己責任」で運用を行うためには、投資内容を正しく十分に理解し、自らの判断で投資を行い、その判断に自信や安心感を持っている必要があるだろう。しかし実際にはどれだけの人が自分の行っている投資の内容を正しく十分に理解し安心していると言い切れるであろうか。これまで全く投資経験のない従業員にとっては、まさに「投資とは」といった話をゼロから学んでいかなければならず、相応の時間と労力をかけて学んでいかなければならない。人によっては「そんな手間をかけていられない……」と元本確保型商品を選ぶ(あるいは何も選ばずに制度上指定されている元本確保型の商品で自動的に運用される)ということもあるだろう。このあたりは企業と従業員がいかにコミュニケーションを行うかに大きく依存しており、従業員が前向きに制度をとらえ、自分の判断で投資を行えるようにできるかがDC制度定着のカギとなる。

いわゆる「投資教育」の目的

 投資に関わる様々な情報提供は一般的に「投資教育」と呼ばれるが、「教育」というと、特に日本においては何か正解があってそれを覚えていくというイメージがつきまとう。当然のことながら、投資においてはすべての人にとって絶対的に正しい投資というものはありえず、個人の事情に応じた投資が行われなければならない。
 日本のDC制度においては「資産の運用に関する情報提供(いわゆる投資教育)」としてその内容を以下のように定めている。
 1)DC制度等の具体的な内容
 2)金融商品の仕組みと特徴
 3)資産の運用の基礎知識
 なかでも3番目の「資産の運用の基礎知識」は、これまでほとんど資産運用のことを考えたこともないような従業員にとっては重要な項目といえる。この具体的な中身としてさらに以下の項目が示されている。
 1)資産の運用を行うにあたっての留意点(金融商品の仕組みや特徴
  を十分認識した上で運用する必要があること)
 2)リスクの種類と内容(金利リスク、為替リスク、信用リスク、価格変動
  リスク、インフレリスク等)
 3)リスクとリターンの関係
 4)長期運用の考え方とその効果
 5)分散投資の考え方とその効果
 長期運用や分散投資といった項目はある意味でお決まりの話であるが、これらの内容のみで実際に従業員が自ら運用商品を選択できるようになるにはかなり無理があるだろう。すでに多くの運営管理機関の教育メニューには取り入れられているようであるがライフプランの考え方や、リスク許容度、アセット・アロケーションの策定についての知識も不可欠であろう。また運営管理機関のメニューには入りにくいかもしれないが、運用に関わるコストや税金の話も本来は重要な項目であるはずである。
 ライフプランやリスク許容度は、自己の置かれた環境や将来のキャリアや収入/支出についての計画やその達成の確信度の高さなどトータルな人生設計に大きく関わるものであり、個人個人によって大きく異なるものである。したがってそこから導き出される運用の方法は当然個人によって異なってこなければならず、またそのような選択を従業員自らが行えるようにすることがいわゆる「投資教育」の目的でなければならない。
 さらに日本の企業型DC制度では毎年の拠出限度額が小さく制限されていることから、大多数の従業員にとって勤務先のDC資産が老後のための資産のすべてではないと考えられる。むしろDC資産以外の資産のほうが多いかもしれない。このような場合、自分の資産のどの部分をDCに充てるかという選択も行わなければならず、ライフプランに基づくトータルなアセット・アロケーションを考える必要がある。この際DC制度における運用と一般の運用とでは税金や手数料も異なるので、これらの点についても情報が必要ということになる。
 このように個人の状況に応じた資産運用を行うという観点からすると、DC制度の限られた資産の中だけで資産配分が行われるライフサイクルファンドと呼ばれるバランス型の商品は、運用商品ラインナップの中ではおかしな運用の選択肢なのであるが、これらの商品は多くの企業の商品ラインナップに入り、実際にそれなりの資金がこれらの商品で運用されているようである。これは企業や運営管理機関が「専門的な知見を持った運用のプロが考えたアセット・アロケーション商品を提示することが、運用の初心者にとっては親切である」と考え、このような商品を提示し、従業員もわざわざ面倒なライフプランなどといったことを考えずに「お任せ」運用に流れてしまっているという妥協もあるのではないだろうか。初心者に対する配慮を否定するものではないが、従業員が自ら判断できるようになることが重要であるという点も忘れてはならない。
 「自己責任」で運用を行うという制度でありながら、その意味を企業・従業員双方がよく理解せず、単に「DC制度では運用で損を出しても文句が言えない。それが自己責任だ」というのでは、DC制度の健全な発展は望めない。

個人の運用リスク

 当然のことであるが、個人の運用においてどの程度リスクが取れるかは、その個人の状況に応じて全く異なるものである。例えば「年齢が若いうちは大きなリスクが取れるので、リスクの高い株式の割合を高くすべきである」と一般的に言われるが、年齢以外にも個人のリスク許容度に影響を与える要因は様々であり、現在の職業、今後のキャリアについての予想・計画、健康状態、家庭の状況等も影響してくる。安定的な職業についていて社宅住まいの独身者と、転職を繰り返していて扶養家族や住宅ローンもある人とでは同じ年齢であっても、投資におけるリスク許容度は異なるであろう。
 さらにこれまでは若いうちは将来の給与収入が上昇する可能性が高いということが投資において高いリスクを取れる理由の一つと考えられていたが、現在の日本経済の状況を考えると今後も同じように単純に右肩上がりの給与収入を想定することもだんだん難しくなっているのではないか。これまで個人の将来年収に関わるリスクは運用に関わるリスクよりも少ないと考えられていたが、これもだんだん怪しくなってくるかもしれない。
 運用に関わるこれらの個人的な要因をすべて数値化することは無理だろうが、リスク許容度の設定や収入と支出のキャッシュフローの予想等のパラメータを利用して様々なシミュレーションを行うことによって、ある程度個人の状況に応じたライフプランやそれをもとにしたアセット・アロケーションの策定に利用できるのではないだろうか。
 個人のリスク許容度を測る方法として、複数の質問に答えていくと自分に合ったアセット・アロケーション・モデルが表示されるというツールがよく利用される。ただし中には投資経験や投資期間、リスクに対する態度等の質問の答えをスコアリングして相対的なリスク許容度を判定し、あらかじめ用意してある3〜5種類のアロケーションのどれかに当てはめるというものもあるようである。個人のリスク許容度をパターン化しリスク許容度の上限水準を全く考慮しなかったり、前提としている各資産の期待リターン、リスク水準等も全く明らかにしていなかったり、明らかに不適切と感じられる数値を使用していたりしているようなものでは、利用者にとっても説得性に欠けるのではないだろうか。
 特に初心者にとっては、単にアロケーションの結果を示すというものではなく、あるアロケーションを選択した場合そのアロケーションによる将来のリターンのぶれがどうなるかをシミュレーションできるようなツールと併用するほうが、運用のリスクを具体的に体感することができて効果的であろう。特に多くの初心者にとってどのくらい損をする可能性があるかに高い関心があると思われる。予想レンジの出し方には誤解を与えないよう注意を要するが、このようなシミュレーションによりアロケーションの効果を体感することで、自分に適したアロケーションの検討ができることになる。

社会インフラとしての「投資教育」も必要

 これまで述べてきたとおり、「自己責任」での運用を行うためには、各個人が自らの置かれた状況を把握し、自らの判断で運用を行うことが重要である。そのような状態に従業員を導くのがいわゆる「投資教育」の目的であるはずであり、これを行う企業の責任は本来極めて大きい(確定拠出年金法においては「投資教育」については企業の「義務」ではなく「努力義務」となっているのは不可解なことである)。
 「投資教育」として提供すべき内容の多さを考えると、実際にこれを行うには制度導入時のみに一度で行うことは不可能であり、またそうすべきでもなく、継続的に行われる必要があるだろう。実際の運用状況のモニタリング方法やアロケーションの見直し等、継続的に行わなければならない内容も多い。またそれに際しては基本的な金融・経済の知識や実際の市場の動きといった内容も理解している必要があるだろう。
 最後に現在の日本ではDCを導入した企業のみがこのような「投資教育」を行う「努力義務」を負うことになるが、そもそもこれまで日本においては「お金」にまつわる話題は教育の場で取り上げられることがほとんどなかった。基本的な金融・経済の知識については本来社会インフラとして教育の場でも取り上げられるべきではないだろうか。これはDC導入企業の負担の軽減になるということのみならず、DC制度に参加していない個人の金融・経済に関わるリテラシーを上げることにも資すると言える。

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●久保田徹 くぼたとおる/慶応義塾大学経済学部卒業。ペンシルバニア大学ウォートンスクールにて経営学修士(MBA)取得。ファイナンス専攻。東京銀行・東京三菱銀行を経てワトソンワイアット(株)に入社。当社入社後は、金融事業戦略コンサルティング・資産運用コンサルティングに従事。