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【巻頭言】 |
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【巻頭言】
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ワトソンワイアット株式会社 |
前々号の本レビュー「ポスト成果主義」からスタートした、変革シリーズの最終回のコンセプトとして「一事徹底」を取り上げたいと思う。
企業経営という観点から世の中を鳥瞰したとき、一種の「潮目の変化」が今というタイミングで起こっていると感じている。企業間の競争の次元が変化したのである。
グローバル競争、IT革命、ナノテクやバイオに代表される技術革新の加速などなど、企業を取り巻く事業環境の激変は言い尽くされている観すらある。確かに環境変化のスピードは増すばかりであり、変化対応が企業の生死を決することも事実である。
しかし、変化への対応を他社に先んじることに全エネルギーを傾けていれば、競争に勝ち残っていけるのであろうか。ここで、「潮目の変化」に気がつかなければならない。
まずはマーケットの潮目である。中国に代表される発展途上のマーケットを除けば、日本のような先進国の市場は、豊かさが潮目を越えたと考えられる。明らかな供給過剰マーケットである。その結果、同じものを同じように欲するマスマーケットが消失した。
つまり、シーズ、ニーズ、ウォンツの変化を読んで事業経営を行っていくことの限界がはっきりしてきたのである。読むべき対象市場の多様化と移り気具合がますます進展していく。もう、昔ながらの「マーケティング」という概念が死に至りつつある。別の言い方をすれば、市場変化を読み対応することに要する投資が、それに見合う収益を生み出すことが稀な時代になったのである。
もう一つの重要な潮目が情報価値に関するものである。インターネットの出現によって、各種情報の取得コストが劇的に低下した。この変化のため、他社に先んじて得た市場や競合の情報を梃子に、新たな戦略を打ち出し勝ち続けることが極めて困難になった。世界中の誰もがあらゆる分野のかなり深い最新の情報を瞬時に収集することが可能になったのである。
つまり、「市場におもねる」変化対応型の企業経営は成功しない。結局はどこの誰もが提供できるような商品やサービスしか生み出せなくなるのである。自分たちだけが知っている情報を元に競争優位を築くことは不可能に近くなった。情報の地域差も時間差も消滅したのである。
日本の「失われた十年」に叫ばれた経営改革のスローガンは「選択と集中」であった。右肩上がりの時代の行きすぎた多角化を修正し、収益力に見合った資産規模へと縮小した一連の改革の狙いを一言で言い表している。「本業回帰」という言い方も説得力を持って語られた。
確かに、本来の強みを持っていた分野に集中すれば、収益性を高め、未来投資への原資も蓄えやすい。よく知った市場で戦うことは勝つ確率も高めてくれる。本格的な変革へのある程度の時間の猶予をもらえることは確かである。
しかし、競争環境の潮目の変化で、ありきたりの情報に基づいて開発された、標準的な商品やサービスでは誰も見向きもしない。たとえ、少しでも他社に先んじて開発できた事業でも、魅力的な分野であればあるほど、すぐに他社が似たような商品やサービスで追随して供給過剰に陥る。
今後の競争市場は、「顧客が感動する」何か「圧倒的」なものを提供できない限り、極めて困難な経営を強いられるのである。ただし、すべての顧客を相手にする必要はない。ある一定規模の顧客に対して圧倒的な価値を生み出せばよいのである。「変態的」企業のみが生き延びる時代の到来と言ってもよいかもしれない。
この経営を、選択と集中を超えた、「一事徹底」の経営と呼ぶこととする。市場の変化におもねるよりも、自分が何をしたいかを明確に定義した経営を指している。前回のレビューで論じた「誉」の再定義に源を発するものである。
それでは、個々の企業は何を一事徹底の「一事」に選ぶべきなのであろうか。我々はこの一事を「エッジ」と呼んでいる。つまり、顧客からも競争相手からも取引先からも、誰の目からもはっきりとわかる一種の「尖り」を表現している。
企業の発展のプロセスを追って、「エッジ」を見ていこう。創業の時代は、どんな企業もこの「エッジ」は明確である。一種のニッチ企業としてスタートするために、事業そのものが「エッジ」になっているケースが大半である。つまり、何をするかの「What」そのものがエッジである。
しかし、企業が規模的にもサービスライン的にも発展していく過程で、What が拡大し「尖り」が鈍ってくる。右肩上がりの時代ならば、エッジが鈍っていても「規模の経済」で勝てた。今、困難に直面している多くの伝統的な大企業がこの範疇に属している。「エッジ」をもう一度見つけ出し、研ぎ直す必要に迫られているのである。
「What」が広範な大企業では、「How」に「エッジ」を築かねば縮小均衡の道に陥りかねない。GEグループのような「勝つこと」に徹底してこだわった経営や、トヨタのような「PDCAサイクル」をとことん回し続ける経営などが代表例である。
逆に、ソニーや富士通のように、昔ほどのはっきりした「エッジ」が見えなくなった企業は、市場からも社員からも不満の声が溢れてくる。もともと存在したはずの、独自性のあるDNAの再生への期待の大きさを示しているのである。
企業経営の次元で、生き物としての企業が本来の自分を取り戻し、本当に「好きでやりたいこと」に集中する、「エッジ」の再生を待ち望んでいるのである。
本レビューでは、この「エッジ」の再生に焦点を当てて論じてみたいと思う。何か参考となる経営改革の方法論を一つでも紹介できればと願っている。
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