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【巻頭言】 |
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一事徹底の人事制度
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曽根岡由美子 |
この数年、「バランス・スコア・カードを入れてほしい」という依頼が増えている。このような依頼を受けると、少々困惑したり、相手の真のニーズをどのように引き出そうかと考えさせられる。打ち手が限定されたり、仕組みを整えることだけを要請されると、人事制度の本来持つ役割を十分に埋め込むことができないからである。
人事制度の本来持つ役割とは何か。人事制度は、単なる管理のためのシステムではなく、経営のメッセージを伝えるための強力な仕組みであることは周知の通りである。この「経営のメッセージ」こそ、本誌のテーマの「エッジ」であり、その企業のこだわりである。したがって、人事制度は「組織全体にエッジを浸透させるための強力なツール」と言い換えてもかまわない。
我々が人事制度をデザインする際に、「出来合いの仕組みを提供するのではなく、個別企業に最適なものをカスタマイズする」ことにこだわっている理由もここにある。どの企業にも最適な汎用性のある人事制度など存在するわけもなく、仮にメッセージ性のない出来合いの「成果主義型人事制度」を導入したところで、企業が進化したり発展することが期待できるわけではない。その企業のエッジを見極めて、それに徹底的にこだわって仕組みをデザインし運用して初めて、人事制度は本来の役割を果たすことができる。
私事であるが、子育てをしながらずっとこだわってきたことがある。二人の息子は、同じ親から生まれながら全く異なる個性、長所・短所を持っている。彼らが社会に出た際に何かしらの強みを持って生きていけるように、それぞれの個性を尊重し、尖りのある人間に育てたいと思い続けてきた。従来の環境の中で評価される優等生タイプよりも、何か一つでよいから他とは違う独自性を持った尖りのある人間のほうが、どのような世の中でも生き残っていけるのではないかと思うからである。
企業にしたところで、すべてのバランスを取って正しいことを正しく行えば、競合に対して優位性を持てるとは限らない。業界や市場において何かしら他と差別化して突出した独自性のある企業こそ、顧客から見ても魅力があり、激しい環境変化の中でタフに勝ち続けていくことができるのではないか。その独自性、つまり「尖り」こそが企業のエッジであり、こだわりである。
ところで、企業・組織は、多くの個人の集合体である。一人ひとりの構成員が人格を持ち、異なる個性を持っている。したがって、その総体としての集合体が何かに著しく「尖り」を持つことは、バランスさせることよりもはるかに難しい。単独の生命体として完結した子供の個性を伸ばすのとは訳が違う。「尖り」に対するこだわりをすべての構成人員の価値観や意識に埋め込み、行動改革を促すことによって、総体としての企業が初めて独自性を持つことができる。
ここで誤解してほしくないのだが、すべての構成員が同じタイプの金太郎飴になるべきだといっているわけではない。企業という生き物を構成する一つ一つの臓器(組織)や細胞(個人)が、同じDNAを持った上でそれぞれの役割を徹底的に担うことによって、初めてその企業がDNAを体現化して独自性のある存在になることができる。つまり、構成員がばらばらな方向に向けて個性を発揮して、全体としての尖りがなくなってしまうのではなく、価値観や意識を共有化した上で、各人の強みを最大限に生かす環境こそが望まれるということである。
では、どのようにして企業が目指す「エッジ(尖り)」をDNAとして浸透させていくのか。「このような尖りを持ちましょう」といくらビジョンを唱えたところで、個々人の行動に影響を及ぼすことは難しい。ここで重要なのが、人々の価値観や意識・行動に多大な影響力のある人材マネジメントである。
人材マネジメントのあり方を考える際には、企業の目指す「エッジ」(尖りのある姿)を明らかにすることが求められる。その上で、企業の現状や予測されえる環境変化から、目指す姿にどのように近づいていくかの段階的な変革シナリオを描き、現段階では何に「こだわるか」を見極める。この「こだわり」が、人の仕組みや運用方法の設計におけるすべての判断軸となる。我々が人事制度を設計する際に、この「こだわり」を見極めるのに時間を費やすのも、そのためである。このように、一つのこと(企業のエッジ、こだわり)にとことんこだわった人事制度を「一事徹底の人事制度」と呼びたい。
一言で「一事徹底」と言っても、そのこだわりの度合いは中途半端ではいけない。組織の規模が大きくなればなるほど、こだわりを浸透させることは等比級数的に難しくなる。そこで、「一事徹底の人事制度」であるためには、いくつかの条件が考えられる。
第一に、欲張りすぎてはいけない
組織全体にこだわりを浸透させるためには、強烈なインパクトをもってメッセージを送ることが必要である。あれもこれもと欲張って織り込んでしまっては、結局何をしたらよいのか、何にこだわるべきなのかが個々人の解釈によって異なってしまい、何も伝わらず、メッセージを送っていないのと同じことになってしまう。一事に徹するということは、こだわる部分は徹底的に追求するが、それ以外は敢えて問わないということである。
第二に、人事制度だけを単独でとらえてはいけない
いかに人事制度にメッセージを込めたところで、人材マネジメント全体や戦略・組織運営のあり方とリンクしなければ、十分に機能することは期待できない。人の見方から等級、評価の仕組み、報酬のコア3制度などの人材マネジメント全体に一貫したこだわりがあると同時に、それらが、意思決定・権限委譲・情報伝達・事業検証などの組織運営のあり方や戦略と連動して、同一のメッセージを送ることが重要である。極端な例を挙げれば、一方で、ビジョンに向けて新たなサービスを開発し、将来価値に向けての取り組みを要請するような戦略をたてながら、賃金制度は短期の売上連動の歩合制であっては、戦略と人事制度が乖離していることになる。このような場合、現場の社員は結局、短期売上に向けてモチベートされることになる。
第三に、発展のフェーズごとに、
こだわりを進化させなくてはいけない
先にも述べたように、目指す「尖り」のある姿に向けて、現段階で「こだわる」べきものを魂として織り込んだものが「一事徹底の人事制度」である。注意すべきは、「現段階のこだわり」という点である。すなわち、一足飛びでゴールイメージを示すのではなくて、段階的に発展するために、当面、構成人員の間で共有化すべきものを「こだわり」として人事制度に織り込む。メッセージ性がクリアで、一事に徹していればいるほど、社員の間に浸透し、やがて共通言語になったり、社内では当たり前の価値観に進化する。それを狙って構築するのが「一事徹底の人事制度」である。そこで、ある程度浸透したり、あるいは環境が変化する中で、目指す「尖り」を持った姿に到達するために新たな課題が生じた際には、人事制度のメッセージとして込めるべき「こだわり」も当然のことながら進化させるべきである。子供にしたところで、その成長段階や状況に応じて、コミュニケーションを変えるのと同じであり、ある程度身につけて当たり前になっていることをしつこく追求すれば、行きすぎてしまったり逆効果だったりする。
先の例でいえば、「新たなサービス展開に向けての取り組み」を奨励するようなメッセージを送ってきたところ、ある程度、新規事業の方向性が明らかになったのであれば、次なるメッセージは「立ち上がった事業の拡大」に発展させるべきである。また、「マネジメント・サイクル」を徹底的に回すことにこだわって、すべての制度を連動させた結果、どの社員もきちんと仮説・実施・検証を行うようになり、打ち手の精度は上がってきたが、一方で新たな価値を創出するような斬新なアイデアが出なくなるようなこともありうる。その場合は、メッセージを「マネジメント・サイクル」から「イノベーション」に転換するようなこともあって然るべきである。
では、徹底的にこだわりをもった人事制度とは具体的にはどのようなものであるか。どの程度、徹底すればよいのであろうか。ここで、簡単な例を挙げてみたい。
新たなアイデアを次々に市場に発信するような、自由でダイナミックな企業であることを目指す「尖り」として、現段階では「前向きな価値観」をこだわりとして人事制度に織り込んだとしよう。まず、「前向きな価値観」に基づき、人の見方(実力・変革レベル・成果・ミッション遂行度など、様々な切り口のいずれで見るのか)や、求められる人材像を明らかにする。これらの人材にとって、どのような裁量を提供すべきか、どのような評価・報酬のあり方が望ましいのかを考え、ハコであるところのシステムのあり方をデザインする。また、現有の人材がこれらの人材像とどの程度距離があり、求められる姿をどの程度具体的に示すべきかも同時に考えていく。子供に対して、どんな言語で接したら理解できるかを考えるのと同じである。
ハコができたら、魂であるところのメッセージを込める。「前向きな価値観」をもって成果やバリューを生み出していくような人材に特徴的に見られるコンピテンシーや行動例を等級要件に織り込むことも有効である。評価項目に「前向きな価値観」を入れ込み、そのウェイトを大きくしたり、あるいは360度評価に、他者の前向きな取り組みを阻害するような行動をカウンター項目として織り込むこともある。目標管理制度をハコとして採用するのであれば、目標項目に必ず将来に向けての前向きな取り組みを一つは設定することを求めてもよい。報酬は、これらの評価と連動して賃金を支払ったり、あるいは将来価値に向けての取り組みに対しては、投資的な処遇を行うこともありうる。
また、マネジメント層にミッション・マネジメントの仕組みを導入したとする。「前向きな価値観」に基づく価値体系を設定し、この価値体系における各マネジャーのミッションを明らかにする。各マネジャーには、そのミッションを遂行するための一定期間(半年、一年)後のゴールイメージを設定し、具体的なアクションプランを策定することを求める。期首にプランの検討会を行い、仮説であるところの各人のプランが、「前向きな価値観」から見てどのようなバリューがあるのかを、事業上の意味合いや実現可能性と合わせて徹底的に議論する。期末には、成果検討会において実際の取り組みの妥当性と結果を確認するとともに、その「前向きな価値観」の価値体系における意味合いを厳しく検証する。
このように徹底的に一つのことにこだわった人事制度こそが、「一事徹底の人事制度」であり、組織にDNAを浸透させるための強力なツールとなるのである。
「一事徹底の人事制度」において、仕組みそのものよりもさらに重要なのが運用のあり方である。極端なことを言えば、ハコは何であってもよい。いくらハコを考えてデザインしても、そこに込められた「こだわり」がきちんと実践されなければ、何の意味も持たない。
そこで、「一事徹底の人事制度」を効果的に運用し、こだわり(DNA)を組織に浸透させるための条件は、以下の3点と考えられる。
第一に、制度を運営する主体が存在すること
経営層や、実際に中核となって制度を運用するマネジメント層が、強いコミットメントをもって運用することが必要である。
マネジメント層が強いコミットメントを持つためには、会社として制度の正しい運用を強烈に求める真剣度が必要である。我々のクライアントには、「評価者研修」や「マネジメント・トレーニング」を開催するたびに、副社長が出席し、「この制度を真剣に回す意思のない人は、マネジメントの役割を辞してもらってかまわない」といった挨拶をするところもある。このクライアントでは、実際にマネジャーが自部門で制度を回すための検討会を自主的に行う例も出てきており、組織にDNAが浸透しつつあるのが実感される。
第二に、日々のマネジメントに埋め込むこと
人事制度は人を管理するために独立して運用されるものではなく、マネジメントのバックアップ・ツールである。したがって、評価時期になって取り出して、評価シートを埋めていくのではなくて、日々のコミュニケーションにおいて、組織運営における共通言語や判断軸として徹底的に活用することが求められる。そのためには、ある程度のマネジメント・スキルも要求される。我々が、制度の導入支援にあたって、単に制度の運用方法を学ぶための「評価者研修」ではなくて、「マネジメント・トレーニング」を行うのも、このためである。
第三に、エッジを先導する人材が主要ポジションにつくこと
制度と一貫性のある人材が、実際に主要ポジションにつくことによって、メッセージが具体的なものとなって伝わる。また、変革を推進するには、従来の価値観を持った人材が阻害要因となることがあるが、主要ポジションをこれらの人材からエッジを先導するような人材に交代させることによって、変革を加速することができる。
一般にこだわりやメッセージ性のない人事制度が「一事徹底の人事制度」の反対概念と考えられるが、最近多く見られるのが、「成果主義」という名前にのっとった形ばかりの人事制度である。これらの仕組みは、給与格差をつけることや人件費削減を目的とするなど、「一事徹底の人事制度」とはそもそもの発想が異なる。このような、こだわるべきエッジや魂が存在しない管理のためのツールを用いても、事業も人も発展するはずもなく、個々の組織構成員が持てる力を充分に発揮せずに企業全体としても失速しかねない。最近話題になっている「成果主義の失敗」はこのような制度導入に端を発するものである。
また、冒頭に「バランス・スコア・カード(BSC)を導入してほしい」という依頼を受けると少々困惑すると書いた。その理由は、打ち手が限定されるだけでなく、「一事徹底の人事制度」とは相反する概念だからである。最後にそのことについて、簡単に述べておきたい。
BSCが世間で注目されているのは、これまで企業が陥りがちであった極度に財務的な視点、短期の結果に偏っていたマネジメントの問題に対するアンチテーゼを唱えたことにある。短期指標であるところの「財務」と中長期の指標である「顧客」「内部プロセス」「学習・成長」をバランスさせ、この四つのカテゴリーを用いて、目標と成果を測る指標を設定したり、戦略を連鎖させ、具体的なアクションプランに落とし込むというコンセプトである。
しかし、この四つのカテゴリーで戦略テーマと呼ばれるものは、果たして十分に議論されるのであろうか。BSCを導入しさえすれば、戦略が組織全体に浸透し、実行されるのであろうか。戦略を表現する視点や目標設定の軸は、ビジネスモデルや環境によって様々な切り口があり、この四つに限定するには論理的な根拠が希薄ではないか。目標と成果を測る指標を定量・定性の両面で設定したり、戦略を連鎖させ、具体的なアクションプランに落とし込むのは、BSCに特有の打ち手ではない。組織運営の基本的なあり方であって、BSCはそのバックアップ・ツールの一つにすぎない。多くの場合、そのツールがMBO(目標管理)であっても十分に機能し、組織運営の本質に違いは生じない。
仮に、十分とはいえなくとも、BSCが企業全体の評価や戦略実行において有効な仕組みだったとしよう。しかし、それを人事制度に直結させることの妥当性には、筆者としては大きな疑問を抱いている。BSCの最大の特徴は、一言で言ってバランス志向である。確かに、企業全体としてこれらのバランスを追求することは必要かもしれない。しかし、これを人事制度に導入した際の問題は、全組織ひいては個人にも同じようにバランスを求める点にある。
先に述べたように、各組織は、共通のDNAを持ちながら、それぞれの役割を徹底的に担うことが重要である。短期のリターンを追求する組織がある一方で、中長期の基盤作りを担う組織が存在し、全社としてバランスすればいいことである。新規事業開発を担う組織に、短期の財務的な成果を要求すれば、二律背反したものを求めることになる。
組織レベルですべてのバランスを追求することの妥当性にも疑問があるが、ましてや個人のレベルにまで同様なバランスを求めてしまっては、「こだわり」に関するメッセージが希薄になる。総花的にあれもこれもとバランスよく正しいことを行えば、本当に勝てるのであろうか。むしろ、一人ひとりの構成員が優等生的にこぢんまりとまとまってしまい、企業としてのエッジ(尖り)を失いかねない。この意味で、BSCを人事制度として用いることは、一つのことに徹底的にこだわり、メッセージを送るための「一事徹底の人事制度」とは相反するといわざるをえない。
以上、「一事徹底の人事制度」について述べてきた。読者の方々には、「人事制度」によっていかに組織に「エッジ」を浸透させるかを理解していただき、今一度、自社の人事制度を振り返っていただけたらと願うばかりである。また、人材マネジメントの設計における我々の(少なくとも筆者の)こだわりを、多少なりともご理解いただければ幸いである。
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