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【巻頭言】 |
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ヒトを殺すカイシャ、カイシャを殺すヒト
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永田稔 |
(赤の女王はアリスにこう言った)
「いいこと、ここでは同じ場所にとまってるだけでも、せいいっぱいかけてなくちゃならないんですよ。ほかへ行こうなんて思ったら、少なくとも二倍の早さでかけなくちゃだめ」
(ルイス・キャロル作、矢川澄子訳『鏡の国のアリス』新潮文庫〔1994年〕より)
赤の女王はアリスに伝えている。同じ場所に居続けるためにも走らなければならないのだと。アリスを取り巻く環境は常に変化をしており、少しでも足を緩めると置いてきぼりにされるのだと。企業もアリスと同じではないでしょうか。
それでは、アリスのように走り続けることのできる(常に変革をしている)企業はどのような企業でしょうか。またその一方で、走れない企業(変革していない/できない企業)とはどのような企業でしょうか。この稿では走れない企業に焦点を当てて考えてみます。
皆さんの周りの企業でも過去に華々しい成功を収めた会社が徐々に市場での地位を失っている例は枚挙に暇がないと思います。このような会社はなぜ市場での地位をずるずると失い続けているのでしょうか。上記のアリスの話にあるように、答えは環境との関わりにあると考えます。環境が会社が変化するより早く変化してしまったのです。生物の進化論では、生き残りのためには、変異と適応が必要となっています。つまり現存する生物は変化し、適応し、淘汰・選択を経て生き残った種であるということです。ただし、会社と生物で異なるのは、生物は系統や群で生き残ればよいですが会社は固有名詞で残らなければ意味がありません。また会社は人間の集まりであるため、環境の変化を「認識」することができ、変革への意思を持ち、実際に変わることができます。この点はまさに生物の進化論と会社の進化論を分ける点です。いくら鼻の短い象が「鼻を伸ばしたい」と強く願って努力をしても変わることはできないように。一方、会社は環境の変化を認識し、その手立てを考えつく多様な人間がおり、その手立てを実行することで生まれ変わることができます。これらの点を備えていることにより、会社という生き物はより環境に適応しやすい要素を備えているといえるでしょう。
それではそのようなより環境に適応しやすい要素を備えている会社がなぜ環境に適応できないままずるずると市場から退出してしまうのでしょうか。答えは「成功体験の罠」にあると考えています。成功体験の罠とは、ある特定の環境への過剰適応により進化・変革が阻害されてしまう状態を表しています。成功体験がなぜ会社の変革を阻害するのか、その答えの鍵は先ほど生物と会社の違いで示した、会社という生き物が持っている環境に適応しやすい要素を会社自身が、またそこに属する人々が「殺して」しまっているからではないかと筆者は考えています。
成功体験の罠は「盛者必衰の理」とも言われます。栄えるものは久しからずと。それでは、成功した会社のなかで何が行われていくのかを見てみましょう。ある環境で成功した会社は当然のことながら、その成功を再現性のあるものとして「仕組み化」を行っていきます。仕組み化とは、個々人の活動のばらつきをなくし最も精度の高い活動に合わせていくプロセスとなります。また仕組み化の過程で会社は組織の体をなしてきます。組織の体とは、機能分担などの組織のハコなどのハードの仕組みから、人々の行動スタイルやカルチャーなどのソフト面に至るまでを含みます。この仕組み化の過程では、会社の中には強烈な「内部志向」が発生します。その内部志向により、社員は上に示したような成功の基となった活動や行動、スタイルを「刷り込まれ」、「学習」していくことになるのです。この内部志向はヒトの思考面や感情面、行動面など様々に強い影響を与えます。この影響が、会社がもともと持っている環境に適応しやすい要素に悪い影響を与えるというのが筆者の観察するところです。「内部志向」は組織を形づくる原動力となるのですが、その一方、ヒトや会社の持つ力をそぐ方向にも働くと考えています。
それでは強い「内部志向」がどのように進化・変革の要素に影響を与えるのかを見てみましょう。
「ああ、やっと首がうごかせるようになった!」アリスはうれしそうにそういったけれど、次の瞬間には自分の肩が見えないのに気がついて、どきっとしちゃってね。下をむいても目にうつるのは、おそろしく長いくびばかり。(中略)「あたしの肩はどこにいっちゃったのかしらん。それからあたしの手。ああ、かわいそうに、手が見えないなんて、どうなっちゃってるの」
(ルイス・キャロル作、矢川澄子訳『不思議の国のアリス』新潮文庫〔1994年〕より)
強い内部志向は会社を会社らしくし、ヒトの学習を促すのは上に述べた通りですが、このプロセスは反面、ヒトの考える枠組みに影響を与えます(学習というのはそもそもそのような性質を持ったものですが……)。筆者がコンサルティングを行う中でこのような現象はよく目にします。会うヒト、会うヒトが同じような意見やものの見方をしているのです。「顧客はこういうものを望んでいるのだ」「業界はこのようなものだ」というように、思考の枠組みが均一化しているということです。外部から見ると「本当かな」と思うこともしばしばですが、その会社にいる方はそれを信じきっています。この現象は事実が見えていないという面もありますが、それ以前にものごとを見る枠組みが固定されてしまっていることに原因があると考えます。過去の成功体験、さらに内部志向が枠組みを設定し、固定を助長しているのです。この現象が会社全体に広がると会社は極めて危険な状態になってきます。お客さんなどの外部と遊離し、「内部の論理」でものごとが進んでいくようになってしまうのです。その結果、外部とますます遊離し、さらにその原因が社内でも誰もわからないという状態に至ります。これに加えて、仕組み化の過程で行われる役割分担はヒトの外部への認識を限定する方向に働きます。例えば、購買のヒトは購買という限られた視野から外部を見る、製造のヒトは製造という限られた視野から外部を見るというように。これらのものを見る枠組みと限られた視野は、会社の中で誰一人として顧客の現在の全体像をとらえていないという事態を招きます。このように成功体験、それに続く内部志向はヒト、さらにその集合体である会社のものを見る力に影響を与えている、というのが実感です。
次に生き残るための手立てを生み出すという面について考えます。環境の変化で生き残るためにはそのための手立てを生み出す必要があります。すでに指摘したように、会社という生き物は様々な異なるヒトが集まる集合であるため、本来は様々な手立てを生み出す・考え出す有利な条件を備えています。その有利な条件がなぜ上手く働かないのでしょうか。まず第一に考えられるのは、認識からの制約です。「業界はこのようなものだ」という過去の常識に思考がとらわれているため、「この場合にはこう、その場合にはこう」というようにヒトも楽をし、周りもそれをおかしいと思いません。また似て非なる場合でも、過去の手立てを持ち出し、改めて考えるという努力を放棄する場合もあります。さらに、仮にある部署が尖りを持った手立てを考えても、「常識ある」他の部署がその尖りをどんどん削り、結果として多少変わった手立てとして実行されるということもまま見られるケースです。これらは認識の制約から生まれる創出への足かせです。この足かせに加え、内部志向が人間関係や感情面にまで影響をするとさらに悪いケースが生じます。例えば、配慮です。この手立てを打つとあのヒトに迷惑がかかる、あそこの部門は困るに違いない、などと配慮をしてしまう結果、本来こうすべきという手立てが歪められてしまうという事態になります。このように、内部志向はすでに述べたよう組織をつくる原動力である一方、生きる手立てを考え出すことにおいてヒトを殺し会社を殺す面をもっていると考えます。
会社の中では日々意思決定が行われ、それが実施されています。そのような意味で会社は意思決定と実施が重なり合う重層的な構造といってよいでしょう。成功モデルはこの重層構造にがっちりと組み込まれて運営されているのです。このため徹底された成功モデルは頑強さ(ロバストネス)を持つと同時に変化しにくい性質を持っています。この性質が変革にどのように妨げになるか、さらに分解して見てみましょう。成功モデルに形づくられた組織は、成功モデルが機能分担され、機能内で各仕事が意思決定・実施される構造となっています。環境変化が起きた際にこの構造で何が起こるのでしょうか。まず挙げられるのは各機能担当が局所最適な意思決定としてしまうことが挙げられます。これは実際によく目にする例ですが、各機能部門がそれなりに環境の変化を認識し改善・改革案を考え実行しようとします。ただし、上の認識の制約でも述べたよう局所的な視点での認識になるため、全体としては統一性のないものになり、ばらばら観があり十分な効果も上がらず、全員に疲弊感のみが残る結果に終わるのです。つまり、各々が「たこつぼ」的な取り組みになっており全体の変化としてつながっていかない状態が起こっているのです。また仮にトップが全体観のある変革を打ち出しても、その効果が浸透しないことも起こります。この場合は、変革がたこつぼ化している構造の中に十分落ちていかないため、変革にむらが生じる状態となります。この場合も十分な効果は当然のごとく上がらず、変革のかけ声倒れに終わってしまうことになります。
このように、成功モデルの強い内部志向は組織としての安定性を増すと同時に、意思決定・実施面においても変化を妨げる影響をもつと考えています。
それでは今まで述べてきたような成功モデルの罠に陥らないためにはどうしたらよいのでしょうか。ここまで読まれた方はもうお気づきのように答えは「志向性」にあると考えています。つまり、成功モデルで生じがちな強い内部志向を「外向き」に変えていくこと、内部志向を崩すこと、内部志向と外部志向のバランスを取ること、が罠を避けるために必要になるのです。このように考えると、トップマネジメントはこのための武器をいくつか持っていることに気づかれるのではないでしょうか。新しい戦略も、組織改革も、新しい人事制度も、すべてそのための武器となります。トップマネジメントはこれらの武器を組み合わせながら使い、内部志向と外部志向の間のバランスを取っていく必要があると考えます。また外部志向という面において、筆者は最もヒトの力が発揮されると考えています。お客さんが何を望んでいるのか、何を喜んだのかを認識する力は、データのみではわかりません。ヒトの持つ感じる力が必要になるのです。また、ヒトは個人個人のアイデアの源泉を持っています。その多様性こそが環境に適応する(時には環境そのものを変える)、その会社独自のこだわりを生み出すことにつながり、会社を生かすことになると考えています。
成功モデルが成功した理由は何だったでしょうか。成功モデルは当時の環境、またその環境の変化を読み、価値にこだわり、それを実行したからこそ、成功たりえたのではないでしょうか。そのように考えると、一事徹底すべきは、この生まれたときに持っていた「強烈な外部志向と価値への徹底したこだわり」ではないでしょうか。
おしまいに姉さんは、この小さな妹(アリス)が、このさきいちにんまえの大人になったときのことを想像してね。アリスはそんな歳になっても、子供の頃のすなおでやさしい心をずうっと保ちつづけるだろう。(中略)子供たちといっしょになって、そのたあいない悲しみに胸いため、またむじゃきな喜びに胸ときめかせ、(中略)そんなふうに思うのだった。
(ルイス・キャロル作、矢川澄子訳『不思議の国のアリス』新潮文庫〔1994年〕より)
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