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【巻頭言】 |
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成長のためにこそ、「人間尊重」の経営を
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古沢 哲也 |
成長を目指すことはすばらしい。かつては企業が成長することで、株主はもとより、顧客も経営者も社員も、そしてその家族も、みんながハッピーになれた。しかし、現在では「必ずしもそうならない」と思わざるをえないことも多い。本稿では、そのような経営環境の変化を踏まえて、「みんながハッピーになる」成長のあり方について論じてみたい。
企業は新たな問題に直面している ― メンタルケア
企業の成長が社員に対して与えるマイナス面の影響の例としては、メンタルヘルスが挙げられるだろう。仕事や職場生活を営む上で、問題になるほどの不安やストレスを感じる人の割合は年々増加傾向にある。旧労働省によれば、仕事や職業生活を営む上で、不安、悩み、ストレスを感じる労働者の割合は、平成4年時点で約57%であったものが、平成9年では約63%となっている。このような状況を踏まえ、平成12年に旧労働省は「事業場における労働者の心の健康づくりのための指針」を取りまとめ、企業におけるメンタルケアの必要性を認めた。
また、2003年の労政時報の調査によれば、その傾向を反映して、実際に3社に2社が、また3000人以上の企業では9割以上が何らかのメンタルヘルス対策を実施しているとの結果が出ている(『労政時報』2003年、3595号)。
ここで不思議なのは、世の中がより成長傾向にあったと思われるかつてよりも、最近になってメンタルケアが重要視されているということである。成長するためには多少の無理をしなければならないので、一見、大きな成長を遂げた70年代、80年代のほうが、社員はストレスを感じていそうなものだが、そうではないというのである。これは一体なぜなのか。
確かに成長にはすべてを肯定するパワーがある
成長にはすべてを肯定してしまうパワーがある。多少の問題があっても「結果的にうまくいっているんだからいいだろう」という論拠には圧倒的な説得力がある。そのときはよくても、一度成長傾向が崩れたときに、それまでの問題点が一気に噴出し、「成功しすぎた罠」と言われたりするのだが、とにかく成長を続けている間は、すべてが肯定される。
現在は、70年代のような圧倒的に成長時代ではなくなったが、ベンチャー企業のように上り調子の企業は、まさにこれに近い状況にあると言えよう。私の知っているある新興ベンチャー企業の社員は、休みもなく本当によく働く。しかし、誰も疲れていない。むしろ生き生きしている。これは企業の成長を自分のものとして実感できるからであろう。
ということは、もしかしたら成長することこそが、一番のメンタルケアになるのだろうか。
しかし、成長し続けることはありえない
しかしながら、歴史的に見て一つの企業が永遠に成長し続けることは、ほぼありえない。長期的には成長を続けているように見えても、期間を短く区切って見れば、細かい失敗とその克服の繰り返しである。
もしも、そうではなく一方的な成長を遂げている場合は、一度成長が止まったとき、もしくは成長スピードが鈍ったときに、これまで目をそむけてきた問題点が一気に噴出する。まるでバブルがはじけるように。
つまり、確かに成長にはすべてを肯定するパワーがあるのだが、永遠にこれを維持することは難しいので、リアルワールドに生きる我々としては、成長はいつか止まる、ということを前提に物事を考えたほうがよさそうだ。
これまでのような成長は難しくなっている
また、以前のような一方的な成長はそもそも難しい、と思わせられることも多い。以下、その中でも特に重要と思われる二つの経営環境の変化について述べてみたい。
@社会が成熟化した
一つ目の変化は「社会の成熟化」である。70年代は日本自体が成長期にあり、市場のニーズは似通っていた。例えば、テレビ、冷蔵庫、洗濯機は三種の神器と呼ばれ、全家庭がこれらの家電製品を手に入れることを望んだ。いわゆるマスマーケティング全盛の時代で、「マスを相手にガバッと取る」ことで急激な成長が可能だった時代だ。
しかし、現在、多くの産業は成熟期を迎え、市場のニーズは細分化してしまった。マスマーケティングは通用しにくくなり、逆に一人ひとりのニーズに的確に反応するCRMが脚光を浴びるようになった。つまり、70年代の成長の前提条件の一つであった市場の単一性が失われてしまったのである。
A価値観が多様化した
二番目の変化としては、「働くことに対する価値観の多様化」が挙げられる。ガンバリズムやモーレツ主義はその反動として、地方回帰(UターンやIターン)やゆとり志向という新しい就労価値観を生み出した。仕事はほどほどに大切だが、それと同様に仕事以外の人生も楽しむという、スローライフを志向する人も増えてきた。一方で、前述のベンチャーのように、徹底した拡大主義、成長主義を志向している人たちもいる。
このように多様な価値観を持っている人たちに、一様に成長への貢献を期待しても、それはちょっと無理というものだろう。価値観が合わないのに無理やり働かされれば、社員も精神的に疲弊するのは当然と言える。
メンタルケアは確かに重要、しかし
以上のような点を考慮すると、企業がメンタルケアを無視できなくなっているというのもうなずける。しかし、現在のメンタルケアで十分と言えるだろうか。『労政時報』によれば、現在、取り組まれているメンタルヘルス対策のトップ3は、カウンセリング、社内報等によるメンタルヘルスに関する啓発、そして専門医の紹介である(『労政時報』2003年、3595号)。もちろん個別にはカウンセリングは必要だが、経営に対しては、より根本的な取り組みが求められるのではないだろうか。「うちは専門医を紹介する制度を導入したから、メンタルケアはもう十分」とは言えないと思うのだ。
カウンセリングなどの個別の問題解決に合わせて、社員を精神的に疲弊させている会社システムの原因究明と解決こそを経営は行うべきではないだろうか。成長を志向することが、社員を疲弊させてしまうならば、なるべくそれをさせない成長の仕方を考えるべきである。そして、顧客も経営者も社員も、そしてその家族も、みんながハッピーになれる、真の成長を実現する経営を目指すべきである。
人に対するコミットメントの深さが日本企業の良さではなかったか
「多少、社員が疲弊してもそれは成長のための必要経費である。頑張れば疲れるのは当たり前。必要なら少し休んで充電すればいいだけ」という強い人もいるかもしれない。しかし、そもそもそうさせない、社員の健康や幸せを本気で考える、というヒト(社員)に対するコミットメントこそが日本企業の成長の原動力ではなかったか。
日本人のガンバリズムを支えてきたのは、「頑張れば、たとえ失敗しても最後は会社が面倒を見てくれる。自分に何かあっても会社が自分の家族の面倒をきっと見てくれる」という会社に対する信頼とそれに応える会社の社員に対するコミットメントではなかったか。使い古された言葉であるが、成長が難しい今こそ、社員に対してコミットする「人間尊重(社員尊重)」の経営を目指すべきである。そのような信頼関係で社員と結ばれた会社は強いと思うし、何より感動的ではないかと思う。そして「人間尊重」の経営は、一度勢いが落ちたらすべてが瓦解する表面的な成長ではなく、耐久性のある本質的な成長を可能にしてくれるのではないだろうか。
一つ目のキーワードは「自己実現」
人間尊重とは、単に社員を大切にするということではない。人間尊重の経営で知られているホンダでは、基本方針の第一に、「会社を人間完成の場たらしめること」を挙げている。本田宗一郎いわく、「我が社の職場は生産の場であると同時に従業員の修養と陶冶の場でなければならないし、そこに蓄積される人間的な力と善意こそ、世界の市場に歓迎される商品を生み出すためのよりどころとなることを確信する」(ホンダ昭和29年入社式より)。
キーワードは「自己実現」である。仕事を通じて社員に自己実現のための機会を提供することが人間尊重の経営の本質なのである。先に述べた高度成長時代の社員やベンチャー企業の社員が精神的に疲れていなかったのは、会社の成長を自分の成長と重ね合わせ、自己実現を感じていたからにほかならない。
二つ目のキーワードは「家族」
自己実現の機会を提供することで、精神的に無理のない成長が可能になる。しかし、先に述べたように、社員の仕事に対する価値観は多様化しているので、自己実現の方法といっても実に様々なものが考えられる。なるべく多くの社員に訴えることのできる普遍的な価値観はないものだろうか。
その一つの選択肢として、「家族」が挙げられると思う。「家族からの尊敬」とか「家庭人としての自己実現」は社会生活を営む我々にとって最も大切かつ基本的な価値基準であると思うからだ。
実際に「社員の自己実現」と「家族」をうまく組み合わせ、健全な成長を実現している人間尊重企業があるので、その取り組み例を挙げておきたい。
@大手保険会社
その企業の営業マンはほぼ全員フルコミッション制で、非常に厳しい競争環境に置かれている。しかし、どの営業マンも非常にモチベーションが高く、自分たちの仕事が本当に世の中の役に立っていると信じており、誇りを持っている。そして何よりすばらしい成長を続けている。私はその理由に興味を持ち、営業マンの一番のモチベーション維持の方法についてインタビューさせてもらったことがある。私は当初、やはりフルコミッションというところがモチベーションの要因になっていると思ったのだが、聞いてみると、一番の方法は表彰制度だという。意外な感じがして、保険会社の表彰制度というと、成績優秀者はハワイに行って、一番の人はオーシャンビューのスイートルームに泊まれるというあれか、と確認してみると、似たようなものではあるがちょっと違うという。その会社では表彰会場にすべての営業マンとその家族を招待するのだそうである。そこで成績優秀な営業マンをステージに上げ、それこそ野球のヒーローインタビューのように「どうやればこんなに成功できるのですか」とか「何が一番の支えでしたか」などの質問をする。そうすると、聞かれた営業マンも「家族のお陰です」などと普段では到底口にしないようなことを言う。ここまでやれば、どんなに小さい子供でも「うちのパパは凄いんだ」「うちのパパの仕事は世の中のためになってるんだ」と実感できる。一度、これを味わった営業マンは何としても再びステージに上がろうとするし、今回上がれなかった営業マンも次回は絶対あそこに上がってやると思い、それが健全な競争意識を生むのだそうである。つまり、家族からの尊敬を得るという形でこの企業は営業マンに家庭人としての自己実現の場を提供しているのである。
A大手自動車メーカー
また、そこまで大々的な仕組みをしないまでも、日本を代表するある自動車メーカーでは、工場に社員の子供を招待する父兄参観ならぬ子女参観を実施している。お父さんの働いている職場を見学してもらい、実際にお父さんの働いている姿を見て、仕事に対する理解を深めてもらうとともに、「昼間のパパは光ってる」のを実感してもらうのだそうである。当然、そのための多少の演出もあるそうで、仕事が非常に忙しいにもかかわらず、その日が来るのを社員たちは心待ちにしているそうである。
経営環境が変化し、かつてのような成長は望みにくくなっているし、仮にかつてのような成長を実現したとしても、仕事に対する価値観が多様化しているので、それでみんながハッピーになるわけではない。経営者にとっては難しい時代になってしまった。しかし、それでもやはり、顧客も経営者も社員も、そしてその家族も、みんながハッピーになれる経営を実現したい。そのためにも、売り上げや利益などだけではなく、人間尊重を意識し、社員の自己実現のサポートをしつつ、成長を志向していくべきではないだろうか。
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