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【巻頭言】 |
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リスクに打ち勝つ組織を創る
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佐川 利道 |
私たちが本年4月に行ったセミナーで、「これからは、アセット・アロケーションを機動的に変更する運営方法に変えるべきでしょうか?」という質問に、「変えるべきである」、「変えるべきではない」、「わからない/迷っている」という三択で回答してもらった。
結果は、百数十人の参加者(すべてスポンサー・サイド)の回答が、ほぼ三分の一ずつに分かれるという、大変興味深いものになった。
この結果を、年金スポンサーのスタンスがふらついているといってしまうのは簡単だが、それは表面的にすぎる。少し前であれば、ほぼ全員が「変えるべきではない」と答えたであろうことを踏まえれば、この結果は、これまでの「リスク・マネジメント」のやり方に対する「疑問の表明」と解釈できる。
ただし、それだけに留まっていては、事態はかえって混乱する。解決に向けての行動が必要である。「疑問」を、新しい力に変換することができれば、「疑問」は解消する。
しかし、誰もが、新しい力を手にできるわけではない。現実は、できるグループと、できないグループに分かれてしまう。
この違いは、何から生まれるのか、新しい力を獲得できるようにするにはどうすればよいのか、を考えることが本稿のテーマである。
さて、年金の運営で相手にしなければならないものは、「不確実な将来」である。この相手は、様々な要素で構成されているが、その最たるものが、金利の変動や株式市場の動向である(高齢化等の債務に影響を与える要因も、不確実な将来である)。
私たちは、この相手に対して、常に、何らかの意思決定をしなければならない。しかし、意思決定の時点では、「将来」は何も確定していないし、「将来」を確定できるものもない。
確定できるものがないなかでの意思決定は、常に、「この判断は正しいか?」という「疑問」と隣り合わせである。私たちは、常に多くの「疑問」を抱えながら、その解決に向けて、行動(=意思決定)していかなければならない。
そして、残念ながら、この「疑問」を完全に無くすことはできないのである。
「疑問」を無くすことができないのであれば、私たちが取るべき選択肢は、「疑問」を減らす行動によって、目指すべき将来を獲得することができる可能性(=確率)を高めていくことに絞られる。
資産運用は、常に結果が出る。
結果は動かしようのない事実であるため、「疑問」に対する「答え」と評価されることが多い。
しかし、「結果」は、何も確定していない時点、時点で、将来に対する判断をしていかなければならない作業に対して、必ずしもベストの答えになるとは限らない。
さらに、この「結果」という答えは、わかりやすすぎて、人間の思考を、そこでストップさせてしまうという弊害を持っている。
この点の理解を深めるために、ライフル射撃の競技を例に引いて考えてみたい(筆者は、学生時代にライフル射撃〈22口径〜スモール・ボア〉のクラブにいたので)。
ライフル射撃は、50メートル先にある円形の標的(0〜10点)を制限時間内に60発(当時)撃って、その合計点を争う競技である。
この競技の目標は、常に標的の10点満点を撃ち抜くことにあるのではない(これは、最高の目標であるにすぎない)。また、0点を撃ってしまったとしても、その一発だけで勝負に負けてしまうわけではない。8点から10点に大半の弾を集めることができれば、勝負に負ける確率は大幅に低下する。
また、ライフル射撃は、標的を狙って撃つという単純な作業の繰り返しにすぎないが、一発ごとに(途中経過としての)結果が出る。この結果を活かしてサイト(標準器)を調整することもできるし、外部の環境の変化を読み取ることもできる。一方で、その結果に一喜一憂して実力を発揮できないこともある。結果を見ながら、常に次の射撃をより良くするために思考し、行動し続ける必要があるのが、射撃競技の特徴でもある。
さらに、高性能のライフル銃(勝負に勝つための重要なポイントであるが)があれば、誰でも勝てるわけではない。それ以上に、銃を使う人間の体力や精神力、そのマネージメント能力に大きく依存する競技である。
手前味噌で恐縮だが、この譬えは、年金運営の「リスク・マネジメント」のあり様を、よく表している。
年金運営の「リスク・マネジメント」とは、前述したように、「常に疑問を抱えながら、不確実な将来に対して継続的に意思決定をしていく」ということである。
さて、この文章を素直に読めば、「これで意思決定するなんて無理じゃない?」と、多くの人が思うであろう。意思決定の前提は、ほとんどが未確定の条件や仮定で、よりどころになるものは少ない。運用のプロと呼ばれる人たちでさえ当たらない資産運用の判断を、私たちがするなんて、という感じである。
このような状況は、『プロジェクトX』に出てくるようなリーダーに、「よし、これでやってみよう! きっとうまくいくから、みんなでがんばろう」なんて言ってもらいたくなる。
ライフル射撃の譬え話を思い出してほしい。ここで例に引いたのは、私のような普通の選手の話であって、天才的な選手は、普通は10点で、ごくたまに、大失敗して9点である。
天才の才能があることに越したことはないが、「リスク・マネジメント」という作業は、天才(や、『プロジェクトX』に出てくるようなリーダー)にしかできないような特殊なものではない。
「リスク・マネジメント」というものは、その作業の大半が、退屈な時間が過ぎるなかで、将来に対する思考・意思決定・行動を繰り返す「平凡」な行為である(危機とは、非日常的な現象である)。十分に機能している「リスク・マネジメント」は、外から見れば、地味で、つまらない印象を受けるものだ。
逆に、天才にしかマネージできないようなエキサイティングなリスク・テイク(=常に、危機と隣り合わせ)は、一般的にギャンブルという。
重要なことは、「平凡」の中身にある。
丑三つ時の墓地で、枯れ木を恐ろしいお化けと勘違いしてしまうことはよくある話だが、昼間であれば、枯れ木は枯れ木にしか見えないし、怖いと思ったりもしない。
「リスク」も同様の性質を持っている。
人間は、よく見えているものや理解しているものに対して「合理的な」意思決定を行うことは、比較的容易である。一方で、よく見えなかったり、理解できなかったりするものが相手の場合は、不安な気持ちや回避したい気持ちが先になりやすい。その結果、意思決定は「不合理」なものになってしまうことが多い。
まず始めに行うべきことは、相手である「リスク」を十分に知ることである。
年金運営においては、知るべき相手(リスク)の範囲は広く、多面的な要素を持っている。具体的には、@人事戦略としての年金、A財務戦略としての年金、B運用戦略としての年金、に大別でき、年金運営で相手にすべき「リスク」は、この三つの戦略の和集合の部分に存在する
(図1)。
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図1 |
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しかし、一般的には、各々の戦略は、ばらばらに思考され、意思決定が行われていることが多い。この背景には、@各々の戦略の目的が異なる、A関連する担当部署が異なる、B各々の意思決定には高度な専門性が要求される、ということが挙げられる。したがって、各担当部署は、直面している課題(自社に最適なベネフィット・プランを考える上での年金の位置づけとか、退職給付債務が決算に与える影響を最小化するとか、年金における長期的な運用方針の重要性とか)を解決するために、それぞれの専門性を駆使して最適なプランを策定する。読者の皆さんも、経験されたことがあると思うが、それぞれのプランがよくできていても、各々の円は、解決すべき和集合にならないことが多い。
これでは、最終的な判断を行う経営トップにとって、自社の年金運営の「リスク」を十分に理解することは難しい。どうしても、関心の高い分野、理解しやすい分野、経営方針(≒好き嫌い)が、決定に影響を与えやすく、枯れ木がお化けに見えてしまうことも少なくない。
また、専門性の高い分野であるがゆえに、意思決定を行う経営陣の理解を得ることが難しい、ということも年金運営でよくいわれることである。これを経営陣の勉強不足といってしまうのは、やや酷であろうし、問題の解決にはつながらない。経営判断を行うための「平凡」な言葉に置き換えることが問題解決の糸口である。
弊社では、年金資産の運用方針を策定するためのアドバイスを行っているが、この2年ほどは、企業の制度変更に伴い、退職給付債務(PBO)をターゲットとするALM(ダイナミックALM)のコンサルティングが、大変多くなっている。
このコンサルティングを行って、改めて気づくが、現状では、制度内容の策定段階では、三つの戦略が十分に考慮されているわけではない。例えば、制度の条件(キャッシュ・バランスの利息付与率等)を設定する場合に、運用面に対する考慮はほとんど払われていない(過去の運用面の損失は十分すぎるほど考慮されているが、将来に対する合理的な考察は不十分か、ほとんど行われていないことが多い)。財務面では、年金の資産と債務の両方(サープラス)が影響するが、新制度が財務戦略に与える影響を十分に把握しないままに、制度が設計されている(この点については、川辺純の「年金負債構造に基づくサープラス・リスク・マネジメント」を参考にしていただきたい)。制度設計(人事戦略)は、財務戦略・運用戦略と十分に連携していないし、この問題に対する認識も低い。
現状は、弊社のダイナミックALMを行って初めて「将来」の債務特性が把握でき、それと財務戦略をリンクさせた運用戦略が見えてくる。正に、前述の三つの戦略の和集合を見つける作業である。この作業のプロセスで、年金運営に関する「リスク」がより明確になり、和集合ができてくる。ケースによっては、お化けに見えていた枯れ木が、花を咲かせることもある。
このような効用の重要性を考えれば、制度設計という年金の「リスク・マネジメント」の最初の段階から、ALMのアプローチをビルトインする(制度設計に、運用戦略や財務戦略の要因を取り込む)ことで、「リスク」に対する理解を深め、より最適な戦略の策定(和集合)を実現するプロセスに変えていく必要がある。
ALMは、年金資産の運用方針を策定するだけのものではなく、企業の経営戦略全般を策定するための「リスク・マネジメント」のプロセスなのである。
さらに、ALMの効用は、経営陣が、年金の「リスク」を、経営判断を行うための「平凡」な言葉である「数値」に落とし込むことを可能にする。「数値」に変換することで、「リスク」の正体がわかり、他のビジネス戦略との関係も、決算に与える影響も、IRでの説明も明瞭にすることが可能になる。
さて、ALMというプロセスが、和集合を創り出すことを述べたが、これだけでは、あくまで、担当部署からのボトムアップ的なアプローチであり、経営トップに対して、枯れ木をお化けと見間違えないようにしてもらう作業に留まる。したがって、その「再現性」が十分にあるとはいえない(担当者が変わると動かない、その場しのぎの対応、トップが、それでもお化けだといえば何も変わらない等)。
「リスク」に対する意思決定の「再現性」を担保するためには、そのプロセスを「仕組み化」することが必要になる。これは、『プロジェクトX』のリーダーがいなくても、将来に対する意思決定ができる形に「平凡」化する、ということでもある。
「リスク・マネジメント」は経営上の最重要課題のひとつであることは言うまでもなく、複数の部署にまたがる「仕組み」づくりは、経営陣のトップダウンによる判断がなければ不可能である。
前章では、「リスク・マネジメント」のプランニングについて述べたが、より重要なことは、その運営にある。
「リスク・マネジメント」という作業の特徴は、日常的に起こる事象と、稀にしか起こらない例外的な事象を、連続体で捉えなければならないという点にあり、この全く異なる事象を一体でマネージする必要性にある。
また、稀にしか起こらない例外的な事象(株式市場の暴落等)自体の発生をコントロールしたり、完全に予測することはできない。
さらに、人間は、「下がれば、売りたくなり、上がれば、買いたくなる」という順張りの意思決定をしやすい特性を持っており、これが、外部環境の変動を、さらに増幅して年金資産の変動を大きくしてしまうことも少なくない(逆に、保守的にすぎて、適正な変動以下に抑え込んでしまうこともある)。
しかし、私たちは、このような困難に対して「確率」で考える/備える、という知恵を持っている。平たく言えば、ピン・ポイントではなく、一定のレンジで考える、ということができる。
そうすることで、「非日常」的な事象が、どのような状況なのかが見えてくるので、それに対する備えを考えることが可能になるし、揺れ動く人間の心理を安定化させることもできる。
さて、「確率」という知恵を活かすには、いくつかの準備が必要になる。
@「リスク・マネジメント」の目標を明確に設定する
A「日常」と「非日常」の境界を、「数値」で定義する
B 前提条件が変化した場合に、Aがどのように変化するか(感応度)
を把握する
C AとBで想定される事象に対して、行動するか否かのルールと、複
数の行動オプションを設定しておく
D リスクをモニタリングする体制と役割、権限を明確にする
E Dに対する監視機能をつくる
F「リスク・マネジメント」に関するナレッジ・マネジメント(共有化のため
の教育プログラム等)の実行
@の「リスク・マネジメント」の目標とは、年金運営の意思決定における優先事項を決めておく、ということである。これは、厳しい状況になった時に、関係者全員の意識がばらばらにならず、同じ方向を向いて行動するために必要な重要項目である。
AとBは、ALMによって確認することができる。ただし、従来のALMは、実際の運営に対する認識が十分とはいえなかったというのが、弊社の問題意識である。
計画(前提)と現実は、常にギャップがある。さらに、そのギャップは、時間の経過を伴ってダイナミックに変化していることを考えれば、長期の時間軸の重要性は変わらないものの、それだけでは不十分であり、複数の時間軸をマネージしていくことが必要になる。
Cが、このようなギャップに対する「備え」である(図2)。それが発生した時に、適切な意思決定を行い、行動できるようにするための作業であり、「リスク・マネジメント」の要諦といえる(ライフル射撃の譬え話における、サイトの調整にあたる)。
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図2 |
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なお、以上の点に関する具体的なアプローチについては、岡田章昌の「ダイナミック・リバランス・ポリシー」をお読みいただきたい。
DEFは、上記の計画を机上の空論にしないための対応であり、最も重要な「ガバナンス」の部分である。
実は、ABCを実行することは、それほど困難ではない。難しいのは、@の意識の共有化と合わせて、「リスク・マネジメント」をワークさせる仕組みをつくり上げる部分にある。
これについては、世の中に手本となる例は少なくない。しかし、それらは参考にはなるものの、自分たちの組織に、単純にコピーしても機能しない。なぜなら、それぞれの組織は、目的もカルチャーも、人も異なる上に、この仕組みは、試行錯誤による経験値の集積が重要になるためである。
最初のほうで、「リスク・マネジメント」とは、その作業の大半が、退屈な時間が過ぎるなかで、将来に対する思考・意思決定・行動を繰り返す「平凡」な行為と述べた。確かに、組織のなかに、「リスク・マネジメント」の体制をつくり上げるプロセスは、多くの試行錯誤のなかで、エキサイティングな経験となろう。しかし、それを実際にワークさせていくためには、担当者のみならず、社員全員が、このような「リスク・マネジメント」の位置付け、意味合いを共有し、当然にやるべきこと、改善していくべきことという意識を定着させること=平凡化、にある(例えば、年金の長期投資とは、極めて平凡なつまらない方針であるが、これがリスク・マネジメントに占める重要性は、大変大きい)。
ワークしているリスク・マネジメントほど、外見は「平凡」に見えるが、その中身は、常に改善のバイアスを持っているのである。
「リスク・マネジメント」というと、悪い状態になることを避ける、という消極的な印象を受けがちだが、その真の目的は、対象の価値を引き上げるというアクティブなものである。資産運用でいえば、より効率性の高いリターンを獲得するためのアプローチといえる。
本稿は、年金を対象にしたが、その場合でも、企業の重要な三つの戦略に関連する。「リスク・マネジメント」が、マネージする対象の価値を引き上げる行為であることを考えれば、この巧拙が、企業のビジネス戦略全般の根底を形づくるといっても過言ではないであろう。
誰もが『プロジェクトX』のリーダーと同じように行動できるような環境が、組織のなかに、当たり前のように存在すること(平凡であること)が、「リスク・マネジメント」の目指す姿である。
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