【巻頭言】
ペンション・ルネッサンス
リターン獲得に向けリスクに対する自信を取り戻す

1.
リスクに打ち勝つ組織を創る
リスク・マネジメントとガバナンス
   
2.
年金負債構造に基づく
サープラス・リスク・マネジメント

3.
ダイナミック・リバランス・ポリシー
リアルオプション的アプローチによる
アセット・アロケーション戦略の革新

4.
アルファ戦略の現状と今後の新展開
勝ち抜くために

5.
年金基金のヘッジファンド運用
最近の動向と留意点
   
6.
運用会社経営とアルファ創造
ルネッサンスは多様性の復興か

7.
付加価値を創造するもの
何を見るか? どう選ぶか?

8.
年金のトータルリスク管理
個別マネジャーに対する相対リスク管理から 年金全体のトータルリスク管理へ

9.
年金運用全体のモニタリング

【基礎講座】
パフォーマンスはガバナンスで決まる
過去3年間の運用実績を振り返る

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年金基金のヘッジファンド運用
最近の動向と留意点
 

 

久保田 徹

最近の導入状況 ― 今や「低リスク」商品?

 ヘッジファンドへの投資は年金基金の投資対象の一つとしてすっかり定着しつつあるようである。過去においてはヘッジファンドといえば何か怪しげな運用を行っているファンドというイメージが強く、年金基金の投資対象としては考えられないという代物であったが、今や「低リスク運用」として業界誌で採り上げられているというくらいの変わりようである。
 このようにヘッジファンドに対する見方はここ数年で大きく変わってきているが、なかには運用会社の勧めるまま過去のパフォーマンス実績のみにとらわれて導入にいたるケースも増えているように思われ、注意が必要だといえよう。
 日本の年金基金によるヘッジファンドへの投資の実態については、厚生年金基金連合会が厚生年金基金(回答1,580基金)を対象としたアンケート調査を行っている。これによると2003年3月末時点においてヘッジファンドへの投資を行っている基金は103基金で、その投資合計額は4,770億円となっている。おそらく本年度に入ってからは代行返上や制度の見直しを終了した年金基金が新たにヘッジファンドを導入するというケースも増えていると考えられるため、この数字はさらに増大しているであろう。
 ヘッジファンドに対する投資は日本のみならず欧米の年金基金においても最近増大してきている。従来、欧米の年金基金においてはオルタナティブ投資としては未公開株(プライベート・エクイティ)や不動産投資が中心であったが、ITバブルの崩壊以降これらの投資が低調になってきたこともあり、最近ではヘッジファンドへの投資を増やす年金基金が増大している。
 このようにヘッジファンドを中心としたオルタナティブ投資は世界的に増大しているが、日本の年金と米国の年金の投資状況にはいくつか違いが見られるようである。(※)米国では基金の資産が大きいほど平均してオルタナティブ投資の割合が増える傾向にあるが、日本においては基金の資産が小さいほど概してオルタナティブ投資(日本の場合はヘッジファンドが大半)の割合が多いという点と、投資するヘッジファンドの戦略としては米国では様々な戦略に分散する傾向があるが、日本では特に株式ロング・ショート、株式マーケット・ニュートラルに集中する傾向があるようである(前述の連合会の調査では、日本の年金基金のヘッジファンド投資の46.9%が株式ロング・ショート/マーケット・ニュートラル、FOFが37.2%)。
 基金の規模とヘッジファンド投資比率の問題については、ヘッジファンドの最低受入額の問題やあるいは大口金額の受け入れキャパシティの問題等様々な理由がありうるが、運用のためのリソースやリスク許容度が小さい小規模基金にオルタナティブ投資比率が大きいというのは注意を要する傾向といえよう。
 ヘッジファンドはもともと個人富裕層向けの私募形式のファンドとして利用されてきたが、すでに述べたとおり近年は機関投資家からの投資が急増している。これら機関投資家によるヘッジファンドへの投資は1990年代から本格化してきているが、投資経験という点では伝統資産に比べてはるかに短いものである。さらに日本の年金基金についていえば、ヘッジファンドへの投資が開始されたのはほとんどの場合2000年以降であり、多くのヘッジファンドの成績が低迷した1994年やロシア危機、LTCM破綻のあった1998年といったイベント年すらも全く経験していない(図1)。2000年以降は幸いこのような大きなイベントもなく、一方で国内株式をはじめとする伝統資産の運用が低迷したことからヘッジファンドへの関心が高まり、最近では金利上昇による債券下落のリスクが高まってきたこともあり、「債券代替」ということで、ヘッジファンドへの投資が検討されることが増えているようである。

図1/ヘッジファンド(FOF)のリターン

ヘッジファンドのパフォーマンス再考

 ヘッジファンド投資のメリットとして一般的には絶対収益、低いボラティリティ、伝統的資産との低相関といった点が挙げられ、運用会社の説明資料にはほぼ必ずといっていいほど、これらの点が挙げられている。
 一方でヘッジファンドのパフォーマンスについては、データ収集上の問題や時価評価の問題等から、一般に言われているほどのリスク・リターン・プロファイルではないとする指摘もある。伝統資産であれば市場ベンチマークという明確なデータが存在するものの、ヘッジファンドにはそのようなベンチマークはなく、HFR、TASS、MAR等の商業データベース・ベンダーがヘッジファンドからの自己申告データに基づいてデータベースを構築している。したがってデータベースごとに戦略の定義や分類方法が異なっていたり、ファンド全体(コンポジット)のリターンの計算方法が異なっていたりする。またよく言われていることであるが、このようなデータベースには、成績が悪くなったマネジャーや破綻したマネジャーのデータが含まれなくなるので、全体のリターンを押し上げてしまうという生存者バイアスや、ファンド設立後数年間パフォーマンスの良かったマネジャーが新たにパフォーマンス・データを過去に遡って登録するために全体の成績に上方バイアスがかかる(バックフィル・バイアス)という問題が指摘されている。
 このような商業データベースのあり方に関わる問題はヘッジファンド全体を一般論として議論する際の問題であるが、個別ヘッジファンドの戦略によっては時価評価の問題も指摘されている。すなわち流動性が低く価格付けが困難な証券や特殊なオプションを含む証券に投資を行っている場合、これらの証券は流動性が低いため厳格な時価評価が難しく、直近取引の価格を利用したり、何らかのモデルによる推計を行ったりするためファンドのリターンの計算にラグが生じる。このためリターンの自己相関が高まったり、標準偏差を押し下げたりすることになるというものである。
 またこれもヘッジファンドごとに差はあるものの、ヘッジファンドのリターンの分布は非対称的であり、正規分布に比べて左側の裾が厚く(ファット・テイル)、イベント等が発生した場合には正規部分を前提として想定されるロスよりも大きなロスが発生することがある。正規分布を前提とした標準偏差ではこれを正しく把握できないため、伝統資産運用で通常用いられる平均・分散アプローチをそのまま当てはめることはできないとされている。
 このようにヘッジファンドのパフォーマンスについては伝統資産とは異なる性格や課題を持っており、これらについての研究も伝統資産運用に比べれば極めて限られたものである。例えば伝統資産ではよく用いられるパフォーマンスのリスク寄与度分析といった分析手法もヘッジファンドにおいては統一的な手法は確立されていない。ヘッジファンドのパフォーマンスについて我々はまだまだわからないことが多いのである。

ヘッジファンドのリスク

 一方でヘッジファンドのリスクについては、金利リスク、為替リスク、信用リスク等の伝統資産運用と同様の運用リスクは存在している。マーケット・ニュートラル運用といっても、それは市場動向に左右されずにリターンを上げる運用を目指し、投資金額やベータ等を中立にしようとしているのであって、リスクが全くなくなっているわけではない。またそのリターンについても米国株式での運用状況を見ると、90年代のブル市場におけるリターンと2000年以降のベア市場におけるリターンを比べると、ベア市場におけるリターンは大きく低下しており、マーケット・ニュートラル性ということに対して懐疑的な研究も発表されている。
 ヘッジファンドのリスクとして伝統資産における運用と比べて注意を要するものとして、流動性や運用以外のオペレーションやビジネスリスクが挙げられる。流動性については、ファンドが投資対象としている証券の流動性リスクと、ファンド自体の解約に関わる流動性リスクの2つのリスクがある。流動性の低い証券に集中的に投資することでみかけのリターンを上げることは可能であるが、一度イベント等が発生した際には大きな損失を被ることになりうる。ファンド自体の解約についてもロックアップ期間や四半期ごとというような制限がついており、伝統資産と比べた流動性は低くなっているが、さらに大きなイベントが発生しファンドの解約が殺到するようになった場合には、金額制限等が発動され解約がより困難になる仕組みとなっているものが多い。
 運用以外のリスクとしては、特に小規模なファンドが多いヘッジファンド業界においては、投資インフラの整備やオペレーション上の問題も伝統資産運用会社に比べて大きく状況が異なっている。いわゆるベンチャー企業として優秀なファンドマネジャーがヘッジファンド会社を立ち上げる例も多く、システムインフラや会社経営という面では立ち遅れている場合も多いといえる。
 さらに詐欺等の不正行為を行った例や破綻した例もいくつも存在しており、この点も伝統資産運用とは大きく異なるものである。ロシア危機のような何年かに一度あるかどうかという大きなイベントが起らなくても、このような不正行為等によりファンドの破綻が起っているのである。
 このようなリスクは当然のことながら過去数年間のパフォーマンスや標準偏差を見ているだけではわからないものであり、投資にあたっては十分留意する必要がある。

運用キャパシティ

 近年の年金基金をはじめとする機関投資家からの資金流入の増大を背景にヘッジファンド業界全体の運用残高は急増してきている。ヘッジファンド業界全体についての正式な統計は存在しないが、一般的には1990年頃の運用残高は400億ドル程度だったものが、現在では9,000億ドルを超えているといわれている。ヘッジファンドのデータベースの一つであるTASSによれば、2004年の第一四半期だけで382億ドルの資金が新たにヘッジファンドに投資されているという状況である。
 このような急激な資金の流入により運用キャパシティの問題が業界における重大な関心事となっている。この問題には個別マネジャーレベルでは収益機会への影響という側面と、投資家(またはファンド・オブ・ファンズ〈FOF〉)レベルでは優秀なマネジャーの採用という2つの側面がある。個別マネジャーのレベルでは裁定取引のように僅かな価格の歪みを利用して収益を得ようという場合には、多くの資金が投入されることによってそのような裁定機会が減少もしくは大きなリターンが上げにくくなってくるという影響もある。一方投資家(およびFOF)レベルでは、優秀なマネジャーにどれだけ投資枠を確保できるかが極めて重要になっている。高い手数料水準や制約の少ない投資機会に魅せられて多くのマネジャーがヘッジファンド運用に参入してきてはいるが、投資資金が急増しているため、優秀なマネジャーにはあっという間に資金が集まってしまい新規の投資を受け入れなくなってしまうという状況になっている。玉石混淆のマネジャーの中から優秀なマネジャーを発掘し、投資枠を確保することがますます難しくかつ重要になっている。

運用のガバナンスが求められる

 これまでヘッジファンドについての留意点を中心に述べてきたが、ワトソンワイアットではヘッジファンドへの投資自体については伝統資産との分散効果や収益源泉の拡大の観点から独立した資産クラスとしてその意義を認識し、今後の年金資産運用のなかで重要な役割を果たしうると期待している。リサーチについてはFOFを中心にリサーチを行い、顧客に対しても比較的早い段階から顧客状況(運用体制、ヘッジファンドに対する理解、リスク許容度等)を勘案しつつ推奨を行ってきている。
 FOFについては、個別ヘッジファンドへのアクセスやデュー・デリジェンス、ポートフォリオの構築という面においては年金基金のガバナンスを補完する役割を果たすものとして有効であると考える。ただしFOFについてもヘッジファンドそのものの問題、特に流動性については多数のマネジャーを利用していることから個別マネジャーの場合よりも問題は複雑であり、手数料が二重構造(個別ファンドレベルとFOFレベルで手数料がかかる)になっていることからコスト高や非効率性が生じてしまうといった点にも留意する必要がある。またキャパシティやビジネスリスクの問題についても留意する必要がある。最近ではFOFの運用残高が急増していることに対応してファンド自体をクローズしたり、2号ファンドを立ち上げたりする等FOFマネジャーによって様々な対応がとられている。組織的にも人員が急増しているところや当初独立系であったものの大手金融会社・銀行等に買収され子会社になるところもある等組織・ビジネス面において今後も様々な動きが出てくるものと思われる。

 最近では多くの運用機関がヘッジファンドを「低リスク」「債券代替」として売り込みを行っているが、これまで述べてきたとおりヘッジファンドは多くの点で伝統資産と異なっており、我々には伝統資産のような長期間の運用経験もなく、業界自体も発展途上の段階である。したがって伝統資産と同じ感覚でここ数年間の標準偏差が低いという説明のみをもって安易に投資を行うべきではなく、十分なガバナンス・レベルを備えて投資を行う必要がある。

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(※)コロンビア・ビジネス・スクール日本経済経営研究所および厚生年金基金連合会共催「日米年金 
   代替投資カンファレンス」より

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●久保田徹 くぼたとおる/慶応義塾大学経済学部卒業。ペンシルバニア大学ウォートンスクールにて経営学修士(MBA)取得。ファイナンス専攻。東京銀行・東京三菱銀行を経てワトソンワイアット株式会社に入社。当社入社後は、金融事業戦略コンサルティング・資産運用コンサルティングに従事。