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【巻頭言】 |
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年金運用全体のモニタリング
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五藤 智也 |
「どのように、委託している各運用機関のモニタリングをしていますか?」と聞かれれば、多くのスポンサーは、「四半期ごとに定量評価を行い、運用機関とのミーティングを行い、プロセス等についての定性評価も行っている」と答えるであろう。
しかしながら、「どのように、年金運用全体のモニタリングをしていますか?」と聞かれると、「定期的に運用実績を把握し、複合ベンチマークとの比較、他のスポンサーとの比較を行っています」と答えるところが大多数であろう。
年金運用全体のモニタリングというと、どうしても運用実績という結果の把握という固定概念がある。しかし、それは年金運用全体のモニタリングの一部であり、かつ表面的な部分にすぎない。
本稿は、年金運用全体のモニタリングとは、年金運用の実情を様々な角度から分析し、正しく把握し、問題点・課題を抽出し、その対応を検討するという一連のサイクルを指すということを理解していただき、年金運用全体のモニタリングに対する認識を変えていただくことを目的としている。
本稿の前半部分では、モニタリングとは、運用実績に直接関わる部分だけではなく、様々な観点から年金運用の実情を把握することであるということを“孫子の兵法”を例に説明し、後半部分では、運用実績だけで判断しないモニタリングのフレームワークについて説明する。
年金運用全体のモニタリングというと、どうしても年金運用の実績に直接結びつく部分のみに着目してしまいがちである。しかしながら、通常のモニタリングでは着目しない部分にこそ、年金運用の実情の極めて重要な部分が隠れている。“孫子の兵法”を例に、年金運用においてどのような観点からの実情把握が重要であるかを考えてみる。
“孫子の兵法”では、以下の5つの観点から実情を把握することが重要であると説明している。
@「道」
兵法において「道」とは、国民と君主の心がひとつになっているかという観点であり、年金運用においては従業員、マネジメントといったステークホルダー間の意思統一が図られているかという観点になる。本来、企業年金は従業員の生産性、モラルの向上等を目的とした人事戦略上のツールとして導入されているものであり、年金運用はこの人事戦略上のツールをファイナンスする手段をして行われているものである。しかしながら、従業員が株式や債券で運用されていること自体を知らない、逆にこの数年間の結果から、会社が勝手にリスクの高い運用を行っている等の誤解が多いケースが散見される。また、従業員とマネジメント以外のステークホルダーである株主についても、財務諸表に反映される短期的な数値のみに目が行き、それ以外のことには興味を示していないケースが散見される。
従業員、株主といったステークホルダーの理解が得られていない状態では、財務的負担、リスクを負ってまで導入している人事戦略上のツールが有効に機能しているとは言えないであろう。モニタリングの一環として、従業員、株主が、年金運用について、どのように 考え、マネジメントの考えをどこまで理解しているのかを把握することが重要である。
A「天」
兵法において「天」とは、自然条件を把握しているかという観点であり、年金運用においては、景気、金利等の外部環境を把握しているかという観点となる。
この数年間の厳しい市場環境の中で、予定利率5.5%は所与と考え、超低金利、デフレの環境下に、許容リスクを超えているにもかかわらず運用のターゲットを5.5%に維持した結果、解散に追い込まれたスポンサーも少なからず存在する。
外部環境を正しく把握した上で、年金運用を行うということは、金利が高い状態と低い状態では、同じターゲットを目指して運用を行う場合においても、リスクは全く異なることを認識することなのである。これは、景気が良くなってきたから株式比率を上げる、金利が上昇してきたから債券比率を下げるといったことを行うという意味では決してない点に注意が必要である。
このように、モニタリングの一環として、外部環境を正しく把握し、それに応じた運用が行えているか確認することが重要である。
B「地」
兵法において「地」とは、地理地勢条件を把握しているかという観点であり、年金運用においては、母体企業の業績・財政状況、年金制度の財政状況、成熟度、債務特性を把握しているかという観点である。年金運用というと、どうしても資産側ばかりに着目しがちで、債務側や許容リスクといったものが軽視される傾向がある。「現在の政策アセット・ミックスの期待リターンは?」という質問には、多くのスポンサーが答えられても、「PBO、数理債務は何年後にピークを迎えますか?」、「1年間の最大許容損失額は?」といった質問には答えを窮するスポンサーが多いであろう。“孫子の兵法”に「彼を知り己を知れば、百戦あやうからず」という有名な言葉があるが、まさに敵(年金債務)と己(許容リスク)を正しく認識した上で年金運用が行われているのかどうか確認することが重要である。具体的には、年金債務、キャッシュ・フローの将来予測を行い、年金債務と現時点の年金資産+キャッシュ・フローの推移を比較することによって、年金運用を行わない場合、将来どのような状況となるのかを確認することが最もわかりやすい方法であろう。
C「将」
兵法において「将」とは、「智」・「信」・「仁」・「勇」・「厳」を兼ね備えた有能リーダーがいるかどうかという観点であり、年金運用においては、有能な年金運用担当者がいるかどうかという観点となる。年金運用の担当者には、年金運用についての知識、経験だけではなく、従業員・マネジメント・株主、社内においては人事部と財務部といった利害が対立するステークホルダー間の調整能力等も要求される。年金運用担当者が自分自身を評価するのは、難しいが、この1年間での自分自身の成長、他のスポンサーの年金運用担当者と比較して、自分に何が足りないのかといった点を、定期的に、できる限り客観的に見つめ直すことも必要であろう。
D「法」
兵法において「法」とは、軍隊の組織、規律、装備を把握しているかという観点であり、年金運用においては、年金運用に関わる組織、リソースの実情を把握した上で運用しているかという観点である。最近、オルタナティブを安易に導入するスポンサーが増えているが、リソースの実情にあったものなのかについて今一度確認することが重要である。
“孫子の兵法”では、実情を把握するためには、観念論ではなく、具体的に評価基準が必要であると説明している。
では、年金運用全体について、どのように具体的な評価基準を構築し、モニタリングを行えばよいのだろうか?
ここで陥りやすい罠は、運用実績という結果だけで評価するということである。多くのスポンサーは、マネジメントに年金運用の報告をする際には、絶対リターンの実績、複合ベンチマークに対する実績、他のスポンサーの実績との比較等を説明しているにすぎないのではないだろうか。このような運用実績のみでは、それが必然であったのか、単なる偶然であったのかを見分けることはできない。運用実績だけではなく、それにいたるプロセス等、定量・定性両面を含んだ評価基準が必要となる。各運用機関の評価を行う場合には、このような方法で、評価を行っているスポンサーもあるかと思うが、年金運用全体については行っているスポンサーは極めて少ないはずである。
ロバート・キャプランとデビット・ノートンが開発したバランス・スコアカードは伝統的な単一の財務指標のみを企業としての目標とするのではないマネジメント・ツールである。年金運用も同様に、運用実績をいう一つの指標のみでは評価できない。このバランス・スコアカードのマルチファクターであるというコンセプトを年金運用に当てはめると図1のような4つのファクターとなる。
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図1/バランス・スコアカード |
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@ターゲット
〈例〉・年金全体のパフォーマンスは、リスク・バジェットの想定と一致し
ているか?
・各運用機関は、アウトパフォームしているか?
Aプロセス
〈例〉・「厚生年金基金の資産運用関係者の役割及び責任に関するガ
イドライン」を遵守しているか?
・ステークホルダー間のコミュニケーションは機能しているか?
Bサポート
〈例〉・年金運用担当者のトレーニング等により、ガバナンスの向上が
図られているか?
Cリスク
〈例〉・年金全体のリスクは、リスク・バジェットの想定と一致している
か?
バランス・スコアカードをモニタリングに活用するには、年金運用に対する期待が明確であることが前提である。その期待に応じて、各ファクターの具体的な評価基準となるサブ・ファクターを、各スポンサーが自分の状況に応じて決めていく必要がある。
また、各ファクターのウェイトは時間の経過とともに変化していく。初めは、プロセス等に重きをおき、徐々に付加価値に重きをおくようにすべきである。
そして、最後に、このバランス・スコアカードは単なるツールにすぎず使い方を間違えれば、何の意味もないどころか、悪影響となることもありうることを十分に認識する必要がある。
“孫子の兵法”は、「兵は国の大事。死生の地、存亡の道なり。察せざる可からず」という言葉から始まっている。これを、企業年金の現状に当てはめれば、「企業年金は企業にとっての一大事。従業員の将来と企業の存亡に関わるものであり、慎重に検討を重ねなければならない」ということになるであろう。
しかし、残念ながら、昨今の厳しい環境を受けて、多くの企業において年金資産運用についての様々な対応を行っているものの、慎重な検討を重ねたとは言えないような小手先の対応、短絡的な対応に終っているケースが散見される。本稿で説明してきた年金運用全体のモニタリングを行うことが、正しい年金運用を行う上での第一歩になれば幸いである。
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