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【巻頭言】 |
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生涯現役組織への道
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竹田 年朗 |
最近のワトソンワイアットへの問い合わせに、「社内でここまで改革をやってきたのだが、次をどうしたらよいか」というトーンのものが増えている。改革を叫ぶ時代が続いたので、改革と無縁の企業はもはや皆無なのかもしれない。
しかし考えてみれば、次をどうしたらよいか、という課題認識は、ゴールイメージと現状のギャップを強く感じる組織能力なしには生まれてこない。これは企業にとって、健全であり続けるために非常に重要なことである。
問い合わせには、ゴールイメージが進化して先へ行ってしまった、というものもあるが、全体的には、改革の歩みが遅いことへの問題意識から出たものが多い。中には両方に該当するケースもあって、これはかなりの緊急事態だ。
ゴールイメージと現状の両方に対して十分な知覚を持つことができないと、変化に対して無防備になってしまう。厳密には、十分な知覚があってなお判断を間違える、というパターンもあるが、知覚することができなければもはや思考停止状態は避けられないので、本稿ではまずそこに焦点を当てて、三つの考えを述べたい。
企業レベルでも個人レベルでも同じだと思うが、「何か変だ」と感じるときには、分析的に物事を考えるのが良い。分析的に考えるとは、要素分解をして、要素ごとに基準と比較し、寄与度を明らかにするということである。「何か変だ」というレベルの知覚では、何が有効な打ち手なのかわからないことが一番の問題だ。
では、何かをやって見れば(あるいはやめて見れば)わかってくるのかというと、そうでもない。不安になって何かをやった(やめた)として、結果が良かったときに、それは打ち手が良かったためかどうかは、実はわからない。結果が悪かった時も、打ち手が悪かったためなのかどうかは、実はわからない。しかし、これを頭では理解していながらも、深く考えるのを省略して行動し、結果として遠回りしてしまう人は多い。
図1を見ていただきたい。思考停止に陥らないためには、正しい状況認識と、評論家とは一線を画す成果行動が必要だ。状況認識ができていない場合は、「今は状況認識が十分でない」と肝に銘ずることが重要で、十分な状況認識なしに「とにかく行動しているから大丈夫だ」「しばらくこれで様子を見よう」ということにしてしまうのは、とても危険である。会計操作をやっているうちに、売上や利益の実力値がいくらなのか、自分でもわからなくなってしまうのに似ている。
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図1/思考停止のパターン |
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企業や個人が水面下にあるときは、まずできることからやってみるのは、短期で見れば間違いではないことが多い。水面まで浮上するための方法論は、多くは当たり前のことをきちんとやることであり、そこで大間違いをすることなど普通はない。
しかし、やっていることは間違いでなくても、メリハリや踏み込みが欠けているので、もちろん前より良くはなるが、一般的には大きな代償を払う必要もない代わりに、大きな効果もない。そんなことはとっくに見抜かれてしまっているので、意識の高い社員を中心にモラールに影響が出る。
とりあえずの改革を長くやっていると、企業の志や個人の人生観に関わる問題が出る。企業活力が下がり、人材を失うこともある。とりあえずの改革から抜け出すための議論をやり切るのは、とても大変だ。健全な議論をどう醸成していくか、リーダーの腕の見せ所である。ポイントは、勘や感覚で議論せず、ファクトをきちんと見ることである。
右下の「すくみ・自己防衛」は自縄自縛的で、特に危険な状況である。組織や個人の能力に比べて五感で感じる危機が大きすぎるため、マヒ状態に陥っているのかとも考えられる。組織であれば、残された時間がどのくらいかにより、相談すべき相手も変わるだろう。しかし、時間があれば打つ手は通常あるものだ。
また、右上の意図的不作為は、不作為の結果を考えていないという意味で、広義の思考停止といえる。これは根が深い。不作為については前職時代から研究を進めているので、別の機会にまとめてお話したい。
どんな分野でも、仕事には型がある。守・破・離とステップを踏んで名人となった人も、基本知識や基本スキルの蓄積の上に、自分の型を形成している。
型は、初心者のための手本や簡便法としてあるのではない。結果を高いレベルで安定させるとともに、状況の変化をいち早く察知し、対応を考えるためにある。途中経過や最終結果が悪いとき、型どおり仕事をしているからこそ、どこがどのようにおかしいのか、すぐにわかる。そして直すべきは、インプットか、パラメータか、型そのものかが正しく判断できる。
図2は、感性が鍵と言われる分野において、常に最高のものを追求するために採用されている仕事の型の例である。物事に取り組むにあたって、担当する人間やチームの思い込み、好き嫌い、そしてたまたま知っていた、関係があったなどという偶然性を徹底して排除するのが特徴だ。
具体的には、まず取り組むべきことをリストアップし、そしてそれをランク付けする。その上で、必ずランク上位の案件から取り組むことで、実現可能な最高の結果を出す、というシンプルな考え方に立っている。
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図2/「型」とは仕事の原理原則(例示) |
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結果が目標と大きく違うときは、順に遡ってチェックすれば良いので、考えるべきポイントは明確である。結果を待たずとも、実施中におかしいとわかることさえある。この型でいえば、
@実施目標の立て方が良くなかった(間違った期待をした)
Aランキング上位の事項について、やり方が良くなかったか諦めが早
かったかして、実施にまで持っていけなかった
B評価基準がおかしくて、ランキング自体が不適切だった
Cリサーチが良くなくて、間違った方向付けや判断をした
D実はルール違反をして、型どおりに進めていなかった
のどれか、あるいは型そのものに問題があるはずである。
この型の眼目は、人事を尽くして天命を待ち、天命を見て人事の尽くし方を正す、というプロの姿勢が埋め込まれている点にある。型が、常に考えることを要求してくるのである。
前項で述べたことは、型は思考停止しないためのプロのツール(プロ企業のツール)であり、型を持って初めてプロのスタート台に立てる、ということだが、話はここで終わらない。一流と一流半の問題が残っている。
図3を見ていただきたい。型を崩す、ということがある。ひとつはわかって崩している場合で、別の方法でリカバリーすることを計算している。原理原則の理解が足らない人は、わかって崩しているつもりでいて、リカバリー不能になってしまう。組織でも、押さえが甘いと、緊急変則対応と本来の仕事のあり方が混乱して、あっという間に型が崩れてしまう。
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図3/思考停止の発生パターン |
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もうひとつは、頭では型を理解しているが、十分に身についていないため、自分で知らないうちに型が崩れてしまっている場合である。強い意見や話題の事象など、直近のインプットに引っ張られすぎる組織や個人は、型が身についていないということだ。
いずれも、気が付いて反省するまでは型が機能しないので、思考停止に陥っている可能性が高い。その意味で、自力で気が付かないときに原理原則に立ち返った助言をしてくれるシニアメンバーの存在は、企業にとっても個人にとっても本当に貴重である。
しかしもっと怖いのは、型の有効性が崩れているのに気が付かない、ということである。前述したように、型は検証進化の対象であって、墨守するものではない。
例えば、最新事情を知らないと、抽象度の高いレベルでは間違っていないが、具体論では時代遅れになってしまう。一流と言われてきた人が今でも一流かどうかは、確認しないとわからない、ということである。これは、企業でも同じだ。
また、謙虚さを失い、自分に自信を持ちすぎると、異なるパラダイムの可能性を想像してみることをしなくなる。自分の型にはまらないものには興味がもてず、ただ間違っているとしか捉えられなくなってしまうこともあるようだ。これは、もはや老化と呼んでよい。企業であれば新しい発展のチャンスを逃す。良い話も、次第に入らなくなるだろう。
思考停止が続くと、個人なら引退、企業なら市場からの退出を迫られる。逆に、考え続ける限り、個人なら、多少の調整はするにしても生涯現役でいられる。企業なら、永続性を持つ可能性が出てくる。これはすばらしいことだ。さらに、ライフワークと呼べるテーマを手がけることができれば、もっとすばらしい。
この時、基本の蓄積はとても重要なことで、時間をかけるに値する。「応用するにはまず基本から」という格言を本稿の論旨に沿って分解すれば、
@実際の仕事で価値を出しながら、並行して基本を蓄積する過程で
は、プロの思考規範と行動規範が確立されていく。体力や気力も養
われる
A基本の厚い蓄積が、優れた型を生み出すベースとなる
B基本の厚い蓄積が、自己の客観視を助け、型を有効なものに更新
し続けることを可能にする
ということだろう。
個人ならあせることはない。楽しく仕事を続けることに努力し、生涯現役を目指せばよい。企業なら、競争に負けないうまいやり方を考えよう。方法はいろいろある。そのために、アタマとカラダを使い、型を知り、己を知るのである。
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