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【巻頭言】 |
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組織バカをいかに防ぐか
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片桐 一郎 |
一人のひらめきを、社会的価値を産むイノベーションに果実化するには「組織頭脳」が不可欠である。組織頭脳とは、集団の構成員一人ひとりの動きを脳細胞の協働ととらえ、組織全体を一つの頭脳とみる考え方である。
個人は優秀だが集団となると思考停止に陥っている組織は多いが、これは組織頭脳が機能していない状態だといえる。
本稿では、組織頭脳をいかに育て、思考停止や進化停止に陥らないためには、どうするかについて述べてみた。我々のまわりに多いバカな組織を、賢い組織に転換させるのに少しでも役立てられれば幸いである。
組織頭脳の構成要素は社員の個人の集合である。人間の頭脳要素を参考に、組織頭脳の構成を図化してみた。
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図/組織頭脳モデル |
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人間の五感に対応する情報センサーは組織頭脳の一機関として、外部、内部環境についての情報を収集する。その情報を論理(左脳)や感性(右脳)で処理・判断し、外部を動かす。外部を動かすのは言語(記号を含む)によるものと非言語によるものがある。
このようなセンサーや記憶・処理装置、外部影響器官をさまざまに動かすには、組織頭脳の中を神経がいきわたり、神経どうしで情報を交換するのには神経伝達物質が介在する。
人間の脳が行うさまざまな機能と同じように、組織頭脳では、組織の生存・進化のために、各人が組織頭脳の機能を分担しながら、自分の役割を発揮している。ではそれぞれの組織頭脳の特徴を見てみよう。
組織にも右脳と左脳がある。一般に右脳は感性、左脳は論理と言われているが、両方がバラバラに動いているわけではない。両者が一緒に共同して、思いつきに見えたアイデアを論理でバックアップしたり、論理をイメージ構造図にしたりして全体を検証しているのだ。
将棋の名人が次の一手を長考しているときの、右脳左脳の活動状況が調べられたことがある。あるときは右脳が活発で、あるときは左脳が活発になるというように、両方が目まぐるしく活動しているのが観察された。実際、名人には次の一手の「絵」がまずひらめくそうである(右脳の活動)。それを論理的な「読み」で数百手にわたって検討するのである(左脳の活動)。
組織頭脳も同じで、ひらめき(右脳)を裏付ける検証(左脳)が、つねに情報交換して回転しているのが健全な状態である。
組織内にひらめきが生まれたら、それが左脳分野に伝達され、建設的な検証活動が行われる。その情報をやりとりすることで、ひらめきのアイデアが進化していくのである。
組織メンバーがこういう役割分担を滑らかに行っている場合は組織頭脳の創造性は高いといえる。
組織頭脳の情報センサーのうちもっとも大事なものは「視覚」であろう。もともと人類は他の生物に比べて、目でみたものに対する信号処理にすぐれている(その分、嗅覚などは犬に劣っていたりするが)ので進化できたといわれている。その人間が構成する「組織の五感」のうちもっとも大事な機能が「見る」であっても不思議ではない。
日本の製造業はすぐれた組織頭脳をもっているが、その組織感覚は「目で見る管理」であらわされる現場を可視化するマネジメントの方法や、有名な品質管理の5S(整理、整頓、清潔、清掃、躾)のように、眼で見る部分を重視している。
見る力のレベルは漢字で表現できる。「見る」「視る」「診る」「観る」である。「見る」から「観る」にうつるにつれて、本質を洞察する力が高いことを意味する。
人間の頭脳は「見る作業」について複雑な役割分担をしている。光の方向や色を確認する細胞、像を認識する領野など神経伝達物質で情報を伝えながら、複雑な処理をしている。組織頭脳も賢くなればなるほど「観る」レベルに視覚が進化しているといえるだろう。
余談だが、コンピューターが登場したとき、コンピューターが代替できそうな人間の頭脳活動を予測した。もっとも難しいと予測されたのがチェスの相手になることであり、簡単なのは見て判断するパターン認識だろうと言われたそうである。
その後の進化の結果は皆さんもご存知のように、IBMのコンピューターはチェスの名人を負かすほどになった。しかし、手や指を近づけて卵をつかむ、という子供が何気なく行っている行動は、コンピューターでスムーズに行えるまでにはいたっていない。
一見簡単に見えるが、脳が長い時間かけて行動を定着させたものは、簡単に真似できないということであろう。所詮、人間の頭が生み出したゲームは真似しやすいが、本能も含めて長い間、蓄積されてきた頭脳の巧妙な動きを人工的に実現するのは大変なのだろう。
これは組織行動にとって示唆が大である。つまり戦略(やるべきこと)を頭で考えて記述するのは、実際の判断と行動よりも容易である、ということだ。
仮説・行動・検証というのは簡単であるが、その実行をバランスよく行うのは本当に難しい。戦略記述に比べると、行動記述は当たり前で一般的に見えるのだが、一般的に見える行動を実行することのほうが難しい、ということだ。行動には言葉にならないくらい微妙な判断を多く含むゆえに、一般的な表現にならざるを得ないということであろう。組織頭脳を分担するメンバーの職務記述や評価基準を示す「記述」だけでは、本当に賢い組織頭脳は永久に実現できない、ということである。
組織頭脳は前述したように、全器官が適切に情報を交換し、学習を続けながらも、論理と感性で仮説から検証までを行いながら、学習を続けるという有機的状態であり、その一部を表面的に切り取った記述や基準では到底、磨き込むことはできないのである。
それでは組織頭脳の思考停止状態(組織バカ)をいくつか検討し、適切な組織頭脳の育て方を考えてみよう。次の@からDまでの五つの組織バカが代表例だ。
@既存ルール固執の組織バカ(Over ruling)
頭の良い秀才たちが集まっているのに「組織バカ」の代表は、太平洋戦争当時の陸軍参謀本部、90年代に破綻した日本の都市銀行、緊急時における官僚組織であろう。
日本の官僚組織で聞いた例だが、近年は改まったと信じたいが、昔、ある島で地震が起こり、あふれ出たマグマが住民に迫ろうとするとき、官僚たちがその地震にどういう名前を付けるか議論していて、貴重な初動時間をロスしたことがあったという。官僚たちは手続きどおりに動いただけだが、緊急時に「手続き」を超えられない組織バカの典型であった。
これは官僚たちが悪いということではなく、危機の対応が日本政府として組織行動化されていない組織頭脳の構造問題であった。いかに優秀でも官僚はルールで縛られているのである。緊急時には既存のルールがはずれる組織頭脳が必要な例である。
Aナルシストの組織バカ(Narcissism thinking)
1930年代の日本陸軍参謀に限らず、アメリカのケネディ政権でもベスト&ブライテストの人材が集まった大統領の参謀スタッフがこの組織バカに陥り、キューバ危機の初期対応を誤った。これらはナルシスト(自己愛)の組織バカの例である。
秀才ゆえに持ちがちな特性がこの組織バカを引き起こす。事例から明らかになった特徴としては以下のものがある。
自信 :自分たちだけが難局に対応できるという高揚感が、周囲
の異なる意見を除外する。
仲間意識 :似た教育を受け、経験してきたことも似通っている。また
その組織に入る厳しい条件をクリアーしたので仲間意識
が強い。
楽観的予測:将来シナリオの中で楽観的なものを好む。成功体験が
多い人が構成メンバーとなっているので、いざというとき
もどうにかなるさ、と思いがちである。
この組織はナルシスト集団であり、自分と似た人を高く評価する傾向がある。「君が優秀なのは、(僕も優秀ということが確認できて)うれしい」という相互認知である。相手に自分の姿を投影して仲間どうしの一流意識に浸って自己満足しているのである。
このような傾向をもつ組織はイノベーションの大事な判断を誤る確率が高い。自分のまわりに似たようなタイプの優秀な人材が集まっている組織(あなたも含めて)は、組織バカになっていないか注意が必要だ。
B忠誠過剰の組織バカ(Over loyalty)
この組織バカは人間性の怖さを教えてくれる。ナチスドイツがなぜあんなに残虐なことができたかを研究する社会心理学の実験から確認された。
この実験は以下の手順でなされた。まず、医学上重要な実験をやるという触れ込みで、実験協力者が応募で集められた。次に医者(実際は心理学者)から、被験者(実際は心理学の学生)に電圧をかけるよう指示される。電圧が上がると被験者は苦しがる(実際には電圧はかかっていないので演技である)のだが、医者役はさらに電圧を上げるように指示する。最後は明らかに致死となる450ボルトまで電圧を上げるように命令する。
恐ろしいことに、この実験に参加した人の中で、最後の450ボルトまで電圧を上げた人は全体の60%に達したという。
にわかには信じられないが、こういうことを行ってしまう忠誠過剰と呼ばれる組織バカは以下の特徴があることが分かった。
自発的参加 :自分の「意思」でその組織に参加している。
強い権威と命令者:組織のなかに権威をもつ強い命令者がいる。
理念の共有 :組織の目的が崇高なものである。
こういう組織は実際世の中には多い。社員の忠誠心が過剰になると組織は思考停止に陥るのである。トップが松下幸之助であれば人類の生活に役立つイノベーションが期待できるが、ヒトラーであれば歴史の教えるとおりである。
C快感物質支配の組織バカ(Over epicurean)
組織が成功していたり、成功の見通しがあったりすると、組織頭脳の神経伝達物質に快感を引き起こす成分が増えてくる。これが組織頭脳の冷静な判断を阻害する。よく言われる「成功の罠」状態である。
成功快感が強すぎるため、将来の危機を告げる小さな痛みは感じられなくなってしまうのである。これは組織頭脳のどの部署にもあらわれるが、この快感物質(人間でいえば例えばドーパミン)が、組織頭脳のいろいろな部署で過剰となり悪さを引き起こすのである。とくに怖いのはトップの快感物質過剰である。
例を述べよう。
独創的な電子部品の開発にチャレンジしている会社があった。今でいうナノテクノロジーの中核部品である。当時、その分野での期待が高く、マスコミもばら色の絵を描いていた。
社長がユーザーの社長にトップセールスに行ったところ、今か今かと新製品を待っているとの答えを得た。それで新製品の膨大な需要を確信し、大型新工場建設を決定した。このワンマン社長の決断に異を唱えたのは、現場の営業マンであった。ユーザーの社長はいいことを言っているが、同じ会社の製造現場では、新製品を使う技術が未発達で多いに心配している、という声を聞き、このオーナー社長にストップをかけようとしたのだ。
しかし、強い期待を持っている社長は聞く耳を持たず、大投資を決行してしまった。すると営業マンが心配したようにユーザーが新技術に慣れるのに時間がかかり、その間、注文はほとんどなく、投資負担に耐え切れなくなってしまい、この会社は身売りせざるを得なくなってしまったのだ。
このケースはトップに「快感物質」が入り込み、現実が見えなくなった例である。健全な組織頭脳では「快感」におぼれないような冷めた機能が必要である。
D人間牧場化の組織バカ(Less stress)
蛇ににらまれた蛙のように、人間もあまりにストレスが強すぎてどう対応してよいか分からないときは思考停止状態になる(Overstress)。一方、ストレスがなさ過ぎる場合も、のんびりし過ぎて思考停止状態になる。
イノベーションを担当する研究所で起こりがちなケースは後者の例で、筆者は「人間牧場」状態と呼んでいる。人間牧場では、競争市場を生き抜く組織頭脳は育たない。自分のやっている仕事は専門性が強く、たとえ「井の中の蛙」であっても、社内の人からは中身がよく分からず文句もつけられないし、研究所はフレックスタイムで環境もよく、健康な遊びにもことかかない。したがってこういう研究所は「なまけものの天国」となってしまうのだ。
ついでにいうと、こういう環境では研究者の組織頭脳は進化しない。研究所で評判の高い人を経営幹部に登用して失敗するケースは、ここを見極められずに、厳しいイノベーションを経営する頭脳が足りない人を選んでしまった場合である。
人間牧場で育った牛のような頭脳は、競争相手にとっては格好のご馳走になってしまうのである。
組織頭脳を発達させるには、それが市場の中でフルに使われるような環境設定が必要なのである。
生まれたての猫の片目をふさぎ、何日かして開くとその目は見えなくなってしまうという。組織頭脳の発達には、その器官の発生初期に適切な刺激が必要なのである。
以上いろいろな組織バカのパターンを見てきたが、英語の分類がOverとかLessとついたように、ある要素が過剰になったり過少になったりして、微妙なバランスを崩すことが、組織バカの特徴である。したがって組織バカに陥らないためには、このバランスをどうとるかということがまず必要になる。ここからは組織バカを防ぐ方策を検討してみよう。
イノベーションには世の中にない独自の視点が必要である。世の中にない独自のものとは「いかがわしいもの」を含んでいる。
この「いかがわしいもの」を組織内に認めることが、イノベーションに取り組む組織頭脳を思考停止に陥らせないスパイスとなる。スパイスというのは「毒」ではないが、組織頭脳の活性化のきっかけになり得る存在である。
有名な例ではソニーのエスパー研究所がある。創業者の井深氏が、「今は科学的に見えなくても、将来解明されれば科学になる可能性がある」と考え、超能力を研究するために作った研究所だ。この研究所の存在自体、現在の科学技術では分かっていない現象があることを知る、という謙虚さをエンジニアにもたらしただろうし、不思議な現象が独創的な商品開発のヒントになったかもしれない。
また、超能力は頭脳の解明されていない能力であるので、この研究は脳の研究に発展しただろう。
過去形で記述したのは、残念ながらこの研究所は廃止されたのだ。現会長の判断だという。このニュースを聞いたとき、筆者はソニーのイノベーションの将来を案じたものだ。
「あやしげだが面白そう」なものが、組織バカを予防し、将来のイノベーションの新遺伝子になる可能性を秘めているのである。
組織頭脳を進化させるのは、記憶と学習のサイクルである。そのときに、学習したものを記憶でいちいちなぞるのではなく、習慣(無意識に組織頭脳が動く状態)にすることがポイントである。
たとえば、運転免許の教習所で習うときは誰でも手順を口で反芻しながら、運転の仕方を覚えていく。しかし、実際に道路で車を運転するときは、いちいち運転手順を思い出していては運転にならない。その場の状況に合わせて自然に眼や手足が動かないと危険である。
これが強制して覚えた記憶が自然な習慣に変わった状態である。運転手順と頭と体の動きが、いちいち意識しなくても記憶され再現される状態である。トヨタ自動車における改善や、セブン‐イレブンにおける仮説と検証はこの状態の習慣となっている。組織頭脳の無意職の本能レベルで基本機能として定着しているのである。学んだことが表層のワーキングメモリーではなく、深層の記憶に蓄積されたとも言える。
学習は積み重なると「組織本能」として無意識に行動できるものとなる。この高次レベルのものが、高い「組織頭脳」を持っていると判定できる。
反面、一時的な学習で意識的に記憶されたが、それが無意職な記憶に定着せずに学習成果が使われず、進化もしないのが組織頭脳の思考停止である。たとえば、研修ではいいことを聞いたが、現実の仕事になると忘れてしまうといったことが代表例である。
なぜ、研修が記憶に残らないのか。これは研修した内容が組織頭脳の生存と関係しないからである。研修がサバイバルの手段になれば、本能部分に叩き込まれるであろう。
組織頭脳を鍛えようと思ったら、普通の「研修」はやめて、意義のある無意職記憶に定着するまで繰り返し行う。習慣化できない人は脱落するくらいの厳しさが「学習」には必要である。
組織バカを防止し、イノベーションを実現する組織頭脳を本当に育てようとする、あるいは思考停止に陥った組織頭脳を再生するには、記述式の人事制度は全く不十分である。
有機的、ダイナミックに情報交換しながらイノベーションを実現していく組織の行動はさまざまな要素や微妙な調整を含み、それらをすべて記述するのは困難だからである。
したがって、職務や評価基準あるいはコンピテンシーとして記述したものを示しても、それだけでは全く組織頭脳開発には役立たないし、組織頭脳の構成員の行動が目に見えて変わるわけではない。
つまり、イノベーションを活発化するために成果主義人事制度や明快な評価のため目標管理制度を導入し、それをきちんと運営するための評価者研修を行っても、イノベーションを生む組織頭脳を育てる歩留まりは低いということだ。
本当に重要なのは組織頭脳全体(図参照)に対応させた各自の役割分担を設定して、そこで実践的訓練を行うことである。架空のケースを想定した評価者訓練は創造的な組織頭脳開発には効率が悪い。
状況を単純化した架空な評価ケースを討議するよりも、現実の判断を学習して記憶・習慣化するサイクルを繰り返すことが組織頭脳の開発に直結するのだ。
このように考えると従来の人事評価制度や研修はむしろ不要で、現場で学習と実践を素早く繰り返し、その学習によって現状を修正する進化型の人材マネジメントこそが、組織頭脳開発、再生に役立つと確信する。
本当の組織頭脳を開発しようとするならば、90年代後半からの成果主義という名前を借りた人事制度が、現在大きくその変貌を迫られているのは間違いない。
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