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【巻頭言】 |
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成果主義導入の要諦
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曽根岡 由美子 |
80年代後半より導入され始めた成果主義は、事業環境の激しい変化の中で、いまや当たり前になりつつある。その一方で、成果主義に対する懐疑論も論じられることが多くなった。
その背景には、「成果主義を真に使いこなすのは極めて難しい」という事実がある。成果主義は、その設計や運用が巧みであれば、企業変革の強力なツールとなり得るが、逆に下手をするとかえって災いするという両刃の剣である。あちこちに落とし穴や関門があり、思考を怠ればすぐに失敗に陥る。多くの懐疑論は、失敗した事例を取り上げて、あたかも成果主義そのものが間違っているように論じている。しかし、一部をもって全体を否定してしまうのは間違いである。
成果主義を強力なツールとして使いこなすためには、制度の採用決定から設計/導入/運用に至る全てのプロセスで、強い信念と正しい理解を持って徹底的に思考を重ねることが必要である。本稿では、成果主義導入のプロセスにおいて、思考停止に陥り、失敗を招きかねない五つの関門について考えていく。
なお、第2から第4の関門は、人事制度の領域で議論されることが多いテーマである。一方、第1と第5の関門は、経営の問題としてとらえるべきテーマであり、この部分に関する感度が低いために失敗しているケースは極めて多いように思われる。
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図/成果主義の成功のための五つの関門 |
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前述のように、実際の運用に至る全てのプロセスで慎重に思考を重ねることが成果主義の成功には不可欠である。その前提として、当然のことながら思考し続ける主体の存在が必要である。
最近、富士通の「成果主義の崩壊」について暴露した本がベストセラーとなっているが、アマゾンの書評欄では賛否両論が大きく分かれている。日本を代表する企業における失敗例が鮮明に示されていることを高く評価するものと、単なる批判に終始し、その解決策に対する洞察が何ら示されていないことに対する否定的な意見とに分かれている。おそらく、この違いは読み手の成果主義に対する知識・理解度の差によるものと思われる。その是非はさておき、同書を読んで感じたのは、同社の失敗の最大原因は、導入に至るプロセスを通して、明確なコミットメントを持った主体が存在しなかったことにあるのではないかということである。同書の著者も指摘しているが、経営層から管理職層、人事部に至るまで、制度の正しい運用に向けて、責任をもって継続的に取り組む主体が存在しなかった。そして何よりも、長期にわたって人事部に所属していた著者自身が、あたかも傍観者のように評論に終始していることがそれを象徴しているように思われる。
成功のためには、経営の問題としてコミットする主体と、組織に根付かせるために実際の運用を含めて継続的に働きかける主体の双方が必要である。言うまでもなく、前者が経営層や事業責任者(執行役員)層、後者が人事担当者である。読者の多くは、このどちらかに当てはまるのではないだろうか。であれば、改めてここで、強いコミットメントを持って思考し続けるべき立場にあることを確認されたい。
基本的には、これらの主体となる人々が、制度や現状に満足して深く考えることを放棄しなければ、思考停止は起こり得ない。決め付けや中途半端な満足を廃して、常に、「それで良いのか」「更に良い打ち手はないのか」「外にも考慮すべきことはないのか」と、繰り返し自問し、考え続けることこそが、成果主義を使いこなすための基本スタンスである。
そもそも、何のために成果主義を導入したいのか。なぜ、成果主義を採用しようとしているのか。成果主義の採用を決定する段階で、経営の視点でその目的(WHY ― 何を実現したいのか)を明らかにしておくことは非常に重要である。特に、事業がわかっている執行役員以上で徹底的に協議し、合意を形成しておくことが成功のための条件である。
今さらと思われるかもしれないが、まず、成果主義とは何かを再確認してみよう。ワイアットレビューの読者の方々であれば、「成果主義は、単なる管理のためのツールではなくて、経営のメッセージを伝えるための強力なツール」ということは百もご存知であろう。そしてその目的は、「企業の新たな競争力を再生するための組織・人材モデルの構築」にある。すなわち、外との競争力を高めることによって、環境変化に先駆けて勝ち続ける会社へと転換することが、成果主義を導入するそもそもの目的である。
この段階で、競争力を再生するためには、自社では何を「成果」とみなし、どんな「価値」を社員に求めるかを明確にしておかなくてはならない。なぜならば、制度設計や運用のいたるプロセスにおいて、これらが全ての価値観や判断軸となるからである。例えば、自社の競争力の源泉は、経験に基づく熟練技術であるとすれば、経験値(年功)を評価の軸に含むことも十分にあり得る。
ところが、世間では、成果主義の目的を「評価差を拡大してメリハリをもって処遇すること」とか「年俸制の導入」としてとらえている場合が極めて多い。極端な場合には、「人件費をコントロールするための仕組み」と考えられていることさえある。このように成果主義をとらえると、「経験値」に競争力の源泉があるような企業は、成果主義を導入できないことになる。あるいは、競争力の源泉とは異なる軸で処遇していくことになり、かえって競争力を削ぐことになりかねない。
これでは、成果主義をあまりに狭義に捉えすぎている。これらは、上記の目的を実現するための手段(HOW)の一つであるに過ぎない。たまたま採用されているケースが多いため、成果主義の代名詞となっている。つまり、手段を目的と履き違えているのである。何のために評価差をつけたいのか、なぜ年俸制を導入したいのかのそもそもの目的を深く考えることなくして、成功を期待することはまず難しい。
第2の関門は、制度を設計する際のスタンスである。自社の競争力を再生するという目的を果たすためには、何が価値でどのような仕組みを設計すべきかをゼロから考えなくてはならない。
ところが、成功例やパッケージをそのまま導入しようとしたり、一部を修正して自社バージョンを作ろうとするケースが意外と多い。実際にクライアントの中には、他社事例を特に気にされるところもある。同一業界の成功例を導入すれば、失敗のリスクが少ないと考えられるのであろう。しかし、たとえ外部環境が同じであっても、企業風土や価値観、人材、競争力の源泉など、社内環境は全く異なるはずである。同一のものを導入しても、成功例と同じだけの効果が得られることはほとんどなく、逆に同じ問題を抱えかねない。
また、「成果主義型の人事制度」というパッケージが存在するわけでもない。コンピテンシー評価や目標管理制度、年俸制度などが成果主義の代表的なシステムと考えられている。しかし、これは、そもそもの目的や業態、社内の環境などを深く考えた結果、たまたまこれらのシステムが最適である企業が多いということに過ぎない。代表的なシステムが、必ずしも自社にとっての目的実現に向けての正しい打ち手であるとは限らない。
確かに事例や正攻法は参考にはなる。が、ほとんどの場合、それは正解ではない。事例や正攻法にとらわれると、本当の解を深く考えようとする思考が停止するので、十分に留意することが必要である。むしろ事例は、ゼロベースで設計した自社の仕組みを検証するという意味で活用することが望ましい。
では、目的や共有化すべき価値観を踏まえて、制度をゼロベースで合理的に設計すれば成功するのであろうか。たしかに、人事制度を構成する資格・評価・賃金やサブシステムの間に合理的なリンケージは必要である。しかし、いくら合理性をもって仕組みを作っても、運用するのは生き物であるところの組織であり、ヒトである。したがって、合理的に設計したものを、あえて意図して崩したり、遊びの部分を持たせるための智恵を働かせることが求められる。
この段階で、特に考慮すべきは以下の各点である。
(1)変えるべきものと、変えてはいけないもの
成果主義導入の目的を実現するために、どんなに困難であっても変えなくてはならない根っこの部分を明らかにしておくことが必要である。人事制度的には、資格定義や成果の判断軸であることが多い。同時に、自社の弱みや競争力の阻害要因は徹底的に廃していくべきであり、そのために必要な組織運営のあり方を視野に入れた制度の運用方法をデザインしていく。
一方、自社の強みや、社員のモチベーションの源泉となっている文化や風土を阻害しないような工夫も必要である。チームワークが競争力の源泉になっているような企業で、成果主義だからといって過度に個人の成果を追及する仕組みを設計するなどは、まさに思考停止の例である。
(2)運用主体のレベル
運用の主体となる管理職層のマネジメントスキルや、現場の理解力などを考慮して、段階的な設計を行う必要がある。仕組み的には絶対評価を目指しても、管理職層が評価しきれなければ、分布規制をしなくてはならないこともある。また、相対評価の歴史が長い場合、無理に絶対評価を導入するよりも、相対評価を行う際の視点や判断軸を明らかにしたほうが良い場合もある。何よりも避けなくてはならないのは、実際に仕組みが使いこなせず、制度が機能しないことであり、それを避けるための工夫を怠るのも思考停止と言わざるを得ない。
(3)仕組みの限界
人の価値や生み出した成果を精緻に測定したり比較したりすることは所詮不可能である。不可能であるにもかかわらず、仕組み化によって解決しようとするケースが多い。目標の難易度と到達度を数値化して測定したり、全く異なる職種間でB評価の横串を通そうとしたりする。しかし、どんなに工夫しても所詮不可能である以上、納得のある解決策は得られない。
ここで使うべき知恵は、何を持ってどのように判断するか、その合意をどのように形成していくか(徹底した話し合いや、判断事例の共有化など)をあの手この手で工夫することにある。
(4)巻き込み方
社員に制度を理解させ、組織に浸透させるためには、合理的に作り上げたものを一方的に説明するのでは不十分である。制度を机上の空論とせずに、実際の業務を踏まえたものとし、さらに運用に向けてのコミットメントを生み出すためには、社員、特に管理職層を早期から巻き込むことが重要である。そのために、最初のステップの成果主義採用の目的を明確化する段階から、状況を開示したり、必要に応じて議論に巻き込むなど、効果的な設計プロセスを考えることが求められる。
成果主義型の制度ができあがった。これで当初の目的は果たせたと安心し、後は現場の運用に任せた。その結果、あちこちで問題が生じる……というのが、富士通にも見られた失敗例である。
運用の主体はあくまでも事業責任者や管理職層であり、人事ではない。しかし、人事は黒子となって正しい運用をサポートするために思考し続ける必要がある。上記の巻き込み方にも関連するが、運用の要となる管理職層を中心に、制度の目的と意味合い、判断軸を正しく理解させ、使い方の肝を習得させるための導入プロセスをとことん作り込んでいくことが求められる。
導入プロセスというと、評価者研修をはじめとする研修会や説明会の実施が中心となる。その際、重要なのは、単なる仕組み運用のハウツウだけでなく、冒頭に述べた成果主義導入のそもそもの目的や、それを実現するための全ての判断軸を徹底して共有化することである。
しかし、いかに研修を重ねても、人の価値観や判断軸を変えるのは容易ではない。特に、これまでの成功体験が大きい場合は、慣性が極めて強い。実際にこのような事例はいくつもある。1年をかけて執行役員以下管理職層を巻き込みつつ制度を設計し、導入研修も重ね、変わらなくてはならないという危機感を醸成してきた。ところが、1年たって蓋をあけてみると、元の価値観にもとづいて様々な「配慮」がなされ、制度が運用されていた。この「配慮」が曲者である。「アタマではわかっているが、現場が納得しない」「そうはいっても社歴の長い人に配慮しないと……」というわけである。そして、成果主義は間違っていたのではないかという議論につながる。
社内に強烈なコミットメントを持って、合意したはずの価値感や判断軸を徹底的に浸透させようとする覚悟がない限り、このような結果に陥ることは十分にあり得る。過去の成功体験が大きいほど、慣性は強いものであるから、そのような企業が成果主義へと転換する際には、よほどの智恵を絞って正しい運用へと導かなくてはならない。十分な方向付けやサポートもないまま、運用を現場任せにするなどは、もっての外である。
第2から第4の関門は、人事制度の領域で語られることが多い。しかし、この範疇で思考を停止してしまっては、成果主義は成功したとはいえない。冒頭に述べたように、成果主義は企業変革に向けての経営のサポートツールである。したがって、人事制度の設計だけでは当初の目的の10%、導入研修を重ねてもせいぜい20%程度に到達したに過ぎない。残る部分は、人事制度を取り巻く経営の体制、すなわち、経営の意思決定や事業のプロセス、組織の構造、会議体やコミュニケーションのあり方、管理会計や検証の仕組みなど、様々に広がる。どのようなテーマに手をつけるべきかは、企業によって異なるが、これらを整合性をもって整えていけるかが、最後の関門である。
具体例をあげてみよう。代表的な評価制度として目標管理型の制度を導入する企業が多くある。目標管理制度は、単に各人の目標を管理して、馬ニンジン的にお尻を叩くための仕組みではない。変革の実行に向けて、組織としての活動に一貫性を持たせるための道具の一つである。したがって、各組織やメンバーの目標設定の前提となる事業計画を、変革実現に向けていかに精度高く作るかが課題となってくる。そこで、執行役員クラスの事業計画の策定プロセスとして、様々なテーマが考えられる。そもそも、組織の構造は事業計画を立てることができる単位で切り分けられているのか。計画の内容については、どのような会議体で、どのようなコミュニケーションをもって合意を形成していくのか。それを部門や個人にどのように落としていくのか。その際の、モニタリング指標はどのようなものであって、結果を検証するためには管理会計の仕組みを整備する必要があるのか……。
最近の我々の仕事でも、人事制度の設計や導入支援はまだまだ入り口の部分であり、組織改革をはじめとする経営の体制構築にプロジェクトのテーマが広がるケースが増えてきた。成果主義を人事制度としてとらえて思考を停止してしまうのではなく、次の関門に進まれる企業が多くなってきたことの表れであろう。
上記の五つの関門をクリアしていかなければ、成果主義を真の成功に導くことは難しい。いかに真剣に思考し続けることが必要かを、主体となる経営層/人事担当者には改めて認識していただきたい。しかし、高度だからといって諦める必要はない。その過程で、到達の度合いに凸凹があるのは当然である。大事なのは、道半ばで満足し、深めることを放棄することなく、成功に向けて思考し続けることである。筆者自身もまた、思考停止に陥ることなく、クライアント企業の成果主義成功に向けて上記の関門に挑戦していきたい。
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