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【巻頭言】 |
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「深く考える」人材の開発法
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江田 郁代 |
コンサルタントという職業柄、マネジャークラスの方々のアセスメント(評価)をする機会が多い。ほとんどの場合、二度とお会いすることはなく、年間百名以上の方々とお会いするうちに記憶も薄れていく。
しかし、忘れられない方もいる。私の場合、その筆頭はあるアパレルメーカーのショップ店長である。人に対して先入観を持たぬよう日頃から自分を戒めているが、面接室に入ってこられたその方を拝見してとっさに思った。「会話が成立しなかったらどうしよう……」。とにかく、めちゃくちゃに若い。渋谷や下北沢辺りで見かけるおしゃれ系専門学校生という感じだった。おまけにやや遅刻。結論を言おう。最初のとまどいは、お話を伺ううちにドキドキに変わり、アセスメント終了時点では、心からの尊敬の念と、彼女をアセスメントできた幸せ感に満たされていた。
ショップ店長のアセスメントなので、主に店舗運営の仕方について、何を考え、どのように取り組んできたのかを確認した。彼女の場合、アルバイトからスタートし、正社員、店長とキャリアの階段を上る過程において、障害や問題に直面するたびに、どうやって克服すればよいかを考え抜き、失敗から学ぶことを繰り返し、その都度視野を広げ、まさに独自のマネジメント理論といえるものを構築して実践していたのだ。私は知識としてそれが経営管理や心理学の世界で○○理論と呼ばれていることを知っている。しかし、この先、私が何十冊MBAのテキストから最先端の知識を仕入れても敵わない、マネジメントの核心を彼女は掴みとっていた。深く考え、速やかに実践し、良い結果も悪い結果もありのまま素直に受け入れ、次の展開の糧にするしなやかさに私はすっかり参ってしまった。
まだ20代前半の彼女が短期間で驚くべきマネジメント能力を身につけた理由を考えてみた。もちろん彼女がそもそも持っていたもの(資質)も影響しているのだろう。ただ、彼女が所属する企業の店長さんたちは総じて成長のスピードが速く、かつ、自律性が高い。店長さんたちが置かれている下記の環境・組織文化に育つ理由があるのではなかろうか。
@PDS(PDCAとも言う)のマネジメントサイクルが短い
A日々、お客様のダイレクトな反応に接している
Bショップスタッフ(多くはアルバイト)に対するモチベーションマネジメ
ントの良し悪しが結果(業績)を大きく左右する
Cショップのクオリティー維持のための本部方針はあるものの、更なる
改善のためならば店長の自由度は高い
D育てる意識が全社に浸透している
とにかく店長さんたちのPDS(仮説―実践―検証)のサイクルは短い。単位は1日である。本部のディスプレイ方針が週単位であったとしても、できる店長は日々変えるべきか、変えざるべきかを考え、実践している。昼過ぎに雨が降り始めたら、即座にマネキンの衣装を着替えさせ、午前中とは違うショップの表情を演出する。これを1年365日、毎日繰り返している。「こうだからこうなるはずである」という自分の仮説を毎日立てて、毎日実践し、毎日その結果を検証している。PDSの輪を1回まわして完了とするのではなく、翌日のPDSのPにつなげる。「昨日はこうだったから、今日はこうしてみる。するとこうなるはずだ」。日々の小さなPDSの輪を連続させ、次のPのクオリティーを高めているだけでなく、店長さんたちは、週単位の輪、月単位の輪、春・秋というシーズンの輪、年単位の輪、という大きなPDSの輪も回している。ショップという現場最前線での日々の仮説・実践・結果検証を積み重ね、「こうだからこうなる」の質や確度を高めつつ、時間的にも組織的にも広がりのある仮説を深く考える習慣を身につけていくのである。
ショップ店長のPDSサイクルが単発の輪で終わらず、連続的なPのクオリティー向上を生み、うまく結果と連動しやすいのはAの要因も大きい。自ら仮説の確かさを判断する前に、お客様が行動や言葉でそれを教えてくれる。考え抜いたPであればあるほど、お客様の一挙手一投足に店長は神経を集中させ、良い結果も悪い結果も心に刻み込むのである。
さらに店長が深く考える要因として、ショップスタッフの存在も忘れてはならない。店長は自らのPについて、「なぜそう考えるのか」「何のためにそうするのか」「その結果、どういう状況になればいいのか」「(その状況に近づいているのか、遠のいているのかは)何で測定すればいいのか」「そのために何をどうやってもらいたいのか」を筋の通った分かりやすい言葉で説明し、スタッフの心からの「やってみよう」を引き出さなくてはならない。考え方も理解度もモチベーションの度合いも異なるスタッフに対し、どのようにコミュニケーションすれば、最も良い形でPDSを回せるのか、店長は日々試行錯誤する。そして、できる店長たちは、自分の考えをオープンにしてスタッフに意見を求めることで、さらに小さなPDSを回している。「考える」という行為は個人的なものだが、「深く考える」ためには周囲の力をも借りる、それが脳力拡大の秘訣のようだ。
以上のようなことができるのも、店長に一定の裁量権が与えられているからであろう。この企業にとって、本部方針や店舗運営マニュアルは一定水準を確保するための保険に過ぎない。お客様という絶対的な判断基準に日々直面している店長に対して、方針やマニュアルを強制するのは「考えるな」と言っているに等しい。福岡の有名デパート内のショップを担当する別の店長がおっしゃっていた。「うちのブランドはそもそも20歳前後の女性をターゲットにしているのですが、実は週末は近隣の県から観光という感じで年配の方々が結構お越しになるのです。ディスプレイも週末は若干変えています。もちろん接客の仕方もお客様に合わせます。うちのミセスブランドが同じデパートに入っているので、そちらの店長に接客勉強会の講師をお願いしています」
人というソフトイシューが現場の最重要課題という共通認識があり、課題解決が一筋縄でいかないことを前提としつつも(したがって、悩んで当然というスタンスながらも)、特に新人店長たちが必要以上に人間関係の泥沼に沈みこまないようなサポートを上司(エリアスーパーバイザー)や周囲の先輩が行うという文化が築かれている。
さて、本稿のテーマである「深く考える」人材の開発法について、である。「深く考える手法の習得」ならば、ロジカルシンキングや課題分析・戦略立案の手法の研修を行い、実際のビジネスを模したケースを用いたビジネスゲームを行ってみるという手もある。「考える」ということを目的に据えた研修も一度はやってみてもいいだろう。しかし、ビジネスの世界では「ただ純粋に考える」ということが目的となることはあまりない。「考える」という行為は、何らかの結果を伴うか、少なくとも結果を目的とした行為であることが要求される。「考える」と「結果」の間にあるものは「実践」であろう。つまり、ビジネスの世界における「考える」には、PDSサイクルが内包されているべきなのだ。では、「深く考える」とはどういうことか。「深く」というからには単発では物足りない。何度も何度も「考える」と「実践」と「結果」を繰り返す。「結果」から、さらに高いステージの「考える」にジャンプする。ビジネスの世界での「深く考える」人材とは、小さなPDSを連鎖させながら、次第に大きなPDSの輪を作り上げられる人材を指すのではなかろうか。
とは言いながら、上記は後付けの理屈に過ぎない。"「深く考える」人材の開発法"というテーマをアサインされたときに、真っ先に頭に浮かんだのが前述のショップ店長だったのだ。彼女が育った理由と彼女の思考・行動特性をつらつらと考えてみた結果、「深く考える」人材を育てるカギはPDSの連鎖にあると確信するにいたったのである。
「深く考える」人材の定義 ― 小さなPDSを連鎖させながら、次第に大きなPDSの輪を作り上げられる人材 ― が明確になった時点で、開発法は決まったも同然である。残念ながら、1回きりの集合研修とか、ウェブラーニングといった効率的な開発法はない。上司と部下の日々の密接なコミュニケーションの中でOJTしていくしかない。留意すべきは次の2点である。
@ PDSサイクルを短縮化させる
A ジャンプ力を付けさせる
PDSサイクルの短縮化
前述のショップ店長で分かるとおり、考える力は、まずは回したPDSの数によって決まる。一定期間でより多くのPDSを回すためにはPDSサイクルを短縮化しなくてはならない。「PDS? うちは年に1回か、せいぜい半期に1回だ」という方がいらっしゃるかもしれない。そのような企業の社員は、店長が3年で到達した地点まで10年かかってもたどり着けないのではないか。また、「私の部門は基礎研究をやっている。短期で結果を問われたら、たまったものではない」という声も聞く。PDSサイクルを短くすることと、短期で結果を問うことは似て非なるものである。そもそもビジネスサイクルが長い仕事ほど、PDSサイクルを短縮化し、頻繁な軌道修正を重ねていく必要があるのではないか。それをしないから、あらぬ方向に暴走したまま、もう誰にも止められないとか、あるいはそれを恐れるあまり、取るべきリスクを誰も負わず、革新とは程遠い無難な研究成果しか生まれない、というようなことになるのだ。思考停止以外の何ものでもない。
PDSサイクルの短縮化において、まず、上司としてやるべきは、組織全体のPDSサイクルを短縮化し、部下に宣言することだろう。それを標準値とし、部下個々人の担当業務の抱えるリスクの大きさや緊急度に合わせ、個々のPDSサイクルを設定させればよい。
ジャンプ力の強化
PDSを1回まわしただけでは考える力は深まらない。第一ステージのPDSのSからジャンプし、より高次元のPDSに連鎖させていく必要がある。つまり、「深く考える」人材を開発するためには、PDSサイクルを短縮化してPDSの回数を増やすだけではだめで、思考のジャンプ力を強化してやらなくてはならないのだ。
室伏広治選手がハンマーをぶるんぶるん振り回し、放り投げる姿をイメージしていただきたい。素人目にも、放り投げるときのスピードが飛距離を左右するように見える。そのために思いきり遠心力を利用しているのではないか。また、ハンマー投げという競技のルールとして扇形のグランド外に出てしまったらファウルである。ハンマーの遠心力に振り回されて、ふらついていては扇形の中にハンマーを着地させることができない。重心が重要になってくる。
図を見ていただきたい。部下のジャンプ力強化のために、上司に意図的にやっていただきたいことは、「遠心力質問」と「重心質問」である。
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図 |
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遠心力質問とは、より高次のP(仮説)にジャンプさせるために、本人が思いもつかないような角度から行う質問のことである。別の視点があることを気づかせるために敢えて非常識な質問をしたり、本人の考えと逆張りの発想で質問をぶつけてみたりする。逆張り度合いが大きければ、その分本人の視野が広がる。新たに見えてくるものもあるだろう。そうやって遠心力を目いっぱいつけてやり、思考のジャンプ力をつけさせることが必要だ。
一方、重心質問とは、着地点の狙いを定め、PDSの軸をブレさせないための質問である。「考える」という行為やPDSは手段であって目的ではない。重心質問では、「そもそも何を実現したいのか」「実現したい状況とは具体的にどんな状況なのか」「それは何のためにやるのか」というような質問を行う。つまり、そもそもの目的(志、意図、夢、意義)を問うことによって、本人にその手段が妥当なのかを深く考えさせるのである。
これら「遠心力質問」と「重心質問」を織り交ぜながら、部下のジャンプ力を強化していく(私はこの取り組みをひそかに「思考室伏化計画」と名付けている)。
ジャンプ力の強化において、まず、上司としてやるべきは、自らの質問力の強化であろう。部下が思いつかないような視点を示せるだけの見識の広さ、部下が心の奥底に隠しているかもしれない志や夢を洞察し、部下の口からそれを語らせ、動機付けしていけるコミュニケーション力がなければ、適切な質問は不可能である。
以上、本稿で述べてきた「深く考える」人材の開発法は、実は多くの企業で制度化されている。目標管理制度である。本来は、深く考え、速やかに実践し、良い結果も悪い結果も素直に受け入れて、なぜそうなったのかを目標と照らし合わせて検証したうえで、さらに高次元の仮説設定に役立てる、というもので、組織マネジメント、セルフマネジメントのツールなのである。しかしながら、現状ではPDSサイクルは評価に合わせて半期に1回。それも評価シートを出さなくてはならないから仕方なくやっている、というケースすらある。また、近頃、「目標管理制度を入れたら自分の目標しかやらない社員が増えた。評価を高くするために目標を低く設定する傾向も出てきた。だから目標管理制度は弊害が大きい」という声もきく。
目標管理の本質的な意味合いを社員に理解させることなく評価機能部分だけを取り出して制度化し、評価者や被評価者に対する適切な指導・サポートも行わないまま、野放図な運用に任せ、収拾がつかなくなるケースもあるようだ。その挙句の目標管理制度弊害説であれば、まさにマネジメントの放棄、「深く考える」ことを放棄した思考停止の物言いのように思えてならない。
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