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【巻頭言】 |
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退職金制度改革での頭の使い方
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関 邦雄 |
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河原 索 |
厚生年金法の改訂や新企業年金法(確定給付企業年金法、確定拠出年金法)の制定による、退職金制度設計メニューの拡充に合わせて、退職金制度を改訂しようという会社の動きが盛んになっている。中央労働委員会の「退職金、年金及び定年制事情調査」(2003年)によると、最近2年間の間に退職金制度(企業年金制度も含む)に対し、何らかの改正を行った会社の割合は47.3%にも上る。
では、これらの退職金制度改革がおしなべて成功しているかというと必ずしもそうではない。例えば、鳴り物入りで登場した確定拠出年金(日本版401k)に飛びついて導入したものの、資産運用に対する社員の興味や関心が低く、社員にとっては、単なるありがた迷惑となっているようなケースが散見される。フィデリティ投信と確定拠出年金教育・普及協会の共同調査(2004年)によると、確定拠出年金における社員の資産配分状況は、預金など、元本確保型商品への運用配分を過半とした人の比率が46%(一方、投資信託に過半を投じた人の比率は43%)であり、まだまだ日本人の意識レベルは退職金を自分の資産として積極運用できるまでには到達していない。社員の意識を確認することなく、これは良いとばかりに、性急に確定拠出年金を導入してしまった会社は、今になって制度が当初の目的を十分に果たしていないことに気付いている。
このように、進められた退職金制度改革が、確定拠出型やキャッシュバランス型等を選択する「ハコの議論」からまだまだ抜けられないのは、本を正せば担当者の思考の怠慢のなせる業である。ハコの議論に振り回され、中途半端な衣替えの制度や人真似の制度を作るようでは、退職金制度が会社および社員に実のあるものになることは決してない。
最新の制度を導入したのに、なぜうまくいかないのだろうと不信に陥り、思考停止の状態になってしまっているのが現状である。
本稿では、退職金制度改革において、ハコの議論に振り回されることなく、より深く・より広く・より正しく思考を進めていくために、退職金制度改革の担当者は何に注意すべきかについて述べていく。
退職金制度は難しい(と認識されている)。しかし、退職金制度改革における失敗事例を見ると、必ずしも、退職金制度に対する知識の欠如が原因にはなっているとは言えない。むしろ逆に、退職金のエキスパートが、その知識がゆえに失敗してしまうことの方が目に付く。
退職金のエキスパートが、十分に考え、議論を尽くすことなく、短絡的な解決を導いてしまう際に陥る典型的な思考の罠として、理論の罠、得意分野の罠、先例の罠の三つを以下ご紹介していきたい。
退職金の解説書を読むと、大抵以下のような記述がある。「退職金の役割には、功労報奨説、老後保障説、賃金後払説があるが、近年、賃金後払説が支持されつつある」云々。昔から退職金にはこの三元論の命題が付きまとっている。退職金のエキスパートが、退職金制度改訂にあたり、まずは、新たな退職金制度の役割を明確化することに着手するが、いきなりこういった理論に巻き込まれて立ち往生してしまうことがある。
ここで、退職金オタクになるべく、様々な専門書を読み漁って、新たな知見を得ることに血道を上げたり、一所懸命に形而上の議論に耽ったりすることも確かに楽しい。しかし、これらの努力は限られた思考の時間と労力を、袋小路に迷い込ませるだけであり、自社の退職金制度改革にとって有意義ではない。
問題は、理論上において退職金は、功労報奨なのか、老後保障なのか、賃金の後払いなのかを明らかにしようと注力することで、そもそもの「会社と社員が発展していくためにどういう制度が必要か」という根本的な問いかけを見過ごしてしまいかねないことである。延々と理論や学説について考え、それを究明しようとしたところで、素晴らしい退職金制度は生まれてこない。理論が無駄とは言わないが、現実を直視し、会社が変わっていくべき方向性を見据え、何が必要なのかを素直に考えることの方が、よっぽど重要であり、時間と労力を割く価値がある。あくまでも、自分の会社に合った退職金を設計することが肝要なのである。
退職金制度の設計には、人事的な観点に加え、財務的な観点も欠かせない。ゆえに、人事部と財務部(あるいは経理部)の両方が自らの専門的見地を生かしながら協力していくことが求められる。しかし、人事、財務それぞれがエキスパートの領域であるため、互いに他方の領域における議論では、分が悪く、居心地悪く感じてしまう。その結果として、議論がうまくかみ合わず、互いの専門性を十分に発揮することなく、妥協の産物に成り果てた退職金制度を生み出してしまうことがある。
このようなことが起こる理由として第一に挙げられるのが、人事と財務は、退職金において利益相反になりがちであることである。人事としては、社員に有益で、かつ新制度にスムーズに移行できることを目指すが、これにはどうしても費用がかさみ、財務的な負担も増えてしまう。一方、財務としては費用も財務的負担も減らしたいと考えるが、そのためには、どうしても社員への痛みを避けて通ることができない。
第二の理由としては、人事と財務は専門的な分野として大きくかけ離れているため、価値観および共通言語が異なっていることである。議論する中で、相手の言っていることが分からないために、理解しようとする気さえ起こらなくなってしまう。一昔前の流行語で言うところの「バカの壁」である。つまり、人間は自分の脳にすっと入ってくるもの以外は、理解できない(あるいは、理解しようとさえしない)。
これらの必然として、人事、財務ともにそれぞれがエキスパートとして、専門的見地からの視野の狭い主張ばかりすることになる。例えば、人事は社員への安心と、分かり易さを重視し確定給付型退職金を主張し、財務は財務的リスクのない確定拠出型退職金を主張することになる。
お互い会社や社員に良かれと思って主張しているのにもかかわらず、議論がかみ合わないまま、延々と時間を浪費する。ついには、タイムリミットを迎え、その場の流れでエイヤと妥協してしまうことになってしまう。
退職金の世界において、ベストプラクティスと目されている事例が幾つかある。松下電産の退職金前払制度、ファーストリテイリングの確定拠出型退職金等である。確かに、それぞれの会社において、退職金のあり方をよく議論し、よく作り込んである制度である。しかし、それをもって、自社にとっても良い制度なのではないかと、短絡的に考えてしまうことは危険である。これも、ハコの議論の一種であり、振り回されてはならない。
退職金制度改革にあたって、先行事例を熱心に研究することは良いことである。なぜなら、合理性の限界(一人の人間の情報の収集と処理の能力には限界がある)を乗り越えるには先人の知恵が大いなる助けになるからである。
しかし一方で、素晴らしい先行事例があると、それに思考の枠が縛られ、思考が前進しなくなってしまうこともある。当たり前ではあるが、他社にとって良かったものが、自社にとって良いものであるとは限らない。
また、似たような例として、世の中のデータを参照し、世の中の相場感(退職金ポイントには何を使っているのか、年金の給付利率は何%か等)と比較することで、自社の退職金の位置付けを確認しようとする場合も挙げられる。
データは上手に使えば、世の中の変化を読んだり、経営サイドや社員サイドを納得させたりするための一つのツールとなり得る。ただし、これもベストプラクティスの例と同じ議論で、世の中で主流であるものが、自社にとって必ずしも良いものとは限らない。
特に、在日外資系企業においては、日本の一般的な状況についての本社の理解が浅い傾向があり、日本で設計した退職金制度がまともなものであるか、あるいは、競合と比較して競争力のあるものであるかを確認するために、世の中のデータとの比較を求められることが多い。設計した新たな退職金制度が、世の中のデータと類似している場合は、本社からスムーズな承認が取れるが、世の中とかけ離れている場合は、説得に多大な労力を費やすことを覚悟する必要がある。そこで、摩擦を避けようと、世の中の一般的な退職金制度にしてしまおうという誘惑も起きかねない。これでは、思考が止まっていると言われても仕方がない。
ここまで、エキスパートほど巻き込まれる危険性の高い、三つの思考の罠について紹介してきた。次に、それぞれの罠に対処するために必要とされる思考のあり方についても簡単にまとめておきたい。
まず、退職金三元論に対しての、筆者なりの見解を示すと、退職金の役割は三つの説の全てであり、どれか一つではない。なぜなら、退職金は会社からのメッセージとしては功労報奨であり、本人からのニーズとしては老後保障(退職後保障)であり、支払いの形態としては賃金の後払いだからである。これらは単に、退職金を見る立場、視点が異なるだけのものである。
退職金改訂のプロジェクトチームが、この三つのうちから一つの視点に絞り込んで検討を重ねることで、素晴らしい退職金制度ができることはない。むしろ、退職金制度改革においては、この三つの視点は、考えなくてはならない最低限の要素として捉えていくことが求められる。
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図1/退職金の役割 |
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すなわち、会社としてはどのように動機付け、どのように働いて欲しいかという意図を基軸に、必要な功労報奨のあり方を考えていくべきである。一方、社員からみて有益と思える制度にしなければ、社員に受け容れられないため、社員の老後保障のニーズへの対応も検討すべきである。また、制度の費用対効果を高めるための、支払い形態(後払型退職金だけでなく、確定拠出年金等の前払型退職金も含めて)の工夫も考えていくべきである。
理論に固執するあまり、視野を狭めてしまっては元も子もない。むしろ、様々な視点から退職金のあり方を捉え直していく方が、よっぽど有益であろう。
次に、人事対財務の構図をどう解決するべきかという問題だが、まず考えられるのが、人事と財務の両方においてエキスパートである社員をプロジェクトに入れることである。しかし、実際にはそのような社員を見つけたり、育成したりすることは、かなり難しい。したがって、通常は別の方法を探らざるを得ない。
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図2/壁の越え方 |
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現実的な最善策は、退職金制度のスペックについて人事や財務の細かい議論に入る前に、きっちりと退職金制度の基本戦略を組み立てることである。今、退職金の何が問題になっているのか、あるいは、将来的に退職金を活用して何をどうしたいのか。この骨太の議論をまず行い、上位概念で合意しておくことで、下位概念での細々とした無用の対立を避けることができる。筋の通った退職金制度ができるかどうかは、この当たり前のことを、当たり前に行うことができるか否かにかかっている。
最後に、先行事例や世の中のデータからの誘惑に打ち勝つ方法であるが、これは詰まるところ分別の問題である。すなわち、先行事例や世の中のデータというのは使い方によって、毒にも薬にもなるが、誘惑に負けて安易に手を出すのではなく、正しい診察をし、薬と確認してから処方できるかどうかにかかっている。
会社によって、置かれている環境(人材面および財務面)や目指すべき方向性は当然異なる。これを的確に把握した上で、自社に必要なものは何かを突き詰めて考えていく中で、必要に応じて事例やデータを上手に取捨選択できることが求められる。
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図3/先人の知恵の有効活用 |
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ベストプラクティスから自社にも有用なエッセンスを得たり、制度の根幹に関わらない細々とした部分で世の中に準じる形にしたりするというのは一つのやり方として効果的である。しかし、制度の根幹に関わる部分を単なる真似事で作っては、他社にとって良い制度や、平均的な制度はできるかもしれないが、自社にとって最適である退職金制度は決してできない。誘惑で決意が揺らぎそうになっても、最後には「うちはうち、よそはよそ」と分別を持って、腹を括れることも重要である。
ここまで述べてきたことを総括すると、良い退職金制度を作るためには、手間暇を惜しまず、基本に立ち返ってきちんと考えることが必要ということである。まず、会社や社員の現状および向かうべき方向は丁寧に把握する。退職金制度のコンセプトは関係者を巻き込んで議論を重ねて作る。そして、様々な観点から入念にチェックしながら制度を設計する。奇抜な方法も手軽な方法もない。会社、社員、そして退職金にしっかりと向かい合うことを、当たり前のこととしてできるかどうかの問題である。
冒頭に述べたような、退職金制度改革がハコの議論に振り回されてしまうのは、道具を使おうとしているのではなく、道具に使われてしまっていることに他ならない。そして、この失敗を犯してしまう危険性があるのが退職金のエキスパートであり、他方、この間違いを上手に回避すべく議論を主導していけるのも退職金のエキスパートである。是非とも、エキスパートの方々には、襟を正して退職金制度改革に臨んで頂きたい。会社にとっても、社員にとっても、有益な退職金制度は必ず存在するのである。
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(※)企業年金は、退職金の変形であることが多いため、「企業年金=退職金」と適宜読み替えて頂きたい。
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