【巻頭言】
ビジョンパワー
自問自答によるビジョン再興

1.
世界についての自問自答
世界を自己の中に映し出す
   
2.
内省の技術
人材開発の自問自答

3.
自問自答のガバナンス

4.
今こそ確認すべき役員報酬改革の基本論点

5.
アジアの人材マネジメントを検証する
まず何から検討し、着手すべきか
   
6.
人事部門の再興
人事部門は何を自問自答すべきか

7.
事業構想を進化させる自問自答の要諦
〈リアリティ〉を高める「ロジック」と「パッション」の統合

8.
組織設計の原理原則
「勝つ組織」をデザインする勘どころ、悩みどころ

9.
現場に眠る潜在能力
非正社員の人材マネジメントを考える

10.
変革シナリオの描き方
押さえておくべき変革のステップ

11.
変革「浸透」の鍵
組織のどこを押さえればよいのか

12.
強い管理部門が経営トップの自問自答力を高める
検証機能を高める管理部門改革の進め方

13.
報酬制度の自問の要所
いきなり報酬制度として考えない視点

14.
なぜマネジメントサイクルが回らないのか
「ねじれ」を解消するための自問自答

15.
パブリックセクター経営論
「長」が取り組む自問自答の要点
   
16.
経営者が退職金・年金制度で悩むべきこと
自ら参加し、考えるべき

17.
競争力を改善させるリスク・マネジメント
年金運営が教えるリスクとつきあうための自問自答

18.
ITで悩むべきこと、ITで悩んではいけないこと
“宇宙ボールペン”はなぜ生まれるのか

19.
経営者が人を動かすとき悩むべきこと

【心理学ゼミナール】
キャリア・アップからキャリア・アイデンティティへ

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アジアの人材マネジメントを検証する
まず何から検討し、着手すべきか
 

 

鈴木 康司

 中国を含めたアジア各国は、企業の成長戦略において欠くことのできない、重要な存在になりつつある。
 これまで、日本企業にとって、アジアとは、日本の代わりに「アウトソーシング」を行う場であったといえる。日本に比べて、コスト・人件費が圧倒的に安いアジアは、日本企業の生産活動を支えてきた。
 2000年代になり、そのアジアの位置付けが変わってきた。単なるアウトソーシングの場だけではなく、巨大な消費市場(マーケット)としての位置付けに変わったのである。
 中国は巨大な市場であることは自明のとおりであるが、東南アジア諸国でも(一つの国単位で見れば人口はさほどではないと思われてしまうかもしれないが)、東南アジア諸国(特にASEAN諸国)全体で捉えれば、ポテンシャルの高い市場であることがわかる。
 実際、この数年、アジアでの消費は活況を呈している。大型デパートやスーパーマーケットに行けば、その消費パワーに圧倒される。日本円にして6万〜7万円以上もする携帯電話はよく売れているし、日本製のAV・デジタル製品(いわゆる「黒もの」製品)はブランドとして人気を博している。
 これまでは、「性能は良いが、値段の高い日本製製品」は、それを見ているだけの「単なる憧れ」の対象であったが、実際に買い、使うことのできる対象になってきたのである。
 所得レベルでみれば、消費を担う「中流階層」が確実に増加しているのであり、各国の首都においては、上記の消費の様子などからしても、これらの階層が急増していることを実感する。
 しかも、これらの変化は、アジア各国で確実に進行しており、アジア全体として捉えると、日本企業にとっては、とても魅力的な市場であることがご理解いただけると思う。そして、日本企業がこれからの成長戦略を描くためには、アジアは決して無視できず、むしろ、アジアでのマーケットシェアを取っていくことが必要不可欠になってきていると考える。
 日本企業にとって、アジアが「アウトソーシング」の場から、「消費マーケット」に変化したことは、当然、アジアの日系企業(現地法人)の人材マネジメントにも影響を及ぼさないわけにはいかない。

 これまで、アジアの日系企業の人材マネジメントとは、工場における「労務管理」がメインであった。工場・生産現場におけるオペレーター・ルーチンワーカーに対して、「ルールをしっかりと守らせる」、「定められた手順やマニュアルに沿って、そのとおりにやらせる」、「時間どおりに会社に出勤するように指導し、欠勤をさせないようにする」というような、労務管理的な発想がベースになっていた。
 そして、人事制度としては、10〜20年前の日本本社の制度をそのまま現地に適用してきた企業も多く見られる。

 しかし、アジアをマーケットとして捉える、とは、すなわち、これまで「アジアで生産し、日本や欧米に送る」というモデルから、「アジアで開発・生産し、直接アジアで売る」ビジネスモデルも同時並行して行っていくことを意味する。
 つまり、アジアの各国のテイストに沿った商品開発やマーケティングが必要不可欠になってきているのである。
 そして、アジア向けの商品開発・マーケティング等を強化させるためには、日本人駐在員だけでは限界があり、現地の優秀な人材を採用・調達しなければならなくなってくる。現地のテイストは現地の人間にしかわからないからである。
 そこで、日系企業は現地でマーケティングやIT・会計・財務等のプロフェッショナル型人材の採用強化に乗り出すことになる。
 いつまでも日本人駐在員に頼っていてはコストが高い(駐在員の海外派遣に伴うコストは、国内のそれと比較して3〜4倍はかかる)こともあり、日本本社からも「もっと現地の優秀な人材を登用し、日本人駐在員に依存しないような形で、会社を現地化しろ」という命題がアジアの現地法人に課されたことも、プロフェッショナル型人材の採用に拍車をかけたといえる。
 では、その結果、どうなったのか?
 多くの企業では思うような人材が採用できなかったり、あるいは採用できたとしてもすぐに辞めてしまう、という問題が発生し、結局、依然として「現地化」が進んだとはいえない状況にある。

 これには、以下のような背景がある。
 アジアマーケットに本格参入していくためには、どの企業においても優秀なローカル社員の存在が不可欠である。そのため、現地の企業間で「優秀な人材」の獲得競争が繰り広げられることになる。日本企業にとって、競争の相手は、主に欧米系企業といってよいだろう。
 あくまで一般論から言うと、欧米系企業との間で人材の獲得競争をすると、日本企業は負けてしまう。
 その理由の一つは「金」である。欧米企業における課長や部長クラスの給与レベルは日本企業に比べると30%も高く、2倍近いこともそれほど珍しいことではない。とにかく給与水準が比べものにならないのである。また、欧米系企業ではマネジャークラス以上に対しては、「車」(社有車)を提供する等、福利厚生プログラムも充実している。しかし、日本企業の場合は、会社全体としての公平性を重要視しており、特定の社員だけに高い給与や福利厚生プログラムを提供することは、あまり実施してきていない。したがって、優秀な社員を採用しようとしても、「金」で負けてしまうのである。

 仮に、何とか本人を説得し、採用できたとしても、すぐに辞めてしまうこともよく見られるケースである。
 アジアでは給与情報はすぐに口コミによって広がるのは「常識」である。もし、その人が他の社員よりも高い給与レベルであることがわかったら、周囲からのプレッシャー(いわゆる、いじめ)を受けることもある。また、「欧米系企業に以前勤めていた人材」を採用したとしても、日本流の「チームワーク」「連携」といった「柔軟」な仕事の進め方になじめず、辞めていくこともあろう。
 (実際問題、欧米系企業でマーケティングを経験してきたからといって、日本企業でもマーケティングができるということにはならない。欧米系企業では職務が細分化されており、同時に、仕事の進め方が標準化されているケースが多く、仮にマーケティングを経験してきたとしても、実務経験としての領域や幅が狭いことがあるので、採用にあたっては注意が必要だ)

 あるいは、数年勤めてくれた後に、辞めてしまうこともある。この場合は、「将来のキャリアがどうなるかわからない」、あるいは「課長や部長になるまで何年もかかる」、「どうせ、日本人がいつもトップであり、ローカル社員にはそのチャンスがない」という理由からである。

 日本本社側でもこれまで何度も「国際化を進めよう」、「現地化を強化しよう」という掛け声の下に、いろいろな施策を進めてきた。特に、現地化を進めるためには、「優秀な人材を採用しろ、そして、駐在員の代わりになるように、彼等を教育しろ」という指示を出してきた。
 しかし、現実はそんなに簡単ではない。先ほど説明したように、そもそも「採用」自体が決して簡単なことではないし、「採用」した後の教育や、人材の引き止めについても当初の思惑どおりに進まないことの方が多いだろう。

 こうしたアジアにおける人材マネジメントの重要性が増すにつれ、2000年以降、日本企業ではグローバルレベルで人材マネジメントの仕組みを構築しようとする流れが本格化してきた。よく見られるケースとしては、社員の「職務分析」を行い、グローバルで共通の資格・等級の枠組みを作ろうとするものである。
 しかし、グローバルレベルで共通の資格・等級を作った後に、どうしていきたいのか、という具体的な方策を持っていない企業が多いのも事実である。
 「ローカルの人材データを整備したい」、「国を超えたローテーションを実現したい」とか「グローバルレベルで人事制度を一本化したい」という漠然としたイメージはあるのかもしれないが、それを実施するのは一筋縄にはいかないだろう。
 アジアにおいて、「国を超えて移動(異動)したい」と考えるローカル社員は少数派であろう。ローテーションを無理やり実施しようとすると本人は会社を辞めてしまうおそれもある。日本のように「会社命令」によって移動はさせられないのである。
 そして、人事制度の一本化に関して言えば、ローカル社員にとっての具体的なメリットがないままに強硬に進めてしまえば、ローカルからの反発を受けるのは必至であろう。

 アジアをマーケットとして捉え、「優秀な人材」を獲得し、彼等を登用していこうとする上での問題・課題は多い。
 ローカルの現地法人では試行錯誤を繰り返し、何とか現状を打開しようとしている。そして、日本本社としても現地化を進めるために、何とかしたいと考え、(例えば上記したように)グローバルレベルで共通の職務等級を整備しようとしている。
 しかし、繰り返し説明しているとおり、こうした取り組みにかかわらず、現地化が進んでいるとはいえない状況にある。それでは、まずどこから着手すべきなのだろうか。

 ここで図1をご覧いただきたい。
 課題をわかりやすく捉えるために三つの視点を掲載している。一つは事業戦略等に関する「事業系」の視点である。
 次は、業務プロセス・仕事を進める体制といった「業務系」の視点である。そして、最後に、人事制度に限らず、採用から退職までを含めた人材マネジメントの「人系」の視点である。

図1

 おそらく、日本本社・ローカルの現地法人双方において、アジアでの事業展開・事業戦略に関してはクリアになっているケースが多いだろう。しかし、その後が問題だ。
 例えば、グローバルレベルでの資格・等級の整備、ということは、人系の「人事制度」の部分への対応をしただけであり、その他の「業務系」や、人事制度以外の「人系」に対しては手付かずのままであることがわかる。
 事業戦略を作り、人事制度を整備したからといっても、会社は動かないし、変化も起こらない。
 日本語での以心伝心や阿吽の呼吸というコミュニケーションスタイルが通用しないアジアでは、経営トップから大きな方向性を伝えただけではその意思は伝わらない。やはり、具体的に伝える必要があるのである。

 ではどうしたらよいのか。事業系と人系をつなぐ「業務系」からまずは検証し、メスを入れていくのである。「業務系」は「事業系」と「人系」をつなぐものである。まずはこの業務系を整備することから着手すべきだと筆者は考える。
 採用に関して言えば、業務系を整備しておくことで、「金」の面で欧米系企業に負けるかもしれないが、「うちの会社ではこのような仕事ができる」というキャリアパスを示すことができる。
 また、グローバルレベルで資格・等級を整備するにしても、それぞれの社員が具体的にどのような役割を担っており、どのような仕事をしているのかを把握できる。
 実は、欧米系企業はこの業務系のインフラ(基盤)がよく整備されている。欧米系企業はもともと多様な文化・価値観・宗教をその内部に取り込んでいる。多様性を活かしつつ、事業戦略を推進していくためには、業務系の「標準化」は不可欠であったといえる。
 日本においても、業務系の標準化(マニュアル化)までは実施すべきかどうかは別として、少なくとも、「業務系の現状整理と将来像の明確化」は必要になろう。

 ここに、業務系を整理するためのツールとして、ミッションマトリクスを掲載した(図2)。横軸に業務プロセスがあり、縦軸に役割(役職)の軸がある。そして、それぞれの業務プロセスに対して、それぞれの役職の人たちが、具体的に何をしていくのかをまとめるのである。単なる「職務記述書」とは異なり、組織単位で業務全体のプロセスを捉えた上で、各人の役割分担も示すことができるのである。
 実際に作成する際には、まずは「現状」の姿をクリアにすることからはじめるとよいだろう。現状をしっかりと分析することによって問題点も見えてくる。その上で、これからの事業戦略を実現するために、「変えていかなければならないこと(強化しなければならないこと)」と「今後とも、変えてはならないこと(自社の強みであり、それを維持・向上させるべきこと)」をおさえながら、将来のミッションマトリクスを作成するのである。

図2

 ミッションマトリクスは事業戦略を推進するための役割分担を示した設計図ともいえるだろうし、ミッションマトリクスに記載された「将来への期待値」は資格・等級制度、評価制度のベースとなるものでもある。

 とりわけ、アジアの日系企業では、従来の「労務管理」的な人材マネジメントから脱皮し、「現地化」を志向していこうとする企業が多い。そして、アジアがマーケットに変わることに伴い、人材マネジメントの思想・哲学そのものが変わっていくことになる。そうした場合に、単に「箱、ハードウェア」としての人事制度を見直すだけでは不十分である。
 これからの成長を目指して、アジアの日系企業の事業戦略そのものが進化しようとしている。そして、それを実現するためには、まずは事業系と人系を結ぶ「業務系」から検証する必要があると考えている。

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●鈴木康司 すずき こうじ/住友商事株式会社(人事部)を経てワトソンワイアット株式会社入社。成果主義をベースとした評価制度・資格等級制度・報酬制度設計や、コンピテンシーを活用した人事制度構築をはじめとして、人材マネジメントシステムの設計、導入支援に関するコンサルティング業務に従事。現在、ジャパンデスク担当コンサルタントとして、タイ(バンコク)駐在。タイを拠点としてアジア地域に展開する日系企業の組織・人材面でのコンサルティングにも従事。日経ビデオ「目標管理制度のための面談の進め方」、人材教育「人と会社を救うコンピテンシー」等をはじめとしてビデオ・執筆や講演・トレーニングを行っている。東京大学法学部卒。