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【巻頭言】 |
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事業構想を進化させる自問自答の要諦
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中島 正樹 |
今年のはじめ、多くの経営者が「失われた10年」からの決別と「復活」を口にした。「守りから攻めへ」「成長戦略の実現へ」など、姿勢の転換が強調された。多くの人がこの転換を好ましく見ていたように思う。私もその一人だった。そして、転換後の具体的な方向性がどのように示されるのかを期待していた。
その後、「景気は踊り場」や「停滞へ」という言葉が新聞の紙面に躍り始めた。期末の決算発表もにらんで、経営者たちの言葉のトーンが落ちた。わずか1〜2カ月前の自信に満ちた口調はすっかり失われ、今後の方向性については前回と変わらぬ抽象的なコメントが出ただけだった。
「何か変だ」と思ったのは私だけだったのだろうか。今年が本当に歴史的な転換点になるのならば、目先の景気局面のわずかな変化に対して細かく反応する必要はないはずだ。市場のノイズは聞き流し、新たな「ビジョン(事業構想)」の実現に向けて着々と進んでいけばよい……。そこまで考えて、あることに気がついた。「ビジョン」はどこへ行ったのだろう?
経営者が、集まる社員の価値観レベルにまで訴えかけて、組織をまとめ上げ、市場にも公言し、自らの存在意義をかけて実現しようとする事業構想、「ビジョン」。その「ビジョン」が社員にも、経営者にも、はっきりと見えていないのではないだろうか? 「転換」を実現しようとするこの時期に、ビジョンが不明確なままで本当に復活が果たせるのだろうか?
そんなところから、今回の自問自答が始まった。
まず、いくつかの企業について考えるうち、ビジョンが不鮮明になるパターンには、少なくとも以下の二つがあることに気がついた。
一つめの例として、バブル期まではそこそこ良い調子で「右肩上がりの成長」を続けてきた典型的な製造業の会社を想像してみよう。その会社には、数年前に全社プロジェクトで作られた「経営ビジョン」とそれを短く表現した「スローガン」がある。工場へ行けば、食堂の壁に掲げられるのはもちろんのこと、作業着の胸や背中の部分に刺kまで入れられていたりする。朝礼ではもちろん全員で復唱する。しかし、リストラを乗り越え、ようやく業績が回復し始めた今、社員の多くがこの「ビジョン」にピンと来なくなっている。内容が抽象的なのかと言えば、必ずしもそうではない。中長期的な売上目標やターゲット分野で世界トップシェアを取るというやや具体的なイメージまで盛り込まれている。しかし、社員はそれを復唱しても感動しなくなっているし、一体感も感じなくなってきている。社内のあらゆるところに掲げられ、毎日復唱されているにもかかわらず、このビジョンは錆びついてしまっているのだ。
二つめの例として、「失われた10年」の間にも独自の商品やサービスで急成長を遂げてきた若い会社(例えばネット系の企業)を想像してみよう。その会社には、それほど昔でない創業時に作られたビジョンがある。毎日復唱こそ求められはしないが、採用時には、社員の一人ひとりが共感し、入社を決めてきたビジョンである。しかし、事業規模が拡大し、業績も社員数も倍増した今、社員の多くが、入社時ほどこのビジョンを気にかけなくなってきている。いくつかの新規分野へ参入し、上場を目指すべく新たな成長戦略の実行が始まる中で、「ビジョンが失われた」と感じる社員も出てきて、人材の流出が始まった。この「ビジョン」は希薄化してしまったのだ。
さて、業種や企業としての成長段階も異なる前述の二つのパターンに共通することは何だろう?
転換期には(いや転換期だからこそ)社内の力を結集するために、向こう数年を睨んで「何をどうやって実現したいのか」を具体的に構想し、それを鮮やかに社内外に示す必要があるということではないだろうか。
毎日復唱されれば「手垢がつく」というかたちで、急成長の中で放置されれば「希薄化する」というかたちで、ビジョンは鮮やかさを失っていく。それにつれて、ビジョンが社員の心と行動をまとめ上げる求心力は失われていく。やがて、それは業務を始めるときの「お題目」となり、会議室の埃をかぶった「額縁」となっていく……。
しかし、新たにビジョンを作るとしても以前と同じようなやり方では「二番煎じ」となる可能性が高い。また、時間が経てば不鮮明になることは避けられない。ビジョンの本来の求心力を獲得するにはどうしたらよいのだろうか?
「エクセレントカンパニー」と呼ばれ続けている企業を想起すると、基本理念やそれを体現するビジョンにハッとさせられるような〈リアリティ〉を持つものがあることに気がつく。ここで言う〈リアリティ〉とは、経営者の事業にかける情熱や志の高さ、実現したい状態や世界の鮮烈なイメージであり、社外の人間が読んでも心を動かされるような強いメッセージのことを意味している。そのような企業は自分のビジョンを常に社員に意識させ、考えさせ、実現へと行動させる工夫を様々なかたちで組織や人材のマネジメントの中に埋め込んでいる。
カギは、この〈リアリティ〉にあるのではないか。市場環境の変化や成長段階を経るなかでも、ビジョンを鮮やかに提示し続けるための〈リアリティ〉の獲得が、今必要なのではないか。
そう考えて、改めて自社の「ビジョン」を思い出してみるといかがだろうか。〈リアリティ〉はあるだろうか? 他の社員も同じ〈リアリティ〉を感じ取っているだろうか? そして、その〈リアリティ〉は組織を一体化させ、将来に向かわせるのに十分な求心力を持っているだろうか?
ビジョンの〈リアリティ〉を高めるにはどうしたらよいか?
これに唯一の答えがあるとは、どうも思えない。どこかに「グル」がいて、教えてもらえるとも思えない。「カリスマリーダー」にビジョンごと持って来てもらおうというのは、神頼みが過ぎる。結局は、自分で様々な情報を集め、深く考えて自問自答するしかないように思える。
しかし、漫然と情報を集め、それを前にただ唸ってみてもビジョンの〈リアリティ〉が高まるとは思えない。自問自答にも上手いやり方があるはずだ。
そこで、もう一度、優れたビジョンについて想起してみよう。そして、それがどのような〈リアリティ〉を持っているかを考えてみる。すると、事業にかける並々ならぬ「パッション(情熱)」とそれが実現可能と説得できる「ロジック(論理)」の両方の要素が含まれているように見えてくる。
それでは、「パッション」と「ロジック」との間で振り子のように自問自答を繰り返し、思索を深めながらビジョンを構想したらどうだろう。そのなかで、ビジョンはより具体的な姿になり、より強い説得力を持ち、人を引き付ける〈リアリティ〉を獲得していくのではないか。
そのような観点から、ここではまず「パッション」から自問自答を始めてみることにしよう。
(1)パッション1:「志」の再確認
まずは「パッション」に心を振ってみる。事業にかける情熱、「志」の確認だ。様々な問いを投げかけることができるが、少なくとも以下の二つの質問を深く考えなければならないだろう。
「市場や顧客、株主よりもまず、
か?」
「利益を超えても
この問いに答えることによって、自分を突き動かす「志」が改めて確認できたら、次の自問へ進んでみる。
(2)ロジック1:「タカの眼」による市場の鳥瞰
次は「ロジック」に心を振る。何よりもまず、「志」が実現できる場所があるかどうかを見つけなければならない。以下の質問を胸に「タカの眼」で市場を鳥瞰していく。
「志を実現できるのはどの市場、あるいはどの顧客のセグメントなの
か?」
「そのセグメントの規模はどのくらいか? 今後成長するポテンシャル
はあるのか?」
「競合はどれほどいるのか? 見えない競合はどのように現れるの
か?」
これらの問いに答えるため、情報を集め、業界構造を理解する分析を行って、市場の「現実」を深く理解していく。そして、「志」の実現可能性を冷静に把握していく。狙うべき市場の鳥瞰図が描けたら、次の自問へと進んでいく。
(3)パッション2:「意思」の強化
再び「パッション」に心を振る。「タカの眼」によって「ここなら実現できるかも知れない」という感触を得た上で次に自問すべきは、取り組みに対する「意思」を強化することである。
「社運を賭しても実現すべきことか?」
「取り組むことによって企業自身が圧倒的な差別化を達成し、進化する
ことができるか?」
高いリスクを取ってでもどうしてもやらなければならないか、実現が難しくても本当にやるのか、とハードルを敢えて高くして、深く考えてみる。もし社長自身がこの問いに対して答えに詰まるようなビジョンであれば、社員の多くがついてこないのは明白だ。「思いつき」や「横並び」という批判を排し、社員からの「なぜですか?」という素朴な質問への答えを考え抜くために自答を繰り返す。
(4)ロジック2:「アリの眼」によるデザイン
次に、再び「ロジック」に心を振る。社運を賭してでも実現し、会社を進化へと発展させるビジョンのデザインには「アリの眼」が必要になる。
「最初のターゲットをどこに定め、それをどのようなペースで拡大してい
くのか?」
「顧客への訴求価値をどのように設計し、それをどのように伝えていく
のか?」
「どこで競合よりも早く差別化を築くのか?」
「必要なリソースはどうやって、どこから調達するのか?」等々
これらの問いは、具体的な事業戦略を策定するための基礎となるものであり、社内外の具体的な情報の収集とその分析によって、事業の成功要因を押さえるためのものである。
ただし、ビジョンをデザインする段階でこれらの問い全てに詳細な答えを出す必要はない。にもかかわらず、これらを自問する必要があるのは、精度の高い仮説を持つことにより、ビジョンに具体性を与えるためである。
ビジョンは、その全貌(=What)だけでなく実現の道筋(=How)までが具体的に示されて初めて求心力を獲得する。したがって、そのカギとなるポイントについては市場・業界のミクロな視点から把握し、理解しておく必要があるのだ。
(5)「パッション」と「ロジック」の統合
以上、「パッション」からスタートし、「ロジック」「パッション」「ロジック」と、自問自答を順に説明してきた。
しかし、実際に自問自答を繰り返す場合には、必ずしも「ロジック」と「パッション」のフェーズを一つずつ完了させてから次に進む必要はない。実際には、例えば、まず「パッション」で盛り上がり、「ロジック」で水を差され、「パッション」を再度自問するうち、「ロジック」で新たな可能性を見つけ、それが「パッション」を強固にする、というように「パッション」と「ロジック」の間をダイナミックに往復しながら、一進一退するケースが多いと想定される。しかし、一進一退しながらも、上記の問いを深く自問自答し、答えを統合していくことによって、ビジョンの〈リアリティ〉が高められるのではないだろうか。
さて、そう考えて、あなたの会社の「ビジョン」を想起するとどうだろう?
決意表明のようなビジョンには「パッション」はあっても「ロジック」が不足しているおそれがある。事業計画のような「ロジック」寄りのビジョンには「パッション」が十分感じられない。どちらも人を動かす〈リアリティ〉が不足していて、今ひとつピンとこない。「パッション」も「ロジック」も感じられないようなビジョンはゼロベースで作り直すべきだ。事業にかける「パッション」と「ロジック」を一体的に表現したビジョンを再構築するため、「パッション」と「ロジック」の往復を自問自答する必要はないだろうか?
「ビジョン」に限らず、〈リアリティ〉は、常に二つの異なる軸を意識し、それらを深く統合することによって初めて獲得されるように思う。そして、さらに高い〈リアリティ〉を求めることにより、それを求める者は進化を遂げるように思われる。
画家のポール・セザンヌはこう書いている。「画家には二つのものがある。眼と頭脳である。この二つともお互いに助け合わなければならない。相互の発展のために働かねばならない。眼は自然に対する視覚によって。頭脳は組織立てられた感覚(サンシオン)の論理によって」(『セザンヌ回想』)。生涯を通じ自然そのものをとらえようとした画家は、「絵を描きながら死のうと自分に誓い」、死ぬまで進化し続けた。
20世紀の巨匠と呼ばれた指揮者、ヘルベルト・フォン・カラヤンは、ベルリン・フィルを「精密機械のようなアンサンブル」と称されるまでに磨き上げたが、大病から復活した後の晩年の演奏は、アンサンブルの精度が落ちる一方で「生」に対する深くリアルな表現が増し、それまでは「アンチ・カラヤン」だった聴衆の多くを新たにファンに加えた。
「さて、経営者はどうか……」とまた自問してみる。
優れた経営者は「パッション」と「ロジック」という二つの軸を深く統合することによって〈リアリティ〉のあるビジョンを作り上げる、と言えそうである。そして、優れた経営者はさらなる〈リアリティ〉を求めて進化を遂げる、というのもまた真ではないだろうか。
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