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【巻頭言】 |
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経営者が退職金・年金制度で悩むべきこと
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関 邦雄 |
20XX年10月のある日、A社の社長室にて。
社長(A)と財務・経理担当役員(B)との会話。
B:「社長、申し訳ありません。たった今、経理部長より報告を受けました
が、今期決算は、大幅な赤字決算となってしまいます」
A:「突然、何を言いだすんだね。2週間前にも、決算予測をやったばかり
だし、君らのその時の予想では、売上好調も反映して、大幅黒字だっ
たじゃないか。今年は、創立30周年だし、記念配当もしなければいけ
ないし、赤字決算なんかできないことぐらい、わかりきったことだろう」
B:「申し訳ありません。今年から、退職金の企業会計方法が変更になり
まして、当年度の債務の増加分を次年度以降に繰り延べることがで
きなくなり、一括で償却しなければならなくなりました」
A:「今年の債務の増加分と言ったって、退職金制度はここ10年程、何も
変更していないし、退職金の基準給与だって、今年は、ほとんどアッ
プさせていないじゃないか」
B:「実は、退職金の債務は、割引率という利率をもとに評価されており
まして、昨今の金利の低下から、今年度の割引率は、昨年より0.5%
下げたものを使用しろと、監査法人から指摘されました。このため、
退職金の債務が予想より50億円程増加してしまいました」
A:「何で、そんなことになるんだ。退職金制度は、何も変更していない
し、退職した従業員に支払う退職金の金額も、以前と同じじゃない
か。どうして、債務が急に増加するんだ」
以上の会話は作り話ですが、こんなことが現実になるかもしれません。
退職給付会計基準の変更動向
退職金や年金といった退職給付の債務については、日本でも、2000年から国際会計基準に準じた退職給付会計により評価されるようになりました。
この国際会計基準に改訂の動きがあり、債務の増加分(「数理上の差異」といいます)については、遅延認識(次年度以降に繰り越すこと)を認めず、即時認識(当年度に認識)させた方が会計上は明瞭であるという意見が強くなっています。
つまり、債務は常に完全時価評価を行い、時価の変動(債務の差額)は、その年度にコスト計上を行わせようという方向性です。
これは、退職給付会計も、一般会計と同じく、時価会計の流れに乗せようというものです。
このため、退職金制度を持っている企業は、退職給付に対するコスト管理やリスク管理が今まで以上に重要となってきます。
もともと、退職金制度があるということは、退職金給付事業という金融子会社を企業グループ内に持っていることと同じです。
そこには、子会社経営というガバナンス(企業統治)が必要となります。
前述の例では、経営者(トップマネージメント)が、自らのグループ内の金融子会社の収益状況や経営状況を把握していなかったことにすぎません。
担当者(経理部長、人事部長など)にまかせっきりにしておいたため、大変なことになってしまったというだけであります。
私は経営者としてはプロだが、退職金・年金に関しての判断については、できれば誰かにまかせたいと思われている経営者が、現実には多いと思います。
でも、今や、それではすまなくなってきています。
本稿では、退職金、年金といった退職給付制度について、経営者(トップマネージメント)が最低限考えなければならないこと、悩まなければならないこと、そして、最低限とらなければいけない行動について、ポイントを述べてみます。
退職金・年金制度は、たしかにその内容が難しく、専門性も高いため、問題の所在がどこにあるのか、なかなか把みきれません。
現状では、経営者の退職金・年金制度に対するコミットメントのレベルは低く、部下にまかせっきりという状態が多くみられます。
トップとしての退職金・年金に対する情熱、知識、経験が不足しており、的確な判断ができない状況です。
でも、それでは、経営者として、自社グループ内の子会社の経営状況を把握していないことと同じです。
状況を把握し、的確な判断を行うには、それなりの「組織」が必要です。そして、情報を充分に、かつ正しく入手するには、経営者自ら、その組織に参加する必要があります。
例えば、企業内にベネフィット(退職給付)委員会等の組織を設置し、その委員長は、社長自らが務めることが必要です。そして、退職金・年金制度に充分にコミットしましょう。
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図1 |
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なお、退職金・年金制度は、報酬(賃金)制度の一部であり、当然のこととして、人事戦略的な側面からの判断が重要視されますが、昨今は、企業経営に多大なインパクトを与える財務戦略的な側面からながめることも重要です。
そして、退職金・年金制度をグループ内の優良子会社とするには、それを運営する「人材」が必要です。
組織の事務局には、しかるべき人材を配置しましょう。
なぜならば、舵を切りまちがえると、会社全体がすぐ赤字になってしまうほど、重要なポストであるからです。
では、経営者として、退職金・年金を考えなおすのに際して、まずは、何がポイントなのでしょうか。
それは、退職金(年金)の役割を再認識することです。
退職金は、本来、かなりコストのかかる制度です。
しかし、従業員の平均年齢が若かった頃は、実際には定年退職者があまり発生していなかったため、企業としては、そのコストがはっきりとは認識できていませんでした。
しかし、もともと、退職金は、給与の一部(退職金の権利額)の支給を退職時まで繰り延べているものにすぎません。
会社は、従業員に対して、未払いの給与(つまり、債務)を持っている訳です。
でも、このコストについて、以前は、企業もあまり認識していませんでしたし、従業員も現役(在籍)中は、あまりありがたがっていませんでした。
つまり、コストがかかる制度の割には、財務認識が遅れ、人事戦略的にも無駄の多い制度ではなかったのではないでしょうか。
退職金は、在職中はあまり認識されず、退職時に自動的に「もらえる」制度であった訳ですが、これでは、従業員に対する人事戦略面での費用対効果の効率性が悪い制度と言えます。
そもそも、会社にとって、退職金制度を運営するには、どのような従業員に、どのような金額を支給すべきかということを、はっきりさせることが重要です。
従業員からすれば、月例給与や賞与を増やすには、どのように仕事をすれば(どのように成果をあげれば)よいのかについて、比較的明確に理解できます。
月例給与や賞与は、自らの力で「稼ぐ」ことができるシステムが構築されているからです。
しかし、退職金では、そのような仕組みになっていないものが多いと思われます。
退職金についても、どうすれば、どのような金額がもらえるのかをはっきりさせる必要があります。
それによって、退職金も、制度自体のメッセージ性が増加し、「もらえる」制度から「稼ぐ」制度へと変貌していきます。
また、「稼ぐ」退職金の仕組みは、会社に対する従業員の貢献の適切な還元ということになり、フェアな制度となります。
そのためには、日本の伝統的な退職金の支給形態である「退職時給与リンク型」から「累積給付型」へと支給形態を変える必要があります。
就業形態や成果・実績の実現形態が多様化するなかで、成果・実績を適正(フェア)に反映して退職金を支給するには、給付は累積型にならざるを得ません。
そして、また、累積給付型は、財務面でも比較的安定した制度となります。
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次の議論は、退職金費用の「変動費化」であります。
最近、よく相談を受けることは、退職金に関する費用を、全額固定費ではなく、ある程度、変動費化できないかという点です。
報酬については、一般的に、月例給与と賞与とに分かれ、賞与は会社業績に応じて変動費化することもできています。
会社の業績が良いときは、それなりに賞与を増加させますが、業績不良のときは、それなりに圧縮し、費用を減少させることができます。
しかし、退職金については、一般的には、費用が固定費化されてしまいます。
会社の業績が不良のときでも、退職金に関する費用を用意しなければなりません。
これをどうにかしたいという声(ニーズ)が高まりつつあります。
これらを考えに入れると、退職金は、次のような形に変化していくことでしょう。
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図2 |
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最後に、トピックスとして、最近、マスコミ等を賑わせているDC(※1)プラン(確定拠出制度)について、どのように考えればよいかをお話しします。
欧米では、退職給付のDCプランへの移行が急ピッチに進んでいます。
従来のDB(※2)プラン(確定給付制度)は、本当にお金がかかります。DBプランは、過去に遡及して債務が増えていきます。また、会計処理のために、いろいろな計算やディスクロージャーが求められ、これらの処理費用も多大です。このため、欧米では、DCプランへ、DCプランへという流れになっています。
でも、日本では、本当に、DCプランが、企業にとって退職金制度を見直す「打ち出の小槌」になるのでしょうか。
従業員の不安感・不信感
成果主義といっても、チームワークを重視しなければうまくいかない面が多いことが再認識されていますが、同様に、日本では、もらえる金額がある程度確定しているDBプランへの信頼度には根強いものがあります。
退職後のことは、退職間近になって考えればよいという土壌(安心感)は、生産性を高めるうえで非常に大事です。
日本企業の最大の強みである家族主義をある程度は維持しなければ、経営はうまくいきません。
この観点から、退職給付をすべてDCプランに移行することは好ましくないと思います。
運用リスクをすべて従業員に肩代わりさせてしまうということ(スタンス)は、会社に対する忠誠心、信頼感を減少させます。
DCプランのコスト高
DCプランへの移行ということは、新たにDCプランを作るのではなく、現在の退職金(あるいは、その一部)をDCプランに移行させるということです。
これは、例えば、勤続35年で定年退職時に2000万円の退職金がもらえるとしたら、それを分割して毎年(毎月)前払いしようというものです。
前払いするのですから、当然、その間に見込まれる収益の利率で割り引くこととなります。
逆に言えば、毎年(毎月)前払いを受けた金額を想定される利率で運用すれば、現在の制度でもらえる退職金の金額になるということです。
この想定される利率については、昨今の低金利(低運用)の状況では、2.0%程度以下の数値でしか、従業員の同意(納得)は得られないでしょう。
そして、2.0%程度の想定利率(割引率)で、DCプランの掛金が決定されます。
この決定された掛金は、いったん設定されれば、変動はしません。
変動(引き下げ)を行おうとすれば、それは、退職給付の給付減額となるでしょう。よほど、事前に、掛金の変動のシステムを納得させておかなければ、従業員は同意をしないでしょう。
将来の10年あるいは20年を考えた場合、平均金利(運用利回り)は、多分、2.0%以上にはなるでしょう。
仮に、平均利回りが3.5%だとしたら、2.0%との差分は、すべて従業員に帰属することになります。
つまり、低金利下において、DBプラン(確定給付制度)からDCプラン(確定拠出制度)に移行するということは、DCプランの掛金を高めに設定し、退職給付コストを引き上げることになります。
ただ、コストは引き上げられますが、変動はしなくなります。
DCプランに移行すれば、退職給付コストの変動リスクはなくなるということです。
変動リスクを回避するためには、それなりのコストがかかる(増加する)ということにほかなりません。
DBプランの債務変動リスクに懲りて、コストが安定するならば、それなりのコスト増はやむを得ないと判断することも、もちろん否定はされません。
潜在的なコストとリスク
日本は、まだまだ、投資のカルチャーに乏しい国です。
このため、DCプランの従業員投資教育に対しては、過敏すぎるほど、費用がかかる仕組みとなっています。
また、従業員の運用がうまくいかなかったときに、会社からの説明が悪かったからだと訴えられる可能性(リスク)は、未知数です。
決して、DCプランに移行したからと言って、会社は、退職給付に関してのすべてのリスクから逃れられる訳ではありません。
いずれにしても、退職金に関する選択肢は、著しく拡大しています。
それらをよく見極めて、人事戦略的にも、財務戦略的にも、バランスのとれた最適な退職給付制度を構築しなくてはいけません。
ただし、最適な解は、会社ごとに異なり、どの会社にも適合する絶対解といったものはありません。
最適な解を探すには、経営者が、担当者まかせにせず、退職金・年金制度という子会社の運営にコミットしなければなりません。
経営者自らが、退職金・年金の問題に参加し、悩み、判断を行うべきです。
退職金・年金制度は、従業員の生産性を向上させ、収益向上に寄与する器でもあると同時に、会社を赤字転落させる器でもあります。
退職給付のコントロールができなければ、経営者ではありません。
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