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【巻頭言】 |
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競争力を改善させるリスク・マネジメント
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佐川 利道 |
企業の「競争力」の測り方にはいろいろあるが、リターンとリスクの関係で、その優劣を測るのであれば、「同じリターンの獲得なら、より少ないリスクで達成できる」、もしくは「同じリスクをとるなら、より高いリターンが獲得できる」企業の方が、競争力(効率性)が高い。
しかし、このような単純な競争力でも、それを獲得し、維持していくことは容易ではない。
リターンにしても、それを取り巻くリスクにしても、将来の事象であり、常にダイナミックに変化しているからである。さらに、人間の意思決定には、より安全確実な方向に流れやすい(易きに流れる)という思考停止の罠が、至る所に口をあけている。
このような罠に陥らずに競争力を改善させるためには、どうすればよいか?
そのためには、リターンを追求するだけのマネジメントでは不十分である。リターンに必ず付随する「リスクをマネージする能力」の優劣が、不確実な将来に対する競争力を決める。
ここで、本稿の「リスク・マネジメント」を定義しておこう。
リスク・マネジメントとは、「不確実な将来に対して、現在、取るべき行動」であり、「ダイナミックな変化に対して適切な意思決定を行える仕組み(ガバナンス)を確保する行為」である。リスク・マネジメントというと、裏方のイメージがあり、消極的なものと考えられがちだが、その本質は、極めてプロ・アクティブである。
筆者は、年金運営に関するコンサルティングが専門であるが、昨今の年金運営は、前述したようなリスク・マネジメントを実践する最前線である。本稿では、私たちの経験を踏まえつつ、年金という領域を超えて、企業の競争力にとって重要なリスク・マネジメントのあり様について考えてみたい。
企業の競争力に対してネガティブな影響を与える要素の代表格として「年金」を挙げる人たちは多いであろう。2000年以降の日本企業の状況は、それを肯定する事実に事欠かない。
しかし、それは、ベストな年金運営を行ったうえでの結果とは言い難い。なぜなら、この時期は、それまで経験したことがないようなレベルの市場環境の悪化(株式の下落と金利の低下)に、業績悪化のプレッシャーが重なったことによって、その対策=リスク・マネジメントが後手に回ってしまった観が強いためである。
後手に回った主な要因を挙げると、
@ 関係者の「リスク」に関する理解が不足していた
A 使ってきた「フレームワーク」の機能が低下した
B 「意思決定プロセス」の分断が随所にみられた
C 「関連部署」のコミュニケーション不足による対立があった
D 「心理要因」による不合理な意思決定や思考停止が生じた
この中に「市場環境の悪化を予測して動かなかった」ことが抜けていると指摘する読者もいらっしゃると思う。しかし、現実は、「バックミラー」を見て運転しているわけではないので、「確実な将来」を手にすることは不可能である。
したがって、この点を後手に回った原因にしてしまうと、そこで思考が停止してしまう。
さらに言えば、「より確実性の高い将来」と思えるもの(これも不確実なことは同じで、程度の問題にすぎない)が得られても、それだけでは役に立たない。その情報に基づいて、どのような意思決定をするかが勝負の分かれ目である。その意思決定如何では、どんなに有用な情報も、混乱を増幅させるノイズに堕してしまう。
2000年以降は、このような思考停止と混乱が渦巻いた時期であった。しかし、その中で、前述の五つの要因に対して自問自答することが、問題解決を図るための突破口になったのである。
ワトソンワイアットでは、これらの経験を踏まえ、多くの企業に対して年金運営におけるリスク・マネジメントの提案を通じた競争力強化のサポートをしてきている。
今のところは、ほとんど認識されていないが、年金におけるリスク・マネジメントのノウハウは、年金以外の本業のビジネスに応用していくことが十分にできると、私たちは考えている。
それでは、まず、年金から企業を眺めてみよう。
企業年金の資産と債務は、退職給付会計に基づいた計上がなされており、バランス・シート上の「数値」は当然にバランスしている。
しかし、その数値の背後にある「マネジメント」が、同じようにバランスしているとは限らない。
もし、そこに「アンバランス」な状態が存在するならば、それは「将来のリスク」を内包したものであり、「企業の競争力」を表面からは見えない形で奪っている可能性が高い。
いくつかの例を挙げてみよう。
@年金財政と企業財務のバランス
年金財政も、企業財務も、対象となる年金の債務は同じだが、目的によって評価方法が異なる。年金制度では、掛金の安定的な拠出を目的として債務が評価され(数理債務)、企業財務では、決算日における年金債務の現在価値を時価評価する(PBO)。
実は、この評価方法の違いが、年金資産の運用戦略を考える上で、大きな障害になっている。両者とも、年金債務に対して100%以上の年金資産を積み立てることが目的であるにもかかわらず、債務の評価方法が異なるために、両者の主張する運用戦略が、場合によっては正反対になることもある。この背景には、年金制度の運営と企業財務の運営における問題意識の違いが強く影響している(具体的な例としてCD参照)。
その結果、両者が対立したり、運用戦略の意思決定が大幅に遅れたり(先送りされたり)、一方の立場に偏ったものになってしまう例は多い。
やっかいなことは、両者の意見は、その立場を考えればどちらも正しいということである。お互いが正しいことを主張しているにもかかわらず、全体では間違った意思決定になってしまうところに、本当のリスクが存在しているのではないだろうか。
A制度設計(人事戦略)と財務戦略のバランス
この数年、年金制度の変更が多くの企業で行われてきたが、その大半は、人事戦略からというよりも年金債務の圧縮という財務面からの要請がきっかけとなっている。
例えば、両者のニーズを満たす制度として導入されたキャッシュバランスは、固定的な年金コストを市場金利に連動させることで変動化する仕組みであり、財務上は、PBOの変動性を抑制する(決算に与える影響を安定化できる)ことが可能になる。
しかし、年金制度を変更するにあたって、制度に金利変動という「リスク」を取り込むことについては、十分に認識されていない場合が多い。これは、制度設計が優先している目的と、財務戦略が優先する目的が異なっているためである。
制度設計の段階では、処遇の水準や内容が重視されるために、現在の金利水準と制度上の金利水準のギャップや、将来の金利変動の影響についての認識が低くなりがちである。結果として、財務が期待するような効果が得られないとか、想定しなかったリスクを抱え込んでしまう場合もある(制度設計後、弊社で運用戦略の策定のための分析〔ダイナミックALM〕を行って発見される例もある)。
したがって、このような「不確実な将来」を戦略に取り込む場合には、プランニングの段階から、想定されるリスクを評価するプロセスを組み込んでおく必要がある。ただし、異なる専門分野のチームが関わる場合には、専門以外の分野に対する(専門性が強いが故の)無関心や意見の不一致によって、作業が滞ってしまうリスクが発生する。したがって、横断的なコミュニケーションによる相互理解と、全体を引っ張るリーダーシップが不可欠となる。
B資産のリスクと債務のリスクのバランス
会計上の年金債務であるPBOは、市場金利の変動によって大きく増減する(一般的な日本の確定給付年金では、1%の割引率の変動でPBOは15〜20%変動する)。このリスクは、株式の下落以上に大きなマイナスのインパクトを決算に与える場合がある。
したがって、年金運用では、債務のリスクと資産のリスクの両方をマネージしなければならないが、現状では、資産のリスクだけをみた運用戦略をとっていることが大変多い。これには、以下のような要因が背景にある。
ア)債務のリスクは馴染みが薄い(タイムリーに把握できない)
イ)資産のリスクは、実績として見える(≠理解している)
ウ)人間の脳は、変動する複数の要素を一体で考えるのが苦手
エ)そもそも、両者を一体でマネージする指標を持っていない
年金運営の持つリスクは複数の要因が絡み合っており、一方のリスクしか認識していないと、思わぬ損失を被ることになる。相手にしなければならないリスクの対象と相互の関係を整理し、リスクの本質を捉えなければ、適切なマネジメントは不可能である。
ちなみに、ワトソンワイアットでは、資産と債務の差額の大きさと変動性を「サープラス・リスク」と捉え、両者を一体でマネージするリスク・マネジメント(ダイナミックALM)を提案している。
C長期と短期のバランス
時間は、すべてを解決してくれる魔法の杖であり、最後通牒をつきつける取り立て屋でもある。リスクと時間は、大変密接な関係にある。
時間の持つ、相反する性質が、年金財政と企業財務の方針を対立させることが多い。それは、両者が重視する時間軸が異なることから発生する摩擦である。
長期性の年金債務を賄うには、長期のリターンを最大化する戦略が妥当であるため、短期的には一定の損失が発生することを許容する。一方で、短期的な損失を懸念しすぎると(心理的な要因が影響している場合が多い)、長期的なリターン水準が不足し、年金コストがかえって嵩んでしまうことになる。
このように、同じ運用方針でも1年と3年と10年では、そのリスクの内容が全く異なるため、マネージの方法も異なってくる。
一方で、一本の線で繋がっている時間を、短期と長期に分断したり、一方だけを見てマネージすることにも無理がある。
短期や長期の時間軸が持つメリットとデメリットを考慮して時間とつきあうことは、リスク・マネジメントの重要なポイントになる。
D計画と実行のバランス
これまでの年金運営は、Cで述べたように、長期の時間軸を重視する計画を立ててきた。この計画を阻害する最大の要因は、短期的な市場変動で振れる人間心理によって、不合理な意思決定をしてしまうことにある(下がると売りたくなり、上がると買いたくなる。これが正解の場合もあるが、往々にして、逆の結果になりやすい)。
年金は、敢えて長期の時間軸だけにフォーカスした方針にすることで、運営のディシプリン(規律)を維持し、計画倒れを回避することを優先してきた(短期の時間軸を否定したものではない)。
これは、不安定な人間心理を前提にしたマネジメントである(これが財務部門とぶつかる原因になるが、財務部門も常に合理的ではないことに留意する必要がある)。
「不確実な将来」を相手にするには、まず、己を知ることから始めなければならないが、このような人間心理は、組織のあり様(ガバナンス・レベル)によってコントロール(安定化)することができる。これからの年金運営は、一段上のガバナンス・レベルの構築と、それに基づくリスク・マネジメント(複数の時間軸を持った戦略)が要求され始めている。
バランス・シートの背後にある様々なアンバランスについて、年金運営の分野の一部を紹介したが、これは、年金特有のものではなく、ビジネス全般に共有できるものである。
マネジメントのアンバランスをなくすことが、ビジネス・リスクを最小化するための要諦である。
誤解を恐れずに言えば、「年金運営のリスクは、実はわかりやすい」ものである。なぜなら、年金の場合、将来の不確実性について、相当程度、把握することが可能だからである。
ただし、把握できる将来とは、仮定と前提によって成立しているものにすぎず、現実が、その想定を超えることも少なくない。また、ピンポイントで捉えることはできず、確率に基づいて、発生頻度の高い状況と低い状況を一定のレンジで捉えているにすぎない。
それでも、「わかりやすい」と言うのは、事前に、様々な状況を、定量的に検証することが可能だからである。それによって、不確実な将来に対して、自分たちが取れる/取るべきリスクを認識でき(リスク許容度という)、それに基づいて「現在とるべき行動」の選択肢を、相当程度まで設定できるからである。
翻って、ビジネス・リスクは年金よりもはるかに「わかりにくい」ことは確かである。消費者の嗜好、競合企業の動向等、変動要素は多く、さらに、自らの行動自体が将来の不確実性に変化を与える。
重要なことは、相手にする「リスク」がわかりにくい場合、その意思決定が「リターン主導」になりやすいという弊害が生じることである。そして、「リスク」を十分に理解しない意思決定は、ギャンブル的になったり、必要以上に腰が引けていたり、目先の変化に左右されやすくなる点は、年金運営の場合と全く同じである。
ビジネスについても、年金運営で述べたように、関係しているリスクの種類、リスク相互の関係を多角的に把握し、最適な指標を選択しなければならない。そして、得られるリターンがリスクに見合っているかという「バリエーション評価」=自問自答が必要になる。
年金の意思決定において、複数の部署、複数の専門家が関わり合うなかで、最終的な意思決定のクオリティが、1+1=2にならない例を示した。また、個々では正しい判断をしているにもかかわらず、全体では正解にならない例についても示した。
相対的にリスク(目的・目標と言い換えてもよい)がわかりやすい年金においても、意思決定プロセスは断絶しやすい。
それ故に、「リスク」について自問自答するだけでは、勝者になることはできないのである。リスクを知ることと、それに基づいて、適切な意思決定をすること(マネジメント)は別次元の課題だからである。
バランス・シートの背後にあるマネジメントのアンバランスは、どの企業にも存在するし、それを完全に排除することは現実的ではないが、変化の激しい経済環境の中では、確実に企業の競争力を奪う要因となる。
皆さんが、このアンバランスを探すのであれば、まず、自分の会社では「あたりまえのこと」だったり、「仕方がないこと」だったり、「らしさ」と感じていることから当たってみるとよい。
それらの背後に、アンバランスは潜んでいることが多い。
そして、これらを変えることは容易ではない。
しかし、このアンバランスに対する自問自答を始めることが、競争力に繋がる「リスク・マネジメント」を構築するための突破口になり得る。
それを、年金運営のリスク・マネジメントは教えているのである。
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