【巻頭言】
ビジョンパワー
自問自答によるビジョン再興

1.
世界についての自問自答
世界を自己の中に映し出す
   
2.
内省の技術
人材開発の自問自答

3.
自問自答のガバナンス

4.
今こそ確認すべき役員報酬改革の基本論点

5.
アジアの人材マネジメントを検証する
まず何から検討し、着手すべきか
   
6.
人事部門の再興
人事部門は何を自問自答すべきか

7.
事業構想を進化させる自問自答の要諦
〈リアリティ〉を高める「ロジック」と「パッション」の統合

8.
組織設計の原理原則
「勝つ組織」をデザインする勘どころ、悩みどころ

9.
現場に眠る潜在能力
非正社員の人材マネジメントを考える

10.
変革シナリオの描き方
押さえておくべき変革のステップ

11.
変革「浸透」の鍵
組織のどこを押さえればよいのか

12.
強い管理部門が経営トップの自問自答力を高める
検証機能を高める管理部門改革の進め方

13.
報酬制度の自問の要所
いきなり報酬制度として考えない視点

14.
なぜマネジメントサイクルが回らないのか
「ねじれ」を解消するための自問自答

15.
パブリックセクター経営論
「長」が取り組む自問自答の要点
   
16.
経営者が退職金・年金制度で悩むべきこと
自ら参加し、考えるべき

17.
競争力を改善させるリスク・マネジメント
年金運営が教えるリスクとつきあうための自問自答

18.
ITで悩むべきこと、ITで悩んではいけないこと
“宇宙ボールペン”はなぜ生まれるのか

19.
経営者が人を動かすとき悩むべきこと

【心理学ゼミナール】
キャリア・アップからキャリア・アイデンティティへ

.

経営者が人を動かすとき悩むべきこと
 
 

 

河合 太介



デビルとエンジェル

 プライベートで懇意にしていただいている経営者の方々と、食事をしていた時のこと。会社を設立したばかりという若手経営者の方が、ある縁で参加していた。その経営者は、よい機会とばかりに、相談ごとや、自分の会社のプラン等について、目の前に座るベテラン経営者たちに熱心に話をした。一同感じるものがあった。おそらく、その感じたものは皆同じであった。「言うべきか」という空気が一瞬流れたが、一人の女性経営者が代表して、彼に話をした。
 「ねえ、私厳しいこと言っちゃってもいいかな? あなた経営者よね。悪いけれど、なんだか課長さんみたいよ。経営者として成功したいのだったら、決定的に足りないと感じたことがあったわ。何かと言うとね、あなたの中にデビル性が感じられないのよ」
 デビル性という一言で、彼女は、みんなが伝えたかったことをすべて表現してくれた。
 なるほどと思った。彼女を含め、私が知る成功した経営者に共通する一事象を挙げるとすれば、それは「デビルとエンジェルの同居」である。悪魔のような細心さ、悪魔のような執着性、悪魔のような厳しさ、悪魔のようなドライさ、悪魔のような鋭い目……。時に怖いと感じるくらいのデビル性を宿している。
 この両方を宿している経営者は、例えエンジェルタイムであっても気が抜けない。常にデビル的な脳が動いているからである。
 例えば、ある著名な経営者のケース。彼はたびたび社員、特に管理職クラスをつれて、食事に行く。かしこまった会合目的の食事ではなく、美味しいものでも食べに連れて行くというノリである。難しい話をするわけでもなく、彼のエンジェルがそうさせている時間である。しかし、彼は私にこう言う。「いやあ、そういうつもりで食事をしに行っているわけではないんだけれど、食事をするとその人物に経営を任せていいかどうか、一番よくわかるんだよね。下手な昇格試験より、よっぽどいいよ」と。
 食事のマナーとか、そういう話ではない。実は、彼は食事をしに行った翌日や数日後に、その時連れて行った社員に「どうだったあのレストラン?」と聞くことを、たびたびする。その受け答えでマネジャーとしての能力レベルがだいたいわかるという。
 「駄目なのは、『胃袋』だけで食事しているやつ。いやー、美味しかったですねとか、いいレストランでしたね、とだけ答えて、具体的なことを聞いても大雑把なことしか話ができないやつ。これは駄目だね。優秀なやつは、『胃袋』で食事しながら、同時に『頭』で食事ができるんだよね。あの時のあのサービスの仕方は、考え方として参考にできるとか、具体的なことを覚えているものなんだ。よく見ていると言うのかな。やはり、何かの機会を全部、自分のために頭を働かせられるやつがマネジャーとして大成していくんだよね」と彼は言う。
 鋭い指摘である。しかし、それ以上に、あらゆる場面が、最適な人材選びの試験になっているという、彼のデビル性に驚愕する。

デビルとエンジェルのバランス

 人を動かすとき、経営者は何を悩むべきか。ここで本稿の主題について考えてみる。優秀な経営者をモデルにするならば、やはりデビルとエンジェルの使うタイミングや、そのバランスに対して自問自答すべきではないだろうか。
 「この場面、この状況ではこの人に、あるいは全社員に対してデビル的に対応した方がいいのか、それともエンジェル的な対応をした方がいいのか」。経営者の発する言葉の重さを考えれば、ここはよく自問自答すべきところである。間違えると取り返しがつかない場合もある。
 そしてバランス。人を動かすデビル的なものと言えば、人の「クビ」と「お金」。つまり生殺与奪の権である。これに、いかにエンジェル的なものを同居させ、バランスさせていくかが、人を動かすための自問自答のしどころである。
 昨今、残念ながら、このバランスに対する経営者の自問自答がおろそかかになっている気がする。人材マネジメントに関して言えば、デビル的なところが先にきて、そこで思考停止になっているのだ。デビル性が経営者として成功する上でいかに重要かは既述の通りだが、その一方どこかにエンジェルが同居しているからこそ人がついてくるのである。
 幸い我々はたくさんの経営者に出会える仕事なのだが、怖いほどのデビル性を秘めているのに、なぜかすごい魅力を感じてしまう経営者がいる。それは、この類の人である。
 逆に言うと、デビル性は重要だが、それだけの経営もまたもろいのである。それは、所詮専制君主的に人を動かしているにすぎないかもしれないと、経営者は自問自答すべきである。最悪の場合、生殺与奪に従った、恐怖にもとづき人は動いているわけであって、人心離脱は起きている。だから、一つ小さな穴があくと、もろくも崩壊するリスクを抱えている。

三つのエンジェルパワー

 では、バランス論として、人を動かすために経営者が自問自答すべきエンジェル的な取り組みにはどのようなものがあるのだろうか。これまでお付き合いさせていただいた優秀な経営者を思い起こすと、大切なことが三つあると考える。

1. ビジョン
 ビジョンの持つパワーである。夢を与える、あるべき姿を伝える、という、このエンジェルパワーほど人を動かす力を持ったものはない。このパワーのすごいところは、大勢の人をまとめて動かす力を持つ、しかも、それを同じ方向に向けて動かす力を持つ点である。ビジョン以外に、この力を持った経営的な道具はほかにない。
 しかしながら、実際、成果主義を導入するとき、あるいは人事制度を大きく変えるとき等、その手前で、このビジョンまできちんと自問自答している会社はどれくらいあるのだろうか。
 ビジョンは心を打つものでなければならない。しかし、おしゃれである必要はない。ありきたりの言葉でもかまわない。肝要なのは、その会社の真実の方向性をぐさりとさすものであることだ。したがって、これを作り出そうとすると、経営者はその時期、相当な自問自答が必要となる。
 作って終わりでもない。経営者はビジョンにパワーを持たせるため、繰り返し、繰り返しこのビジョンを説くといった、自分自身がこの作業にパワーをかけることも必要となる。事例を一つ示す。
 「人間尊重企業」というビジョンを掲げた会社がある。月次の戦略会議のたびごとに、プレゼンをするマネジャーたちに向けて、その経営者は次のように投げかける。「人間尊重企業というビジョンを、お客様に対する、どういう仕組みとして君の部署は作ろうとしているのか」「人間尊重というビジョンを、うちの人材マネジメントの仕組みとして、どう落とそうとしているのか」
 ビジョンをスローガンに終わらせず、具体的な仕組みへの取り組みとして常に意識させるのである。つまり、この投げかけを通じて、今度はマネジャーたち自身に自問自答させるという流れを作っているのである。

2. 人材への投資
 人を正しい方向に動かすためには、生殺与奪だけではだめで、やはり、人に対する投資的姿勢が必要となる。人を育てるというエンジェルパワーである。
 ある不動産関連経営者がいる。彼は、自分たちの仕事は職人的なところが強く、したがって、社員には本当にプロとして動いて欲しいと思っていた。しかし、なかなかそうはいかず、サラリーマン的な動きから抜けきれずにいた。彼は自問自答した。時間にして年単位で自問自答し続けた。ある時彼は考えた。「やはりセンスの差か」と。
 しかし彼はさらに自問自答を続けた。「でも、センスはどこからくるのだろうか」と。その時彼は「意識の重要性」に思いがいたった。
 彼は私にこう語った。「大学を落ちた受験生は、帰り道にやたらと予備校の看板が目に飛び込んでくるじゃないですか。あれっ?街にこんなに予備校ってあったかなあと思うくらい目につきますよね。例えば同じように、妊婦さんの場合だと、今度は産婦人科の看板がやたら気になってくる。これ、すべて意識のなせる業なんですよね。つまり、人間、意識すると、普段目に見えないものがよく見えてくるようになるわけです。例えて言うと、街中のあらゆる看板が、自分の仕事に関する看板に見えてくるわけです。別な言葉で言うと、自分の周りにあるいろいろな情報を、自分の仕事にひきつけて見られる、考えられるようになるわけです。よく、発明や発見が、まったくその仕事とは無関係なことに刺激を受けて、それがヒントになって生まれるといいますよね。それは、こうしたことだと思うんです」
 そこまで思い及び、しかし彼は、「意識化」させるための投資を自分が社員にしてこなかったことに気づいたらしい。そこで彼は、経費の無駄をとることは大切にし続けるが、経費の使い方をもっと考えるようにした。つまり、意識化のために必要な経費は、投資として使っていく方向転換をしたのである。
 どのような投資をすべきか、そこでまた彼は自問自答した。「自分たちの仕事は、『生活の豊かさ感』を売るのが仕事である。したがって、社員自身が豊かさを経験しておかなくてはいけない。実経験することで興味がわき、そのことがその方面に対して、普段から意識がいくことを手伝うようにする」と考えた。
 そこで彼は、例えば、社員が出張する際のホテルを、その街にある高級ホテルに泊まることを勧めるようにした。社員の懇親会も、低料金の居酒屋ではなく、できるだけ先端でおしゃれで、ラグジュアリー感もあるレストランで行うように勧めた。
 また海外出張の際は、必要日数に加えて1泊延泊してくることを勧めている。その理由を尋ねると、「必要日数は、『今の仕事』のために使う時間です。しかし、せっかく海外に行ったのだから、もう1日時間をとって、『明日の仕事』の糧になるような自分の時間の使い方をしてきて欲しいと思ったのです」と答えた。
 その一方、彼は、例えば、普段の服装に厳しく言うようにした。「生活の豊かさ感」を売る仕事についている人間としての意識が希薄な着こなしをしていると注意をするらしい。「それは、ドレスアップでなくて、ドレスダウンだよ」と目を光らせる。これも、経営者の時間をそこに使うという、いわば投資的活動である。
 彼は言う。「無駄に終わる人もいるかもしれません。しかし、長い時間でみれば、全体として、会社にとって必ずプラスになって返ってくる。そう信じています」と。

3. 認知
 人を動かすためには、人を認めてあげることが大切になる。人を○と×だけに分けるのではなく、「この人はどうしたら活かせるのか」を自問自答するのが、優秀な経営者の特徴である。課題を認識しながらも、長所に目をつけようとするのである。
 「自分は認められている」という気持ち、つまり認知というエンジェルパワーは、お金以上に人のモチベーションに継続性をもつ。
 ある居酒屋経営者の話。自分の経営するお店に、能力的にはかなり厳しい女性社員が入ってきた。メニューに書いてある漢字を読むことも、計算も、相当あやしいレベルだったという。やる気もあまり感じられない。
 「さあ、どうしたものか」と、彼は自問自答した。しばらく使ってみて、駄目だったらクビを切ることも可能だが、それではお店にとっても、その社員にとっても不幸せでしかない。彼は、何度かその社員と話をしてみた。その時ふと気づいたことがあった。話の合間に漏れる彼女の笑顔が、何となくチャーミングだったのである。そこで彼は考えて言った。「あなたは他の仕事は一切忘れてもいいから、お客様のビールの注文をとることに専念してもらえないか」と。面白いもので、その笑顔がお客様にも魅力的に映ったのだろう、しばらくして彼女が、ビール注文数の月間チャンピオンになった。
 そこから彼女が変わった。彼いわく、「彼女はもしかしたら、生まれて初めて人から『認めてもらう』という経験をしたんじゃないか」ということだった。自分のいいところを見つけてもらい、それで成果が出た。そのことで彼女は、自分から能動的に、いろいろと勉強をしたり、何かと質問をしたりするようになったという。
 「これは副次的な効果だったのだが……」と彼は話を続ける。「彼女がそうやって変わっていく姿を見て、周りのメンバーが刺激を受けて頑張り始めたり、いいチームワークが生まれるようになったんだよね」
 そう、認知は偉大なるエンジェルパワーを持つのである。

 本気になった人の動きを作るという目的においては、お金というデビルパワーも大切だが、そこで思考停止せず、エンジェルパワーについての自問自答を徹底すべきである。

トップへ戻る ▲

●河合太介 かわい だいすけ/金融系シンクタンクを経てワトソンワイアット株式会社入社。チェンジマネジメントの視点からの新しい組織・人材マネジメントの仕組み開発・導入を大手企業からベンチャー企業まで幅広い分野で行う。著書に『よくわかる成果主義』(日本実業出版社)、『成果主義人事制度事例集』(日経連出版部、共著)、『これから10年給料はどうなる』(日本能率協会マネジメントセンター、共著)ほか。論説に、『日経産業新聞』「深慮実践」に連載など多数。慶応MCC(丸の内シティーキャンパス)で講師を務めるほか、ISL(Institute of Strategic Leadership:NPO法人)パートナー、グルメコラム連載等社外での活動も幅広く行っている。早稲田大学政治経済学部政治学科卒。