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【巻頭言】 |
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【巻頭言】
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ワトソン ワイアット株式会社 |
前号では、「自問自答の経営」をテーマに掲げて、東京オフィスの各メンバー自身の自問自答による最新の経営課題の解説を試みた。
今回はこの自問自答を、ひとつの切り口からさらに進展させようと思う。その切り口とは「日本」である。
最近、経営層の方々と経営モデルについて議論していると、もう「日本型」だ「アングロサクソン型」だといった議論はやめましょう、という空気がある。もともと日本人は「日本人論」が大好きな国民であると言われてきた。もう食傷気味なほど、いろいろな場面で議論したし、日本特殊論も聞き飽きた。日本企業といっても、様々あるのだから、単純なステレオタイピングには意味がない。
その通りである。ただ、気になるのは、そう言った後に決してそれ以上の議論が出てこない。「日本論」をやめた途端に、一種の思考停止に陥るのである。
そこで今回のレビューでは、あえて「日本」を取り上げる。これには私個人の経験が理由になっている。実は今年が、私の米国スタンフォード大学修士課程修了20周年にあたる。
当時、1980年代前半は、まさに「ジャパン・アズ・No.1」の時代で、アメリカの一流大学に日本人がたくさん在籍していたのである。例えば、ハーバードビジネススクール(HBS)には企業派遣の日本人留学生が一学年に約30人いた。それが、数年前に弊社の会社説明会のためボストンを訪れたとき、あるHBS留学生は、「一年生には日本人は3人しかいない」と言った。
今のアメリカのトップスクールでは、ビジネスでもエンジニアリングでも、中国人とインド人だらけであるらしい。アメリカの大学は顧客志向を徹底していることを考えると、将来のビジネスリーダーにとって、日本人とのネットワークにはもう価値がない、これからは、中国とインドが重要だ、と表明していることになる。
これは、やはり日本で生まれ育った私には、不愉快なことであり、今世界に出て学びたいと思っている日本の若者にも申し訳が立たない。日本、日本企業、日本人の世界での存在感を格段に高めたい。もちろん、「日本」が今よりもっともっと世界に貢献できると信じているからである。
単に私が日本人であることで、初めて会ったアメリカ人から尊敬を受けた80年代前半の姿を再興したい。「ジャパン・アズ・No.1」再興である。そのための鍵は何か、どんな準備をして、何にチャレンジすべきなのか。その成功のためには、何を変えなければならないのだろうか。そして何を変えてはいけないのか。日本企業の経営に焦点を当てて考えてみたい。
今の日本企業は、事業の選択と集中によるリストラクチャリングが最終章に差しかかり、北米と中国の安定成長が業績を押し上げた。ようやく一息つける状況まで回復した。
ここで日本企業は何をまず考えるべきか。過去の「失われた10年」を振り返り、「これからの10年」の企業のありたい姿を描く「経営構想」を練り上げる必要がある。そして、その方向を議論するための基本的な「価値観の軸」を定めねばならない。
中国、インドの急成長、地球資源の限界、温暖化の足音、人口減少社会の到来など、今まで企業経営に関係が薄かった、地球規模のマクロ変化が大きな影響を与える時代に我々は生きている。明らかに、株主へのリターンのみを最大化するようなアメリカ型経営のコンセプトは時代遅れである。世界的にもCSR(企業の社会的責任)が注目されるのは当然だ。
そこで、今後のマクロ変化を見越したとき、あなたの会社、事業、組織、個々の人材の「存在意義」を説明できるだろうか。誰にでも分かるようなシンプルさをもって、会社と社員の持つ価値を定義できるだろうか。社会と会社、会社と社員各々の距離感や関係性を明快に定義できるだろうか。
これらを総称して、私は「誉れ」と呼んでいる。この「誉れ」を定義しない限り、どのような企業像と組織像を目指すのか、そこで働く人の価値観や情熱のあるべき姿はどのようなものなのかが見えてこない。社会、さらに地球から要請されているあなたの会社の価値とは何か。
次になすべきことは、自社の誉れに照らし、誉れを実現できる、奥深くにある自社の競争力の源泉を見定める。なぜ基幹事業で勝てていたのか、周辺事業に進出してうまくトップクラスの地位を築けた事業とそうでない事業との差はどこにあったのか。また、基幹事業の競争力がなぜ近年減退したのか。変革の打ち手は効果があったのか無かったのか、また何故なのか。
このように、自問自答を重ねていくうちに「見えてくるもの」があるはずだ。競争力の根っこを支えてきた「人材」に思い至るはずである。なるほど、個々の人材で見ると、世界に打って出て一人で競争相手を打ちのめすような人材は皆無かもしれない。しかし、こつこつとアイデアを積み上げ改善を怠らず、自社への思い入れが人一倍強い「チーム」が競争力の源泉になっているのに気づくはずだ。ここに伝統的日本企業が作り込んできた強さの源泉を発見するケースが多い。
「失われた10年」の間に、日本企業経営者の自信喪失から、この強さが孕む弱さのほうに目が行って、アメリカ型経営を持ち込んだ企業が多かったのである。その結果、この本来の強みまでも失って、激化する競争環境の中で流浪する日本企業を生み出した。中途半端な信念と自信では、力強く成長する企業へと再生するのは困難である。
図を見てほしい。多くの日本企業の強さの源泉は、「誉れ」でバックアップされた、「顧客への長期コミットメント」と「社員への長期コミットメント」である。ここに、「プロセスの磨き重視」や「徹底チーム主義」のような、日本社会の文化や智恵が加わったモデルである。
しかし、この日本要素は同時に「甘え」や「相互依存」、意思決定の「スピードの遅さ」などの経営上の本質的なリスクを内包している。したがって、この部分を補うために、ガバナンス改革や、成果主義の導入が必要なのである。しかし、注意しなくてはならないのは、強さの源泉は「日本」要素の徹底なのであって、新しい経営の仕組みは、あくまでもその弱みの補完でしかないことである。
「主」と「従」を間違ってはいけないのである。この点を完全に理解している「トヨタ」が世界で圧倒的に勝ち続け、主と従が逆転してしまった「ソニー」が未だ復活の道半ばで苦労されているのではないだろうか。
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図/日本企業の強さとリスク |
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あるアナリストは「資本主義の時代は終わった」と言う。つまり、「資本」が生み出す超過利潤は消えて過去のものとなり、「人的資本」のみが利潤源泉になる時代がすでに到来していると言う。
これを前提とすれば、新しいダイナミズムを兼ね備えた「進化型日本企業」を担う人材を、いかに調達し、開発し、動機付けるかが、日本企業の最重要な経営課題となる。
日本要素の徹底による現場の再強化に加え、「スピード経営」や社員相互の「甘えの排除」を実現する「経営チーム」を作らねばならない。しかも、「経営」と「強い現場」の両者は遊離せず、同じ「誉れ」つまり共通の価値観に根ざして、柔軟かつ強力に相互リンクしていなくてはならない。
過去の日本企業のように、「皆同じ」な日本型村社会モデルではないのである。進化形でなくてはならない。人材マネジメントの難度も相当高い。
さらに、ここで明確に人的側面でも「グローバル」へとギアをシフトする必要がある。日本人のみで会社組織全体を組み立てることはすでに不可能である。
つまり、「異文化マネジメント」や、日本国内での「人口減少社会」対応といった、今までに経験したことがない、インパクトの大きな挑戦に打ち勝たねばならない。
明らかに今までよりも「多様」なグローバル人材を共通の「価値観」で結び、なおかつ個々の潜在力を最大限開花させられる「グローバルな場」のデザインと新しい「運営システム」の構想が求められているのである。
このように挑戦度の高い変革に立ち向かう鍵を握る「人材」をどのように確保すればいいのだろうか。世界の人材マーケットから「価値観」が一致するトップクラスの人材を惹きつけねばならない。
あなたの会社がどうしても必要な人材に「ぜひ働きたい」と思ってもらわねばならない。
そのために、まずはあなたの会社の「誉れ」をいかに効果的にマーケットにコミュニケートできるかが問われる。これからの最も重要なトップの役割である。つまり「誉れ」をトップ自ら、広く世界に向けて、語りかけなければならない。
この企業はどこへ向かう「船」なのか、どのような価値観、情熱や夢をもった人に乗ってほしいのか、そのような人にどんな成長の場を提供できるのか。そして、企業として、トップを張る人間として、新たに乗り込んでくる人材にどれだけコミットしたいのか。
このようなメッセージをどれだけシンプルに、かつダイレクトに発信できるか。このメッセージは、同時に今すでに仲間となっている社員への「どう行動してほしいか」の効果的なコミュニケーションにもなるものである。
このように極めてソフトな部分の経営の巧拙があなたの会社の将来を大きく左右するのである。難度が高い分、先行者利得は大きい。結局は望む「人材」の獲得度が構想実現のスピードと到達点の高さを決めてしまうからである。
自社の将来価値の可能性を決して低めに見積もってはならない。多くの日本企業が秘める潜在力はとても大きい。
人への「尊厳」や「心」への関心の深さが、創業のDNAに組み込まれている多くの日本企業のほうが、単に資本からの超過利潤追求を目的とする欧米企業よりも、世界から価値ある人材を惹きつける、真のグローバル企業モデルになりうるのではないだろうか。
「志」は圧倒的に高く持たねばならない。
本レビューでは、この「日本」要素を様々な角度から検証してみたいと思います。読者の皆様が経営構想を自問自答する際に、何らかの知的刺激になればと願っています。
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