【巻頭言】
「日本」原点回帰の経営進化

1.
日本の本業再構築
Lifetime Commitment と一所懸命の精神
   
2.
「不易流行」による日本的経営の進化
グローバル競争力を高める戦略のフレームワーク

3.
日本的なる世界観と経営

4.
役員報酬改革に「日本」解はあるか

5.
アジアでの「日本」的人材育成のあり方
アジア的価値観に配慮しつつ、日本の良さを活かす
   
6.
プロジェクトXを超えた日本型イノベーション組織
価値創造の人材マネジメント

7.
企業における「民主化」と「開港」
日本再興に向けた企業維新

8.
「日本」磨き型サービス企業は世界で勝てるか

9.
日本における成果主義人事制度の意味合い
あなたの会社は人間らしさを持っていますか?

10.
「これからの10年」第一歩の踏み出し方
「育成のDNA」を失う前に

11.
R&D人材マネジメントの日本解
   
12.
パブリックセクター「日本」論
「日本」要素はすべて弱点か

13.
追憶のプログラムマネジメント
米国企業の鏡に映った「日本」

14.
分母としての日本
その組織編集力

15.
和風「強味構造」のグローバル伝道
Japan X Cool’構想(ジャパン・ス・クール)
   

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日本の本業再構築
Lifetime Commitment と一所懸命の精神
 

 

竹田 年朗

一所懸命に取り組んでこそ本業

 本業の「再」構築とは、自企業の優れた点を改めて見つめ直し、その本質に基づいてこれを磨き、資源配分を転換したり新たな経営課題を加えたりして、トータルで企業をさらなる高みに導こうとする営みである。長い雌伏の期間を経て、いざ攻めに転じようという場合も、過去10年間連続増収増益という場合も当てはまる。
 本業と断っているのは、本業は企業の根っこであり、ここに企業のすべてが凝縮されているからである。自分たちは何の事業をやっているのか(何屋なのか)、世の中にとってそれにどのような価値があるのか、顧客がなぜ我が社の製品やサービスを選ぶのか、社員はなぜ我が社で働くのか、なぜそこまで働いてくれるのか……歴史のある企業も新興企業も、本来厳しく自問自答してきたはずである。
 本業にはもうひとつ重要な観点がある。不調だからといって、そう簡単に取り替えられないのである。多角化事業や周辺事業からは撤退できる。しかし、本業であれば、業績不振が続こうが、他社も軒並み不振であろうが、逆境をバネとし、そこで知恵を出し、努力して何とかしていかなければならない。そこから本業進化の道が開かれ、新たな成長が始まるのだ。

なぜ「選択と集中」なのか

 バブルが弾けて改めて明らかになった問題は、1企業が参入した事業の数が多すぎ、その結果、1事業に参入する企業の数が多すぎた、ということであった。そして、この事態を収拾するのに、金融機関も含め全体で長い時間がかかった。
 この間、企業会計や法制度の整備が進められ、企業に都合の悪いことは隠せなくなる一方で、事業の選択と集中が行いやすくなっている。事業の売却といったストレートな打ち手のほかにも、複数の会社から同じ事業を切り出して1企業にまとめ、切り出した先でより大きな競争優位を獲得しようという動きが、総合電機、建材など様々な業界で出てきた。企業の常識は大きく変わった。
 なぜ「選択と集中」が有効必須な打ち手であるか。それは、@事業ポジション(例えばシェア)が強いほど、研究、開発、調達、生産、販売、物流、顧客管理、ブランド管理など、事業の全断面にわたって多くの経験を積むことができ、A多くの経験を積んだ企業ほど、そこからの学習によって事業をうまく経営できる。そして、B優れた事業経営によって他社よりも高い利益が得られ、Cそれを顧客基盤、商品・サービスの開発、オペレーションに再投資して、さらに事業ポジションを強化し、より多くの経験を積む機会を手に入れられるからである。つまり、「選択と集中」により取り組む事業を絞り、資源を集中投入すれば、経営の質を高める一連の動きを加速できるようになる。(※1)(図1)

図1/事業経験の蓄積による企業の進化



似て非なる「規模の経済」

 図1は、規模の経済を説明した図のようにも見えるので、違いを説明する。規模の経済の眼目は、規模獲得による@徹底した効率化(管理間接部門など)、A交渉力強化(購買、販売など)、B投資ポートフォリオの最適化(研究開発など)であり、規模の達成はこれらの達成を自動的に約束する。ここでは、事業についての経験やそこからの学習という概念は、前面に出てこない。
 例えば、「事業経験蓄積進化論」では経験を蓄積して生かすために、現場が優秀で、かつ経営が現場を理解していることが絶対に必要だが、「規模経済論」では、M&Aなど規模獲得のための経営判断のキレを有していることがほぼすべてである。
 また、「事業経験蓄積進化論」でいうシェアは、要件定義が明確な顧客・市場におけるシェアで、こだわる、学習する、磨くといった言葉がなじむものである。これに対して「規模経済論」では、シェアの分母の定義にはさほどの深みを必要としない。
 さらに、余剰人員に関しては、「事業経験蓄積進化論」では人材を他所で活用できる可能性を必ず検討するが、「規模経済論」では人員削減以上に考えるべきことは、本来ない。もし検討するなら、検討する理由が必要になるかもしれない。
 要するに人材に対する見方が違う。「事業経験蓄積進化論」では、社員は付加価値創出の源泉であり、学習する主体であり、経験を蓄積して運ぶ舟である。「規模経済論」での社員は、必要スキルと必要数を定義されたリソース(頭数)である。

普通のまじめな社員の価値

 英断する経営者、ブレークスルーをもたらす先駆者、統合的課題が解決できる高度な問題解決者など、付加価値の認定が容易なコア人材は、当然どちらの考え方でも高く評価される。M&Aの際にコア人材に辞められるという事態は、「規模経済論」では例えば展開時間の損失と認識する。
 しかし、「事業経験蓄積進化論」ではコア人材に加えて、普通のまじめな社員も高く評価する。顧客を深く愛し、事業と会社に誇りをもち、仕事を知悉し、様々な事態を経験している社員が、チームで一体感を持って仕事をしているというならば、それは顧客にとって望みうる最高の状況である。勉強し、新たな発案を生み、問題発生を予防し、発生した問題を顧客志向で手際よく解決し、改善を行う、といった信頼醸成・蓄積のサイクルが回っている。
 ここで登場する普通のまじめな社員は、転職市場では普通の評価は十分受けるが、それ以上は難しい。なぜならば、それ以上のところは、今の会社で働くことで価値になっているからである。企業から見ても、代替人材の調達は可能であるが、同じ人に働いてもらったほうがベターであるから、適材適所を見ながらできるだけ長期で人材にコミットする。誇りを持って長期に働き、また働いてもらうことにも十分な意義があるのである。(※2)

図2/普通のまじめな社員が企業価値を支える



「いざ鎌倉」に備える価値

 プラントの運転・保守の仕事では、科学と経験をベースに、需要を満たしながらも事故を起こさないようにプラントを運転し、事故防止のための点検保守を行い、万一事故発生時には被害を最小に食い止め、復旧を最短で行う、といったことが顧客の信頼を獲得するために求められる。その一部については使うことがないよう願いながら、技術・技能を継承し、磨いているのである。
 顧客満足やコンプライアンス、CSRなども、広い意味で同様に考えることができる。まず予防が重要であり、企画や販売などとのリンクを戦略的に設計することも重要であるが、有事の対応を損ねればすべてが終わりである。そして事業によっては、有事対応機能は自社で保有しておくしか選択肢がないのである。
 これらは、当期の利益ばかり気にする経営者や株主には、費用項目にしか見えない。しかし、ファイナンスの理論からはキャッシュフローと対をなすボラティリティ(ばらつき)低減の重要な打ち手である。
 「規模経済論」における一般社員の扱いは、必要員数は投入されているか(足りていればOK)、より少ないコストでそれを実現できないか(低コストならなおOK)といった、頭数と単価の域を出にくい。しかし「事業経験蓄積進化論」なら、普通のまじめな社員や、「いざ鎌倉」に備える価値に関する論点を広く掬い上げることができる。

企業の出来

 誰でも知っている通り、シェアトップの企業の収益性が業界1位であるとは限らない。本来のあるべき業績との差を生んでいるのは、企業レベルの差である。つまり経営の差であり、社員の差である。それを事業ポジション強化+規模の経済で解消しようとM&Aを行っても、結果としてメガC級企業を生むのであれば問題解決に近づいたことにはならない。

図3/業績格差を見る視点

 C級からB級、B級からA級に上がる努力を重ねつつ、じわじわと右にも移動し、機を見てM&Aでぐっと右へ移動する。そのうちに各所改善相整って、上方移動する。上方移動については、強力な牽引部門が存在し、他部門がそれに引きずられるイメージでもいい。(※3)
 M&Aを視野に入れた企業改革の検討は、問題を聖域なく、包括的に洗い出すことができて、非常に有効である。チャンスを手にするために行わなければならない準備が明確になるだけでなく、開けたパンドラの箱から出てきた中身をよく棚卸しすれば、M&Aのタイミングにあるかどうかも想像できる。
 PMI(Post Merger Integration、買収合併後の統合)という経営課題用語、あるいはサービスの名称が一般化している通り、M&Aの失敗の歴史から学んで、M&Aは単なる始まりに過ぎないという認識が定着してきた。
 一方で、PMIがスムーズに進むように業務を標準化しておけば、どんどんM&A(または自力展開)ができ、強い競争力となる。グローバルでローカル社員を相手に使えるように標準化するのがカギで、グローバルトップ企業はこのレベルに近づいている。

一所懸命の経営

 日本人に戦略がないとか、日本的経営モデルでは勝てないとか、日本人には改革はできないとか、日本を一言で括って論じるのは乱暴だが、一流の日本に徹しなかったことが、ほとんどの場合の日本の問題だった、とは言えるかもしれない。
 自浄作用を失った企業、短期間に意思決定ができない企業、標準化を推進できない企業など、日本の強みの裏返しのような弱点を背負う企業は多い。そこを仕組みを入れて補正し、日本の本業再構築を徹底したい。
 今こそ、一所懸命の経営が必要である。

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(※1)医薬やエンターテインメントなど、ヒット商品が出るかどうかで業績が大振れする業界がある。この
   ような業界の場合は、普通の商品しかない時をどう凌ぐか、凌げるようにしておくかをお考えいただけ
   れば、この考え方が理解しやすい。

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(※2)終身雇用は日本を特徴づける重要な要素として世界中で知られている。この概念は1958年に
   J .Abegglen氏により発表されたが、終身雇用の原語は実はLifetimee Employment ではなく、Lifetime
   Commitmentであった。本稿では、Lifetime Commitmentに日本古来の概念である「一所懸命」を当て
   ている。背景となる「御恩と奉公」は本来双務的関係で、一方が義務を果たさなくなれば関係は終了
   する浄化機能を持っている。

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(※3)不幸にして、もはやそこまでの時間が残されていない場合は、いったん大手術をして、そこからやり
   直すことになるだろう。実際、経営危機から脱するために大鉈を振るった会社は少なくない。

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●竹田年朗 たけだ としろう/大林組、マッキンゼー、ベインを経てワトソン ワイアット株式会社入社。本業再構築、組織設計などの統合的課題を中心に、これまで数多くの経営課題解決プロジェクトをリードしてきた。論文に「ポストモダンの人材マネジメント」(ダイヤモンド・ハーバードビジネスレビュー、共著)など。最近は、人の育ちに関する講演や執筆も行っている。東京大学法学部卒、米国コーネル大学経営学修士(MBA)。