
|
【巻頭言】 |
. |
「不易流行」による日本的経営の進化
|
||||||||||
![]() |
中島 正樹 |
「戦略」には大きく二つのタイプがある。企業が収益性と競争力を高めて生き残るには、@「自社の組織を鍛え、いかなる厳しい状況でも競争相手に勝つ能力を獲得する」という「組織能力」重視による戦略と、A「魅力ある事業分野を他に先んじて見つけ出し有利な位置を確保する」という「ポジショニング」重視による戦略である。日本では「戦略」と言えば「選択と集中」とすぐ想起されるように、ハーバード大のマイケル・ポーター教授らの「ポジショニング」戦略の立場から議論が進められることが一般的になっている。
80年代から90年代にかけて「日本的経営」に対する評価は大きく変わった。日本は「ジャパン・アズ・No.1」と持ち上げられ、次には「日本企業には戦略がない」と酷評された。社会や文化に深く根ざした企業の特性が大きく変わらないにもかかわらず、こうした大きな評価の変化が起きたのは、日本企業の業績が急降下したことに加え、企業戦略に対する世界の見方が、理解するのも転用するのも難しい「組織能力」から、分かりやすく応用も可能な「ポジショニング」へと傾いたためだと考えられる。
しかし、どんなに「ポジショニング」精度が高くても、そこで高い「組織能力」を持たなければ、高収益を継続することは難しい。高い収益性と競争力を実現するためには、高い「組織能力」の構築と高い精度の「ポジショニング」の両方が必要なのである(図1)。
今回は、「組織能力」戦略と「ポジショニング」戦略の両方の視点を合わせることにより、今後日本企業がグローバルな競争力を獲得するための戦略の方向性と日本的経営の進化の方向性について論じてみたい。
|
図1/2タイプの戦略 |
![]() |
(1)組織能力の構築では「ジャパン・アズ・No.1」
日本企業は、二つの特殊性を掛け合わせることによって圧倒的な組織能力を築いてきたと言える。
一つめの特殊性は、社会システムの特殊性である。アメリカ企業は純粋に経済的な目的のために運営されているのに対して、日本企業は「人」を原点にした「共同体」である。したがって、長期雇用へのコミットメントや短期的収益よりも将来のための投資を重視するなどが基本行動となってきた。「日本式経営にもしも秘訣があるとするならば『人間』がすべての原点になっているというこの一点につきる」という故盛田昭夫ソニー元会長の看破は鋭さを失わない。
二つめの特殊性は、個々の企業による組織能力構築の独自性である。例えば、トヨタとホンダでは開発のやり方も生産方式も違うというように、組織固有の行動様式が暗黙知も介した独自の形で蓄積され、体系化されることによって、外から買ってきても容易には真似できないようなレベルの能力が構築されていくのである。
以前、トヨタグループでも最も品質レベルが高いと言われる工場の責任者の話を聞いたことがあるが、品質向上施策の大半が技術的に不具合をどう減らすかの話ではなく(そんな話はすでに解決済みで)、不具合を未然に防ぐための工員の意識や工場全体の文化をどのように醸成するかというものであったことに感心した。それらを他社がそっくり真似てみたところで、組織環境の前提条件が同一にならない限り、同レベルの品質が達成できるとはとても思えないほど独自性が際立っていたからである。
仮に海外の競合企業が「シックスシグマ」のような手法でプロセス自体を科学的に再現できたとしても、そのプロセスの改善を自律的に実施していくメカニズムやそのメカニズムを働かせる原動力となっている個々の企業の共通価値観や社会的システムの効果を再現するのは、困難だろう。
日本企業にとって「組織能力」は競争力の源泉である。日本企業と競合する海外企業が「組織能力」ではなく、「ポジショニング」に勝機を見出したのはこの証拠であろう。
(2)しかしポジショニングでは「戦略不在」
バブル崩壊後、業績不振にあえぐ日本企業に対して、ポジショニング重視派は「戦略不在」の烙印を押した。ここでは改めて詳細に論じないが、80年代に展開した「多角化」と「グローバル化」には確かに「セグメント」という概念はなかった。これに加え、「限界利益さえ出れば」と収益性に目をつぶった経営陣の姿勢によって、マネジメント不能の状況が作り出されていた。
当時、複数の日本企業のグローバル事業再構築のプロジェクトに関わる機会があったが、ほぼ例外なく、本社は各事業・地域の収益性を正確に把握できていなかった。「戦略不在」という評価は正しかったと言わざるをえない。
(1)組織能力が高くポジショニングが弱くなった本質的原因
日本企業が組織能力の高さとポジショニングの弱さを同時に生み出したのは偶然ではない。継続的な変化にインクリメンタルに対応することを得意とした日本企業が、以下のような特徴を持つ国内市場に適応し過ぎたことがその本質的な原因だったと考えられる。
第一の特徴は、国内市場で競争力を強化する手段として、組織能力が偏重されたことである。「低コストで高品質な製品が作れれば必ず売れる。だから組織能力を高める」という考えが支配的な中、同業プレーヤー間で模倣と横並びの熾烈な競争が繰り広げられたのが国内市場の競争の特性であった。
第二の特徴は、国内市場が均質な「お客様」市場と考えられたことである。市場が「一億総中流」と形容される同質性の高いステージにあり、「お客様はみな神様」で差別はいけないことだと思えば、セグメントという発想は容易に出てこない。ポジショニングではなく、「どれだけシェアを取るか」が競争目標となったのは合理的な判断であったとも言える。
第三の特徴は、社員のためならば収益を犠牲とすることもいとわなかったことである。経営者の役割が、株主への利益貢献ではなく、「経営者と運命をともにしているのだという気持ち」を抱かせた社員を守ることだと定義するならば、ポジショニングを変えて人員削減を招くより雇用維持を優先するのは、自然な判断であっただろう。
(2)競争力向上のボトルネックとなるポジショニング欠如
しかし、グローバル競争の始まりと国内市場の顧客が多様化したことにより、「日本的経営」は旧来の国内市場に過剰適応したがための弱点を露呈させた。
例えば、ノキアやデルは日本製の部品を使って最終製品で巨額の利益を上げている。東芝などの総合電機メーカーは部品では利益を上げられても、最終製品での大きなヒットがない。トヨタのレクサスはBMWやベンツの後塵を拝しているなど、日本企業には組織能力であるもの造りの力を製品としてポジショニングする力(例えば製品企画力、ブランド力など)が欠けている。国内市場にも上記の特徴が消滅してしまった今、ポジショニングの欠如が、日本企業の成長のボトルネックとなることは明白である。
(3)「共同体」の崩壊による組織能力の低下
しかし、日本的経営にとっての課題は、ポジショニング能力の構築だけではない。これまで強みであった組織能力を支えていた前提条件が一部で崩れる兆しを見せている。
なかでも最も留意すべきは、経営の原点が「人(社員)」から「投資家」へとシフトすることによる「共同体」の崩壊である。投資家からの圧力で収益性を取り、長期雇用へのコミットメント等を一部でも放棄するならば、経営と現場の間に亀裂が入り、組織能力を支えてきた現場の忠誠心やチームワークを崩すことになる。
そしてこれは、これまでの日本企業の組織能力の強みに致命的なダメージを与えかねない。グローバルにも成功を収め、米国勤務の長いトヨタの張副会長やキヤノンの御手洗社長などの経営者が、共通して「終身雇用は(中略)グローバル市場を生き抜く上での貴重なコアコンピタンスだと思っている」(キヤノン御手洗社長)などと長期雇用の堅持を明言するのは、この危機感の裏返しとも取れる。
以上、日本企業がグローバル市場に通じる競争力・収益力を高めるためには、ポジショニングを改善し、これまでの組織能力を維持・強化することが課題であることを論じてきた。
これらの課題を解決するためには、どのような戦略が必要なのだろうか? また、その戦略をマネジメントするために日本的経営はどのような進化を遂げる必要があるのだろうか?
「不易流行」という言葉がある。元は芭蕉の俳諧用語で、「不易」は基本である永遠性を、「流行」はその時々の新風の体を意味する。ここでは日本的経営の進化をこのコンセプトをベースに論じてみたい。グローバル市場に通じる高い競争力・収益性を実現するために、維持すべき「基本」は何か、また市場環境の変化に合わせ取り込むべき「型」は何なのかを明確にするためである。
|
図2/戦略のフレームワーク:「不易」と「流行」の組み合わせ |
![]() |
(1)維持すべき「基本」に取り込むべき「型」を組み合わせる
維持・強化すべき日本的経営の「基本」とは何だろうか? 例えば、@「お客様は神様」で示される顧客への強いコミットメント、A現場のチームワークによる低コスト高品質の徹底追求、そしてB長期雇用へのコミットメントによる「共同体」の維持、は不可欠の要素として挙げられるだろう。
しかし、日本の「基本」を極めてもそのままでは世界には通じない。これらの「基本」要素をグローバル市場での高い競争力と収益性に結びつける新たな「型」を取り込むことが必要なのである。
この「基本」への「型」の組み合わせが日本企業にとっての個々の戦略の方向性となる。(図2)
例えば、「顧客への強いコミットメント」という「基本」に、顧客に対しグローバル市場の中でも独自の価値を提供するという「型」を導入する。これによって価値創造のフォーカスを明確に定義し、リソースの投入を集中させることによって、グローバル市場にも通じる競争力構築の強化をねらう。
また、現場チームによる低コスト・高品質の自律的徹底追求というベースに、経営主導でTime to Marketの迅速化を組み合わせることによって、グローバル市場で先行者利得による高い収益を実現する。
長期雇用へのコミットメントによる「共同体」は世界に誇るべき日本的経営の基本である。この強みをグローバル市場での競争力に直結させるため、例えば、地域・人種差や雇用体系の多様性を広く受け入れながらも共通の価値観を醸成し、貢献への評価が実力主義でとことん透明・フェアに実施でき、人材の育成に対しては経営から現場まで一貫してコミットするような新たな人材マネジメントの仕組みを導入することが戦略の方向性となる。
このように、日本的経営の「不易」をグローバル市場で差別化できるようポジショニングする「流行」との組み合わせが、日本企業のグローバル戦略の基本的なフレームワークとなる。
(2)「不易流行」の一体マネジメント
そして、この「不易」と「流行」の組み合わせを一体的にマネジメントすることが、日本的経営の進化の方向性になってくると考えられる。
前述の通り、従来の日本的経営は「ポジショニング」の観点に欠けていた。しかし、これだけを独立して強化するということになると、機能別組織の弊害が明確に出てくる。例えば、機能分化の進んだ企業では、コーポレートに設置された企画部門が、「組織能力」を強化する現場の動きを十分に理解しないまま単独で「ポジショニング」戦略を策定してしまうという罠に陥りやすい。
その一方「組織能力」の維持強化を従来通りの組織体制で実施すれば、例えば「共同体」を維持するために多様性を排除したり、部門最適化の傾向が強まって馴れ合いが継続するなどのリスクは避けられない。この意味でも、「組織能力の維持強化」と「ポジショニングの改善」を一体的にマネジメントする必要がある。
それでは、この「一体マネジメント」は誰が担当すべきだろうか? 従来の「経営」機能を現場とよりダイナミックに結びつける仕組みが必要となる。各部門の代表メンバーを横断的に構成し、「経営」と「現場」をつなぐことのできる「コーポレートマネジメントチーム」は有力なオプションである。このチームの活動は、メンバーを将来のトップマネジメントへと育成する機会としても活用できるというメリットもある。
「コーポレートマネジメントチーム」の具体的な活動プロセスは、まず、@現在の組織能力を構築している独自の強みが何かを再確認することに始まる。「組織能力」という「基本」からスタートするという順序を間違えてはならない。そして、Aそれを維持・強化するためにどのような新たな仕組みが必要かを検討する。次に、Bグローバル市場を眺め、Cこの組織能力をグローバルでも競争できる力に変換できる「型」のオプションを集める。そして、Dそれが機能するかどうかの観点から評価し取捨選択する。必要があれば、E自社に合うように改良を加えて導入することも非常に重要なプロセスとなる。
特に「型」の導入の判断には、決して「横並び」ではなく、自社の組織にとって「健全」となるような独自の判断を下すことが重要である。例えば、アメリカ型のコーポレートガバナンスが自社組織の競争力を高めるために機能しないと判断すれば、投資家から多少の圧力があってもきっぱりと不採用とする。その代わり、社外の意見を取り入れる利点を「アドバイザリー・ボード」という型を作り導入する、というような独自の判断が求められるのである。
「型」の導入に当たっては、すでに先進的な企業が直面している通り、個々の企業ごとに試行錯誤が繰り返されることになるだろう。しかし、このプロセスを避けてはならない。この試行錯誤は日本的経営の進化のために必要なプロセスと考えられるからだ。
古来より日本人は、外来の様式をうまくアレンジし、日本固有の様式に融合させることによって、独自性の高い文化をさらに洗練させてきた。
社会や文化に深く根ざした日本の経営も、この試行錯誤のプロセスによって独自性を洗練させ、グローバルに通じる進化を遂げるはずである。
| トップへ戻る ▲ |