【巻頭言】
「日本」原点回帰の経営進化

1.
日本の本業再構築
Lifetime Commitment と一所懸命の精神
   
2.
「不易流行」による日本的経営の進化
グローバル競争力を高める戦略のフレームワーク

3.
日本的なる世界観と経営

4.
役員報酬改革に「日本」解はあるか

5.
アジアでの「日本」的人材育成のあり方
アジア的価値観に配慮しつつ、日本の良さを活かす
   
6.
プロジェクトXを超えた日本型イノベーション組織
価値創造の人材マネジメント

7.
企業における「民主化」と「開港」
日本再興に向けた企業維新

8.
「日本」磨き型サービス企業は世界で勝てるか

9.
日本における成果主義人事制度の意味合い
あなたの会社は人間らしさを持っていますか?

10.
「これからの10年」第一歩の踏み出し方
「育成のDNA」を失う前に

11.
R&D人材マネジメントの日本解
   
12.
パブリックセクター「日本」論
「日本」要素はすべて弱点か

13.
追憶のプログラムマネジメント
米国企業の鏡に映った「日本」

14.
分母としての日本
その組織編集力

15.
和風「強味構造」のグローバル伝道
Japan X Cool’構想(ジャパン・ス・クール)
   

.

パブリックセクター「日本」論
「日本」要素はすべて弱点か
 

 

杉浦 恵志

初の「ジャパン・アズ・No.1」を目指して

 パブリックセクターについては、「ジャパン・アズ・No.1」の時代にも、国民がお役所仕事に必ずしも満足していたわけではない。それでも、日本経済が高度成長やバブル景気を謳歌していた時代には、官が国土開発や産業政策などの面で民をリードしていたし、好調な税収のおかげで国内の所得再分配機能を果たしていたこともあって、パブリックセクターの課題はそれほど目立たなかった。
 しかし、日本が世界の先駆者となり、見習う相手がなくなると、官主導の政策がバブル崩壊の一因となるなど、過ちが世間の非難にさらされるようになった。そして、税収が落ち込み多額の財政赤字を抱える中で、日本経済は以前のように政府の弱みやムダを許容する余裕はなくなってきている。このように、日本のパブリックセクターが過去にNo.1であったかどうかはわからないし、そもそも外国との比較という視点自体があまり意識されてこなかった。こうした点より、本稿に限って言えば、本巻を貫く「日本再興」というテーマから、多少ずれてしまうのもやむをえない。
 しかし、日本のパブリックセクターの中にも、固有の強みは存在するのではないか。組織風土や仕事の進め方、人材などの中には、確かに「強みの種」になりうるものはあり、従来その発現を妨げていた制約要因を取り除き、代わりに強みを解き放つようなシステムを導入することができれば、少子高齢化を迎えた成熟経済の政府としてNo.1の座をつかむ可能性は大いにあるし、またそうならなければ、官の負担によって民も沈没してしまうだろう。

 本稿では、国内パブリックセクターの特徴を取り上げ、それぞれの長所と短所を指摘し、長所を活かし短所をカバーするにはどうすればよいのか、新たな指針を提示する。対象となる特徴、すなわち「強みの種」は、以下の四つである。

 @ 徹底した情報共有と調整
 A ボトムアップの意思決定
 B ハードワーキングな職員
 C ゼネラリスト人材の育成

「徹底した情報共有と調整」をベースに

 パブリックセクターでも、縦割り組織や問題抱え込みの弊害が指摘されてはいるが、概して情報は相当広い範囲で共有されている。報告のための会議は頻繁に開かれているし、議論や意思決定を目的とする会議でも、直接の関係者に限らず、かなり大勢の人数が陪席することが少なくない。外部に対しても、委員会など(審議会、懇談会、私的研究会、諮問会議、説明会……)合意形成や意見調整のために行う会議体は非常に多く、人選についてもできるだけ多様な利害関係者を入れるように配慮している。
 公的な意思決定においては、民間企業の財務指標に該当するような、すべての関係者の意識を集約する一元的な目標を設定することが難しく、様々な要望を同時に満足させなければならない。情報共有や意見調整を徹底するメリットは、早い段階で方向性や枠組みについて合意を取ることができるので、政策形成の終盤になって思わぬどんでん返しになることが比較的少なく、いったん政策として決定されると、スムーズに実施されることなどが挙げられる。
 反面、合意形成には大変時間がかかるし、少数の利害関係者が自分たちの主張をごり押しする可能性もある。度重なる妥協の結果、元来提案の売りであった「エッジ」が削られてしまうかもしれないし、出来上がった政策がなぜベストなものと言えるのか、合理的な説明責任を果たすことも容易ではない。
 これらを改善するには、ITを活用して情報共有に必要な時間を短縮する、細分化された組織を広めに括り直し、部署間の調整回数を減らす、などの方法が考えられる。しかし、最も重要な対策は、提案そのものの合理性を高めることであろう。調整過程で妥協を余儀なくされる大きな要因は、提案そのものの根拠が乏しく、思いつきや印象論の域を脱していないためである。裏づけとなる現状認識やデータから複数の選択肢を導き、それぞれのメリット・デメリットを比べやすい形で提示することで、日本的意思決定の短所とみなされている情報共有と調整の問題が長所に転ずることもありうる。

「ボトムアップの意思決定」をベースに

 パブリックセクターでは、特命案件は別として、最初の起案は係長や係員クラスが行うことが多い。それが課長補佐、課長、部長と順番に上がってきて、幹部会で意思決定がなされる。しかし、上位者が微修正を加えたり、反対に案文そのものの書き直しを命じたりすることはあっても、事前に提案のイメージをはっきりと指示することはあまり多くない。
 パブリックな意思決定においては、政策が関係者のニーズにマッチしているかどうか、現場で円滑に執行することができるかどうかが、重要なチェックポイントになる。その点、ボトムアップで起案がなされれば、これらの判断基準を満たす可能性が高くなるだけでなく、若手職員から斬新な提案が出てくるかもしれない。
 ただし、担当者レベルでは経験の幅が狭く、大所高所から見ることもできない。自分が属する組織の事務分掌や視野の範囲内で業務の目的や政策ツールを判断するため、本質的な解決につながらなかったり、あるいはもっと効果的で、コストのかからない手段を見落としたりする。また、どんなに優れたアイデアが出てきても、稟議決裁の過程で突き返されてしまうかもしれない。部下が上司の性格に合わせて、意識的に無難な提案だけを上げることもある。
 これらの問題点をクリアするには、上位者の責任を明確にする必要がある。責任の中身は包括的なものであり、かつ過去よりも厳しい条件で高い成果を実現しなければならない。責任の所在が明確になっていれば、部下に仕事を任せる前提として方向性を浸透させる必要も理解できるし、部下の提案を上回る代替案がない限り、無責任に「拒否権」を発動することはできない。むしろ、自分自身が責任を果たすために、部下に高いレベルの貢献を求めることになり、そのための支援や助言は惜しまないであろう。

「ハードワーキングな職員」をベースに

 全職員というわけでは決してないが、民間企業に勤める会社員が想像する以上に、パブリックセクターにはハードワーキングな職員がたくさんいる。議会の関係でスケジュールを柔軟に組み直すことの難しい仕事や、突発的に降って来たり湧いて出たりする仕事も少なくない。それらを何とか期限までに片付けようとして、残業や週末出勤を重ねることもある。また、公僕としての意識も強く、本来の担当業務とは別に、住民による行事や災害対策・訓練などには、率先して参加を求められている。
 仕事に対する熱意は、明らかに日本のパブリックセクターの武器になりうる。多様な利害を調整するには、どうしても忍耐強く相手を説得する姿勢や、事実情報やデータを丹念に拾い集める地道な作業が必要となる。また公務の多くは、決められたことをやりさえすれば直ちに効果が生まれるわけではなく、他の関係者の動きを同調させることによって初めて成果が実感できるものである。そのため、直接権限を行使できない対象についても、いろいろな関心を持って協力を働きかけていかなければならない。
 ところが、定員削減を迫られる中で、パブリックセクターの有能な職員は、しばしば過重な長時間労働を強いられており、肉体的・精神的な疲労が進んでいる。特に最近の行政改革の動きの中で、行政評価や人事評価、マネジメントシステムの導入など、管理・手続業務の負担が急激に増加している。このペースで仕事を続けると、優秀な人間から先に倒れるか、行政が実施する価値の高い業務まで中途半端になってしまうであろう。
 職員の知力・労力を有効活用するには、担当業務にどんな意味や価値があるのか、よくよく吟味する必要がある。その仕事や手続がなくなったら、どれくらいサービスレベルや確実性・安全性が低下するのか。法的な根拠があるのか、それとも環境の変化によって有効性が低下した内規や前例に従っているだけなのか。定型業務であれば、合理化や電子化、外注化、パート化の余地はないか。自分たちで必要性が判断できないのなら、外部の目で見てもらってはどうか。そうやって、限られた定員や工数を、企画やサービスの提供など、行政本来の業務に充てることが重要である。

「ゼネラリスト人材の育成」をベースに

 官公庁の場合、職員は基本的に公務員試験に合格しないと入れないので、専門家の採用については試験が対応する職種に限られている。例えば、IT関係の専門職種がないため、パブリックセクターのIT企画・運用部門は、個人的にITに詳しい一般の職員が独自に勉強しているケースが多く、一般に極めて脆弱である。採用後もローテーションで様々な部門を経験し、専門家がなかなか育たない。
 しかし、昨今のスペシャリスト指向にも問題は多い。先にも触れたが、行政においては様々な利害が絡んでおり、落としどころを考えて調整・説得ができないと、せっかくの企画も永遠に実現しない。また、原課の職員が財政や計画の仕組みを知っていると、事業の円滑な実施に向けて大いに役立つ。現実の問題は、専門領域ごとにはっきり分かれているわけではなく、職員が担当分野以外のことを知らないようでは、本質的な問題解決を期待できない。
 そうは言っても、社会を取り巻く状況は日増しに複雑さを増しており、問題を把握するだけでも専門知識が欠かせない。しかも、全部が教科書やマニュアルに整理されているわけではないから、経験の積み重ねが必要である。また、すべての職員を現在のようなゼネラリストに育成しても、管理職のポストは限られており、部下なし「管理職」として、結局は自分で勉強しなければならない。
 パブリックセクターに求められるのは、専門知識のスペシャリストではなく、問題解決のスペシャリストである。組織の切り分けを分野別から関係者・問題別に変更して、各組織のミッションを明確化する動きもあるのだが、問題領域や利害関係が複雑に絡んでいてどの切り口にも一長一短がある。それなら、従来のゼネラリスト育成のやり方を活かしつつ、問題解決に必要なすべての専門知識で武装した真のスペシャリストを育成できないものだろうか。

日本的な強みを引き出す前提条件

 以上、日本のパブリックセクターにも、潜在的な強みはある。これまでは、国民の側に選択の余地がなく、強み・弱みなど自覚する必要性がなかったのかもしれないが、今後は政府といえども、二つの意味で競争とは無縁でいられないだろう。
 @パブリックな領域に対し、営利企業や非営利団体、個人などが行政
  からの委託されて効率的にサービスを提供したり、あるいは行政の
  考え方をアンチテーゼとして、効果の高い独自のサービスを提供した
  りしている。
 A満足のいく行政が提供されない場合、企業や個人は他の自治体や
  海外へ移転することも可能である。サービスの受け手の側が、自分
  たちに負担をかけずにサポートしてくれる政府を選択する時代になっ
  てきた。
 役所の中にいる限り、公務員は自分たちが必要とされなくなる可能性などありえないと感じているかもしれない。また、仮に仕事がなくなったとしても、それが理由で退職を迫られることは想定外であった。だが、そのようなことが起こりうる時代は、すでに始まっている。日本行政の潜在的な強みを引き出すには、職員が無競争時代の意識を入れ替え、すべての行動を本稿で示したような新たな指針に基づいて行うことが必要である。意識変革のきっかけは、競争相手になりうる民間や外国企業、他の自治体との接点をできるだけ増やし、オープンな姿勢で貪欲に学習することであろう。
 NPOのメンバーや住民個人の中にも民間企業に勤務したり、自分の会社を経営している人は多い。また彼らは、パブリックサービスの受益者として、自分たちを含む受益者がどのようなサービスがどのレベルで提供されなければ満足できないか、身をもって理解している。協同事業を組んだり、あるいはメンバーとして参加したりすることによって、彼らのニーズ感覚やサービス提供の手法、マネジメントの仕方を学ぶことは、非常に勉強になるはずだ。
 中央官庁のライバルは外国政府であり、常に徹底したリサーチが必要である。外国が何を国益と考え、どのような陣容でそれを実現しようとしているのか。同じようなことを日本国内の状況に移し替えたとき、どのような応用や修正が必要になるのか。例えば、現時点の政策運営をスナップショットとして切り出しても、背後に歴史的な積み重ねがなければ、政策を詳細までそっくり輸入しても成果はあがらない。猿真似ではなく、政策や制度が必要とされた時代背景や、周辺の制度などを幅広く分析し、将来的な社会的・技術的な変化を加味した上で、新たな政策立案に役立てていく必要がある。

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●杉浦恵志 すぎうらけいし/英国サセックス大学科学技術政策研究所にて科学技術政策およびR&Dマネジメントを学び、94年博士号を取得。その後、国際開発センターで途上国への技術移転を、富士通総研でアジア経済や電子商取引の分析を担当。ワトソン ワイアット株式会社入社後は、パブリックセクターにおける実力実績評価制度の導入や、外資が資本参加した日本企業における人事制度のハーモナイゼーションなどに従事。東京大学法学部卒。