【巻頭言】
常識再考
常識を良識に進化させる

1.
プロセス責任を果たす
リスクに対するマネジメントとガバナンス
   
2.
ゼロからの年金ALM
年金リスク再考

3.
総合型基金における
政策アセットミックスの常識再考
 
4.
アセットアロケーション戦略の常識再考
最適化アプローチは最適か

5.
サッカーとマネジャー・ストラクチャー
トルシエvs.ジーコ
   
6.
ヘッジファンドのアルファ再考
スキルによるアルファとベータを区別する

7.
間違いだらけのコンサルタント選び
良いコンサルタントの常識再考

【基礎講座 1】
年金スポンサー自身による定性評価
運用報告会の効果的利用法を模索する

【基礎講座 2】
過去の運用パフォーマンスから何がわかるか
定量分析講座―その意義と限界

【基礎講座 3】
オルタナティブ・モニタリング
ヘッジファンド・オブ・ファンズ(HFOF)モニタリング再考

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ヘッジファンドのアルファ再考
スキルによるアルファとベータを区別する
 

 

久保田 徹

 昨年から今年前半のヘッジファンドのパフォーマンスが低迷し、一方で伝統資産のパフォーマンスが比較的好調であることから、以前のようなヘッジファンドに対する過大な期待は収まっているようである。もちろんここ1年程度のパフォーマンスが低迷しているということだけでヘッジファンドに対して必要以上に否定的になるべきでもない。
 ただしヘッジファンドのパフォーマンスが低迷している原因として運用会社から「ボラティリティが低い」「トレンドがない」等の様々な市場環境の説明を受け続けていると、そもそも運用会社がヘッジファンドを売り込みに来た際に聞いた「ヘッジファンドは市場環境に関わりなく絶対リターンを狙います」「ヘッジファンドのリターンはマネジャーのスキルによるリターンです」という説明との違いに違和感を覚えた投資家が多いのではないだろうか。
 この背景には厳しい市場環境に苦しんでいた年金基金にとって、ヘッジファンドの「絶対リターン」「スキルによるリターン(=アルファ)」という言葉が独り歩きし、ヘッジファンドに対する期待が大きくなり過ぎていたことも関係しているかもしれない。また運用会社からの説明もそのような期待を抱かせるものであったかもしれない。
 そこで本稿では改めて「ヘッジファンドのリターン=マネジャーのスキルによるアルファ」なのかという点について考えてみたい。さらに昨年来よりよく言われているヘッジファンドのキャパシティとの関係についても考えてみたい。

ヘッジファンドのアルファとベータ

 アルファとは通常ファンドのリターンがベンチマークを上回った部分を意味している。伝統資産の運用の場合ベンチマークには株式市場や債券市場全体のリターンを表すインデックスが用いられている。伝統資産の運用においては、株式市場や債券市場へのエクスポージャーはシステマティック・リスク、またはベータと呼ばれ、これはインデックス・ファンド等に投資することにより容易にそのリターンを獲得することができるものである。一方、アルファはマネジャーのスキルから生み出されているとされ、スキルのあるマネジャーがスキルのないマネジャーから獲得することができるものである。一方ヘッジファンドの場合そのリターンは「絶対リターン」ということで明示的なベンチマークを持たない、あるいはあたかも0%が比較対象であるかのように扱われたり、ファンドによってはキャッシュ金利が用いられたりしている。そしてヘッジファンドは市場のリスクを取らず、そのリターンはマネジャーのスキルによるアルファであるとされている。

 このような考えに対して学会の研究者等からはマルチ・ファクター・モデル等を利用した分析を行うとヘッジファンドのリターンの多くはマーケットへのエクスポージャー(ベータ)で説明できる、との指摘がされている。例えばロンドン・ビジネス・スクールのウィリアム・ファング教授によれば(※1)、S&P500、10年物米国債金利、小型株、大型株のスプレッド、クレジット・スプレッド等のファクターを用いてHFRやCSFB/Tremont等のヘッジファンド指数のリターンをかなり正確に予測することができたとしている。

 また運用会社サイドからも同様のリサーチレポートが発表されている。債券や為替の運用で有名なブリッジ・ウォーター社は「ベータをアルファとして販売するヘッジファンド」(※2)というタイトルのレポートを発表している。この中で同社はヘッジファンド運用においてよく用いられる七つの戦略について、それらの戦略によるリターンが単純な市場指数や運用手法により簡単に複製できることを示している。例えば合併裁定戦略については、単純にある時点で発表されている合併案件のうち金額の大きい上位10件について被買収会社の株式を買い、買収会社の株式を空売りするという戦略により、2003年のCSFB/Tremontの合併裁定戦略インデックスのリターンとの相関は56%になり、さらにそのリターンはインデックスを1.1%上回っているとしている。また債券アービトラージ戦略については流動性の低いエマージング債やモーゲージ債をロングにし、流動性の高いユーロダラーや米国債をショートにすることで、インデックスのリターンとの相関は53%となる一方、リターンはインデックスを5.7%上回っているとしている。他の戦略についても同様のことが可能であったとしている。

「オルタナティブ・ベータ」と「純粋なアルファ」

 ヘッジファンドのリターンが必ずしもスキルによるアルファではなくシステマティック・リスクを取っているとするこれらの主張は、リターン低迷の理由とも符合する。
 運用商品のパフォーマンスを分析するにあたって通常用いられる区分はアルファとベータであるが、上記のような分析を踏まえると、ヘッジファンドにおけるベータは株式や債券市場に対するエクスポージャーである伝統的なベータとそれ以外のリスク・エクスポージャーに対する、いわば「オルタナティブ・ベータ」と言えるものの2種類に分けて考えることができる。この「オルタナティブ・ベータ」とは、戦略によって異なるものの、ボラティリティ・リスク、クレジット・リスク、流動性リスク等に対するエクスポージャーやシステマティックな運用から得られるリターンを(広義の)ベータと考えるものである。したがってヘッジファンドのリターンは「伝統的なベータ」「オルタナティブ・ベータ」および「純粋なアルファ」によるリターンの合計と考えることができる。


 これらの構成要素の中で例えば「伝統的なベータ」による部分が大きい場合には伝統市場との相関が高まるということになってくるであろう。またもし「オルタナティブ・ベータ」による部分が大きいということであれば、すでに述べたブリッジ・ウォーター社のレポートにあったような単純な市場指数や運用手法をとるヘッジファンド戦略のシステマティックな運用の可能性がありうると考えられる。この場合投資家は現在の1〜2%の運用手数料+20%の成功報酬という割高な手数料を払う必要がなくなるかもしれない。すでにヘッジファンドのファンド・オブ・ファンズ(HFOF)について投資可能なインデックス・ファンドと呼ばれるものが複数のインデックス業者から提供されているが、このようなインデックス・ファンドは「オルタナティブ・ベータ」による運用を実行しているマネジャーを選択することで可能であるとも考えられる(ただしインデックス・ファンドと言ってもあくまでもファンド・オブ・ファンズの一種であることには変わりはない)。
 ブリッジ・ウォーター社のレポートにあったような「オルタナティブ・ベータ」の利用戦略としては例えば以下のようなものが考えられる。

  • バリュー株式ロング、グロース株式ショート
  • 小型株式ロング、大型株式ショート
  • ボラティリティ(オプションの買い・売り)
  • 被買収企業の株式ロング、買収企業の株式ショート
  • 転換社債の購入、転換社債発行企業の株式の空売り

 実際株式ロング・ショート戦略のマネジャーの多くはバリュー株プレミアムや小型株プレミアムをロング・ショート戦略により得ている。ただしこのようなリスク・プレミアムを獲得するようなインデックス・ファンドのようなものは存在していない。「オルタナティブ・ベータ」は「純粋なアルファ」ではないものの、「伝統的なベータ」よりも獲得が難しい場合が多い。一方、真にスキルのあるマネジャーは上記したようなシステマティックな運用によるリターンを上回ることが期待されている。(「純粋なアルファ」)
 ただし実際のヘッジファンドの運用はダイナミックなものであり、スタティック(静的)な運用ではなく、エクスポージャーのとり方自体が変化するという面もあることから単純なインデックス・ファンドとは異なる点には留意すべきである。
 上記の「オルタナティブ・ベータ」の戦略は今や目新しいものではないが、これらが初めて登場した際にはそれはベータではなくアルファと呼ぶべきものであったであろう。つまり新たな運用手法が登場した際にはそれは「純粋なアルファ」としてリターンを生み出していたが、その運用手法が広く一般に知れ渡ってしまえばそこから得られるリターンは減少し、その運用手法もシステマティックな運用が可能なベータの一種になってしまうのである。

ヘッジファンドのアルファとキャパシティ

 ここで昨年来ヘッジファンドのパフォーマンスが低迷している中でよく聞かれた「ヘッジファンドに大量の資金が流れ込んだことが原因で収益機会が減少し、そのためにパフォーマンスが低迷した」という議論について上記の「オルタナティブ・ベータ」と「純粋なアルファ」の観点から検討してみたい。昨年来言われてきたキャパシティ問題に関してはワトソンワイアットにおいても「ヘッジファンド業界におけるキャパシティ」と題する論文を本年3月に発表している。この論文の中ではヘッジファンド市場の拡大が将来のリターンにどのような影響を与えるかを以下の四つの視点から検討している。
 最初の視点は「市場の機会」である。これは魅力的な収益機会が市場に残されているのかという視点である。この点に関する結論としては、市場には収益機会は十分にあり、特に株式戦略やマクロ・トレーディングには豊富な収益機会が残されていると考えられる。一方、リラティブ・バリュー戦略(特に転換社債〔CB〕裁定戦略)や破綻証券に関しては、収益機会は減っていると考えられる。

 2番目の視点は「マネジャーの機会」である。これは魅力的なリスク/リターン特性を提供できるスキルを持ったマネジャーが十分いるのかという視点である。この点に関しては、真にスキルを持ったマネジャーが既存ヘッジファンド・マネジャー全体の5〜10%とし、さらにこれらのマネジャーが平均10億ドルまで運用可能ですでにその4分の3のキャパシティを使用済みであると想定すると、提供されるキャパシティは年間750億〜1500億ドルである。一方2004年にヘッジファンド業界に流入した資金は2000億〜2500億ドルと言われており、高いスキルを持ったマネジャーに投資することはますます難しくなっている。ヘッジファンドに参入してくる新規のマネジャーが年間500から1000いるとして、その中の5%が真にスキルを持ったマネジャーで最終的には平均10億ドルまで運用可能だとしても500億ドル程度のキャパシティでしかない。もちろんこれらの数字は新たな市場機会等様々な要因で変わってくるものであり、一義的に決まるものではない。

 3番目の視点は「ファンド・オブ・ファンズ(FOF)の機会」である。これは機関投資家がヘッジファンドに投資する際に最も利用される手段であるFOFマネジャーが真にスキルを持つヘッジファンドにアクセスできるのかという視点である。この点に関しては、FOFマネジャーが投資先マネジャーのクオリティを落とさずにFOFの残高を伸ばし続けることができるかという疑問がある。既存のマネジャーからのキャパシティは今後多くは残っておらず、新たなキャパシティの多くは新規のマネジャーからもたらされることになるであろう。優秀なFOFでも年間20億ドルを超える資産増は難しいのではないか。さらにFOFの規模が大きくなるにつれて真にスキルのある小さなマネジャーに意味のある金額の投資を行うことは難しくなり、資産の増加をいかに管理するかがFOFマネジャーにとっての重要な課題といえる。

 4番目の視点は「要求されるリスク/リターン」である。ポートフォリオの観点からヘッジファンドが魅力的でなくなるのはいつか、すなわちポートフォリオのリスク/リターンを向上させるために投資家はヘッジファンドからどれだけのリターンを必要としているかという視点である。この質問に答えるためには様々な仮定が必要であるが、ヘッジファンドに5%投資し株式と債券は半分ずつに投資している年金(ドルベース)の場合、LIBOR+2.5〜3%程度がポートフォリオの効率化に資するリターンと考えられる。スキルのあるFOFマネジャーはLIBOR+4〜5%程度のリターンが今後期待されることから、依然としてヘッジファンドに投資する意義はある。

 以上の論文の内容を前項で述べた「純粋なアルファ」と「オルタナティブ・ベータ」との関連でいうならば、この論文の中で真にスキルのあるマネジャーを全体の5〜10%と仮定していることからもわかる通り、ここで述べているのはスキルによって生み出される「純粋なアルファ」に関して述べているといえる。したがって「オルタナティブ・ベータ」によるリターンを提供するマネジャーの存在を考慮すると、すべてのヘッジファンド(を名乗る)マネジャーからのキャパシティはより大きなものになりうるとも考えられる。ただしこれらのマネジャーのリターンは(伝統的およびオルタナティブの)システマティック・リスクに左右されるため、投資家が本来ヘッジファンドに求めている純粋な意味でのヘッジファンドのリスク/リターン特性とは異なる可能性も高いといえる。

「純粋なアルファを」を求めて

 ヘッジファンド業界はダイナミックに動いており、新しいマネジャーの参入や新しい運用戦略が引き続き現れてくるものと考えられる。玉石混交のヘッジファンド・マネジャーの中からスキルによる「純粋なアルファ」を生み出すマネジャーを発掘し、アクセスすることが投資家(および投資家の委託を受けたファンド・オブ・ファンズのマネジャー)にとってますますチャレンジングになっている。一方、真のスキルを持たないヘッジファンド・マネジャーに対しては、そもそもヘッジファンドであるというだけで高い報酬を払い続けることは正当化されなくなってくる(べき)と考える。このためには投資家サイドが真にスキルを持ったマネジャーを厳しく選別していくことが必要である。

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(※1)『証券アナリストジャーナル』Jun.2005 Vol.43 「オルタナティブ投資の理論」
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(※2)Hedge Funds Selling Beta asAlpha (An Update), Feb.13, 2004,Bridgewater Associates, Inc.
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●久保田徹 くぼたとおる/慶応義塾大学経済学部卒業。ペンシルバニア大学ウォートンスクールにて経営学修士(MBA)取得。ファイナンス専攻。東京銀行・東京三菱銀行を経てワトソンワイアット株式会社に入社。金融事業戦略コンサルティング、資産運用コンサルティングに従事。