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【巻頭言】 |
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ヒト資本時代の年金論
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福田 浩一 |
失われた10年(15年?)と言われた後ろ向きの時代を終え、紆余曲折はあったものの、経済環境が好転し、株式市場も活況を呈してきた2005年は、一方で、人口減少への転換点と記憶される年になり、今後の日本経済の制約条件となるとも言われている。労働力人口で言えば、すでに1998年の約6800万人をピークに減少しており、今後の減少の動向について、多くの推計が行われている。例えば、独立行政法人労働政策研究・研修機構が今年8月発表した推計においては、今後の就業者の増加が期待される層、高齢者、女性、若年それぞれが労働市場への参加を増加するとの前提で、複数の動向予測を行っている。2004年と比べ、2015年は100万人から400万人の労働人口の減少と推計している。労働人口の減少とともに、人口構成が高齢層へ確実にシフトする(※1)。こうした、労働人口の減少・高齢化の進む社会で年金制度そして人事制度はどうあるべきか、本稿では現行年金制度の置かれた状況と将来の年金制度を展望してみたい。
1990年代は、個別企業ごとには濃淡があるが、全般的にみて、年金資産運用環境の低迷と企業業績の低迷による資金余力の低下により、企業年金財政が急速に悪化した時代といえるだろう。2000年代に入ると、年金・退職金の新しい会計基準も導入され、退職給付債務・費用のB/S・P/Lへの計上が求められ、巨額の積立不足が顕在化するに至り、企業年金制度が企業経営における重要課題として浮上してきた。その財務インパクトの大きさから、すべての経営トップが常に注視しなければならない経営課題となったのである。90年代より、個別企業のみならず、経団連を中心とした財界でも、今後の企業年金をどうすべきか、米国の状況を中心に調査・研究が行われた。2001年に確定給付企業年金法、確定拠出年金法が国会を通過、厚生年金基金の代行返上が認められ、適格年金制度の2012年の廃止も決まり、企業年金制度の枠組みが大きく転換した。こうした法制変化を受け、多くの企業で厚生年金基金の代行返上あるいは解散、適格年金の終了あるいは中小企業退職金共済や確定拠出年金制度への移行といった制度の改革を行っている。(図1)
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図1 |
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以上の通り、企業年金をめぐる環境が大きく変化したが、一方、公的年金に目を転ずると、すでに年金開始年齢の引き上げが段階的に行われており、給付と負担の適正化を目指して、2004年法改正により保険料の上限(2017年まで順次引き上げ18.3%とし、以後固定)を定める一方で、現役世代の減少や受給者の余命の伸びを勘案したマクロ経済スライドによる給付抑制策も導入した。しかし、国民の間では、当該法改正ですべての問題が解決したとの認識はなく、現在も公務員等の共済年金と私企業就業者の厚生年金の統合、また、国民年金をも含めた公的年金全体をどう再編構築するか、さらなる改正議論があるのは周知の通りである。(図2、3)
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図2/厚生金保険料率 |
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図3・厚生年金支給開始年齢引き上げスケジュール |
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労働政策においては、2004年6月に成立した高年齢者等雇用安定法により、2013年までに@定年年齢の引き上げ、A雇用継続制度の導入、B定年制度の廃止、のいずれかの雇用確保措置を講ずる義務が生じ、65歳まで段階的に引き上げていくことが要請されている。公的年金の在職老齢年金制度や高年齢雇用継続給付などの給付も勘案して総合的な報酬制度の構築が必要となってきた。
こうした人口構成や高齢者の置かれた環境変化から、これからの企業年金制度について、既成概念にとらわれずに論じてみたい。
そもそも年金制度の意義は何かと問われ、一言で答えると「退職後の所得保障制度」と言える。ところが、「退職」の言葉からイメージする企業社会からの引退と第二の人生の開始という固定的な定義づけを今後ともそのまま、年金制度の中に持ち込んでいいのだろうか。2007年問題と言われる団塊の世代の大量退職を間近に控え、労働人口の急速な減少、高年齢者等の雇用安定措置、日本企業の国際競争力にとって重要な技能の伝承の問題、中高年の確保の代償としての若年齢層の高失業率あるいはフリーター、ニートと呼ばれる非正規労働者・非労働力人口の増加等々、これからの働き方を変えうる環境変化が生じてきた。こうした変化に柔軟に対応できる高齢者層の就労形態を構築する必要があるだろう。
米国においても、1990年代より、日本以上に大きなコホートとしてのベビーブーマー(1946〜64年生まれの約7600万人)の大量退職を意識した議論が起こり、定年制度を禁止する「雇用に関する年齢差別法(ADEA:Age Discrimination in Employment Act)」の法的制約もあり、Phased Retirement と呼ばれる段階的退職制度が注目されてきた。ある一定年齢に達した時点でFull-Timeから一気に完全な引退(“Cliff Retirement”と呼ばれる)へと移行するのではなく、例えば、Part-Time Workなどの形態をとって、企業社会との接点を持ちながら順次引退する勤務形態を用意していくことが検討されている。産業のサービス化、IT化、個々の業務専門化等により、企業における就業が肉体的な条件よりも、長年の就業期間に培われる知識・経験・技能が生かされる場も広がってきている影響もあるだろう。これから就業形態は、それぞれの技能を生かす職種の適正な報酬制度の構築がなされて初めて、企業にとっても、その就業形態採用の合理性が生まれる。現金給与とともに年金制度からの給付される制度設計もこうした柔軟な働き方に対応した形態にする必要があるとの認識が経営層に広がっている。
1999年US Watson Wyattのサーベイによると、586社(91%が1000名以上の企業、従業員総数320万人)中16%が何らかのPhased Retirement Programsをすでに提供している。業種では教育関係業界において、業務の適合性から36%が導入している。専門職、技術職、医療などでも高い率となっている。また、従業員の平均年齢が45歳を超える企業では26%で提供されている。企業側の導入理由は、49%が高い技能・能力を持つ従業員の確保維持である。また、2004年のUS Watson Wyatt電話による個人への聞き取り調査(50歳から70歳までの1000名、うち、Full-Time Workers、Phasers〔すでに、Phased Retirementを活用している就業者〕、Retireesがそれぞれ3分の1)では、50歳以上の3分の2の就業者がいずれかの時点でPhased Retirementに入りたいと答えている。また、Phasersのうち、約4分の1が65歳以後も働くことを期待しており、それ以外の20%の者はいつ引退するかの予定すら持っていない、と話している。Phased Retirementを選んだ理由を問うと、もともとPhased Retirementを計画していた者(Planned Phasersと呼ぶ)は収入アップ(28%)以上に働くことの喜びを挙げ(42%)、多くのPhasersが仕事に対する満足度も高く、健康も良好に保っている、と回答している。一方で65歳以下の公的医療保険制度がないことから医療給付を得ることも理由の一つとなっている。高齢層の就業意欲が国際的にも非常に高く、個人的にも高い技能を持つと言われる日本において、こうしたPhased Retirementの制度を設けることは、労働人口減少への対策という意味のみならず、企業の国際競争力の確保という意味でも重要な検討課題であると考える。(※2)(※3)(※4)
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これまで「年金制度は引退後の所得保障」との定義づけが一般であったが、あらためてその意味するところを考えてみたい。
公的年金制度においては、高齢人口の急増と長寿化、現役層の減少からの財政の逼迫により、保険料の引き上げ・給付の引き下げを繰り返し、その結果として若年層からの年金制度への信頼の低下・保険料未納という制度維持に好ましからざる事態にまで至っている。そもそも年金制度は何を目的にして制度運営されているか、それは本来喜ばしいはずの長寿の達成の一方で、加齢に伴う稼得能力喪失リスクへの保険という性格のものである。60歳到達による定年という企業社会の強制退職制度に対応した退職後の所得保障制度の性格が強い。事実、公的年金開始年齢の引き上げに伴い定年年齢の引き上げも法制化されてきた。
ところで、平均寿命を見ると平成16年の簡易生命表によれば、男子78.64歳、女子85.59歳、また、60歳の人の70歳までの生存確率は男子88%、女子95%である。年金制度を保険として位置づけたとき、70歳までの高い生存確率をリスクととらえる必要があるだろうか。すなわち、リスクに対する備えとしての保険と考えると、リスク分散という意味合いが限りなく小さいとは言えないだろうか。もちろん、高齢層の健康状態は個人差が大きく、就業できない健康状態になるリスクはあり、70歳までの生存リスクのカバーが不必要とは考えない。しかし、それは年金制度ですべての就業者に保険を適用し、リスクが現実となった際に給付するという保険制度でカバーするものではないのかもしれない。現在の年金制度の必要性ということでは、上述の通り、長寿リスクをカバーすることより、定年という強制的な引退に伴う稼得能力喪失に対する、所得保障制度ということであろう。例えば、60歳以上70歳未満における就業機会が広がり、給与所得獲得機会が広がれば、この層が就業できないリスクへの所得保障も年金制度ではなく別の公的保険制度によるセーフティーネットの構築という選択肢もありうるだろう。こうした就業環境を構築できれば、年金制度の開始年齢は70歳という可能性もあり得る。年金制度の保険としての意義が強化され、公的年金保険料の引き下げも可能である。
70歳までの就業を意識した制度、それは企業だけが一方的に負担を負うものではなく、従業員の知識・技能・経験と働く意欲とを前提にした、相互にメリットのある働く場の提供と適正な報酬がセットになった制度構築が必要になる。現在の健康状態や将来の健康状態を懸念する60歳以上の者の中には、Full-Timeでの就労には厳しいが、Part-Timeならば可能であるという人材は多くいるであろう。こうしたニーズに応える制度、役割と就業時間に見合った適正な報酬制度と企業年金制度からの給付、例えば60歳定年で開始する現在の企業年金制度の給付設計を退職後の年金という役割だけでなく、60歳台就業期間中の一部現金給付という役割も担える制度に衣替えするなど、柔軟な給付設計ができないであろうか。場合によっては、現在多くの企業がその導入を検討しているDC制度を活用するということも考えられる。積み立てた個人勘定の給付方式を、退職を要件としたものから、高齢時の就業期間中でも引き出せるよう柔軟にするのである。事実、米国でも企業年金制度の給付要件の緩和も議論されている(※5)(※6)。
日本の公的年金には、給与と年金を同時に受け取る在職老齢年金制度があるが、個人の働き方に応じた給付を選択できる制度として、私的年金制度においても、60歳以後に働くことを強制されるのではなく、自らの意思で広い選択肢の中から、年金制度からの給付を受け、生き生きと働きながら企業そして社会に貢献する制度の構築ができないだろうか。それは限られた資源としてのヒトの持っている知識・経験・能力を最大限引き出し、現下の諸課題の解決のみならず、それぞれの置かれた環境に対し、将来を展望し、各自が主体的に生涯・人生設計をし、一方で企業も就業環境に合った制度を整備することであろう。もちろん、所得の性格やその源泉が、いわゆる現金給与だけでなくなるだけに、社会保険制度、労働法制や所得税制、法人税制等々、複雑にからみ合った解を見出す必要があるだろうが、少子高齢化、労働人口の高齢化・減少に対する一つの方策として考えられないだろうか。
誤解を恐れず企業社会の有り様を国民が生み出した付加価値の分配の観点から極論すれば、源泉が保険料にしろ、税金にしろ、また給付が年金にしろ、現金給与にしろ、企業に就業する個々の従業員がその持てる能力・技能を発揮して、あるいは企業の持つ資本を利用して、生み出した付加価値を国と企業と従業員との間でどう分配するかに還元できる。その分配制度が給与であり、年金であり、資本蓄積である。労働力人口が減少する社会で経済成長を確保するには、個々人の生産性を上げる必要がある、ということがよく言われる。一方で、高齢社会では年金給付が急増し、その負担増のために、現役層への配分が減り、活力が失われはしないかと危惧する。その対策として高齢層と女性の社会進出を増やす政策を実施せよとの議論をよく耳にする。労働人口力の減少を所与のものとするのではなく、枠組みを変えて、労働力を可能な限り増やす施策が求められている。高齢層の労働力で言えば、現在の60歳強制引退社会は、まだ十分に働く知識と技能を持った人材を無駄にする社会ではないか。有為な人材を活用しない手はない。さらには、上述の高年齢者等雇用安定法により、65歳までの雇用の義務化が打ち出されたことは、すべての企業にとって、これまでのように、50代前半で従業員を経営層で残る者と関連会社への出向・転籍あるいは近々引退する層(窓際族)に選別するという雇用環境を維持すること不可能になったことを意味する。一企業で職業人生を全うするか否かにかかわらず、60歳を超えても企業の重要な戦力となるような雇用・人材戦略を構築することが必要である。このためには、50歳・60歳に到達してから始めるのでは遅い。30・40歳代からのキャリア・ビジョンを労使双方で構築する必要がある。それに合わせた報酬制度が求められているのである。
米国のPhased Retirementは、ERISA、ADEA、IRCという法的制約の中で考え出された制度であり、労使双方にとって、まだ柔軟性に欠ける、あるいは将来の給付の先取りをしてしまい、完全な引退時に必要な給付を確保できなくなる、などの問題点は指摘されてはいるが、この段階的退職制度を参考に、高齢層の柔軟な就業制度を構築し、企業における最重要資産であるヒトの活用を再度検討することが必要ではないか。その場合、成果主義報酬制度としての“Pay for Job, Pay for Performance”という枠組みができつつあるならば、年齢にとらわれず現役として活躍できる場を設け、その働き方に応じた報酬制度を構築し、年金制度も活用した総合的な報酬制度を作ることができれば、ヒトの能力と意欲を最大限生かす会社を築くことにより、高齢社会が必ずしも暗いだけのものではなくなるであろう。それこそがヒト資本時代の年金制度と言えないだろうか。あるいは、この段階では、従業員にとっては、今ある年金制度という既成の概念を超えた総合的な報酬制度、企業にとっては、従業員報酬・トータル・コンペンセーションのファイナンスの一制度ということになるのかもしれない。
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(※1)「労働力需給の推計──労働力需給モデル(2004年版)による将来推計」:JIL PT資料シリーズ
No.6、独立行政法人労働政策研究・研修機構、2005年8月
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(※2)“Phased Retirement─Reshaping the End of Work”:Watson Wyatt 1999
Survey Report & 1999
A Watson Wyatt Retirement Consulting Research Report
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(※3)“Phased Retirement─Aligning Employer Programs with Worker Preferences”:Watson Wyatt
2004 Survey Report
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(※4)清家篤・山田篤裕著『高齢者就業の経済学』(日本経済新聞社、2004年10月)
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(※5)“Phased Retirement Liberalization Act”introduced by Sen. Charles Grassley and Rep. Earl
Pomeroy in July 2000
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(※6)“Notice of Proposed Rulemaking Distributions From a Pension Plan Under a Phased Retirement
Program” Internal Revenue Bulletin : 2004-47, REG-114726-04, November 22, 2004
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