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【巻頭言】 |
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ヒト資本視点の経営サイクル革新
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平本 宏幸 |
「人材がいない」という嘆きの声をお聞きすることがよくある。
確かに、経営を進化させるために必要な人材が不在であれば、思い描いた未来を実現することができないかもしれない。また、人材がいないがために、本来であればまかせるべきことをまかせられず、経営者が本来やるべき、やりたい仕事に時間を避けない場合もあるだろう。しかし、本当に「人材がいない」ことは、経営においてネガティブな要素なのだろうか。
ヒトは資本であり、活用の仕方いかんでは、想像しえないリターンを生む存在という考え方に立てば、「将来的に価値を生み出す可能性」に期待することのほうが「今、価値が少ない」と嘆くよりも、重要なのではないかと筆者は考える。実際、すべての優れた着想や枠組みは、「予想だにしなかった」一個人の思考・行動の産物にほかならない。「まわりの誰もが期待した価値」を期待通りに生み出したケースなど、少ないのではないだろうか。また、生み出していても、所詮は期待の範囲内にすぎないのではないか。
そこで本稿では、今人材がいる・いない、という議論ではなく、ヒト資本のポテンシャルを最大限に活かすことを目的とし、その実現のための条件を、場と人材という二つの観点から考えてみたい。結論から言えば、多様な場を持ち続けられる経営のポテンシャルの存在と、その場を最適に活用するための、人材を信頼する技術を持つことである。そして、その組み合わせを考えることが、ヒト資本の視点から経営サイクルを革新することにつながるのではないか。
ヒト資本活用失敗の事例は事欠かない。
例えば、成長の限界・停滞が人材の価値を下げるケースである。成長が止まり、新たな収益の柱や次の事業の種が見当たらない。また、成熟した事業に慣れた人材に、そのようなことを成し遂げる実力もまた、感じられない。場もなく、人材も育たないまま、ジリ貧状態から抜けられない。
また、事業は成長しても、判断技術の乏しさによって悪循環を招くケースもある。新しい事業のアイデアはあるが、まかせる人材がいないように見えてしまう。彼には時期尚早、自分がやったほうが早いし確実だ。確かにそうかもしれない。しかし、そのような対処を繰り返している間に、ますます新たな場を経験できる機会が失われ、仮に人材に余力があったとしても、その余力が使われるべき場はどんどんなくなっていく。皮肉にも、「結局自分でやってしまった」一個人に経験・ノウハウが蓄積され、その他大勢との格差が広がるばかり、という結果に陥ることもある。
一方、こんな事例もある。
GEの現CEOのジェフリー・イメルト氏の経歴は非常に興味深い。セールスマネジャーとしてヒトをマネッジする経験を蓄積した後、薄利で競争も厳しく、かつ組合の結束も固いといった事業をマネッジするアサインメントを与えられた。そこでこれまで従事していたプラスティック分野(成長事業)とは全く異なる分野の事業をマネッジする経験を得た。その後、プラスティック分野で事業のほとんどの責任をまかされる地位にアサインされ……といった具合である。成長と建て直し、異なる分野の経験、担当範囲の広がりといった様々なタイプの場が巧みに用意されている。
また、IBMの現CEOサミュエル・J・パルミサーノも、一つの製品での成功を機に、その後グローバルサービスの中核となる事業をまかされ、その事業を4年間で1.5倍近くに成長させている。その後要職を歴任し、現在のポジションに至っている。
成長していくにつれ、様々な「場」が与えられ、そこでテストされていく、といった経験を積み重ねているのである。
上記事例を見るまでもなく、ヒト資本をうまく活用するためには、ヒトの活用をアサインする「場」とのマッチングを抜きにしては考えられないのではないか。その「場」のデザインと、人材をタイミングよく配置する技術こそが、ヒト資本の活用に向けて重要な要素なのではないか。
では、まず成長の「場」をどうデザインすればよいのだろうか。
ここでは成長のための場を事業の成長・発展に合わせて、3段階で定義したい。
第一の場:安定
第一の場は、自社の持っている価値やプロセスがそのまま活用されることで、事業の継続的な拡大・成長や、安定した運営が行われるような場である。会社で経験できるほとんどの場がこのタイプであると言ってもよい。多少なりとも、人材不足や開拓困難な顧客など、諸々の課題がセットになっている場合があるが、基本的にはその企業の柱となる価値やプロセスに変化はなく、定石を学んで手を打っていくことでそこそこの結果になるような場である。
第二の場:組み換え
第二の場は、従来自社が大事にしていた価値やプロセスに新しい何かを加えて、従来からの組み換えが行われるような場である。全社横断プロジェクトや、クロスファンクショナルな取り組みなどが行われる場合、形は違えど、実質的には価値の組み換えを行っていることが多い。これまでのやり方ではまずいが、大事にしていた価値やプロセスはそれほど大きく変えずに、多少新しいスパイスを加えて組み換えることで次のバージョンに移行するようなタイミングの場である。この場は、「結局うちがやっているのはこういうことだ」という従来のその企業の価値をまとめて復習でき、かつ「ではそれを使ってこんなのもアリじゃないか」という発見が生まれる場でもある。
第三の場:変革
第三の場は、これまでの価値やプロセスにこだわらず、全く新しい次元に到達するために根っこから変えるような場である。例えば、次の収益の柱の構築に本気で取り組まざるをえなくなったとき、事業環境に急激な変化が起きたとき、自社の価値が市場に全く通用しなくなった兆しが見えたとき。このような場が必要になることは、めったにないが、いったん必要になれば、まさに修羅場となる。この場では、それまで持っていたほとんどのものを捨て去る必要があり、一番レバレッジが利く何かを手がかりにして、手探りで見えない地平を切り開くような場になる。
これらの場を、ある程度のバランスと緊張感を持たせながら、意図的にデザインできるかどうかが、「場」サイドの課題になる。安定した場しかないのでは、変革の場をデザインすることに対する組織のアレルギーが増す。常に変革の必要性を迫られ続けるようでは、拠りどころを失って、組織に疲弊感が蔓延する。
一方、これらの場に適した人材を配置していくことが、経営サイクルの進化には不可欠である。そのためには、誰でも同じ場に投資すればよいというものではなく、成長タイミングに見合った与え方があるはずである。投資する側としては、どこまでその人材に対してリスクを取ってまかせてもよいのかを知ることが重要になる。したがって、この「人材」サイドでは、それぞれの場に投資することが適格かどうかを見極めるために、成長度合いを「期待レベルの変化」を軸にして分類し、そのフェーズごとに必要な信頼の技術を明示する。
蓄積
まずまかされるための信頼を蓄積するフェーズである。このフェーズは、何かチャレンジングな課題や役割を与える以前に、そもそもそうした投資をすることが妥当かどうかを見極めるためのフェーズである。投資される人材側から見れば、自分がまかされるに値する人材であることを、事実の蓄積をもとに証明するフェーズとも言える。
したがい、このフェーズでは期待が持てるかどうかの事実情報を収集することが判断の上で重要になる。特に、その事実が再現性・安定性を持っているかどうかの確認が、確固たる信頼をつくる上で必要になる。「彼はこんな困難に直面したとき、どう考え、判断し、行動したか」「組織マネジメントの面ではどんな行動が顕著に出てきたか。部下の成長が遅いとき、結局自分で引き取ってないか。それ以外の打ち手を実行できていたか」といった個別具体的な状況と行動をセットで聞いて確認すると効果的である。
試練
次に期待を現実に変えていく試練のフェーズである。期待蓄積のフェーズで積み重ねられた期待に対して、いわば「賭けてみる」段階である。それまでのフェーズよりは多少リスクが大きいが、期待リターンも高くなるような、節目のフェーズである。
この段階では、期待が実現するかどうかの不確実性が高いため、賭けがうまくいっているのかどうかについての情報をリアルタイムでアップデイトすることが重要である。もちろん、詳細まで口出しすることではなく、最悪の場合何がリスクかを考えながら、リスクを極力少なくするような働きかけが投資する側には求められる。この「最悪の場合」を想定したリスクマネジメントができるかどうかが、信頼構築の鍵である。口出ししすぎると「信頼されていない」感を持たせてしまうし、放置してしまうのは経営としてもリスクが大きい。
発掘
最後は新たな可能性を見極め発掘するフェーズである。いったんある程度の信頼が構築され、期待が実現されれば、次は新たな価値をさらに生み出していく可能性があるかどうかが、人材投資の上でポイントとなる。
この段階では、過去の事実情報に加えて、将来に向けた「視線」「構想」についての情報が鍵になる。少なくとも、「次」に向かう強い意志を持っているかどうかが、信頼する上での重要な判断基準となるだろう。
これらのフェーズごとに、適切な信頼の技術を用いることで、リスクを最小限にとどめることが重要である。期待を蓄積している段階で大きな賭けに出たり、機が熟したところで二の足を踏んだりしてしまうようでは、「まかせる」ことなどおぼつかない。
これら「場」と「期待」の段階を組み合わせたものがこの「場×期待」ポートフォリオである。それぞれの組み合わせが持つ意味合いととるべきアクションを簡単に説明したい。(図1)
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図1 |
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T:選抜
安定した状況において、様々な課題を与えながら、期待を蓄積していく組み合わせである。ここでは、徹底して人材の事実情報を確認することで、本当に投資すべき人材を見つけ出すための判断材料を蓄積することが必要になる。
必要な情報を得るためにとるべきアクションは、様々な課題・テーマを与えて、それに対してどのように取り組む特性が当人にあるのか、丁寧に見極めることである。安定した場であっても、自らテーマを再設定したり、自らの役割範囲外の課題にまで視野を広げて取り組むような人材がいれば、選抜してさらなる場を与えていく。
U:ギャンブル
期待を蓄積している段階にある人材に対して、組み換え・変革といった困難な場を当てはめるという組み合わせである。このような場の与え方が、功を奏することはあまりない。概して、必要な事実情報が足りず、「えいや」で無理やりアサインしているケースがほとんどであろう。
このようなケースに陥っていることが判明した場合、どんな打ち手が有効か。「人材がいないのだからしょうがない」というケースもあるかもしれないが、その場合は「足りない部分を自分が補う」くらいの気構えとリスクマネジメントが必要となるだろう。しかも、仮に失敗すると、「大きなことをまかせてもらったのに駄目だった」といった人材側のショック・ダメージも大きいため、くれぐれも注意が必要である。
V:飼い殺し
期待を十分に蓄積し、これからその実現や新しい可能性への飛躍が期待される人材に対して、今までと対して変わらない場を与え続けるという組み合わせである。このような場の与え方は、成長余力のある人材に、「結局こんな場しかないのか」と思われ、そのポテンシャルエネルギーを殺いでしまう、いわば飼い殺しをしてしまう可能性がある。
このような状況にならないためには、どれだけ「場」を用意できるかどうかが重要である。人材側のポテンシャルを殺がないために、事業側のポテンシャルをあえて創り出すような「器の大きさ」「事業の成長余力」が問われる。
W:人材投資
機が十分に熟した人材に対して、十分な場を与えて投資を行うのがこの組み合わせである。この詳細は、さらに四つにブレークダウンできる。(図2)
@ まず、試練を経験すべき人材に、価値の組み換えを行うような場を
与えると、これまでの経験が集約され、一気に自社のありようを0から
復習するかのごとく理解が高まるのではないか。あくまで仮説だが、
多くの組織横断的なプロジェクトで人材が育ち、事業が進化するの
は、このようなことが背景にあるのではないかと推察される。このよう
な組み合わせは、投資価値として大きいと考えられる。
A 次に、試練を与えるべき人材に、より大きな変革の場をチャレンジ
させた場合はどうか。よほどの変革リーダーのポテンシャルがない限
り、「場が大きい」可能性は否めないだろう。当然、成長の歩留まりは
悪くなると考えられるし、想定したような変革が成し遂げられない可
能性も高い。もしこのような組み合わせを選択する場合は、経営の変
革への切迫感を共有すること、かつ当人に対して期待成長速度を高
めるようないい意味での刺激を与えることなどが、条件として必要で
はないか。
B 一方、一通りの修羅場も経験し、次への飛躍が期待される人材に
対して、組み換え的な場を与え続ける場合はどうか。この場合、どう
しても、「場が小さい」面は否めないため、当人の余力を有効活用で
きず、何か小さくまとまってしまう恐れもある。当人の意思を確認した
上で、思い切って大きい場を与えていくことが、長期的には望ましい
のではないか。
C 機が十分に熟した人材に対して、いよいよ変革の場を与える場合
はどうか。場の大きさは十分であろう。だからといって、確実に変革
が成し遂げられるかどうかは、未知数である。こればっかりは、とに
かくやってみる、に尽きるのではないか。やってみる手前の、「機が
熟しているか」「構想・志が十分か」といったポイントを見て、判断して
まかせる以外にないように思われる。
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図2 |
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以上、場の分類と人材への期待の分類の組み合わせから、考えうる意味合いとアクションをご紹介した。このように、場と期待は組み合わせによって初めて意味合いが出てくるのであり、ヒトの成長だけ、事業の変化だけを単独で考えても、意味のある打ち手にはつながらないように思われる。「人材がいない」と嘆く前に、場の存在と人材への期待度合いをもう一度振り返り、本当に行うべき打ち手が何かを考えることが、ヒト資本の経営を進化させるための鍵になるのではないだろうか。
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