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【巻頭言】 |
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ヒューマン・キャピタル・インキュベーター
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坂本 健 |
最近、ちょっと気になるタイプのハイパフォーマーがいる。飛びぬけた成果を出していながら、プライベートがとても充実している人たちだ。趣味に、家庭に、けっこうな時間を使っている。もちろん、異動などで新しい仕事に取りかかった直後はそれなりに忙しくするが、時間を追うごとに余裕を取り戻していく。世間では会社員の長時間労働が社会問題化しているのだが、そんなことはどこ吹く風、という風情だ。そういうタイプのハイパフォーマーが増えている。本人たちいわく、成果主義以前からそうだったということなので、成果主義がこういう「余裕を持ちながら成果を出す」人たちを生んだわけでもない(※1)。
よくよく分析を進めていくと、「余裕を持ちながら成果を出す人々」には、共通の仕事スタイルがある。彼らの言い分を要約すると、「手持ちの資産を増やし、その資産をメンテナンスする」のが楽をしながら成果を出す「仕事のコツ」なのだそうだ。
マネジャーの仕事は、判断することと問題解決をすることだ、と考える人が多い。だから、マネジャーは部下の誰よりも仕事の能力が高くなければいけないし、誰よりも業界や技術について詳しくなければならないと考える。
この考え方でいくと、マネジャーは絶対休むことができない。持ち込まれる案件のすべてに目を通し、考え、判断し、指示をしなければならないからだ。難しい条件や、困難な問題が生じたら、自ら現場に乗り込み、o配を振るわなければならない。まるでベルトコンベヤーの上を仕事が流れてきて、それを片っ端から処理する工員のようである。流れてくる以上、さばき続けるしかない。部下が増えると、楽になるどころか流れてくる仕事量が増えるので、むしろ大変になる。
キャパシティを超えると、コンベヤーを止める。その間、部下は仕事が進まず、アイドルタイムが発生する。すべてを片付けてコンベヤーを動かすが、管理職が解放されるわけではない。コンベヤーとともに部下が動きだすので、新たな判断と問題解決に追われることになる。上司の側でも、部下の側でも、「日中はそんなに忙しくなかったのに、なぜか今日も残業」というような場合、このような現象が生じている可能性が高い。
このようなマネジメントスタイルをフローのマネジメントとか、コンベヤーマネジメントと呼ぶ。複数に分岐したベルトコンベヤーの出口が、最後に全部合流して一本になり、そこに管理職がいる。そんなイメージである。管理職が受け持っている工程は「品質管理」に相当する。
エリヤフ・ゴールドラット博士の提唱した「制約条件の理論(TOC:Theory of Constraints)」によれば、スループット(≒全体の処理量)はボトルネック(≒処理能力が仕事量を下回るプロセス)のキャパシティと一致する(※2)。フローのマネジメントでは、皮肉なことに管理職がそのボトルネックとなってしまう。部下が多くなればなるほど、管理職のキャパシティを超える仕事量が流れてくる。しかし、管理職のキャパシティは一定なので、それ以上のスループットは生まれない。管理職が忙しくなればなるほど、「決済待ち」という名の部下のアイドルタイムが増え、組織が非効率になっていく。
成果を出すマネジャーたちも、マネジャーになりたての頃は、多かれ少なかれ、フローのマネジメントにはまっている。だが、何らかのきっかけ、例えば古参マネジャーの助言などによって、「それでは分が悪い」と気づくのである。そして、いくつかの試行錯誤を経て、「アセットマネジメント」に行き着くことになる。
アセットとは資産である。『金持ち父さん貧乏父さん』(筑摩書房)の著者ロバート・キヨサキは、資産を「持っているだけでお金を生んでくれるもの」と定義した。
フローのマネジメントに苦しんだマネジャーがまず考えるのは、部下を「資産化」しようという発想である。具体的には、「自分が関与しなくても、部下が自分で判断し、行動して、成果を出せるようにしよう」ということである。
だが、なかなかうまくいかない。なぜか。日本では、マネジャー自らが、とても優秀なプレーヤーだからだ。
優秀なプレーヤーが、部下を「自分で判断し、行動できるように」しようとするとき、たいてい自分のコピーを作ることに専念しがちだ。彼らにとって、部下が自分で判断できるということは、マネジャーである自分と同じ判断をできる、ということである。
ところが、これでは「自分で判断し、行動する」部下は育たない。いつまでたっても「マネジャーならどうするか」を考えてしまうので、答えが見つからないと、結局マネジャーのところにやってきてしまうのだ。
ここに至って、ようやくマネジャーたちは、「人である以上、他人と全く同じ判断・行動をとれるわけがない」という結論に至る。
そして、部下が自分で「自分なりの」判断をし、「自分なりの」行動をとれるように、育成を開始するのである。そこからが本物のアセットマネジメントの入り口となる。
アセットマネジメントでは、人材そのものをマネジメントの中心に据え、人材の資産価値(=成果を生む力)を最大化することをマネジャーの責務とする。このマネジメントスタイルの特徴として、「蓄積」という点が挙げられる。フローのマネジメントでは、どれだけ大量の仕事を処理しても、仕事は増えこそすれ、なくなることはない。明日もあさっても、来年も再来年も、同じように処理し続けることが求められる。だが、手間暇をかけて人を育てれば、いずれ負荷を分散して分け合えるようになる。組織の効率が上がり、マネジャーの負荷が減る。
ゆえに、フローのマネジメントでは「業務」を中心にマネジメントしていくのに対し、アセットマネジメントでは「人」のマネジメントに時間を使う。具体的なマネジメント行動の特徴は以下の三つに集約される
@情報提供(組織内IR)
Aリスクテイク(信頼と委任)
B情報収集(評価と認知)
次章ではこれらのマネジメント行動を一つ一つ見ていきたい。
@情報提供(組織内IR)
旧来の日本企業では、管理職のレイヤーごとに情報規制を敷くことが多かった。役員と話すときは自分を通せ、というように、情報ルートや情報量で自らを差別化し、管理職としての立場を維持しようとするのである。だが、「余裕を持ちながら、成果を出している」マネジャーはむしろ部下に対する徹底した情報提供にこだわる。その理由を整理すると、概ね以下の三つにまとめることができる。
(i)信頼関係の構築
「重要な経営指標を見せられないということは、部下を信頼していない
ということにほかならない。まして、君の立場では知る必要がないなど
と言われたら、自分の立場を軽視されているとしか思えない。そんな
上司のために、部下は熱心に働かない」
(ii)行動の方向付け
「経営指標や、会議で出た様々な話から、会社の置かれた状況や危機
感、それに目指している方向性がわかる。一般の社員はそういう機会
が少ないのだから、手にした情報をいかに正確に伝えるかが、管理職
の大切な役割。それをうまくできないのに、組織の方向性を理解しろ、
というのは虫がよすぎる」
(iii)判断基準の提供
「事業計画や稟議書の申請過程において、トップを含めて様々な部門
との折衝が生じる。その折衝過程を通じて、我々は会社の視点で業務
の優先順位を理解する。そうした折衝過程やそこで悟った優先順位を
共有しなければ、部下が現場で適切に判断することはできない」
さらに、人材は他の資産と違って、意思を持つ。自分という資産の価値を冷静に判断し、それをどこに投資すべきかを自己判断する。つまり、自分という資産に限って言えば「資本家」でもあるのだ。
そこで、アセットマネジメントを行うマネジャーには、「上に立つ者」ではなく、対等の関係で彼らを惹きつける努力が求められる。「あなたという資産を投下する価値のある組織だ」ということを発信し続けるのである。その人材に対する期待や、その人材にまかせている仕事の重要性、その人材が市場価値を高める“場”としての魅力など、そのコンテンツは枚挙に暇がない(※3)。
Aリスクテイク(信頼と委任)
人材を使おうとするのではなく、「資産」としての価値を高めようとするためには、相応のリスクを取らなければならない。部下を自律させるために、一生懸命コミュニケーション力を高めようとする人が多いが、この「リスクを取る覚悟」を固められないと、小手先のコミュニケーションにはほとんど効果がない。具体的には、以下のような行動がとれるかどうか、がポイントになる。
(i)規制せず、育成する
フローのマネジメントにおいては、どうしても「自分のやり方」やマニュアルなど、レールの上を走らせようとするマネジメントになる。それを自覚し、できるだけ少なくする必要がある。あくまで業務責任は部下に委譲し、「今までできなかったことをできるようにする(修正ではなく付加する)」ためだけに関与するのがマネジャーの役割と、割り切る必要がある。
(ii)全部を求めず、現在価値を認知する
自分が求めていることのすべてをクリアしなければOKを出さない、All or Nothing的な発想を捨てる。資産価値(成果を生む力)が20なら20の価値があると認める。それが30になったら、10上がった、ということを認知する。資産価値は「上がる」ことが大事で、「達する」ことが重要ではない。達することを重視すると、120にも130にもなるはずの潜在価値を取りこぼすことになりかねない。
(iii)プラス思考で考える
部下に何かをまかせようとするとき、「もし〜になったらどうしよう」というマイナス面ばかりが気になって、まかせきれないことがある。「信頼すれば期待に応えようと努力する」のが人間であると、プラス思考(性善説)で考えることが大事だ。仮に、信頼を裏切るようなこと(手を抜いた、など)が発生したら、そのときにしっかりと怒ればよい(※4)。
どれをとっても、上司としてはとても勇気のいる行動である。ここで求められるリスクテイクは二つある。一つは部下にまかせて失敗するリスク、もう一つは、組織目標を達成できないリスク(平たく言うと、上から低く評価されるリスク)である。これはもう、完全に心構えや精神論になってしまうが、アセットマネジメントに成功しているマネジャーたちからよく出てくる言葉を借りると以下のようになる。
「部下が失敗しても、次は必ずもっとうまくなる。周囲からあいつは無能なマネジャーだと思われても、来年か再来年には、自分はきっと、彼らよりも成果を出せて、楽できるマネジャーになっている。将来必ずリターンになって返ってくるんだから、目先のリスクは仕方がないでしょう」
B情報収集(評価と認知)
フローのマネジメントをしていると、一見アクティブに行動し、すべてを把握しているように見えるが、実は受動的で、一部しか見えていないことが多い。構造的にコンベヤーだから、目の前に来たもの、具体的には「部下の仕事の結果(進捗)」と「問題が起きた案件の状況」しか見えないのである。
インタビューをしていても、成功した案件については、ほとんどそのプロセスを知らないことが多い。部下が「どんな成果を出したか」は知っていても、「どんな力を発揮して、その成果を出したか」を具体的に知っている人は少ない。
お金の世界でも、アセットマネジメントには「資産鑑定」が欠かせない。人材版のアセットマネジメントでもそれは同じである。人材は株式と同じように(もっと複雑に)、刻一刻とその資産価値が変わっていくので目が離せない。実力が変わっていなくても、その日の気分によって「成果を生む力」は変動するのである。
したがって、人材版アセットマネジメントにおいては、指導や指示よりも、「見る」「聞く」ことに時間を使う。
その見方や聞き方も、フローのマネジメントとは全く異なるので、意識的に変えていくことが必要だ。
(i)聞き方:業務の進捗ではなく、部下の考え方や行動を聞く
報告、連絡、相談を受けるときに、「その件はどうなった」というように、業務の結果だけを確認していることが多い。これが、フローのマネジメントの特徴だ。
だが、アセットマネジメントでは「どのように考え、どう判断し、どう行動したのか」を聞く。そして、「これからどうするつもりなのか」を聞く。こうした一連の「考え・判断・行動」を聞くことで、その人材の「成果を生む力」を把握するのである。「次に何をまかせるか」「新たに伝授すべきノウハウや知恵はないか」をチェックする。それがアセットマネジメントの「聞き方」である。
(ii)見方:「見ている」ということを伝えるために見る
フローのマネジメントにおいては「指導したことが出来ているか」というように、行動をチェックし、監督するためにOJTや同行営業を行うことが多い。
一方、アセットマネジメントでは「関心を持って、見ている」ということを意識的に伝えるための手段として、OJTや同行営業を行う。こちらは信頼してまかせたつもりなのに、相手からは「関心がないから放置されている」と思われてしまうこともあるからだ。
同様に、日常的に部下の顔色をよく見る。うまくいってなさそうだ、とか、具合が悪そうだ、というときには、すかさず声をかける。これも、「何か手伝えることはあるか」と言いつつも、関与して影響を及ぼそうという目的ではない。見逃さないことで、「ちゃんと見ている」ということを伝えることが主要な目的なのである。
人材版アセットマネジメントを取り入れようとすると、「そこまで仕事をまかせてしまったら、マネジャーの役割って何?」と考えてしまいがちだ。
直接的に仕事で付加価値を出さなくても、信頼してまかせ、成長を促せば、相手は応えるし、上司としての自分の存在価値を認めてくれる。そう信じられるかどうかが、結局のところ「余裕を持ちながら、成果を出せる」マネジャーになるための第一関門なのかもしれない。
どん底のスカンジナビア航空を1年で再建した名経営者、ヤン・カールソンは、優れた人材アセットマネジャーの一人である(と、筆者は思っている)。彼はその著書『真実の瞬間』の中でこう述べている。
“新しいビジネス・リーダーとは、他人の意見の聞き役、意思伝達者、人材教育者であって、自らすべての意思決定を行うというよりは、むしろ適切な企業環境を作り出すことのできる、人々をやる気にさせるオープンな経営者である”
一人ひとりの人材が「自律的に成果を生み出す存在」になるということは、一人ひとりがあたかも独立した自営業者として、対等に組織と付き合っている状態になることである。
そこでマネジャーに求められる機能とは、その時々の部下の状況に応じた仕事を作り、部下が「自営業者」として仕事を全うするために必要なノウハウを与え、より大きな仕事を発注できるパートナーへと高めていくことにある。
部下を対等な存在として扱い、一方で育成を図るというのは、一見矛盾しているように感じるかもしれない。しかし、こうした対応は、ベンチャー企業に出資する投資会社や、インキュベーターと呼ばれるサービスに等しく、決して矛盾するものではない。
まずは「自分に従属する存在」という部下に対する認識を改め、人材のインキュベーターとして、「対等な相手に投資する」というスタンスに立ってみてほしい。相手はまだ小さなベンチャーだから、投資するにはリスクが伴うし、時には痛い損失を被ることもあるかもしれない。しかし、それに見合うだけのリターンをきっと返してくれるベンチャーだと、そう信じて「エンジェル」になるのも、ビジネスの楽しみ方の一つなのではないか。筆者自身、そうしたエンジェルになれる機会はないかと、投資機会を探し続けている一人でもある。
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(※1)ちょっと前までは、日本の大半の組織で、成果を運不運と考え、労働時間が「頑張っている証」とし
て最も重視されていた。そのような社会においては、「余裕を持ちながら成果を出す人たち」は、「頑
張っているあいつよりも、キミを高く評価するわけにはいかない」という論理で、標準以上の評価を得
ることができなかった。学歴が低かったりすると、なおさらである。成果主義は人材を作る機能はな
いが、人材を埋もれさせないという効果があるのは間違いない。
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(※2)エリヤフ・ゴールドラット博士、またはTOCの詳細に興味がある方は、その著書『ザ・ゴール―企業
の究極の目的とは何か』(ダイヤモンド社)を参照していただきたい。
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(※3)無論、嘘をついたり、虚飾で彩ることは許されない。外部に対するIRと同じように、正確な情報を与
えつつ、いかに組織の魅力を打ち出していけるかが、マネジャーの腕の見せどころである。
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(※4)怒ってはいけないとか、いつ叱ればよいのかわからない、というマネジャーがいるが、その場合、そ
もそも部下を信頼し、まかせきっていない場合が多い。信頼してまかせる。応えてくれたら認知し、裏
切ったら怒る。人間同士の付き合い方として、当然のスタンスで向き合えばよいということを、ハイパ
フォーマーたちは示している。
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