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【巻頭言】 |
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役員最適化から始めるヒト資本経営
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片桐 一郎 |
90年代後半からの成果主義人事制度の流れの中で役員は、成果主義から隔離されているという面もあったが、その後、役員改革も形の上ではいくらか進展したようである。
ただし、役員の報酬・指名委員会が導入されたり、執行役員制が導入されたりしてきたものの、現在の役員には、より構造と質の面に踏み込んだ改革が求められている。
21世紀の企業成長に向けて日本企業が目指すべき、役員最適化から始めるヒト経営について本稿では提案する。
役員は「あがり」のポストでのんびりできる、と言われたのは過去の話だ。今や、役員が率先して仕事をリードしなくては競争に生き残れない状況である。社員よりも明快な成果主義は当然として、役員改革に取り組む課題を挙げてみる。
@役員ガバナンスをどうするか
アメリカ型に近い、企業運営と企業統治を分離する形式と、従来の日本型のどちらでいくかという形式的な差異が議論になった時期もあったが、これについては、日本的な構造を進化させる道が選ばれたようである。
調査によると、日本企業のうち、アメリカ型に近い委員会等設置会社をとるのはわずか1.2%で、今後の導入の予定はない、という回答が86%を占めている。日本企業の主流は監査役設置会社で、そこで執行役員制度を導入したものが42.5%になっている(社団法人日本監査役協会の調査、平成16年4月、1443社が回答)。
つまり報酬や指名委員会のような外部機構は持たずに、監査役の強化と執行役員制の導入で、経営と執行を区分し、それを監査する仕組みを動かす方向にいっている。
現在の課題はこういう形式的なものではなく、ガバナンスの質の向上、つまり役員の質の向上が課題になっているようである。
A社員との報酬格差をどうつけるか
成果主義が社員の報酬格差を広げつつあるのと同様、役員も成果主義によって、さらにハイリスク・ハイリターン型の報酬制度になって当然ではないか、という考え方は自然である。
その際に問題になるのはどれだけ役員の報酬を社員と差をつけるかである。アメリカのように社員の100倍も差をつけてよいのだろうか。
10年ほど前にあるコンサルティング会社(弊社ではない)が、社長や役員の報酬設計を頼まれて、アメリカ的な水準の報酬設計を行ったところ、社長に激怒されたそうである。役員がそんなに報酬をもらったら、自分の組織は持たない。そんなこともわからないのか、とそのコンサル会社は叱られたそうである。
その社会が格差を認めるか、は微妙な心理がある。あまりに社長や役員が巨額な報酬をもらうと、仲間意識の強い、日本の組織の強さが弱くなる心配がつきまとう。
ただし、一方で日本の社会は二極化が進みつつある。日本人はかつて「一億総中流意識」を持つ国民と言われた。しかし今は貧富の差が拡大しているようだ。実はすでにアメリカ、イギリスの次に貧富の差がついているのが日本であるらしい。
この証左として、ジニ係数という社会格差を示す指標の動向を見てみた(図1)。これによると日本は25%の人が75%の富を得る社会にすでになっているとのことである。またジニ係数を国際比較してみると、日本はアメリカ、イギリスに次ぐ世界3番目で、ドイツよりも上である(図2)。
これはより社内格差がつくことが容認される方向を後押しするであろう。役員の給料が高くても、そういうリスクと責任を負っているので当然という見方が普通になるであろう。ただしそのさじ加減をどうするかは依然課題となっている。
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Bグローバルな役員構造をどうするか
日本企業の海外進出はかなり進んできたが、海外拠点はまだ日本人中心で回っている。海外拠点のトップは日本人という会社がまだ主流である。しかし、海外での事業成長を考えると、今から現地の人材を育成する必要がある。中国、韓国、台湾など、東アジアでの事業成長をリードする役員クラスの現地人材を開発し役員ポジションにつけることが重要となる。
しかも海外人材からみると、拠点の社長や役員、やがては日本本社の役員まで可能なキャリアがあること自体、短期的な報酬では得られない長期のコミットメントとなるであろう。しかし、こういう長期ビジョンのもとに現地人材の採用や開発に取り組んでいる日本企業はまだ少数である。
さらに現地役員の報酬も、言葉は悪いが、適当に決めていることが多いようだ。もちろん現地の相場を参考にしているのだが全世界を横断して体系化することはまだほとんどできていない。その結果、日本の本社社長より、アメリカ法人の社長のほうが年俸が高いということが起こっている。アメリカのほうが「社長市場」の年俸は高いので、規模が小さいアメリカ現法子会社の社長が、日本本社社長より市場価値が高くみなされるというロジックである。しかし、これは、やはりおかしい。
全世界に展開した各国法人の役員をどう体系づけるか。何らかの報酬体系の考え方と秩序は必要であろう。
野球やサッカーでは日本人チームの監督が外国人でも、適切なマネジメントをすれば優勝している。ビジネスの世界でもグローバル化が進みトップに外国人が着任することは、日産やソニーのように、あっても不思議ではなくなった。
こういう状況の中では、もともと日本人の社長を想定した報酬体系を、日本だけ適用するのがだんだん難しくなってくるだろう。
このような課題の中、これからの役員の最適経営はどんなものになるだろうか。
まず役員レベルが避けるべきなのは、役員を事業や機能の利益代表にしないことである。そのためには組織の評価と役員の評価を再検討する必要があるだろう。
「カンパニー制とEVA(経済的付加価値)を経営指標としたことで、短期的な利益を追求し部分最適を図るようになってしまった」(ソニー代表取締役社長兼エレクトロニクスCEOの中鉢良治氏、2005年9月22日会見)という発言が象徴するように、短期的な部門利益が会社価値を損ねるという、古くて新しい教訓から謙虚に学ぶべきである。
そこで役員機能の整理として、図3に示すような六つの要素、二つの貢献を提案したい。図3の左が取締役機能で、株主価値の監視、経営監視、社会責任監視、の三つの監視機能で成り立つ。右の三つが、執行機能で、戦略率先、部門責任、横断貢献の三つの内部影響行動で示される。左右の機能により、最終成果として役員に求められるのは、ROA(Return On Asset、資産収益率)と、HCV(Human Capital Value、ヒト資本価値)の向上である。
HCVは大きな意味でROAの一部であるが、ヒト資本は経営の最も重要な資産であり、HCVはその価値を測る重要な指標なので採用した。HCVは、分子に人材がもたらす利益(過去の平均に基づくが将来予測も入れる)をとり、分母に人材にかかるコスト(年金などの将来費用も含む)をとった比率である。(弊社アメリカオフィスでは調査が始まった段階で、まだ日本では概念ベースであるが、今後定量化を進める予定である)。
ROAとHCVを高めるように、取り締まり機能と執行機能を働かせるのであるが、執行機能のポイントは、部門責任と横断貢献である。つまり、役員は全社の視点で、ROAとHCVを上げるように、自分の担当する部門だけでなく、部門横断で全体価値を上げる視点で貢献することが求められる。これが、部門(利益)責任ではなく、部門(リード)責任とした理由である。また、戦略率先というのは、主要担当機能の課題遂行上、最も重要でかつ部下では達成が困難なもので、役員が率先垂範すべき行動である。
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図3/役員機能の構成 |
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取り締まり機能は、株主の視点から株主価値を高めるかどうか、また役員の体制や適性なども検討する経営監視機能が重要である。従来この部分は、日本では社長の独占事項で、自身の進退も含めて外部が影響を与えることは難しかったが、株主の発言力が強まる中で、外部の意見が活かされる可能性が増えつつある。
監査役だろうが委員会型であろうが、役員の登用や適性について社長にオープンに意見を述べる機会は増えるだろう(ちなみにこの部分は、第三者としての意見をアセスメントなどにより提供するコンサルティングも増加している)。
役員の最適化とはこういう役員機能がグローバルの各ポジションで適切に分担され、かつそのポジションの担当者や候補者のプールが十分に維持され、配置、評価、報酬、交代の役員フローが適切に運営されている状態である。
対象となるヒトは全世界のグローバル・コア・ポジション(GCP)にいる幹部、およびその後継者候補の層である。
まずGCPを定め、その後、GCPに対して現在のヒトのフロー(採用、配置、代謝)が戦略、コンピテンシー、処遇、運営の4面から適合(フィット)しているか診断し、問題があれば対応策を講じるのが、グローバルな役員最適化のコンセプトである。
グローバル・コア・ポジションは文字通り、全世界のグループ経営の中で核となる役職である。当然各国の役員が含まれるし、部長級のポジションを含めてもいい。要は役員の果たすべき取り締まり機能と執行機能を分担しているポジションをすべて挙げることが望ましい。
同時にGCPが担当できる可能性のある人材(HPI:High Potential Individual)をリストアップする。世界展開している数万人の規模の会社ならHPIは全世界で最低500人は欲しいところである。
@GCPの戦略フィット
GCPが設定できたら、それぞれのポジションがどういう組織・事業環境にあるかを把握する。どのくらいの管理責任をもち、どういうミッションを持っているのか、それを役員としての期待機能にあてはめると、どういう成果が期待されているのか、などをまとめる。単なる職務分析ではなく、外部環境から見たリーダーシップのチャレンジ度を加えることがポイントである。
Aコンピテンシーフィット
GCPに配置されている人材のコンピテンシー(思考と行動特性)がどう合っているかを判定する。具体的には探索インタビューによる行動事実の掘り下げがメインになる。
役員の機能に対応してどういう行動をとってきたか、その分析によりコンピテンシーの発揮レベルを判定する。役員候補人材に対しては、仕事をする上での根本動機について述べてもらうと参考になる。経験上、役員適性を示す人には、「無私」の特性があるようだ。つまり「私心(しごころ)」がないので、思い切った直言をトップに述べるし、他部門の役員にも全体最適のための行動を説得できるようである。
確かに営業部門の役員には強烈な個性や顧客対応力を発揮する方がおり、「軍団」と揶揄されるようなパワーを発揮するチームもあるが、そういったチームでも根っこには、顧客を感動させる「無私」の力が働いているように見える。いずれにしろこういった基本特性以外のコンピテンシーを見て、将来の可能性の仮説も作成する。
B処遇フィット
これは役員等級や報酬が仕事と人に適合しているかの診断と対策である。特にGCPの役員についてはグループで共通の処遇体系をもつことが望ましい。
つまりGCPポジションにそれぞれ値段をつけ、そのポジションを日本人が務めようが、中国人が務めようが、アメリカ人が務めようが、基本的に同じ年俸の考え方を適用するのである。
そうなるためには、まず社内でポジション価値を定める共通の物差しが必要となる。これはGCPの戦略フィットを行う際に使う基準と共通なものが使える。基本年収や短期・中期のインセンティブは、GCPの求めるものによって異なる。
ただし、絶対水準をどの国のGCPも同じにする必要はなく、ましてや高い水準に合わせる必要もない。広い意味の市場原理を適用し、社内と社外の市場の両方から、競争力のある水準を設定すればよい。
C運営フィット
事業では「仮説」と「検証」を早く回すことが鍵であるのと同様、役員最適化のマネジメントも仮説と検証を早く回す運営ができているかがポイントである。GCPやコンピテンシーの診断は最初の仮説であって、この仮説が妥当かは、役員の日々の行動や貢献を頻繁に検証できる機会があったほうがいい。
年に1回、公式行事的なセレモニーで検証するだけでは、人事評価の目標管理と同じで形骸化してしまう恐れがある。定期的な執行役員会で、課題と担当を常にリバイスしながら役員の行動を「可視化」しておくことが有効である。
処遇フィットのときには半期(賞与)と期ごとの年俸改定が必要なので、役員機能に対する貢献をそれに合わせて判定する必要が出てくる。
担当部門に限定した数値だけで役員を評価しては全体最適にならない。
部門業績は参考としてもちろん必要だが、それ以上に重要なのは、全体のROA、HCV向上のために、役員として要求される機能をどう果たしたかである。この判定は日々の可視化された実績に基づくとは言え、最終的には、判定者(ジャッジ)の持つ「高度な主観」である。この際のジャッジ能力は、役員評価の担当者や、監査役に特に求められる。
ジャッジごとに主観が異なるのは当然であるが、意見を交換することにより、ジャッジ同士に「相互了解」が成立し、主観の妥当性が高まっていく。このプロセスは組織の「目利き」の学習プロセスともいえる。ジャッジの目利きの軸がそろって初めて、役員への昇格や、GCPの適切な後継者を組織としてオープンに選ぶことが可能となる。
GCPの戦略フィットや、行動の可視化では「英語」の効能に着目したい。これは外人がいるから英語にしよう、といったレベルの話ではなく、英語の持つ明快さや論理性を接客的に活用する狙いの提案である。なぜならば英語は日本語よりもロジックとYes/Noがはっきりしており、論理的で結論を出す会議運営をスピーディにするのに適しているからである。
世界中に顧客を持つ企業ならば、当然、役員会の共通言語を英語にすべきであろう。
面白いデータがある。日本語を使うとアメリカ人も曖昧になるというものである。これは同じ内容の質問を、日本語、英語にしてそれぞれ両方のことばがわかる、日本人、アメリカ人に答えてもらった調査である。日本人もアメリカ人も英語だとYes/Noをはっきりいうのが70%に対し、同じ内容を日本語で答えると、日本人もアメリカ人も「どちらともいえない」が増え、はっきり答える割合が減少するのである。図4にそのデータを示す。(林知己夫著『調査の科学』より)
余談だが多国籍企業がグローバルな拠点に対して社員意識調査をすると、日本法人は「どちらとも言えない」という回答が欧米拠点に比べ多くなる。この結果を見たアメリカのグローバル人事担当者が心配して問い合わせてきたことがあるが、これも日本語の影響であると説明した。実際、日本拠点では全体の社員満足度は高かったのである。
日本語は主語を省き、複数形なども使わない。これらの特徴は「我々」が主語であることが自然と前提になっている、という点でチームワークを醸成するのに向いていると言えそうだ。
一方、白黒を論理的にはっきりさせるのには英語よりは効率が悪そうだ。こんなところに、現場の小集団活動には得意な日本企業がグローバルな意思決定では後れを取る原因の一つがある、といったら乱暴であろうか。
本来は日本語でも、論理的で明快な討議をすべきであろう。ただしグローバル企業となる以上は、海外役員も入るため、英語の討議を背伸びしてでも行うべきであろう。すると、論理的な思考を英語が加速してくれることが期待できる。
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図4/日本語のあいまいさ |
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GCPの戦略フィット、コンピテンシーフィット、処遇フィットの仮説・検証サイクルを次々に回す運営が最も重要である。GCPやHPIが50人程度ならば、社長一人でも何とかなるかもしれないが、グローバル企業で全世界に役員およびHPIが数百人にもなると、とても社長やHR担当役員では対応しきれない。そこで役員最適化のための事務局が不可欠となる。
従来の人事部は、もともとヒトの問題が社会の制度(社会保険や法律、労働慣行)に深く影響を受けているので、ローカルになっているのが自然であったので、グローバル化に向けて人事部の脱皮が必要である。
これからの人事部は、GCPの戦略フィット、HPIのコンピテンシーフィット、そして処遇フィットについて、トップに進言できる情報処理と判断、そして、トップを支援して役員最適化の運営を行う力を持たねばならないだろう。
こういったイメージのグローバル人事機能を持つ日本企業はまだほとんど見当たらない。しかし、事業がグローバル連結になっている以上、ヒトの連結経営もまた当然となる。
ヒトの連結経営の核である役員を、戦略ポジション、コンピテンシー、処遇面をグループで体系づけ、最適化のための仮説・検証サイクルを回す経営に早く踏み出すべきある。
なぜならば、役員最適化経営は、短期に安易に実現できるものではないが、着実に取り組んでいけば、長期的な発展を支える、独自の組織能力になるからである。
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