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【巻頭言】 |
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矛盾のマネジメント
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永田 稔 |
「今の状況に満足ですか」と聞かれ「満足です」と答える人の顔に、一抹の不満が横切る瞬間を感じたことはないだろうか。一方、「いや今の仕事はひどい状態で……」と不満をこぼす人の顔に充実している輝きを感じることはないだろうか。満足だと答えた人にさらに話を聞いていくと、「いや、実は現在の環境にはとても満足しているのです。ええ、そう、満足しているんですが……、ただ、もう少し刺激があれば、もっと……」というような話がしばしば出てくる。満足、不満足という感情は一律でなく、アナログ的で、互いに影響を及ぼし合う感情である。これを人間は贅沢にできているのだというのは簡単であるが、満足という感情や、その気持ちを持つ人間の複雑さや多様さともとらえることができる。
ここに興味深い実験がある。
イギリスで、猿を使い脳の快楽状態を示すと言われているドーパミン細胞の活動状況を調査する実験が行われた。実験は、報酬をもらえる状況を変化させながら、脳内のドーパミン細胞の活動状況を調べていく実験である。確実に報酬がもらえる状況、80%の確率でもらえる状況、50%でもらえる状況など、報酬獲得の確実性を変化させていったのである。この実験の結果、興味深いことが示された。ドーパミン細胞は報酬が確実な状況で高い活性度合いを示した。これは予想された結果であった。面白い結果というのは、不確実な状況における結果であった。50%の確率で報酬がもらえるような状態、すなわち一定の不確実性を持った状況において、ドーパミン細胞が最も活性化の継続性を見せたという点である。これは、脳の快楽が、不確実性という状況で特徴的な反応を見せたということである。このことは生き物が確実な報酬の利用だけでは先細りとなるため、不確実な報酬の探索にも脳内で動機づけられるように設計されているためと推測されている。
ドーパミンの活動状況が満足という感情か、と問われるとそれほど単純ではないと考えるが、満足という感情が脳内で発生する一つの反応と考えると、あながち関係ないとも言えないであろう。生き物が示す感情の複雑さや生存のための深淵な設計を示す例と考える。生き物は、もともと、不確実性に快楽を示すよう、喜びを感ずるよう、脳が活性化するよう、デザインされているということである。このことは次のようなことを意味していないか。
一見、満足をしているような状況は、必ずしも生き物としての真の満足や喜びを喚起をしていない可能性がある。
確かに、これは我々の日常感覚と合っている。安定し確実性もありすべてが満たされた企業の従業員が、何か満たされない顔をしていると感じるのは私だけではあるまい。その一方、成長している企業の持つ従業員の「疲れがにじんだ顔に浮かぶ満足げ」な表情は、おそらく大航海時代の船員が持つ表情と酷似しているのだろう。「この先なし」と言われた世界の先=新世界を開拓する「わくわく感」。成長をしている企業の従業員は、どんな業種であれ、時代の先端を切り開き波頭を越えていく船員である。
このような未知のものへと向かう性向は、人間の中に埋め込まれているものである。「新奇性選好」とは、幼児が示す目新しいものを好む傾向である。幼児は新しいものに興味を示して、心身ともにその対象に向かっていく。これは新しいものや不確実なことから学習をすることに脳が喜びを感じるためと言われている。この傾向は大人になっても変わらない。未知なもの、不確実なものに向かい合い、そこから学ぶ喜びは我々の内に確かに存在する。
その一方、人間は不確実性を増す環境の中では、不安を感じて、心の安定感をも失っていく。これは脳がその発達のために不確実性を求める一方で、その存在を確たるものにするために確実なものや安全、安心を求めていると考えられている。そして、これらも当然のことながら我々の生き物としての喜びにつながっているのである。このように、人間の持つ喜びや満足という感情は、複数の矛盾する要因、それらのバランスの上に成り立っているものであるのだ。
組織を構成する人が上記のような特性をもつとするならば、組織・人材マネジメントも、もっと生き物として、人間としての喜びを喚起するような根源的なものにならなければならない。情報技術が進展をし、情報共有や情報処理が価値を失う現在において、人間が持つ「生きる」力の喚起が必要となっているのではないだろうか。
以下、人間の持つ代表的な矛盾に関して考えてみた。満足と不満足、期待と不安、確実性と不確実性など、人間が持つ相矛盾する状態を理解し、作り出しながら、人間の生存本能や根源的な力を引き出すマネジメントが必要と考える。
従来、従業員満足など、満足度の向上を目指すマネジメントが行われてきた。従業員満足度調査などはその典型であろう。当然、環境要因など、引き続き満足度の向上への取り組みは必要である。その一方で、一定の不満足の存在はそれを克服しようとする力を喚起する。意図的に不満足な状況を作り出すことは人間の活力を生み出す方法である。例えば、人材不足などの不満足な状況を意図的に作り出す経営者がいる。従業員の方々はこの状況に不満を表しながらも、工夫を重ねながら状況を克服していく。その結果、経営的にも効率が高められ、従業員も力をつけていく。このように、意図的に不満足な状況を作り出し、潜在的な力を引き出していく方法がある。満足度を上げることだけに集中すべきではない。意図的に不満足な状況を作り出すこと、それにより人の持つ反発力、克服する力を最大限に引き出すことを考えるべきであろう。
安全や生存自体を脅かすような状況は人材が成果を生み出すことを困難にするだろう。人間の力が安全や生存を確保する方向に使われてしまう。しかし、長期的な会社存続への危機感や自分のポジションへの危機感、不安は、人間の力を喚起する。さらに、その危機感を抱いた人々をある目的の下に結束させ、力を束ねる効果がある。それでは、危機感を作り上げるにはどうしたらよいのだろうか。いたずらに危機感を煽っても従業員に見透かされてしまうだろう。真っ当な危機感を作り上げるためには、まず事実を徹底的に共有し、その事実が何を意味するかを、思い込みなく解釈する必要がある。これは簡単なように思えるが、人間や組織は自分の持つイメージに沿って事実を取捨選択し、都合のよいように解釈する性向がある。
このような性向があるため、思いのほか事実を見つめるということは難しく、勇気のいる行為なのである。マネジメントは、この勇気を自らが奮い、従業員にも求めていくのである。健全な不安を組織として共有し、不安を克服する力に変えていくのである。こうして健全な不安を喚起する一方、同時に期待の提示も必要となる。不安のみでは人は本当の意味で活性化しない。期待があってこそ、現在の不安にも耐えることができ、力の発揮の方向を揃えることができるのだ。
人は確実性を求める一方、不確実な冒険に心惹かれる存在だと述べてきた。従業員の心を「わくわく」させるには、従業員を常に先端で走らせる必要がある。
企業の厚みという確実性の拠り所を提供しながら、不確実な世界にチャレンジさせ、鼓舞していく必要がある。スティーブ・ジョブスの「宇宙に衝撃を与えるものをつくろう」という言葉である。チャレンジするテーマを与え、ハードルを常に上げ続けるマネジメントである。従業員や組織を安住させずに、常に揺らし続けるのである。この際に必要なのは、その取り組みの「意味づけ」であろう。そのチャレンジがどのような意味があるのか、どれほど意義があることなのかを折に触れ伝えていく必要がある。そして、そのチャレンジをした結果、どのような結果になろうとも、「確実」な認知を与えるのである。「不確実」なものへのチャレンジと、「確実」な認知。これにより、従業員は安心して航海に出れるのである。
生き物や人間は矛盾を内包した存在である。満足が不満足に転化し、不満足が満足に昇華していく。この移ろい、不安定さ。この状態こそが、生きる力の源ではないだろうか。
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