【巻頭言】
正々堂々 恥じず媚びず誇らしく
楽顔・美顔・誇顔 溢れるカイシャ

1.
世界中で「本気」が飛び交うカイシャ
異文化の壁をよじ登る人たち
   
2.
矛盾のマネジメント
生きる力を引き出す

3.
笑えるカイシャ
笑う門に福来る
   
4.
「女性を活かせるカイシャ」考
女性の多様性と向き合う

5.
良いヤクショ
職員の条件と人材マネジメント
   
6.
IT企業で働く人たちの喜びのツボ
どこにあり、どう押すか

7.
心に火が点くR&Dマネジメント
技術者と会社の協働キャリアづくり

8.
〈良い組織〉を作れ
個の力を組織に展開するマネジメントプロセスの革新

9.
「握り」が引き上げるM&Aの期待成果
仏に魂を入れる組織能力の開発

10.
アジア人材を育成する「良いカイシャ」に

11.
中国・アジアにおける「日本企業ブランド」を考える
アジアの人材をひきつける日本発の人材マネジメントのあり方

12.
社員にとってホントに良い報酬
愛のあるお金の流れを作り出せ

13.
報酬における経営者満足は「良いカイシャ」につながるのか

14.
飽きないカイシャの見えない仕組み
これからの日本型「良いカイシャ」の条件

15.
年金設計に込める「良いカイシャ」と言われるための思い

【心理学ゼミナール】
人材論が根本から変わる

【巻末言】
「良いカイシャ」原論
日本企業は特異点を目指すのか
   

.

心に火が点くR&Dマネジメント
技術者と会社の協働キャリアづくり
 

 

古沢 哲也

「仕事」が最大のモチベーション要因

 技術者の方々にはショッキングなデータがある。
 理系出身者と文系出身者の生涯年収の差が5000万円にもなるというものだ。大阪大大学院国際公共政策研究科の松繁助教授らが実施した調査によれば、大学卒業後の22歳から60歳まで働くと仮定して、各年代の平均年収を合計して出した仮想生涯所得は理系:3億8400万円、文系:4億3600万円となり、その差5200万円となるそうである。(※1)

 確かに、私が理系の学生であった十数年前でも、このようなデータによる裏づけはなかったが、理系は文系よりも生涯給料が安いということは周知の事実であった。それでも、多くの同級生たちは研究者・開発者になることを夢見てメーカーに就職していった。彼らにとって最大の魅力はお金ではなく、研究分野や研究テーマであり、興味のあること・やりたいことができるかどうかが判断基準になっていた。

 研究分野や研究テーマ(仕事)が、技術者にとって最大のモチベーション要因になるということについては、もっとストレートな調査結果もある。この調査は、発明報酬などの技術者処遇のあり方についても興味深い結果を示しているので紹介したい。

 日経ものづくり編集部は、会社に多少なりとも不満を持っている技術者を「現在所属する会社を辞めたいと思ったことがある技術者」という条件で選び、その人たちを対象に「モチベーションを高めるために必要なもの」を聞いた。「透明性の高い人事評価システム」を挙げる人が67.4%でトップ、「自分が望む仕事」を挙げる人がそれに続く62.4%。この二つが突出して多かった。(※2)

 「評価」に対する不満が多くなっているのは、会社に不満を持っている人たちを対象としているからだと思われる。「透明な評価」を行えば、どんどん技術者のモチベーションが高まるということではないだろうから、ここではむしろ「評価の妥当性」が衛生的な水準に達しておらず、それが問題になっているものと考えられる。

 また、最近、注目を集めている「職務発明に対する対価」をモチベーション要因として挙げた人は46.0%と半分弱に留まっている。このデータの対象者が「会社に不満を持っている技術者」であることを考えると、不満を持っていない者も含めた全技術者を対象とした場合は、この数値はもっと低くなる可能性が高い。これは「処遇」は所詮、衛生要因にしかすぎないことを物語っているのではないだろうか。

モチベーションを高める取り組み

複線型キャリアだけでは不十分
 もちろん、企業はこんなことはとうにわかっていて、技術者がやりがいのある仕事に取り組んでもらうための取り組みを行っている。代表的な例が複線型キャリアである。ライン管理職となって上を目指してもらうだけでなく、主席研究員、フェローなどのライン管理職に負けない職位に就いてもらい、生涯一研究者として、研究開発に携わり続けてもらう制度である。ライン管理職の給料のほうが結果的に高くなっていたり、管理職になれない人たちの受け皿として使われてしまったりと、運用上の問題点や注意点はあるものの、解決の方向性としては間違っていない。

 しかし、果たして、これで良いのだろうか。
 確かにマネジメントが苦手だ、嫌いだという技術者は多いが、管理職と専門職の二者択一だけで、問題が解決するとは思えない。
 経営者の立場からすると、「やりたいことをやらせるのはかまわないが、自分のやりたいことだけをやってもらっても困る」だろう。
 それに研究できる体制や環境を整えることは、表面上の整備にすぎない。その状況を与えられて、何をやってくれるのか、が本質的なイシューだろう。

テーマ選定こそが重要
 そこで、個人と会社、お互いがやりたいことをバランスさせる「テーマ選定マネジメント」が必要になる。そのテーマに取り組むことで、個人と会社が共にメリットを享受することができるようなテーマや取り組み方を見つけ出す。複線型キャリアなどの仕組みではなく、その運用、つまりマネジメントプロセスで価値を出すのである。そして、これは言葉を換えれば、技術者のキャリアづくりを本人と会社が一緒になって行う、ということになる。

 日本には、会社の方針に沿った研究とは別の、いわゆる「アングラ研究」が容認される傾向があり、また、それこそが独創的な発明を生むという意見が根強くある。しかし、徐々にこういう考えはグローバル化する社会で通用しなくなっているのではないだろうか。何となくアンダーグラウンドで研究を行い、何となくそれを認めていては、技術者も経営者もロスが大きい。職務発明なのかどうか、成果の所在が曖昧になる。最悪の場合、訴訟にまで発展する。アングラをやるならやるで、一定のルールを決めてやるべきである。独創的な発明という結果が得られればそれで良しとするのではなく、そこに至るプロセス管理こそが重要ではないか。そうでなければ、R&D「マネジメント」ではない。

個人と会社の協力が「心に火を点ける」
 一方で、R&Dマネジメントにも資本主義的な動きも広がりつつある。ベンチャー投資や産学連携という名の下に売れる技術や発明が買われ、高額な発明報酬がインセンティブにされている。このような動きが悪いとは言わないが、資本主義的市場原理を持ち込み過ぎた場合の弊害は明らかである。成果や結果を急ぐあまり悲劇を生んだソウル大学でのES細胞培養成功に関わるデータの捏造は記憶に新しい。

 こういう競争原理に基づく動機づけがあっても良い。でも、これだけでは不十分だ。前出の日経ものづくりの調査結果が示しているように、それに反応する人は多くても半分弱にすぎない。

 個人と会社が協力して、共に成長を目指すためのテーマを選び、それに取り組んでいく。これが日本の技術者の「心に火を点ける」のではないだろうか。単にやる気になるのではなく、内面の深いところからエネルギーが湧き出るには、お互いに対する思いが必要だと思う。そして、こういうことができる会社こそが技術者にとっての「良いカイシャ」なのではないだろうか。

選ぶべきテーマ

 では、個人と会社が共にメリットを享受できるテーマとはどんなものだろうか。

投資の合理性が高い
 やはり、「成果との関連性が明らかなテーマ」が第一である。売り上げ、収益、成功した場合の技術的意義、などの判断指標と照らし合わせてみて時間と金を投資する合理性があるかどうかを判断する。

 東陶機器株式会社(TOTO)では、成果との関連性を把握するために、テーマの現在価値を無理やりにでも数値化して、開発テーマを決定している。社内における知見の蓄積の有無による実現可能性、必要投下資本、成果が出るまでの年数、などを数式に当てはめ、テーマの現在価値を算出し、研究投資効率の高いテーマから取り組んでいる。必ずしも数値化にこだわる必要はないともいえるが、何らかの指標を使って、合理性の高い意思決定を行おうとする姿勢は高く評価できる。

 モバイル電子機器に欠かせないリチウム二次電池の基本構成を発明し、基本特許を成立させた旭化成グループフェローの吉野彰氏も、『日経ものづくり』のインタビューの中でテーマ選定時に投資効率を検討することの大切さを自身の経験を踏まえて主張している。

 事業に結びつかない研究は、遅かれ早かれストップが掛かる。その際、研究者は継続したい一心で、市場や技術の優位性をでっち上げたい気持ちに駆られることもある。だが、そうしたところでうまくいくものではない。だからこそ、できる限り早い段階で対象となる研究の将来性を見極めることが大切だ。(※3)

 売れるもの・技術を追求することは、研究開発者のキャリアアップにつながる。企業内で研究をする研究者にとっては、論文の数だけがキャリアアップにつながるものではない。やはり、市場に対してインパクトのある製品を開発できたかどうか、これが、大学などの公共研究機関ではなく、企業で研究開発する意義だろう。
 自分が手がけた製品が世の中に出て、事業に貢献した時の感動は何物にも代えがたい。ある技術者は「論文を発表したときと比較にならないほどの達成感を感じた」と言っている。
 また、一度でもその感動を味わった研究員は研究開発に対する姿勢も変わる。会社に貢献できるテーマを手がけ、技術開発だけでなく、その先の商品化まで関わりたいという意欲が芽生えてくる。

社外にも通用する
 技術者個人の立場に立てば、その技術や分野が社外でも通用するかどうか、ということも考えたい。これは、流行を追えということではない。ビジネスである限り、研究開発が途中で打ち切りになることはやむをえない。しかし、一技術者としてみれば、自分の研究人生の何分の1かを賭けたものが途切れてしまうのはとてもつらい。
 例えば、10年間を費やした研究テーマが打ち切りになった場合、それに費やした開発コストは他所で回収できるかもしれないが、技術者の人生は取り返しがつかない。その場合は、社外で研究を継続できる可能性を求めることもあるかもしれない。万一のことも考え、技術者は外に目を向けておいたほうが良い。自分の技術を一番わかるのは自分なので、自分の技術が世の中のどの位置にあるのかを常に把握しておくべきだろう。

 日立製作所中央研究所を退社した後、米国でベンチャー企業を立ち上げた鷹取洋氏は、まさにこういう経験をされている。

 「私の場合、NTTの早すぎた光ファイバー構想の影響などで、日立で携わっていたISDNなどの電送技術の開発が打ち切りになり、同社で研究を続けられなくなった。
 プロジェクトを途中で止める判断は企業にとって不可欠なチェック機能であり問題はない。ただ、研究者個人には、10年間続けた研究が中止されるのは深刻だ。幸い、私は電送技術の研究がDSLとして継続していた米国に移って研究を続行できた。約10年後、自分の技術が世界のかなりいい位置につけていることを確認し、自信を持った。
(※4)

 ここまで考えると、これからの技術者と会社の新しい関係が見えてくる。個人と会社がお互いに束縛し合ったり、どちらかがどちらかに一方的に頼るのではなく、対等な立場で協力し合う。まさに「ヒト資本発想」に基づく関係と言えるだろう。

選定のアプローチ

トップダウンかつボトムアップ
 このような関係性を前提とした場合、データを示し、テーマの合理性を証明する責任は、技術者と会社の両方に生じる。会社は技術者に取り組んでほしいテーマがいかにやりがいあるかを示す必要があるし、同時に技術者は自分が取り組みたいテーマがいかに会社にとってメリットになるかを示す必要がある。このトップダウンとボトムアップのアプローチを同時に行うことこそが、両者の利益につながる。

キャリアを考えるタイムフレーム

 技術者のキャリアづくりを考えた場合、もう一つ気になることがある。キャリアを考えるタイムフレームである。

 この点について、前出の鷹取氏は以下のようにも言っている。

 企業に入り、自分で「これだ」と思える技術を見つけるまでに5年から10年は平気でかかる。本当に自信が付くのは、同じ領域の製品を最低でも2つ出した後だろう。
 ところが、大学院を出て20代半ばで入社した技術者の場合、プロとしてようやく入り口に立ったところで、管理職の呼び声が掛かる。職人になる前に、マネジメントに回ってしまうのだ。日本企業は技術者個人の「技術を極めたい」という動機と組織の運営がマッチしていない。
(※5)

 分野による違いもあるかもしれないが、筆者がヒヤリングした範囲でも、やはり研究者・技術者として一人前になるのに、10年はかかるという意見が多い。個人も会社もキャリアを考えるときは、もっとタイムスパンを長く取ったほうが良いかもしれない。そうすると、複線型キャリアの運用も変わってくるだろう。

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(※1)調査はある国立大学の入学時の偏差値がほぼ同じ理系学部と文系学部を選び、過去50年のすべ
   ての卒業生の年収などを調査した(毎日新聞科学環境部『理系白書―この国を静かに支える人た
   ち』講談社)。

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(※2)『日経ものづくり』(2005年5月号、日経BP社)
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(※3)『日経ものづくり』(2005年5月号、日経BP社)
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(※4)『日経ビズテック』(No.008)鷹取洋(キーアイ・コミュニケーションズ共同創業者・CTO
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(※5)『日経ビズテック』No.008
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●古沢哲也 ふるさわてつや/住友銀行を経てワトソンワイアット株式会社に入社。導入・定着化を重視した組織変革コンサルティングに従事。最近の研究テーマはR&Dにおける人材マネジメントのあり方。早稲田大学理工学部応用化学科卒。国際大学国際経営学修士。