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【巻頭言】 |
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社員にとってホントに良い報酬
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河原 索 |
最近は政治議論も賑わしい格差問題。勝ち組、負け組というあまりに単純な二元論、富裕層への憧れや、セレブという名の金持ち信仰。お金のあるなしが、一つの明白な価値基準として根づきつつあることに、日本という国のありようが大きく変わってきたことを感じる。
お金の話は穢らわしいとばかりに、「お金より大事なものがある」と諭したり、「拝金主義者」と言って蔑んだりする人もいる。しかし、お金がなければ暮らしていけない以上、「そうだよね」以上の感想は持ちにくい。悔しいけどやっぱり、お金があるに越したことはない。
ある調査結果を紹介したい。内閣府の「国民生活に関する世論調査」によると、「働く目的」に関し、「お金を得るために働く」と答えている人の割合が、平成9年には34.0%であったが、平成17年には53.7%にまで増加している(※)。一方で、「生きがいを見つけるために働く」と答えている人の割合は、同じく33.1%から19.8%にまで低下している。何を意味しているかを説明するまでもない。(図1)
悲しいことではないか。社員は「お金を得るために」毎日朝早く起きて、夜遅くまで身を粉にして働く。社員は会社に「生きがい」すなわち「目的」を求めてはいない。生きる目的は別にあり、会社は生活の「手段」でしかない。「お金を得るために働く」社員にとって「良いカイシャ」は金払いの良い会社。それ以上でもそれ以下でもない。
社員が「お金、お金」と言うようになった責任の一端は会社側にもある。成果主義的な価値観へのシフトにより、人事制度の「社員を査定し、金銭的価値に還元する道具」という側面を強調し過ぎたことが一因と言える。また、同じ業界内でも経営の優劣によって報酬支払能力に序列ができ、同じ働きに対しても会社ごとに報える量に大きな差ができたことも関係しよう。
一方、社員(あるいは労働組合)側は、先に述べたようにお金のために働くという意識がある。そこで、「当然の権利」とばかりに賃上げ、賞与増額を取引条件として要求する。この根底には会社に対し「働いてあげている」という高飛車な態度があると見られても仕方がない。
会社が「査定してやる」、社員が「働いてあげている」という態度を取る限り、残念ながらそれぞれが折り合いをつける接点はお金の「量」でしかない。
では、お金を払えば良いのかというと、それも難しい。今や日本の会社は、国内の飽和した市場でのパイの奪い合いだけではなく、世界中の企業との熾烈な競争にさらされている。社員に迎合し、むやみやたらに金払いの良い会社になれば、コスト競争力の低下、ひいては、赤字化にもつながりかねない。社員にとっては「良いカイシャ」に一歩近づけるかもしれないが、顧客、株主、さらには、社会全体にとっては「悪いカイシャ」になってしまうのである。結論として、社員に払いたい気持ちは山々だが、無い袖は振れぬのである。
また、お金の面だけ「良いカイシャ」になるという志の低い会社にはなりたくないという経営の矜持もあるのではないだろう。お金以外で社員を満足させられる会社にならなければならないという志が重要だという考えだ。
言うまでもなく使命感、達成感、成長感、自己重要感、人間関係、仕事環境、社会的責任等々も「良いカイシャ」には重要だろう。それらは本号で他のコンサルタントが書いてくれることを期待し、本稿では、引き続きお金面、報酬面に限って議論を進めたい。
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図1/国民の「働く目的」 |
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お金の量は限られている。しかし、(お金面でも)社員にとって「良いカイシャ」になりたい。この二つの命題を両立させるためには、お金の価値を上げる(逆に言えば、社員のお金に対する感度を下げる)しか手立てがない。
この問題の解決の糸口は、お金の「質」に着目することにあると思われる。通常、お金の議論は「量」的な側面のみで語られ、多い/少ないの議論が中心となる。しかし、お金に意味を持たせることができれば、1円に1円以上の価値、重みを持たせることができるようになる。それによって、量的な世界におけるゼロサムの陣取り合戦から脱却できるのではないかという目論見である。
供給過剰の経済においては、競争は激しくなる一方、お金の量には制限がかかってくる。こうした状況において、お金の「量」に、お金の「質」的な意味づけを付け加え、意図的にお金の価値を高めていくことは、今後ますます重要なアプローチになってくると思われる。
よく「お金に色はない」と言われる。ただ、この言葉は、お金を使う段と、お金を受け取る段で分けて考えていくことが必要である。
使う段においては、1円はどこまでいっても1円以上の価値はなく、「お金に色はない」ことは確かだ。一方で、受け取る段のお金は、1円が1円以上の重みを持つことがある。なぜなら、受け取るお金は、血と汗と涙の結晶であったり、大事な人からの贈与だったり、眠れなくなるような不安を伴うリスクを負った結果であったりするからだ。
例えば起業家でも営業マンでも「初めてのお客様にお買い上げいただいた時の感激と感謝が今でも忘れられない」と言う方がいる。こういったいきさつを経て得たお金には「感慨という色」がつく。もったいなくて使えないお金になったり、特別な用途にのみ使われるお金になったりするだろう。
要は、お金に色がないというのは、使う段のことのみであり、受け取る段においては、その言葉は成り立たない。報酬というのはお金の受け渡しであり、その際に、お金に色をつけることで、お金の「量」という尺度以上の価値を持ちうることが可能なのではないかということが推量できる。
諸説あるが、そもそも賞与は、「みんな頑張ってくれてありがとう。少ないけどこれで盆(あるいは暮れ)に家族でゆっくりしてきて」、または「みんなが頑張ってくれたおかげで、商売も上々になった。分け前として大入り袋を配るよ」という意味であった。退職金についても「君は立派に成長したから、それにふさわしい新たな器として暖簾分けを認めよう。これまでの感謝の意味を込めて、君の新たな門出に資金援助をさせてもらうよ」とか、「これまで会社を支えてくれてありがとう。餞別を贈らせてもらうよ」という意味であった。
昔が良かったということではない。本質は、お金に「愛」や「情」を込めて、色のあるお金にしていたかどうかの問題である。渡すほうも「ありがとう」、受け取るほうも「ありがとう」。こんな気持ちになれたとしたら、多少お金の「量」が少なかったとしても気にならなくなってくるのではないか。
では、「良いカイシャ」になるためには、どのようなメッセージを報酬に込める必要があるかについて考えてみたい。報酬は、会社から従業員へのお金の流れである。ゆえに、報酬のあり方を考える際には、会社を取り巻く、お金の流れ全体をとらえ、その中での報酬の位置を意識する必要がある。
通常、会社内部のお金の流れには、大きく4種類がある。資本が会社に入るというお金の流れ、顧客から会社に入る売り上げというお金の流れ、会社が取引先・調達先に支払う仕入れとしてのお金の流れ、そして、会社から社員への報酬としてのお金の流れである。(図2)
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図2/会社を取り巻くお金の流れ |
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これらについて、入るを計って出ずるを制すること、また、これらのお金の流圧を上げていくことが、会社を支える利益の拡大には重要となる。
これらの流れを良くするために、報酬ができること。それは、報酬に「お客様に感謝しなくてはいけないんだよ」というメッセージ、そして「投資家や債権者に対して責任を持っているんだよ」というメッセージをきちんと持たせていくことであろう。
お金に色をつけるには、お金に心を込めて手渡し、伝えるべきことを直接伝えることが一番効く。とはいえ、今さら給料袋を復活させて、社長が全員に「ありがとう」と言いながら手渡しするというのもノスタルジーに過ぎ、非現実的であろう。むしろ、時代に合わせたアレンジが必要となる。
ある会社では毎月の給与明細に社長メッセージ欄があるという。そこには、毎月社員に奮起を促したり、感謝を伝えるメッセージが書かれている。例えば、こんな感じだ。
「業態転換により、利益面ではまだ生みの苦しみが続いています。しかし、若い人の頑張りのおかげで、一部店舗では成功の芽が出つつあります。私は、新業態は必ずお客様に喜んでもらえるはずだと信じています。苦しい時こそ、お客様だけのことを考えて、みんなで力を合わせて頑張っていきましょう」
こういう文章は、社員全員同報のメールで送られてくる以上に、給与明細を開けた瞬間に出てくると、効果が出てくるに違いない。
さらに、前段で言及したようなお金の流れを意識させ、お金の流れを良くするためには、「今月の皆様の給料は、先月お客様がお買い上げいただいた商品代の15%相当分によって成り立っています。お客様に喜んでいただいたことが、今月のあなたの給料になっています」とか「みんなが頑張ってくれたおかげで、我々の将来を信じ出資して下さっている投資家の方々に今月は1億円相当の恩返しをすることができました」等のメッセージを添えることも効果的だろう。これにより、給料として支給されるお金に対して、感謝の念と責任の念を社員に意識してもらうようにしていける。
業績連動型賞与原資やストックオプション等を導入している会社等も同じである。機械的にルールに則って支払うだけではなく、それがどのような意味を持つのか、誰から感謝され、誰に感謝すべきか、どのような責任を果たした上の支給なのかまで、社員にわかりやすく伝わる言葉で、効果的な媒体を用いて伝えることが、重要となってこよう。
お金の問題を考えるとき、どこまでいっても主たる要素は量であることは変わらない。しかし、従としての質、すなわち愛とか情とかを付け加えることができれば、会社も社員も互いに感謝という気持ちで受け渡しすることができれば、そして、報酬が、お客様への感謝や、投資家・債権者への責任を意識できるようなものになれば、量の問題ばかりに終始し、会社と社員が対峙し合う構造ばかりではなくなっていくに違いない。
そして、お金の持つ意味が再構築された新たな文脈の中では「お金を得るために働く」ということが、どれほど尊いことなのかを意識でき、自分の稼いだお金に自信を持てるようになっていくに違いない。そして、その時こそ「良いカイシャ」に近づく「社員にとってホントに良い報酬」の実現が見えてくるのではないだろうか。
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(※)これは所得低位層に限った話ではない。管理・専門技術・事務職においても、58.0%が「お金を得る
ために働く」と答えている。
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