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【巻頭言】 |
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飽きないカイシャの見えない仕組み
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平本 宏幸 |
「ワタシ、トヨタって大好き。もう、辞めちゃったけど、上司や先輩にとっても熱く育ててもらったし、人と人とのぶつかり合いっていうか、とても刺激的な時間だったと思う。関わった最後のプロジェクトも先日無事立ち上がって、本当に達成感を感じた。同期とも、入社してすぐ一緒に合宿して、とても強い連帯感ができたと思う。都合があって辞めるときだって、一生懸命上司が相談に乗ってくれたし、最後は後押ししてくれた。とっても、素晴らしいカイシャ」
とあるトヨタ自動車出身の知人のコメントである。これを聞いたとき、正直とても驚いたのを覚えている。そうか、そんなにすごいカイシャなのか、トヨタは。いや、それ以前に、こんなに従業員に好かれているのか。手放しで褒めるとはまさにこのことではないか。心酔しているとさえいえる(トヨタ教か?)。おまけに、世界でも賞賛されているらしい。1兆円も稼いでいる。タイにロシアに東欧にとまさに日の出の勢い。
何がそんなにすごいのか。トヨタの素晴らしさの分析は数多く存在するし、「トヨタに学べ」と今や日本中が右ならえしているかに見える。しかし、本当にそれが正しいアプローチなのだろうか。
例えば、個人が優れた先輩の仕事をいくら真似ても自分のスタイルが完成しないのと同じように、カイシャにはそれぞれのDNAがあり、いくら他社の真似をしたところで、DNAの本能には逆らえないに違いない。真似をすることは、自らの本質を見つめ直す内省を促すという一定の効果は期待できるが、それならば、初めからDNAの本質のほうからアプローチするほうが、道は近いのではないか。トヨタを真似よう、という発想ではなく、真似る前に考えなくてはいけないことは何か、という方向性を示したい。隣の芝を羨むよりも、自らの志を高めることに知恵を使うほうが、カイシャの良いDNAを洗練し伝えていく上で意味があることのように思える。
ではカイシャのDNAとは何か。DNAとは情報である。もっと言えば、生命体の情報がインプリントされ、それが種の保存を促すように仕組まれていることが本来である。カイシャにとっては、最終目的である顧客への価値の提供に向けて仕組まれているものこそが、DNAと呼べるものではないか。それが、従業員にとっても刺激的・最高と感じられるものになっていることが理想である。それをどう「仕組む」べきか。
前置きが長くなったが、本稿ではカイシャのDNAたる「仕組み」に焦点を当て、その「仕組み」の「仕組み方」をトヨタ的なるものをヒントに考えてみたい。トヨタ的なるものから、脱トヨタへ向かうための変換デバイスとしての「仕組み」の原理原則を追求する。具体的には「標準化」「見える化」「カイゼン」「なぜを5回」「ジャスト・イン・タイム」「人間尊重」「今が最悪」という七つのキーワードをヒントにしながら、フツウの会社に適用できる仕組みの原理原則を示したい。
原則1: まず顧客から始めよ
トヨタ的 :標準化せよ。問題が見えるようにせよ。
脱・トヨタ :本当に標準化すべきことが何かに知恵を絞れ。特に顧客に
最も価値が出るカイシャ独自の強さに関わるところにこだわっ
て、従業員が喜んで身につけたくなる型をつくれ。
トヨタの得意技第一号は標準化であろう。なかでも元町工場のトレーニングセンターは圧巻である。数千もの作業をビデオで収録し、口頭では伝えられない様々な細かい工夫ですらも、徹底して標準化を試みている。グローバル化が進んだ昨今では、まさに言語の違いによる伝達ロスのコストを排除できる優れた仕組みと言える。
ただ、このような標準化アプローチは、一見便利なように見えるが、フツウのカイシャが取り入れようとすれば、ようやく標準化し終わったときにすでにそれがいらなくなっているケースが多いのではないか。また、数多くの作業標準・マニュアルができても、実際の動きが伴わないケースも散見される。
したがい、いきなり標準化に進む前に、脱トヨタ的には、「顧客にとって最も価値があり、かつ自分のカイシャの一番強い仕事やプロセスは何か」を徹底分解しパターン化することが第一に着手すべきことである。本当に強い部分を、できるだけ早く誰もが習得できるような「型」の抽出に専念する。成型加工における品質を最も左右するのが金型であるように、仕事やプロセスの金型づくりが最も考えるべき工程となる。顧客にとって価値あるプロセスを身につけ、自分が価値に貢献できることは、従業員にとって充実の瞬間であるに違いない。
原則2: 客観視せよ
トヨタ的 :「見える化」を追求せよ。
脱・トヨタ:本当に見るべきところを客観視せよ。顧客に一番価値が出る
ものをわしづかみし、従業員にダイレクトに伝えよ。
「見える化」とは判断における主観を削る作業にほかならない。例えば徹底した品質管理のためにレクサスの塗装・表面処理の微妙なミス・ブレに関わる職人の感覚的な判断ですら数値化への挑戦を怠らないところが、トヨタ的すごさともいえる。重要プロセス指標の数値化によって、世界中の従業員がその判断軸を共有することにつながる。
脱トヨタ的には、主観によって価値に影響が出る部分を特定することが最も大事である。中途半端な経験に基づく主観・判断による誤差が品質に大きく影響が出る部分を制御することが必要だ。そのためには、原則1において抽出したプロセスにおける、「誰が見てもわかるサイン」をつくることだ。誰でもわかるようにするためには、本当に深いところまでわかっている人が「ここだけ見えるようになれば大丈夫」というツボをピンポイントで特定することが不可欠となる。自社の強みをとことん客観的に見て、「顧客が喜んでいるのは、本当はこのプロセスのこのクオリティだ」「自分が競合だったら、ここだけは盗む」という押さえどころをいかに複数の視点から見られるかが勝負になる。それがわかっていれば、顧客に提供する価値を高められるし、従業員にとっては、育成上一番大事な、カイシャの強みを習得することにつながる。重要で価値ある仕事に関われることは、とっておきのメインディッシュのようにおいしい経験となる。
原則3: テーマを与えよ
トヨタ的 :知恵とカイゼン。
脱・トヨタ:改善の余地を与えよ。自然にカイゼンしたくなるテーマの設定
がカギである。
ようやく「知恵とカイゼン」の登場である。「乾いたタオルを絞る」という言葉に代表されるように、ギリギリまで知恵を絞ってカイゼンを行うのがトヨタのすごさであろう。しかし、フツウのカイシャはそうはいかない。乾いたタオルは絞れない。
そこで、脱・トヨタ的には、カイゼンの余地をいかに与えられるかに焦点を当てる。カイゼンはカイゼンしたい人にやってもらうに限る。そのためには、「面白いテーマ」を課題として与え、面白がって考えてもらうことが理想である。評価だ目標だと世知辛いことは言わずに、好奇心に訴えることができるかどうかがマネジメントのレバーとなる。
筆者が出会ったとある店舗系サービス業のカイゼンの達人が、カイゼンそのものをまるで密かな楽しみを見つけたかのように嬉々として伝え、広めていたことを思い出す。そんな達人は、周囲に面白さを分けてあげることを厭わない。「こんなテーマでやってみたら?」「今月はこれにトライしよう」と周囲を自然に巻き込んでいた。「こんな面白いものを独り占めしてはもったいない」とでも思っているのかもしれない。
原則4: 没頭させ、気づかせよ
トヨタ的 :なぜを5回繰り返せ。真因を見つけよ。
脱・トヨタ:とにかく没頭させよ。ハマったときの洞察の瞬間は最高の刺
激である。
型と客観視の仕組みをつくった後は、それを回していくプロセスが重要になる。型ができたところで、状況に応じて様々な問題が発生するため、それをとにかく解決していくことが必要だ。トヨタ的には、「なぜを5 回」という有名なフレーズがある。問題の原因を何度もあきらめずに追究していくことで、本当の原因、真因にたどり着く、という問題解決のコツを示している。
脱トヨタ的には、「なぜを5 回」を徹底させるよりも、問題を解くという行為に没頭することを重視する。なぜを5回、といわれても、フツウはつらくて2回目くらいであきらめてしまう。時間を忘れるくらいにはまって、いつの間にかなぜを10回くらい繰り返していた、というのが理想である。そのために仕組みに埋め込むべきことは、修羅場に没頭させる育成プロセスである。
誰もが徹底してなぜを5回常に考えるような優れたカイシャにはなかなかなれない。フツウのカイシャとしては、少数でもいいので、厳しい顧客やワンセットで事業を運営する修羅場を与え、高密度な没頭経験のある人材を一人でも増やしていくことから始めるほうが近いのではないか(内容についてはワトソンワイアットレビューVol.35に一部記したため、参照されたい)。
原則5: 時間の感覚を埋め込め
トヨタ的 :ジャスト・イン・タイム。ムダを排除せよ。
脱・トヨタ:時間の感覚を仕組みに埋め込め。ジャスト・イン・タイムでフ
ィードバックせよ。
トヨタ的ジャスト・イン・タイムは主に生産現場におけるコンセプトであるが、ここでは脱・トヨタに向けてより汎用性を高めて考えてみたい。大胆に言えば、時間は全人類共通の尺度であり、すべての成果は時間単位で測られる。しかし、こと人材に関しては、時間の概念が曖昧になりがちである。期中・期末といった手続き的な期間を重視してしまう傾向が強い。
しかし、本来は目的に合わせて時間感覚は設定されるべきである。日々の仕事の充実感には日々のフィードバックを、中長期での成長にはそれ相応の期間をもたせなければ意味がない。人材マネジメントのツールもそれに合わせて活用すべきである。目標管理が制御するのは、時間とアウトプットの関係である。評価と昇格は、一定期間における成長の絶対値とカーブの判定と、今後の一定期間における付加価値創出の可能性の判断である。異動・配置・研修は一定期間における成果創出と成長実現のための重要なツールとなる。それらのツールを組み合わせ、目的に応じたジャスト・イン・タイムのフィードバックをかけられるかどうかがカギである。
原則6: 信頼を前提にせよ
トヨタ的 :Respect For People。管理職は「人望」が大事。
脱・トヨタ:信頼を前提にした仕組みにせよ。任せる意味を理解させ、任
されることの充実感を感じさせよ。
トヨタにおいては、管理職の必須要件として「人望」が設定されているのは有名である。しかし、人望などどうやってつくるのか、持って生まれたものではないか、とフツウは考えてしまう。脱・トヨタ的には、人望とは何かに焦点を当て、Respect For Peopleを仕組みに埋め込むことを狙う。
人望とは、人の判断の集積である。周囲の人間が「あの人は人望がある」と認め、判断する行為があって初めて成立する概念である(「ワタシは人望がある」と主張しても意味がない)。「困ったときに助けてくれた」「育成を考えたサポートをしてくれた」「任せた仕事をきっちりこなしてくれた」そうした行為の積み重ねが、「信頼に足る」という認知につながっていく。人望ある人材、信頼ある人材、尊敬される人材が数多くいることは、顧客への価値につながる、カイシャにとって重要な指標となるだろう。
そのような人材を増やすためには「任せるとはどういうことか」「期待役割とは何を意味するか」「期待に応えることの意味、応えないことのリスクは何か」を深く考えさせることが重要だ。本来の目標設定や評価の面談も、このような観点から行うことが本来である。期待を示されること、任されることは、すなわち価値ある存在であると認められていることにほかならない。当然、任せることはリスクを伴うが、何がリスクかを知り、それを踏まえた上で任せること、そしてそれに応えることが、信頼を醸成する。任せる側・任される側の双方の甘えのない緊張感が良い仕事を生むことは、多くの経験・事例から観察されるところである。
原則7: 謙虚になるために検証せよ
トヨタ的 :今が最悪と思え。
脱・トヨタ:謙虚になるためには検証せよ。主観的な満足を客観によって
向上心に変えよ。
トヨタでは常に「今が最悪と思え」という姿勢で改善に取り組んでいるらしい。それは非常に謙虚で優れた姿勢であると言えるが、フツウはそれを実践できない。なぜなら、満足感という主観が常にそれを邪魔するからであり、フツウはその都度満足したいに違いない。
では脱トヨタ的にはどうすればよいか。常に異なる視点を持ち込むことで、主観を排除し、謙虚な姿勢を取り戻す仕組みを埋め込むことである。異なる視点とは、すなわち顧客からのフィードバック、顧客の素直な声を取り入れることにほかならない。顧客の声に素直に喜び、反省し、次への向上心につなげていくことができればよい。「最高」の主観を感じる瞬間も、時に必要である。何も壮大なシステムや膨大なアンケート調査などでなくとも、顧客の一声や、顧客への投げかけによって、満足と謙虚さを生むことができるのではないだろうか。素直に顧客の声に耳を傾ける、これ以上の検証方法は存在しない。最後は顧客に戻るのである。
いろいろと書いてきたが、要するに何が言いたかったのか。筆者はこの執筆当時タイのラヨーン県のとある工業地区に滞在していた。そのとき目にしたものは、日本ではお目にかかれない、多数のトヨタ製ピックアップトラックであった。大胆に5、6人を荷台に乗せ力強く疾走するその姿は、したたかに環境に適応する生命体にも似て、どこか武骨で頼もしいエネルギーに溢れており、ある種の感動すら覚えたものだ。しかしながらその姿を見たとき、大変に失礼ではあるが「世界中よく飽きずに何十年も車ばかり……」という考えが同時に頭をよぎった。そしてその瞬間、「そうか、飽きないのか」という洞察を得るに至った。
日本は豊かな国である。そう言い切っていいと思う。50年前に夢見ていたもののほとんどを手に入れてしまったといえる。近頃の若者はハングリーさがないとお嘆きの声も聞かれるが、満ち足りた社会ではそれが自然なことである。そんな満ち足りた世代を雇い、育てていくことが、日本企業では当たり前になっていく。そんな世代に、憧れや新しさを感じさせ、「飽きない」カイシャをつくっていくことが、果たしてできるだろうか。日本最高のエクセレントカンパニーから本当に学ぶべきは、まさにその「飽くなき」精神であろう。それは、決してツールやシステムの表面には見えない、容易に創り出すことのできないDNAである。そんなDNAを、フツウのカイシャでもつくり、残していくことができるだろうか。何も真似をする必要はない。「大好き」「刺激的」と従業員から賞賛されるような、そこにしかできない「良いカイシャ」が次々と生まれてくる国となることを、願ってやまない。
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