【巻頭言】
コンピテンシーとは何だったのか

1.
コンピテンシーからコラボレーションへ
個人の競争力から共創力へ
   
2.
ポテンシャルを解放せよ
これからのハイパフォーマンス・オーガニゼーション

3.
タクミン(匠民)とジプロン(Gプロデューサー)
個人が国際的ネットワークを作る力
   
4.
アジアでのリーダー人材育成を考える
コンピテンシーと組織影響力からのリーダー育成

5.
組織のリズム・個の交響
ワールドカップに見た個と組織のマネジメント
   
6.
寄る辺なき若者への居場所マネジメント
大人だからこそ、気にかけてあげたい若者の心

7.
人生100 年。のキャリアコントロール
Web世界に学ぶ成果主義のゆくえ

8.
信じる姿勢
「あとは何とかする力」の高め方

9.
「レベル3人材」の評価と「レベル4人材」の発掘
コンピテンシーの限界と知的好奇心への着目

10.
現場感覚のあるR&D
自分は何でメシを食わせてもらっているのか

11.
人を丁寧に扱う人になる
必要な想像力はそこから始まる

【巻末言】
グリーンパワーの時代

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【巻頭言】
コンピテンシーとは何だったのか
 

 

ワトソン ワイアット株式会社
コンサルタント
川上 真史

@コンピテンシーに関する定義

 ここ数年、成果主義に関する議論が盛んであった。その内容は、「成果主義には限界がある」「間違った成果主義を導入すると、企業の競争力は低下する」「当社の成果主義は正しいやり方で導入している」などというものである。ところが、その中で、「そもそも成果主義とは何なのか」という議論が全くなされていなかった。結局は、それぞれの人(主にコンサルタントや研究者)が、自分で勝手に成果主義の定義を作り、それと照らし合わせると「限界がある」「間違っている」などと主張していただけなのである。したがって、「成果主義には限界がある」というのも、そのような主張を行っている人が、自分で勝手に成果主義を矮小化し、限界を作り上げていただけであり、「間違った成果主義」についても、「自分の考える成果主義とは違う」というだけの話だ。
 実は、コンピテンシーに関しても、全く同じ議論が行われ始めている。「コンピテンシーには限界がある」「正しいコンピテンシーの使われ方がなされていない」などの話をよく聞く。しかし、これらについても、何をもって「コンピテンシー」と定義しているのか不明な場合が多い。そもそも「コンピテンシー」とは何なのか。心理学上の定義は明確である(心理学上は「コンピタンス」と表現するが、意味合いは「コンピテンシー」と全く同じである)。コンピテンシーとは、「成果や効果を生み出すことにつなげられる能力的特性」であり、その点については、どの定義を見ても共通している。もう少し丁寧に言うと、「自分の持てる資源を効果的に活用することで、自分を取り巻く環境状況にアプローチし、その中で、意図する成果や効果、変化を生み出す力」ということである。コンピテンシーとは、ただ、それだけのことである。そこに限界という議論が入る余地もなければ、正しいコンピテンシーや間違ったコンピテンシーもない。「コンピテンシーだけでは成果を生み出すことはできない」などの批判をよく耳にするが、全く矛盾した議論である。成果を生み出せていないのであれば、それはコンピテンシーが不十分だということなのだ。

A矮小化されたコンピテンシー

 私自身、「コンピテンシーとは、スキルですか、それとも行動ですか」といった質問をされることが多い。そのときは「今、あなたの仕事で、あるいはあなたの企業で、最も成果につながる重要な要素は何ですか」という質問を逆にさせてもらっている。もしも英語でコミュニケーションをとるスキルが成果につながるのであれば、それが重要なコンピテンシーだし、顧客を何度も訪問し説明するという行動が成果の鍵であれば、それがコンピテンシーになる。もっと極端に言うと、「その人がいるだけで、周囲の人たちが、もっと働こうという気持ちなり、それが組織全体の成果を高めている」ということであれば、その人自身のコンピテンシーはかなり高いということになる。
 したがって、コンピテンシーを企業に導入する目的は、「どうすれば、もっと効果的に成果を生み出せるのかを考え、実行していこう」ということである。また、コンピテンシー評価というのも、「そのような効果的なアプローチができる人を評価しよう」というだけのことなのである。当然、企業の状況に応じて、内容や焦点は変化するだろうし、制度の組み方も千差万別になるはずである。
 ところが、コンピテンシーはきわめて矮小化された形で考えられている。行動特性のみがコンピテンシーであり、行動以外のものはコンピテンシーではないと信じて疑わない人が多い。そこに限定してしまったとき、「コンピテンシーには限界がある」「コンピテンシーだけでは成果につながらない」という議論になってしまうのである。もう一度、コンピテンシーの原点に立ち返り、純粋に成果につなげるためには、何が大切なのかを根本から問いかけることが、企業にとっても個人にとっても必要である。
 今回のテーマは「コンピテンシーを超える」である。しかし、これは、「コンピテンシーは古いものであり、それを超えた新しい概念が必要だ」という意味ではない。「限定され矮小化されたコンピテンシーを超えて、もっと広い意味でとらえよう」、つまり原点に立ち返ろうという提言なのである。

Bやはり時代による傾向は存在する

 何を成果として意図しているのか、今どのような資源を持っているのかによって、コンピテンシーをどう発揮することが最適であるかは変化する。しかし、その一方で、社会状況や環境状況の特徴によって、その時代において重要となるコンピテンシーには、ある程度の共通性があるのも事実だ。
 例えば、90年代のアメリカでは、達成動機の高さが成果につながる基本であると注目されていた。また、日本においては、90年代の後半から「持てる知識や知見を行動に移すこと」が成果につながる鍵であったことも間違いない(これが日本で行動特性のみがコンピテンシーであるとの誤解を生んだことも確かである)。また、同じ時期に、成果を明確に目標化しその達成に応じて処遇を決定することが、多くの人材が成果を生み出そうとする誘引となった。これが当時あのような形で成果主義が導入された理由である。したがって、成果に関する目標を明確に持ち健全なプレッシャーを自分にかけることも、重要なコンピテンシーであったのだ。
 このように、各時代によって、どのようなコンピテンシーが重要になるのかには、ある程度の共通性があり、それを参考にしつつ、企業や個人に求められるコンピテンシーを検討することは効率的であるし、そのような変化を読みながら、早くから次にくる重要なコンピテンシー傾向に向けた育成、開発に取り組んでおくことも大切である。
 どうも、今は、このような重要なコンピテンシーが日本全体で変化しつつある時期のようだ。コンピテンシーそのものの根本的な定義は変わらない。しかし、その定義において、何が中心的なものであるのか、つまり何が成果を生み出すことにつながるのかが変化してきている。その変化を正確にとらえ、そこに備えることが必要となっている。

C成果を生み出す次の鍵

 今現在、成果を上げるための鍵は二つある。一つはジョブエンゲージメントであり、もう一つはチームシナジーである。ジョブエンゲージメントについては、前号のレビューで詳しく説明した。要は「仕事を楽しむ力」である。従来は仕事とはつらいもの、苦労するものというイメージであった。しかし、今現在、「つらくても頑張れば、必ず報われる」と信じている人がどれだけいるだろうか。また、苦労し努力することが仕事には必須であると言われれば、「そんな仕事はやめればよい」と思う人がほとんどだろう。そこにどれだけ報酬を払うと言われても、「つらいことはお金をもらってもやりたくない」と思うだろう。むしろ「この仕事はやっていて楽しい」「他にもっと収入を得られる仕事があるかもしれないが、この仕事にしかのめり込めない」となれば、自然と仕事に集中し、高い成果を生み出すはずだ。
 ジョブエンゲージメントという言葉は聞き慣れないものだが、基本は単純である。「楽しいこと、面白いことが善であり、つまらないこと、苦しいことは悪である」という基準のもと、「面白くない仕事は、楽しいものに変化させる工夫を加える」「苦しくつまらない仕事があれば、できるだけ、それを興味深い形に変える」ということだ(ただし、誤解してはいけないのが、「面白くない仕事は辞めてしまう」という方向で、それはジョブエンゲージメントではない。それでは何も成果につながらない)。
 この、「仕事を楽しむ力」が、コンピテンシーの中心となりつつある。「仕事がつまらないので、他のことで楽しむ」のではなく、仕事そのものを楽しくできる力を養うことが個人に求められるし、企業にとっても、社員の仕事をどう楽しいものに変えるよう支援するかが大切なのである。

Dチームでやればもっと楽しい

 このジョブエンゲージメントが高まれば、それが企業の業績向上と高い相関を持つことは、多くの研究で示されている。また、一方で「個人で取り組むよりも、チームで取り組むほうが、よりエンゲージのレベルが高まる」という研究もある。これは多くの人が実際に体験しているはずだ。チームで何かのイベントに取り組んだとき、何ともいえない充実感を持ち、それが、個人では生み出せない高いレベルの成果につながるということは誰もが一度は経験したことだと思う。ひとりでコンピテンシーを発揮することには限界がある。したがって、ひとりで生み出せる成果にも限界がある。ここにチームによるシナジーを組み込む必要があるのだ。
 このようなチームを作り上げ、チームで動く力も、これからのコンピテンシーの中心となるのは間違いないだろう。しかし、この「チーム」という概念も、従来とは変化しつつある。その一つがエクスターナルチームである。社内でチームを組むだけでなく、社外とのアライアンスによるチームを組むことで、自社にはない資源を活用し、効果的チーム編成の可能性を無限大に広げるのだ。また、それだけではなく、中でチームを作るよりも、外部者と組むほうが、新たな刺激を得られ、エンゲージ度が高まるようである。
 もう一つがネットによるチームである。「直接顔を合わせ、そこで議論をし、一緒に汗を流しながら取り組む」というのが、今までのチーム概念である。しかし、ネットの進化により、そのような手間をかけなくても、極端に言えば、家にいながらグローバルなチームを組み、活動できるようになる。ネットによるコミュニケーションには批判も多いが、別の視点で考えると、直接コミュニケーションをとるときに必要となる「気遣い」「緊張」などの無駄がなくなり、本当に必要なコンテンツのみを伝え合うことで、効率よいコミュニケーションがとれるというメリットもある。ストレスの最大の原因は人間関係である。その人間関係をよりよく保つための努力、苦労が軽減されるのだ。
 このことは、エクスターナルチームでも同じことである。同じ企業の人同士であれば、複雑な精神的利害関係(現在どちらが上の立場であり、どうすれば自分が上になれるのかなど)を持っている。また、かなり長期間、一緒に働き続けることになる。しかし、社外の人であれば、その関係は比較的ドライであり、一定のプロジェクト期間のみで終わる。妙な精神的利害関係もない。つまり、ネットによるチームもエクスターナルチームも、ジョブエンゲージメントにつながりやすいものなのである。

E人材論のパラダイムを変えることが必要

 以上のように、成果につながる鍵は、ジョブエンゲージメントとチームシナジーである。しかし、これらを本当に成果につなげるためには、今までの仕事に関するパラダイムを転換する必要がある。「仕事とはつらいものだ」「チームとは自社内で組むべきであり、社内のチームワークが競争力の源泉だ」という考え方を180度転換しなければならないのだ。どれだけ早く、経営者から社員に至るまで、このようなパラダイム転換を行えるかが、今後、さらに自社を発展させる鍵となるのだ。
 ただし、最後にもう一度、確認しておいてほしい。これらがコンピテンシーの鍵となることは間違いないが、やはりコンピテンシーの基本は「成果につながる能力」なのである。各企業や個人の置かれている状況によって、その方向性は変わるものである。いったい、何が成果に、一番効果的につながるのかを追求し続ける姿勢こそが、競争力の最大の根源であることを、常に忘れないでいただきたい。

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●川上真史 かわかみしんじ/産能大学経営開発研究所研究員、ヘイコンサルティンググループディレクターを経て現職。早稲田大学文学部心理学教室非常勤講師。ビジネスブレークスルー大学院大学(大前研一学長)専任教授。株式会社アトラクスヒューマネージ顧問。主な著書『会社を変える社員はどこにあるか』(ダイヤモンド社、2003年)、『できる人採れてますか』(共著、弘文堂、2004年)、『仕事中だけうつになる人たち』(共著、日経新聞社、2004年)、『自分を変える鍵はどこにあるか』(ダイヤモンド社、2004年)、『コンピテンシー面接マニュアル』(弘文堂、2006年)。京都大学教育学部教育心理学科卒。