【巻頭言】
コンピテンシーとは何だったのか

1.
コンピテンシーからコラボレーションへ
個人の競争力から共創力へ
   
2.
ポテンシャルを解放せよ
これからのハイパフォーマンス・オーガニゼーション

3.
タクミン(匠民)とジプロン(Gプロデューサー)
個人が国際的ネットワークを作る力
   
4.
アジアでのリーダー人材育成を考える
コンピテンシーと組織影響力からのリーダー育成

5.
組織のリズム・個の交響
ワールドカップに見た個と組織のマネジメント
   
6.
寄る辺なき若者への居場所マネジメント
大人だからこそ、気にかけてあげたい若者の心

7.
人生100 年。のキャリアコントロール
Web世界に学ぶ成果主義のゆくえ

8.
信じる姿勢
「あとは何とかする力」の高め方

9.
「レベル3人材」の評価と「レベル4人材」の発掘
コンピテンシーの限界と知的好奇心への着目

10.
現場感覚のあるR&D
自分は何でメシを食わせてもらっているのか

11.
人を丁寧に扱う人になる
必要な想像力はそこから始まる

【巻末言】
グリーンパワーの時代

.

コンピテンシーからコラボレーションへ
個人の競争力から共創力へ
 

 

片桐 一郎

 1980年代後半の日本企業の強みをアメリカ流に解釈し直したコンピテンシー(成果行動)は90年代に日本に逆上陸して、過去10年の成果主義人事制度の促進役を務めてきたといえる。今後はコンピテンシーを共創(コラボレーション)という思想で発展させ、日本企業の創造開発力を高めていくことを提言したい。

コンピテンシーの果たした役割

 ようやく日本企業が復活してきたようだが、80年代後半にJapan As No.1と言われて、世界が日本企業の強さに注目した時期があった。このときRe-EngineeringとかABC(Activity Based Costing)とか、トヨタなどを研究したアメリカの学者が経営の概念化を行った。シックスシグマもTQCの進化版であろう。
 私見だが、コンピテンシーも同様に、このとき日本企業の組織やチームワークの強さを研究したアメリカ企業が、職務だけでなく、人の思考行動特性に着目して進化させたものと考えている。
 日本では以前から職務遂行能力として広くとらえていたが、アメリカは行動科学の国らしく、行動の自律性に着目して概念をまとめ直したようである。
 High Performerの思考・行動を分析し、モデル化し公開することで、社員がそれを手本にして全員の競争力が向上する。あるいは「自律性」を軸にコンピテンシーのレベル判定することが、自律的なプロ集団をつくりたいと望む、90年代後半から10年の日本企業のニーズにフィットした。こういう点からここ10年、コンピテンシーが着目されてきた。
 また90年代半ばから活発化したいわゆる「成果主義」人事制度が結果主義に陥らないように、コンピテンシーが行動(プロセス)の評価評価をすることで補ったところもある。
 Compete(競争する)と語源が似ているように、Competency(コンピテンシー)も競争優位になるための行動といえる。個人の競争力を高めることで組織の競争力も上がる、そういう狙いがCompetency の導入にはあったと考える。

創造開発とコンピテンシー

 ただし、これからの日本企業は目先の競争だけではやっていけない。同じような商品・サービスでシェアアップを争うのはゼロサムゲームに陥りがちである。差別化できない日本企業は、中国、インドなどのグローバルな低コストプレーヤーに取って代わられるであろう。
 21世紀のグローバル競争では持続的に、ユニークな価値を生み続けなくてはならないのだが、自社の狭いやり方にとどまっていては限界がある。
 そこで、協働してビジネスの創造活動に取り組むことが重要になってくる。これが「共創」であり、21世紀の価値創造の重要な要件になるであろう。
 共創は他者(他社)との戦いというよりも、他者から刺激を受けながら、自分の良さを引き出し、相手の良さと化学変化を起こして、新しい果実が生み出すアプローチである。
 提携やJV、あるいはM&Aのような形態をとるが、ねらいは新しい価値の持続的創出である。自分の文化だけにとどまらず、異質の文化から触発、交流することが創造の源泉となるのだ。したがってコンピテンシーでハイパフォーマー(高業績者)をなぞるのではなく、共創の中身を掘り下げて、コンピテンシーモデルでカバーできない部分も理解した共創のマネジメントを行う必要がある。そこでもう少し共創のモデルを考えてみよう。
 なお、共創は社外だけでなく社内の協力関係にも適用できる考え方である。

共創と組織進化

 共創は別の文化をもつ個人・組織との協働作業である。自分の文化を核にした変革は「強者の進化」であり、他者の文化と共存しながら創造に取り組む共創は、「謙虚な進化」といえよう。図1は縦軸に創造の源として、自社文化がくるのか他社との共創になるのか、横軸に組織進化の型として、分化・分離でいくのか、組み替え・統合でいくのか、の組み合わせを示している。

図1/共創の位置づけ


 90年代のリストラは自社文化を再確認し、自分の核になるものだけを残す絞り込み型が多かったように思える。社内格差がつくことによるデジタルデバイド型@ともいえよう。これは強いところを純化して強くする方策である。一方、弱い部分は本体からは切り離される。
 さらにこれが自社の哲学を残しながら、自社の経営要素を組み替え、統合する組織進化Aになると、自社が生まれ変わったような新しい価値が生まれることがある。これは松下電器産業がグループ全体を統合再編し、さらにマーケティング本部によるリードを明確にしたやり方で、プラズマTVのように世界をリードする商品開発が可能になった。
 ただし、共創は他社の文化をきっかけにして創造を触発するマネジメントなので、図1の上の2列の進化を行う。その段階は他者と役割分担する段階Bからスタートして共創Cの段階に至る。

「共創」の必要条件

 それでは共創に至るのに必要な条件を見てみよう。それはA:それぞれの蓄積の強み、B:相手の弱みの構造的理解、C:交流的進展である。

A:それぞれの蓄積の強み
 共創するには、それぞれがノウハウを蓄積した得意分野をもっているのが理想である。具体的に世界で認知されている日本の科学分野の強みを見てみよう。
 表は、自然科学から経済、ビジネスを含む22の科学分野での研究発表のうち、どれだけその論文が引用されたかを示すランキングである。1995年から2005年までの10年間のデータなので、基礎的な底力を表していると考えてよいだろう。
 これを見ると日本の強い分野は材料科学と物理、化学となっている。ベスト20への入り具合をみると7機関も世界ランキングに入っている「材料」研究が日本の基礎科学の強みのようである。その中でも明治以来、磁性材料、電子材料の研究をリードしてきた東北大学は健在のようである。
 材料研究は農業にも似て、粘り強い実験が必要な地道な分野である。理論はあるが、すべてが説明はできないなかで、こつこつデータを積み上げていくような学問という印象がある。日本人の特性に合っているのかもしれない。
 こういう分野はユニークな人材を引きつける伝統をもっている。材料の強みがある分野で、他の技術と組み合わされれば、新しい価値が創造できる。第二次世界大戦初期の最優秀戦闘機であった日本のゼロ戦は、すぐれた機体設計の技術をもったメーカーと超ジュラルミンを開発した材料メーカーの共創の成果ともいえよう。共創の知恵のもとになるノウハウやアイデアの蓄積が、それぞれのパートナーに深くあるほど、その実りは大きくなる。

表/世界の科学論文引用ランキング


B:弱みと一体となった構造的理解
 蓄積の強みがあったとしても単純には掛け合わせられるものではない。長所には必ず短所がついているからである。共創は互いの長所を持ち寄り、その掛け合わせで新しい価値を生み出すアプローチであるが、そのマネジメントが容易でないのは、長所と表裏一体の短所の扱いである。相手の長所だけとる「いいとこ取り」は、残された短所どうしがマイナス結合して、せっかくの長所の果実を台無しにしかねない。
 共創の長所短所の組み合わせの構造を図2に示してみると、パートナーの得意のものについては相互に尊敬の念をもてるが、相手の長所を成り立たせている短所については、自分の短所は気にならないのに比べて、マイナス面がより気になるものだ。自分の長所は相手の短所の延長線にあるような気がして優越感、思い上がりを持ちやすいのかもしれない。
 パートナーの短所をみて心配、不信に思う、場合によっては見下すようになると、共創は当然うまくいかなくなる。
 重要なのは相手の強みを成り立たせている弱みにどう付き合うかである。相手の強みを成り立たせている弱みに対する「温かい」洞察が共有化されたとき、共創活動に安定感が生まれるであろう。

図2/共創の構造


C:交流的進展
 相手の長所短所の構造的理解ができたら、交流が実際の活動を進める。この場合の交流は長所どうしの尊敬と、短所どうしの共感とセットになったときの実のある進展が望ましい。自分と違う文化の人の長所短所を両方理解するには、幅広い周波数の感度領域を持つ必要がある。それが相互のパートナーの進化につながる。
 変な例だが、人類の進化においてネアンデルタール人がクロマニヨン人に駆逐されたのは、のどの声帯がネアンデルタール人のほうが短かったからだという説がある。
 声帯が短いと高い周波数の狭い領域しか声が使えず、長い声帯で低い音声から高い音声まで使いこなせたクロマニヨン人に比べ、ネアンデルタール人は伝達できる情報量が少なく、それにより不利な状況に追い込まれたという面白い仮説である。
 共創が異なるパートナーの長所短所を幅広く理解することは、のどの声帯の感度周波数帯域を広げる役割があると考えたい。つまり異質との交流によって自分の情報処理量が増えて進化するのである。

共創の人材マネジメントの特徴

 このような共創の条件を考えるとコンピテンシーとは違った側面が見えてくる。つまり共創においては長所と短所をあわせて構造化されているので、明快なハイパフォーマー(高業績者)を見つけられないということだ。
 コンピテンシーのような全体の共通基準から一人ひとりの行動を方向づけようとするアプローチと違って、共創は個人の違いに目を向ける。ハイパフォーマーのようにみんななろうではなく、「あなた個人のユニークな貢献は何か」が問われる。
 特に本人には自分のユニークさがわからないので、自分を理解して自分の成長(その成長パターンは千差万別だが)に役立つフィードバックも働いている必要がある。

 さらに創造のモデルとして筆者は、管理技術と固有技術、探究心の三つの要素の積を考えている(図3)。管理技術は、経営本で紹介されているような各種管理手法でこれが一番共有化しやすいであろう。固有技術はその組織のノウハウが凝縮された「ことば」である。例えばキヤノンのバブルジェット開発において最大のブレークスルー課題であったインクのこげの解明を「コゲーション」と命名したのがこの例である。3番目の探究心は、例えばアルツハイマーの母親を持った製薬メーカーの創薬の研究者の病気撲滅への執念である。

図3/ひらめきに対する共創効果


 共創はそれぞれの要素の感度領域(先ほどの周波数帯域)を広げる効果をもつが、探究心と固有技術はその人固有のものである。したがってこの部分についてはコンピテンシーモデルで普遍化はできないであろう。管理技術以外は属人的なものでその質とエネルギーレベルを高めることが人材マネジメントのポイントとなる。
 また、共創では目標管理が機能しないようである。なぜならば創造のプロセスはもっとダイナミックで決して1年に1回の目標の達成で評価できるものではないからである。

高度な主観の磨き上げ

 共創では定性的な人材マネジメントが中核となる。実際、多様な共創において個人の貢献を厳密に定量化するのが困難なのは容易に想像できるであろう。
 定性的な判断の質を上げる最終的なよりどころは「高度な主観」となる。やっていることの価値を感じ、認め合うこと、そしてそれを伝え合うことのできる感性である。この主観は共創に参加する全員が共有化することが望ましい。
 この主観によって、みんなが妥当だと「相互了解」できれば共創が機能しやすくなる。
 ただし主観といってもその裏づけをとりながらレベルアップすべきである。そのために共創の過程の情報はきちんと記録した上で、「振り返り評価」をすべきであろう。
 振り返り評価とは「歴史の記録」である。半導体分野で独創的な数々の発明をした西沢潤一氏(元東北大教授)が言う、過去の判断を冷静に振り返ると適切なことを言っている人が浮かび上がってくるという検証である。
 共創の歴史の記録は淡々と行うべきだ。成功事例には、自分がやったという人が多く名乗り出るが、失敗事例に名乗り出る人はほとんどいない。そういう誤差(ヒューマンエラー)を含まないように記録を残すべきである。長く社員を観察する機会がある日本の組織はこの誤差を減らせるという意味で共創に適していると言えるだろう。

共創の報酬

 共創の成果の出方、かかる時間は多様である。結果を出すまで何年もかかることもあり、また大きな価値創出から持続的な改善まで経済価値の現れ方も異なる。
 大きなブレークスルーも最近の裁判でもめたように、経済価値の分配のロジックを経営者、発明者双方が納得するように決めることは困難である。また個人的な資質であるセレンディプティ(みんなが見過ごしている埋もれた価値あるものを見つける能力)に報いるルールも作ることは容易ではない。
 ゼロックスコピーの発明者であるカールソン博士には白紙の小切手が渡されていたというが、そういう古きよき時代は終わった。
 さらに、共創はチームワークで成果を出すので個人の貢献はカウントしにくい。こういったもろもろの要因を考えると、共創の報酬を緻密に設計しようとするのは本質をはずすだろう。
 また、短期的なコミットメント達成度合いによって報酬を上下させるのも共創にはふさわしくないだろう。短期的なコミットメントは需要の先食いになるだけで需要の創造のインセンティブにはならないだろう。
 共創は長期的な成果を目指すので当然報酬も長期的な時間軸の上で考えるべきである。これは年功に戻るというのではない。共創のサイクルに対応させるべきということである。例えば、製薬メーカーなら10年以上新薬開発にかかるので、報いられるのは10年後もありうるということを織り込んだ報酬思想にすべきである。
 実際ある日本の製薬メーカーでは、左遷されていた人が10年前に発見した組成の新製品が立ち上がったとき、その発明者を研究所の副所長に抜擢し、さらに冠研究所まで作った。当人も喜んだであろうが、研究所の社員たちも喜び、モチベーションが一気に高まった。
 「長く人を観察できる」これが日本企業の強みである。長い目で見てもらえる、その安心感は長期的コミットメントを自然に醸し出すであろう。
 共創においては、年功ではないが、基本報酬の毎年の差は小さく、共創の成果に応じて長期的な見返りの期待できる報酬が望ましいと考える。

「快」を増やすファシリテーション

 人材マネジメントというと、すぐ等級や報酬や評価といった制度に目が向いてしまうが、これまで見てきたように共創する組織には制度を緻密に作り込むのは適していない。
 むしろ制度はシンプルにして、曖昧な部分を残し、その部分で多様な共創をカバーすることがポイントであろう。
 そのために必要な組織的判断能力のことを高度な主観という言い方をしたが、この主観によって、共創に参加するメンバーに対し、ロジックだけでなく感情に配慮した働きかけを伴うことが求められる。
「快」という感情は人間の創造の原動力になるからである。
 そのために最後に指摘したいのは、場のファシリテーションの重要性である。ファシリテーターは、共創のパートナーの長所と短所の相互構造を理解し、交流を進展させる場の触媒である。
 ファシリテーターはリーダーか第三者的な立場の人が務めてもよいが、自分が意思決定せずに、共創の参加者の感情がまとまり方向づけが行われるのに貢献する。こういう場のファシリテーションは共創に不可欠な「快」(現在だけでなく、将来期待されるものに対しても)を作り出すために重要である。

 以上共創についていろいろ述べてきたが、日本企業の共創のマネジメントは、受容性の高い協力関係を保ちながら、持続的な価値創出を行えるのではないか、と考えている。この日本型共創がグローバルに発展するのを期待したい。

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●片桐一郎 かたぎりいちろう/コマツ、マッキンゼー・アンド・カンパニーを経てワトソンワイアット株式会社入社。戦略・組織・人材を一体ととらえた21 世紀型企業モデルの実現に向け、海外を含むクライアント企業に対し幅広いコンサルティングを行っている。M&A や企業再生にも参画。研究所活性化のような創造型組織モデルへの変革を持続的に実施。著書『ひらめく人を咲かせる組織』(日本経済新聞社、2003 年12 月)。東京大学工学部卒。スタンフォード大学工学部大学院修士課程修了。